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ミライ×ミライ×ミライ  作者: 偽ゴーストライター本人
9/10

(8)

「じーちゃんは、お亡くなりになりました」

 と、鈴ちゃんが言った。

 僕は一瞬、衝撃発言を聞いたような気がしたが、よくよく考えてみれば僕もそれなりの年齢だろうから、ま、そういうこともある。

「そうか・・・僕は死んだのか」

 今から何年後の話なのかは知らないが、美人の奥さんがいて子供にも孫にも恵まれたのだから幸せな人生だったろう。

「年齢的にも・・・病気だったのかな」

 これは知らない方がいい情報かな? と思ったが、口に出してからでは遅かった。

 鈴ちゃんが言った。

「ちがう・・・わたしじゃない・・・ぬれぎです」

 鈴ちゃんは何かに脅え始めていた。 

「あのナイフは、わたしの物じゃない・・・犯人は・・・犯人は、きっと他にいる・・・」

 そうか・・・僕は孫に殺されるのか。きっと財産を蓄えているのだろう。

「鈴ちゃんって、そういう冗談が好きだよね?」

「・・・・・・」

 鈴ちゃんは僕の質問には何も答えず、ただ無言でうつむくだけだった。

 しかしすぐに顔を上げると、けろりとし感じで話を始めた。

「とにかく、じーちゃんは死んだ・・・それは、ゆるぎない事実」

「まあ・・・揺るがないだろうね」

「じーちゃんが死んだ後、わたしは初めてじーちゃんの・・・」

 鈴ちゃんはそこまで言って言葉を切った。それから何かを思い出すかのように、少し考え込んでから口を開いた。

「・・・わたしというか、家族みんなが、じーちゃんとばーちゃんの、なれそめを知りました」

「なれそめ?」

 僕とアミラさんとの出会いの話は、娘のカミラでさえも教えてもらえなかったらしい。それは僕が亡くなった後でようやくアミラさんの口から明かされたという。それは僕が鈴虫を助けた話に始まって、アミラさんが僕を宇宙船に連れ込むまでの話だった。アミラさんは懐かしそうに家族に語ったという。

 僕がアミラさんの宇宙船に運び込まれた原因は、アミラさんの手から放たれた電撃だった。僕は全身に大やけどを負い、しばらく生死の境をさまよったらしい。その時の現場は夜の公園だったらしいが、僕が電撃を受けたシチュエーションが想像できてしまうのが妙に悲しい。

 僕の内心を読んだかのように鈴ちゃんが言った。

「わ・・・わたしには・・・ケダモノの・・・ケダモノ爺の血が流れている」

 鈴ちゃんが僕を蔑むような目で見ている。

 これには僕も反論しておこう。

「僕がアミラさんに襲いかかることなんてないよ。それは、ちょっと考えられない」

「そこは、ばーちゃんも、はっきりとしたことは言いませんでした・・・ただ『夜の公園で驚いた拍子に』とだけ」

「驚いた拍子に・・・か」

「わたしは、もっと詳細が知りたいです、不完全燃焼です」

 僕の家で起きたハプニングも『廊下で転びそうになった僕に驚いた拍子に』と言えなくもない。もしも本当に僕がアミラさんに抱きつこうとしたとか、体を触ったとかにしても、さすがにアミラさんもそこまでは言うまい。

「わたしは、じーちゃんを、誤解していました」

「誤解?」

「じーちゃんはケダモノ、わたしはケダモノの孫」

「だから・・・違うってば」

 僕が嫌そうなな顔をすると、鈴ちゃんもコクリと頷いた。

「はい・・・わたしは、さっきの一部始終を見ていました・・・だから、知っています」

 さっきの一部始終というのは、もちろん僕がアミラさんの胸をむにゅっとした場面だ。

 現場を目撃した鈴ちゃんが率直な感想を述べた。

「じーちゃんは、女の色香にびびって後ずさりをした、とんだチキン野郎でした」

「・・・・・・」

 僕はそういう人間なので、批判は甘んじて受けいれよう。

 しかし僕もまさか鈴ちゃんに見られていたとは思わなかった。だがそれも考えてみれば当然の話であって、鈴ちゃんはあのアミラさんの孫娘なのだ。だから鈴ちゃんが昆虫の目を通して家の中を見ていても、なんの不思議もない。しかも鈴ちゃんは地球の昆虫が操れないことを知っていたので、自分が操れる昆虫を未来から持参していた。それを僕の家だけでなく、通学路や駅周辺、図書館や喫茶店などに十匹以上放っていたという。つまり鈴ちゃんは最初から全てを計算していたのだ。

