ウィベックの惨状
結局、姫様に追いつくことはできなかったな。ウィベックの市街に入る門を見ながらクラウスは思っていた。
「身分証を」
門番の兵士がクラウスに要求する。
「ああ、はいはい」
クラウスがプレートを差し出した。
門番はプレートとクラウスの顔を一度ずつチラッと見て、プレートを返しながら言った。
「この国には何をしに?」
「あん?仕事だよ、仕事」
この国に何度か足を運んだことのあるクラウスだったが、こんなことは一度も聞かれたことがなかったので、クラウスは少し不思議に思った。
「この国は今少々立て込んでいる。用が済んだら早めに出て行くんだな」
「ああん?」
よくわからない忠告にクラウスはますます訝った。
(さて、まずは勇者と姫様の情報を掴まないとなー。しかし、姫様はこの国にいるやつから狙われていると言っていたが、まだ無事だろうな……)
市街に入ったクラウスはギルドに向かっていた。この街のギルドでは何度も依頼をこなしているし、しばらくいたこともあるので顔見知りもいるはずだと考えていた。そうでなくてもギルドには情報が集まりやすいので、熟練の冒険者が街に着いて始めに向かうところは宿かギルドが大半なのだ。
クラウスはギルドの扉の前で目を見開いた。
「はあ!?」
扉は固く閉ざされており、その前には看板が立てかけられていた。
「ウィベック国王の名の下、ギルドを閉鎖する」
看板にはこのような文字が書かれていた。
「おいおい、ギルド閉鎖なんて聞いたことないぞ。どうなってるんだ?」
「クラウスじゃないか」
一人の男がクラウスに声をかけた。クラウスよりは少し年上に見えるその男は軽装で腰に短剣を携えていた。
「おお、久しぶりだな」
クラウスは手を上げて挨拶をした。その男とはこの街で何度か酒を酌み交わした程度だったが、顔は覚えていた。
「それ見たのか」
男は看板に目をやり、苦々しい顔をした。
「ああ、どうなってんだこれは?」
「最近、なんだか王様の様子が変なんだ。次々に市民を圧迫するような条例を出してきている。おかげでこの街にいた冒険者のほとんどが出て行っちまったよ」
「ウィベック王が……?」
クラウスの知るウィベック国王はとても聡明で、正義感の強い豪胆な人物だった。そのような、民の信頼を落とす行動を国王が取ることは、クラウスに取ってとても合点がいかないことだった。
クラウスは改めて街の様子を見た。確かに以前来た時よりもどこか活気がなく、こんな昼間なのに露天商が少ない。以前はやっていた武具屋などもどうやら今は営業していないようだった。
「どうなってるんだ……?」
クラウスは思わずに声に出してしまった。
「数日前。国王の命令とかで国の兵士が市民の蓄えを全て持っていってしまったんだ」
男が怒りに満ちた声を抑えながら言った。
「城の前に行ってみると良い。もう暴動寸前だよ」
「なんだかやばい時に来ちまったみたいだな」
クラウスは口元では笑っていたが、額には一筋の汗が流れていた。
「ああ、おれももうすぐこの街を出る。お前もこんな街にはいない方がいいぜ」
「仕事が終わったらそうするよ」
クラウスの仕事は簡単には終わりそうになかった。
「あ、そうだ。この街で勇者を見なかったか。あと姫様」
「そういえば、勇者の一行と姫様と数人の兵士が一緒に城に入ってったのを見たってやつがいたぞ」
男は一拍置いて続ける。
「なんでも、姫様が兵士に連行されているように見えたんだとか」
「それ、まじか?」
クラウスは思わず目を吊り上げた。
「あ、ああ……」
男がクラウスの迫力に押されながらも答えた。
(どういうことだ?姫様は勇者に狙われていたのか?勇者はこの国の兵士を動かせる?)
