ヴォルツの異変
クラウスが街から出て行った後から、悠真はなんだか落ち着かない気分になっていた。まるでYoutubeの広告動画のように、日常生活の間にパッとアリスを心配する気持ちが差し込まれてくる。まあ、日常生活というより、悠真にとっては非日常の異世界生活なのだが。
悠真が街を歩いてると綺麗な金髪の女性とすれ違った。この街に来てからこのレベルの美人はそこかしこで見かけていた。
「さすが異世界だよなー。だけど……」
だけど、アリスはその中でも群を抜いてレベルが高かったと悠真は思った。
(また、アリスのことを考えてしまってる)
ふと、悠真が地面を見ると皮袋が落ちていた。どうやら通貨が入っている財布のようだった。
(あのお姉さんの落し物か?)
悠真が振り向いて叫んだ。
「お姉さん!これ落としませんでしたか?」
「あ、すみません。あたしのものです」
美人のお姉さんが駆け寄ってくる。
「助かりました。本当にありがとう」
「いえいえ」
悠真がお姉さんに袋を手渡すと同時に横から1つ手が伸びてきて袋が掻っ攫われた。
「あ!」
どうやら引ったくりのようだった。男がすごい勢いで走り去っていく。
「ああ!泥棒!」
お姉さんの叫びも虚しく、男は路地に入って見えなくなってしまった。
(あ、こういう時にあれが使えるのかも……)
悠真は慌てた様子もなく掌を上に向けて念じた。
(取り寄せ)
すると淡い光と共に悠真の掌の上に先ほど男に盗られた袋が出現した。
「はい」
悠真は改めてお姉さんに袋の手渡した。
「え?なんで?」
お姉さんは混乱しつつも袋を受け取る。
「じゃあ、おれはこれで」
「『取り寄せ』か……。まあまあ便利だな」
悠真は自分の掌をまじまじと見ながら歩いていた。
(そういやあと『収納』ってのもあるんだっけ?それに魔法も使えるんだよな。雷と光だっけ)
悠真は少し自分の能力に興味を持ち始めていた。最初は早く帰りさえすれば良いと思っていたが、初めて自分のスキルを使ってみると便利なものだなと思った。
悠真は街の中心の広場まで来ていた。ちょうど城の正面に位置するところで、街でも一番の賑わいを見せているところだ。そこで悠真は一人の少女に目を引かれた。
「この世界でも風船ってあるんだな」
少女は風船らしいものを持って嬉しそうに走っていたが、悠真の目の前を横切る時にコケてしまい、風船を手放してしまった。
「あぁ〜」
少女が泣きそうな顔をして空を見上げた。
(『収納』、使えるかな)
悠真は手を風船の方に向けて念じてみた。すると青い空にふわふわと浮いていた風船が突如消えてしまった。
少女はそれを見て不思議そうな顔をしている。まるで頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるようだった。
(これは、成功ってことかな。『収納』の中を見るにはどうすれば……)
悠真はとりあえず念じてみることにした。すると頭の中に『収納』の内容が浮かび上がってきた。
(お、確かに風船が入ってるぞ。ん……?なんだこれは!?)
内容を確認すると、今初めて使ったはずの『収納』に、大量にアイテムが収納されていた。
(大量の剣に、銃……?防具もあるな。それにポーションやエーテル、野営の道具やら旅に必要そうなアイテムがかなり入ってるぞ)
悠真は身に覚えのない大量のアイテムに、手放しに喜ぶことはできなかった。それどころかなんだか物騒な装備品が入ってることに怖くなってしまっていた。
(なんだよこれ……)
「風船……」
見ると少女が空を見上げて呟いていた。
(おっと)
「ちょうど風船を持ってるからあげるよ」
そういって悠真は『収納』から取り出した風船を少女に差し出した。
「ありがとう!」
少女は笑顔でお礼をいうと、また元気よく走っていった。
悠真は壁に寄りかかって、改めて『収納』の中身を確認する。
『英雄の剣カラドボルグ』
『光の剣クラウ・ソラス』
『神剣アロンダイト』
『魔銃バルバトス』
『炎銃プルトン』
『ポーション』× 100
『ハイポーション』× 100
『エーテル』× 100
少し見ただけでも物騒な名前の付いている武器が並んでる『収納』の中身を見て、悠真は見るのをやめてしまった。
(こんなの入れた記憶ないぞ……)
悠真は頭を抱えた。自分が夢遊病で夜な夜な武器を集めて回ったりしてるんじゃないかとも疑ったが、そんなことをしていたら宿屋の亭主にすぐ注意されてしまうだろうと思い、その考えを否定した。
「ポーションとかは役立つだろうけどなぁ」
そう言ってみたはものの、ゲームなどでの効果とこの世界での効果が一緒とは限らないな、と悠真は思った。
「そういえばこの辺に、怪しげな魔法アイテムを売ってる店があったな」
悠真が足を運んだ店は、街の広場の北西の赤い屋根の建物だった。店の中は古い書物や、なにやら魔法の生成に使うのか、ヤモリの干物のようなものや怪しげな植物などが並んでいた。
「ちょっと聞きたいんだけど」
「あれ?前に別の世界がどうとかって言ってたお兄さんじゃないか」
店主はハキハキとした男勝りな女性だった。悠真より少し年上ぐらいだろうか。陰気なこの店には似合わない、どちらかというと酒場とかにいそうな女性だな、と悠真は思っていた。
「ポーションってさ、どんな効果があるの?」
「ポーション?ああ、怪我や疲れを癒す効果があるよ。あまりひどい怪我だと治りきらないだろうけど、それでもかなり便利な貴重品さ。さらにハイポーションにもなるとどんな致命傷も治るんだ。流石に死人は生き返らすことはできないけどね。並みの冒険家では持ってないだろうね」
「そんなに貴重品なんだ」
「ああ、うちの店にも売ってるけどね。質はそんなに良くないよ。それでも値段は金貨2枚だ」
「たっけえ!そんなに生産が難しいのか?」
「ああ、わたしもポーションを精製することができるけど、この街ではわたし一人だろうな。それに素材のなかなか取れないんだ」
「そうなのか」
「なんだい?売って欲しいのかい?」
「いや……」
悠真が頭を振った矢先に大きな音が街中に響いた。地面がグラグラ揺れている。
「なんだ!?」
悠真と店主が店の外に出ると、皆が一様に同じ方向を向いていた。悠真もつられてその方向に目を向ける。どうやら皆は城を見ていたようだ。城から黒い煙が上がっている。城の方から大勢の人たちが走ってくる。
「なにがあったんだ?」
悠真はただならぬ様子を見て思わず声に出した。
「なんてこった。城が……。王様は大丈夫なんだろうね」
店主が城を見て呟いた。
(そうか!王様!)
悠真は王様がいなくなると自分の帰るための情報源がなくなることに気づいた。
「まずいな、ちょっと様子を見てくる」
悠真は城の方からなだれ込んでくる人波を掻き分けながら走った。
「気をつけるんだよ!」
走り去る悠真の背中に向かって、魔法屋の店主が叫んでいた。