 僕がそのことを知ったのはアミラさんを駅まで送り届けた帰り道のことだ。未来に帰ったはずの鈴ちゃんがタイミングよく僕の前に現れたのだから、さすがにそれを偶然で片づけるわけにはいかなかった。家に戻る道すがらで鈴ちゃんに疑問をぶつけてみたら、鈴ちゃんは悪びれる風もなくあっさりと白状した。

「わたしも、清香ちゃんと同じように、過去を変えにきました」

 そんな鈴ちゃんは我が家の台所で、アミラさんの作った料理を食べていた。

「これは、わたしが、自分一人で計画しました」

 と、誇らしげな顔をした鈴ちゃんだったが、鼻の頭にケチャップがついているのが残念だった。

「それで鈴ちゃんは『幸せのネックレス』をアミラさんに渡すように仕向けたわけだ?」

「はい」

 鈴ちゃんからアミラさんの手に渡ったネックレスは、アミラさんの能力を抑制する機能を持っていた。それを身につけていたために家を訪れたカミラにも気づかなかったし、先ほど電撃を発した時にも僕に全くダメージを与えなかった。

「ばーちゃんは、子供の頃に、ドラゴンを、倒したことがあるそうです」

 幼い頃のアミラさんが森の中を歩いていると、急にドラゴンが現れたらしい。驚いたアミラさんは無意識のうちに電撃を放ってしまい、ドラゴンはその場に崩れ落ちたそうだ。

「ドラゴンは、それくらいの攻撃で死にませんが、目撃者の証言によると、力無くフラフラ飛び去ったドラゴンは、尻尾を巻いていたそうな」

 この大宇宙にドラゴンなんて生き物が存在することにも驚くが、幼き日のアミラさんの武勇伝にも驚かされる・・・これは本当に現実の話なのか?

「ばーちゃんはそれ以来、あまり力を使わないようにしていた、らしいです」

「それを地球で使っちゃったのか・・・アミラさんらしくないなあ」

「ばーちゃんも、年頃の女性なんですよ? 初めての一人暮らしに、国や親元を離れた解放感・・・少しくらい気が緩んだって、仕方がないのです」

 そう言われてみると僕にも思い当たるフシがある。親が一週間いないだけで僕もだいぶ解放的になれた。ましてやアミラさんのように家柄や立場が特殊な人間なら、尚更そういう気持ちも強いだろう。僕はなんとなく映画の『ローマの休日』を思い出していた。