クラウスは、自分が思っていたより厄介なことを押し付けられたと気づき、頭を手で抑えた。
「とにかく城の前に行ってみるか」
城の前では大勢の市民が城の門を取り囲むように群がっており、皆何かを訴えていた。
「金を返せー!」
「これからどうやって生きていけばいいんだ!」
「ギルド閉鎖なんて、魔物の討伐依頼はどうすればいいんだ!」
「このままじゃこの街から冒険者がいなくなっちまう!商売上がったりだよ!」
「これは……」
城の前についたクラウスは暴動寸前の市民を見て呟いた。まさにギルドの前で男から聞いていた通りの光景だった。
「静まれぃ!」
ウィベック国王が市民を見下ろして叫んだ。たまに国王はそこに立って市民に向けて直接言葉を伝えることがあったのだ。
国王の一喝に先ほどまで暴動寸前だった市民たちは静まり返った。
「あれは……」
クラウスは王様の少し後ろに控えてる兵士たちの中に勇者を見た。そして勇者はやはり国とのなんらかの関係で繋がっていると悟った。
(今は手を出せそうにないな……)
さすがに国王の前で勇者と対峙するわけにはいかないと考えたクラウスは、この場では静観することを選んだ。
「我が民たちよ。何か不満があるようだな」
国王はゆっくりと喋った。その目はどこか焦点合ってないようにも見える。
「これ以上税を取れると生活できません!」
「なぜギルドを閉鎖したんですか!」
「どうしてこんなことを!」
市民が次々と口にする。
「かわいそうな民たちよ。それほどまでにこの国で生きるのが辛いと言うなら楽にしてやろうじゃないか」
王様がそう言って手を振り下ろした。それが合図だったかのように兵士たちが次々と城から出てきて、市民たちに向かって剣を振り始めた。
「な、なにぃ!?」
クラウスは我が目を疑った。
一瞬にしてそこは悲鳴と怒号が鳴り響く地獄と化した。女や老人だろうが容赦無く切り捨てて行く兵士。中には魔法を使って火を放つ兵士もいた。逃げ惑う市民たちが次々と倒れていく。
「なにを、してやがるっ!」
クラウスが剣を抜いて、走り出した。市民に斬りかかる兵士の剣を防ぐ。
「お前ら、正気かよ!」
兵士は正気の沙汰ではないようだった。目の焦点が合っておらず、話も通じない。表情も虚ろだ。何かがおかしい。
クラウスが走り込んで数回剣を振ったかと思うと、兵士が4人倒れ込んだ。クラウスと兵士の力量は比べようもないほど、圧倒的にクラウスが上手だったのだ。
「ここを離れろっ!下がるんだ!」
クラウスは市民を助けながら兵士を倒していく。
「くそ、キリがねえ!」
クラウスが戦いながらも横目で王様の立っているところを見ると王様は無表情に街を見下ろしていた。王様の後ろを見てみると勇者はすでにいなくなっていた。
「どうなってやがるんだ……」
クラウスが目を話した隙にも兵士は襲ってくる。
「くそ!」
クラウスは兵士の剣を防ぎ思い切り前蹴りをして兵士を吹っ飛ばす。あたりの建物が火の魔法で燃え始めていた。
その頃、大臣は城の中で頃合いを見計らっていた。
「いいぞ、いいぞ。あとはわたしが王を討伐すれば国はわたしのものだ」
そう言って大臣は高笑いをした。
「おれはこの混乱に乗じてオーブを手に入れこの国を離れる。約束通り宝物庫の鍵をよこせ。あとは好きにすれば良い」
「ああ、ご苦労だった。鍵はくれてやろう」
勇者は鍵を受け取るとさっさとその場を離れてしまった。
「ふん、やつのおかげでうまくはいったが、なにを考えているかわからん男よ」
大臣は鼻を鳴らして吐き捨てるように言った。
「シュルヴェステル!」
大臣がそう叫ぶと一人の男がどこからともなく姿を現した。その男はとても人間とは思えない牙を持ち、爪を持ち、目の色は赤かった。
「はっ」
男は胸に手を当て、大臣に敬意を表した様子だった。
「この国はヴォルツとの関わりが深い。おそらく姫もヴォルツに逃亡していたに違いない。あの国の力は削いでおいた方が良いだろう。できるか、シュルヴェステル?」
「お任せください」
そういうとシュルヴェステルは床に魔法陣のようなものを描いて魔力を込めた。魔法陣から光が放たれ、シュルヴェステルを包みと、シュルヴェステルは消えてしまった。
「転送魔法陣か。便利なものよ」
その頃アリスは牢屋で外からの喧騒を聞いて良からぬことが起きているのでは思っていた。
「外でなにが起こっているのですか?」
牢屋番の兵士に尋ねる。
「ああ、王が見せしめのために市民を殺し始めたんだろう」
その兵士は洗脳を受けていないようだったが、大臣に自ら協力しているようだった。
「どういうことですか!?」
アリスは牢屋の格子を掴んで兵士に問いただす。
「王が乱心して民に危害を加えているところを大臣が討って、国が救われるってシナリオだよ」
「な、なんてこと……」
アリスの顔が青ざめる。頭がクラクラして視界が歪み始めた。
アリスはなんとか牢屋を出る方法を考え始めた。牢屋の鍵はあの兵士が持っているが、迂闊に牢屋には近づいてこない。牢の錠は炎の魔法で焼き切れるだろうが、そんなことをしていたら目の前の兵士に気づかれてすぐに対処されてしまうだろう。
アリスが思案しているうちに大きな音と衝撃が走った。グラグラと地面が揺れる。
「きゃあっ!」
アリスは思わずよろめいて地面に座り込んだ。振り向くと牢屋の壁側に大きな穴が空いている。クラウスと戦っていた兵士が思わず魔法を暴発してしまい、城に当たってしまったらしい。
「おい、外が大変だ!手伝ってくれ」
駆け込んできた兵士が急いだ様子で牢屋番の兵士に伝えた。
「わ、わかった」
牢屋番の兵士が牢屋を出て行ってしまった。
(今のうちだわ……!)
アリスは炎の魔法で錠を焼き切って牢屋の外に出た。
「一体外ではなにが起こっているの?」