「僕にはよくわからないけれど、身分の高い人って色々と大変なんだうなあ」

「下郎の分際で、小癪なことを言いおるわ」

「・・・下郎?」

「アミラ様は、貴様のような男が口をきける、そんな身分の方ではない」

 鈴ちゃんの小芝居が始まった。

「本当のわたしの正体は、王族の人間を地球に孤立させる、革命闘争の戦士なのだ」

「そういう設定にしたいのなら、もっとしっかりと前フリをしておかないと・・・ここでその冗談を言われても訳がわからない」

 それに頬にケチャップまで付けた革命戦士に説得力はない。

「それにしても・・・まさか革命戦士がまだ現代に残っているとは思わなかったよ」

「わたしは、ちゃんと家に帰ってきましたよ?」

 革命戦士、もとい鈴ちゃんが言った。

「ちゃんと家に帰って、ちゃんと学校に通って、それでまた、ここに戻ってきたんです」

「・・・未来って、そんなに簡単に行き来できるんだ」

 僕は少し驚いていた。

「タイムマシンって、ずいぶん手軽な乗り物なんだね」

「いいえ? ・・・タイムマシンの取り扱いは、全宇宙共通で、厳しく管理されていますよ?」

「だったら・・・鈴ちゃんは・・・どうして?」

「わたしが作りました」

「作った?」

「・・・これは、ナイショの、秘密なのです」

 そう言って鈴ちゃんは『しー』と人差し指を口の前に立てた。

「わたしは、清香ちゃん・・・清香先生から、個人的に勉強を教わっています・・・そして、タイムマシンの生みの親である清香先生の、後継者候補とも、言われています」

 とんだ天才少女がいたものである。

 これが自分の血を引く孫かと思うと素直に感動するが、それと同じくらい驚いたのが清香のことだった。

「そうだったのかか・・・タイムマシンを作ったは、清香か」

 僕は清香のことを詳しく知らなかった。清香も多くを語ろうとはしなかったし、僕も未来のことを聞いてはいけないと思っていた。清香が単身で過去に戻ってきたことや別れ際のノートの件からも、タイムマシンの関係者とは思っていたが、どのくらいのレベルで関わっているかは謎だった。

 僕の反応を見た鈴ちゃんが困惑していた。

「あの・・・清香ちゃんは・・・何も言わなかった、ですか?」

 鈴ちゃんも『未来人あるある』を思い出したらしい。

「なーんちゃって・・・ウソウソ・・・ウソですよー」

「さすがに・・・もう遅いよ」

「・・・・・・」

 それにその話を聞いたからといって、僕にどうこうできるレベルの話ではない。僕が対応できるのはせいぜい日常レベルの話だけだ。

「最初にもっと詳細を言っておいてくれれば・・・僕だって協力できたろうに」

 僕の恨み節を聞いて、鈴ちゃんが眉間にしわを寄せた。

「うーん、どうでしょう・・・それだと、失敗したかもしれません」

「そうかなあ」

「・・・知らなかったからこそ、じーちゃん『らしさ』が、出たのだと思います」

「それを言うなら・・・もっと徹底的に情報を遮断して欲しかったよ。事前に知った情報で余計なことまで考えすぎて・・・だいぶ空回りした」

「う~・・・それは、わたし一人の責任では、ないような気がします」

「まあ・・・たしかに清香とカミラがいたから、っていうのも大きいかな」

「わたしは、予想していませんでした・・・まさか清香ちゃんと、カミラちゃんまでここにいるなんて」

 鈴ちゃんにとっては二人の存在が誤算だったらしい。僕とアミラさんが出会う日に過去に戻ってきてみれば、先に二人が僕のところにいた。それで鈴ちゃんは大いに頭を悩ませたという。

「それでも、ばーちゃんの前髪が、カミラちゃんに反応した話は、使えると思いました」

「だから喫茶店に突撃してきたのか・・・」

「ばーちゃんは、自分は地球人とは違うという、自覚が足りなかったのです」

 そう言って鈴ちゃんは小さな溜め息を落とした。

「・・・それを、じーちゃんが亡くなった後で、寂しそうに話していました」

「・・・・・・」

 もしもアミラさんにその自覚があったなら、もう一人の僕は宇宙に行かなくても済んだのだろうか? ・・・なんてことを僕は考えていた。

 鈴ちゃんが僕の知らない未来の話を続けた。

「じーちゃんの葬儀の後、清香ちゃんが『最初のタイムマシン実験の時に、兄の失踪を止めにいくことを考えた』と言いました」

 その清香は実際には何もしなかったが、もう一人の清香はそれを実行したわけだ。

「それを聞いたばーちゃんが『もしそうなっていたら自分は地球でトラブルを起こして、すぐに地球を追い出されていたでしょう』と笑いました」

 鈴ちゃんが僕らに語った地球滅亡のシナリオは、誰よりもそのことを理解していた未来のアミラさんの言葉なのだ。

 鈴ちゃんが声が少し小さくなった。

「・・・ばーちゃんと清香ちゃん・・・昔は二人の仲が悪かったことを・・・その時に初めて、わたしは聞きました」

 その話をする鈴ちゃんはどこか悲しそうだった。

 その原因は僕だった。

 もうひとつの歴史の僕は、ある日、突然に失踪した。僕が失踪したことで、間違いなくひとつの家族が壊れた。それは紛れもない事実だったし、一人の男子高校生の失踪は学校や地域で波紋を呼ぶことになった。テレビや新聞で取り上げられることはなかったが、それでも僕に関係する人間には多大な影響を与えた。人が急にいなくなるということは、つまりそういうことだった。

 清香が生まれた時には、僕はもういない人間だった。清香は最初から一人っ子として育ったし、それを当たり前のように受けとめていた。しかし僕の両親にとっては十六年も育てた我が子が突然、消えてしまったのである。その喪失感の大きさは僕の想像を超えていただろう。

 清香がタイムマシンンを完成させた背景には、もしかしたらそんな一因もあったのかもしれない。

「あ・・・もちろん、今は仲良しですよ? じーちゃんも、無事に両親と再会できましたし、カミラちゃんを、紹介することもできました」

 僕は清香とカミラの関係性について思うところがあった。

 これは僕の勝手な想像かもしれないが、アミラさんと清香の溝を埋めたのはカミラのような気がした。カミラは純粋に清香を姉のように慕っていたし、清香もカミラを実の妹のように可愛がっていた。おそらく元の世界でもその関係性は変わらないだろうし、カミラの存在が清香の心のわだかまりを解くことに役立ったのではないだろうか。清香がアミラさんのことを『家族から兄を奪った女性』から『兄の大切な家族』へ認めるまでの経緯には、きっと僕なんかでは想像できない葛藤があったはずだ。

「・・・僕の知らないところで、みんな色々なことがあったんだろうな」

「じーちゃんは、こうやって呑気にしていますが、その陰には、壮大なヒストリーがあるのです」

「なるほどね・・・心に刻んでおくよ」

「ばーちゃんの胸を触って、それくらいでオロオロしている、そんな場合ではないのです」

「・・・・・・」

 実際にオロオロしていたのは電撃を放ったアミラさんの方だったし、僕はオロオロもビリビリもしていない。その少し前に心臓がドキドキしていたことは素直に認めるが。

「僕はゲームをクリアできたのかな」

 結局のところ僕はなんのトラブルにも巻き込まれなかった。

「・・・それとも新たな敵が出てくるのかな?」

「さあ・・・・どうなんでしょう」

 今回の仕掛け人である鈴ちゃんが他人事のように言った。

「わたしは、誰とも戦っていないので、知りません」

 アミラさんの手料理を食べ終えた鈴ちゃんがお茶をすすりながら言った。

「わたしの目的は、誰も悲しまない歴史を、作ることでした・・・が」

 未来からやってきた天才少女はしみじみと言った。

「そんなものは夢物語ですし、理想論でしかないのです・・・でも、それでも、わたしは・・」

「・・・・・・」

 全ての人が幸せになることなんてありえない。歴史とはそういう不条理の連続なのだ。たとえ何処かの国が攻め滅ぼされたとしても、そこには新たな国が誕生して新たな歴史が積み上げられていく。誰かの犠牲や不幸が代償となって、違う誰かが繁栄や幸せを手に入れる。僕が宇宙に連れて行かれたことによって不幸になった人がいれば、それによって違った幸せや希望を手に入れた人もいる。

「わたしには、何が正解なのか、わかりません」

 鈴ちゃんが口の周りをハンカチで拭きながら言った。

「それに、この時間軸は、歴史の特異点のような気が、します」

 惜しくも鼻のマヨネーズだけを拭き残した鈴ちゃんがシリアスな話をしている。

「もとはといえば、わたしが、歴史を変えようとしたからですが・・・ん?」

 と、鈴ちゃんはそこで何かに気づいたようだった。

「それは、清香ちゃんも同じ・・・でしょうか? ・・・だからタイムマシン同士がバッティングして、こんなカオスな状態になった、かもしれません」

 おそらく鈴ちゃんのいた世界が歴史の正しいルートなのだろうが、その歴史を変えるために三人が僕のところにやってきた。この三人が鉢合わせになったのは、言い方は悪いかもしれないが、下水処理場にまとめて流れついただだけかもしれない。果たしてその水がきれいになったのかどうか、今のところは定かではないが・・・。

 それでも僕の知らないところで僕の家族たちが、それぞれの想いを抱えながら奮闘していたことには素直に感謝した。僕は自分を応援してくれた人たちのためにも、しっかりと責任ある行動をとらなければならないのだろう。

「僕は・・・僕たちは・・・これからどう生きるのが正解なんだろう」

「そんなことは、知りません・・・自分で考えてください」

 鈴ちゃんはちょっとムッとしたように言った。

「大人なんですから・・・じーちゃんが、自分の責任でどうぞ」

「・・・ごもっとも」

 言うほど僕も大人ではないのだが、鈴ちゃんから見れば年上の僕は充分に大人なのだろう。それでも実際には、僕よりも年下の鈴ちゃんの方がよっぽどしっかりした考えを持つ大人だった。

「それでは、わたしも、元の世界に帰ります」

「その前に・・・料理を作ってくれたアミラさんに『ごちそうさまでした』を言おうか?」

「・・・・・・」

 鈴ちゃんは無言でイスから立ち上がると、そのまま台所を出ていった。

 僕はその後ろをついて歩きながら言った。

「一人で夜道を歩くのは危険だろうから、途中まで送ろうか?」

「結構です・・・わたし、電撃も出せます」

「あ、そ」

 どうやら僕は孫娘の機嫌を損ねたようだ・・・それなら鼻についたケチャップは教えないで送り出すことにしよう。

「わたしとじーちゃんは、会うのが、これが最後かもしれません」

 鈴ちゃんは玄関先に腰を下ろしながらスニーカーの紐を結んでいた。

 僕もなんとなくそんな予感はしていた。

「たぶん僕が宇宙に連れていかれることはない・・・と思うしね」

「・・・それがわたしの、目的でも、あります」

「それでも僕とアミラさんが結婚して、年をとってから娘が生まれたら・・・可能性はあるんじゃないの?」

「歴史はそんな、単純なものではありません」

「・・・そういうものなのか」

「・・・わたしは、ここの清香ちゃんにも、何も話していませんが・・・それでも清香ちゃんは、感じていたのだと思います」

「清香が?」

「だからばーちゃんに、未来の技術を書いたノートを、渡したのだと思います」

 清香は自分の世界に帰る前にアミラさんにタイムマシンの理論を託していた。

「それは万が一の時に、本来の時間軸に繋がる鍵・・・つまり、わたしが生まれるために、必要な歴史年表があって、そのための布石なのでしょう」

 清香はアミラさんにノートを渡す時に、二十六年後の未来にタイムマシンが存在しなかったら、その時にノートを公開して欲しいと言った。それは、つまり自分がタイムマシンを作らない未来があることを考えてのことだ。そこで生まれる清香にとってはありふれた平凡な未来かもしれないが、それでも家族と一緒に暮らせる幸せな未来だろう。清香は自分の幸せのために誕生できない命があることを知っていた。だからアミラさんに希望を託したのだ。

 そして別れの時が近づいていた。

「それでは、お別れです」

 靴のつま先をトントンしながら鈴ちゃんが言った。

「お見送りは・・・ここで結構です」

「遠い未来の話だけど・・・鈴ちゃんに会えるといいね」

「・・・わたしが生まれた瞬間から、じーちゃんの命は、カウントダウンが開始されます」

「それは・・・鈴ちゃんに殺されないように・・・気をつけるよ」

「残念ながら・・・じーちゃんは老衰でした」

「・・・ま、幸せな人生を送ったようだし・・・細かいことは気にしないよ」

「そうですね・・・それでは」

 そう言って一礼すると、鈴ちゃんは玄関を出ていった。

 ずいぶんあっさりとした別れだなあ・・・なんて拍子抜けした僕だったが、よくよく考えてみれば昨日の夜も清香と鈴ちゃんとはお別れをしたばかりなのだ。

 僕は玄関先に立ったまま、ぼんやりとそんなことを考えていた。

「それからですねっ!」

「うわっ!」

 急に玄関の扉が開いたので僕は思わずのけぞっていた。

 見ると鈴ちゃんが扉から顔だけを覗かせていた。

「本当は・・・わたしの名前は、月島鈴では、ありません・・・よ?」

「あ・・・やっぱりそうか」

 僕は鈴ちゃんの名前には当初から疑問を持っていた。いくら鈴虫の恩返しだからといって、さすがに『鈴』はないだろうと思っていたのだ。

「わたしのかーちゃんは、とーちゃんと結婚しています・・・なので『月島』は旧姓・・・という、サプライズでしたー」

「いや・・・それは別にどうでもいい・・・でも、わざわざ有難う」

 もうこの際、鈴ちゃんの名字には興味がなかった。

 僕の孫であることには変わりないのだから。

 最後に鈴ちゃんが僕にリクエストをした。

「わたしは、大福もちが大好きなのです・・・差し入れなどは、そういう方向で・・・それでは、お元気で」

 そして鈴ちゃんは本当に未来に帰っていった。

 やれやれ・・・と苦笑しながら僕は家の中に戻った。

 そうして洗い物をしようと台所に入ってみると、鈴ちゃんの皿にピーマンが食べ残されているのを発見した。

 これで僕の老後の楽しみが増えた。

 僕はあのケチャップ娘に、大福よりも素敵なお土産を買ってあげようと思っていた。


     ★


 翌日の午後、僕はアミラさんを公園に誘った。

 その公園はこの辺りでは最も大きな公園で、おそらく僕の失踪現場となった公園だ。駅からも図書館からもほど近く、僕とアミラさんが散歩をするのには格好の場所だ。もう一人の僕は日曜の夜に、目撃者が一人もいない状況で、アミラさんが呼んだUFOに回収されて、謎の失踪から数十年後に地球に帰ってくる・・・って、誰がこんな話を信じるのだろう?

 しかしその未来はもう僕にはやっいてこない。僕に発生するイベントは全て終了してしまったのだ。僕がいる時間軸での運命の日は昨日のはずだったが、それは鈴ちゃんのネックレスによって強制終了させられた。ここから先は自分でルートを開拓していかなければならない。

 それに昨夜の騒動ではっきりしたことがあった。

 アミラさんは僕に恋愛感情を持っていない。おそらくそれはもう一人の僕にも当てはまるはずで、僕がアミラさんと結ばれたのは偶然が味方した運命のイタズラだった。きっかけは僕が気まぐれで助けた鈴虫で、そこでアミラさんは僕が心優しい人間だと勘違いした。そうして僕と知りあって話をするようになり、僕の父が事故にあった話を聞いて同情なんかもしたかもしれない。それからの僕には弟と同じ感覚で接していたはずだし、それは家を訪れた時の態度にも現れていた。アミラさんは僕に対して全く部防備だったし何も警戒していなかったので、僕のことを男として意識していないことがわかった。最終的に僕とアミラさんが結婚できたのは、アミラさんが僕に同情したからだと思う。瀕死の僕を看病するうちに情が移ったナイチンゲール効果というか、そもそも僕に怪我を負わせた負い目もあったのだろう。ある意味その過程が僕の最大の切り札だったのだが、そんな切り札を失った僕にはアミラさんを惹きつけることは難しいだろう。

 だから僕は作戦としてこの公園を待ち合わせ場所に選んだのだった。

 公園の近くまで歩いてきた僕が腕時計を見ると、待ち合わせ時間の三十分前だった。さすがに早すぎるかと思って苦笑していたら、公園の入り口ではアミラさんが先にきて僕を待っていた。アミラさんはすぐに昨日のことを謝罪してきたし、僕の体調をとても心配しているよう去った。

 そんなアミラさんの首元には、あのネックレスが光っていた。

 昨日は動転するアミラさんをなだめるのが精一杯で、ネックレスのことは何も説明できなかった。あのままアミラさんが家に残っていたら、それこそ僕は被害者の立場を利用してよからぬ行為をしていたかもしれない。僕はその直前までアミラさんに骨抜きにされていたので、チキン野郎でよかったと思う。理性のあるうちにアミラさんを駅まで送っていくことができたので、アミラさんを危険(僕)な敵(僕)から守ることができた。

「アミラさんは・・・昨日の夜とか、今日とかに・・・能力的なものは使わなかったんですか?」

「こ、怖いことを言わないでください・・・わたしは地球にいる間は、もう何も使わないと心に誓いました・・・」

 アミラさんがネックレスを普通に身につけているということは、アミラさんはネックレスの効果に気づいていないのだろう。

 僕はアミラさんに言った。

「すいません・・・そのネックレス、少し僕に預からせてもらえませんか?」

「え? ・・・あ、はい・・・どうぞ」

 アミラさんは不思議そうな顔をしながらも、すぐにネックレスを僕に差し出した。

 その後、僕たちはしばらく公園を散歩した。


     ★


 僕は最低な人間だ。

 だから目的のためなら手段は選ばない・・・なんて言えばカッコよく聞こえるが、本当は単なる意気地なしだ。

 鈴ちゃんの言った『とんだチキン野郎』という言葉は、まさに僕のためにあると言ってもいい。

「へー・・・ここでパパが拉致されたんだ」

「清香と鈴ちゃんの話を総合すると、そうなるね」

「ふーん・・・あたし、なんにも知らないのよねえ・・・困ったもんだわ」

「僕が知っている情報だけでも教えてやろうか? ・・・僕がどうして宇宙に行くことになったのか、の真相とか・・・未来のカミラに降りかかる災難とか」

「なによ偉そうに・・・別にそんなの教えてもらわなくたっていいよ」

「いいのか? ・・・へえ、意外だな」

「知りたい情報なら、とっくにお鈴から聞いたし」

「あ、そういうことか・・・ちゃっかりしてんなあ」

「でも、あの子が意外と口が固くてねえ・・・くすぐり地獄で吐かせようとしたんだけど、さすがに清香ちゃんに止められた」

「・・・そりゃ災難だな」

 清香とカミラの関係性がそうであるように、鈴ちゃんとカミラの関係性もこの先も変わらないんだろうな、と感じた。

 そして災難という意味でいえば、カミラもこれから災難に見舞われる。

「ね、それより面白いものってなんなの? ・・・まさか、自分の失踪現場を見せるためにあたしを呼び出したわけじゃないでしょ?」

「清香と鈴ちゃんが帰って、なんか寂しくなったんだよ・・・ちょっとくらいい僕に付き合ってくれてもいいだろ」

「そんなのママに頼めばいいじゃない・・・っていうか・・・今日は図書館に行かなくていいの?」

 首に鈴ちゃんのネックレスをぶら下げたカミラが呑気そうだった。

 まだカミラは自分が母親の元に向かっていることを知らない。もともと索敵範囲が狭いカミラだが、今はそれも完全に封じられている。

 きっとネックレスをしていないアミラさんはとっくに気づいているだろうし、それがアミラさんに紹介すると言っておいた『もう一人の未来人&宇宙人』であることを知っている。

 これから母娘は対面することになるが、その詳細を知っているのは僕だけだった。

 これは僕が仕組んだイベントであり、僕がアミラさんと恋人になるための作戦だ・・・もう使えるものはなんだって使ってやろうと決めたのだ。僕のような人間がアミラさんのような美人をゲットするためには、もうなりふりなんか構ってはいられないのだ。

 僕はアミラさんにこう言うだろう。

『この子は僕とアミラさんの娘です・・・僕たちの未来はもう決まっているのです』

 はい。そうです。僕は下衆野郎です。どんなご批判も、甘んじて受ける覚悟でおります。

 僕は最低で最悪な人間だ。

 も・・・それでいいや。

 それから僕はアミラさんに鈴ちゃんの話をしようと思う。僕たちの孫娘はとんでもない天才少女で、凄い機能を持つネックレスを手作りしたり、一人でタイムマシンを組み上げるようなユニークな子なんですよ、と。

 もしもこの作戦が不発に終わったら、その時は僕も潔く諦めようと思う・・・それも僕の運命なのだから。

 そして最後はカミラのために『離婚しないための結婚』をテーマに話し合いたい。この世界には生まれてこない娘かもしれないが、もうひとつの夫婦にとっては大切な娘なのだから。

 そして数分後。

 僕たち家族は初対面を果たした。

 本当の家族になるために。


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