(5)
これはエンディングの決まっているゲームなのかもしれない。特定のイベントを発生させないと先に進めない、大雑把な筋書きと結果だけを知っているシミュレーションゲームだ。
翌日の朝、通学路でアミラさんの姿を見ることはなかったが、秋の虫はそこいら中で鳴いていた。もちろんその中にアミラさんがリンクしている虫がいるかはわからない。
学校でアミラさんに会うことはないだろうから僕も普段通りに生活をしていたが、もしかしたら今週で高校生活も終わりなのかと考えると少し勿体ない気もした。退屈で平凡な日常も見る角度を変えると景色が違って見えるから不思議だった。
放課後、僕はとりあえず図書館に向かった。もし通学路以外でアミラさんに遭遇するとしたら、それは図書館だろうと思った。ゲームのシナリオ上ではアミラさんが僕を好きな設定なので、僕は一週間以内にアミラさんと再会できるはずだ・・・で、その後でちょっと死にかけるのだが。
別ルートの僕は何も知らないはずなのに、どうやってアミラさんと仲良くなったのだろう?
僕にそんなスキルはないはずだが、アミラさんを図書館まで案内する流れはとりあえず理解できた。昨日の流れだと僕らは一緒に喫茶店にいった可能性があるし、そうだとするとアミラさんの方から僕に声をかけてくれたのだろう。少なくとも僕から女性に声をかけることはない。女っ気のない男子高校生にとって美人はそれだけで強力なボスキャラなのだ。
図書館に到着した僕は歴史の参考書を借りて、空いている席に腰を下ろした。館内にアミラさんの姿はないようで、僕は残念なような安心したような複雑な気分だった。ゲームのエンディングを知っているだけにプレッシャーもあったが、逆にアミラさんの気持ちを知っているので気持ちに余裕もある。何も知らないもう一人の僕がアミラさんにどう立ち向かったのかに興味もあったが、年上の美人に会話をリードされながら喫茶店でケーキを食べている、そんな緊張した自分を想像すると楽しくもあった。
僕がそんなことを考えながら参考書を読んでいると、三十分もしないうちにアミラさんが図書館に現れた。僕はゲームのクリアを確実にするために自分から挨拶にいこうと思ったが、もう一人の僕にそんな行動力があるはずもないので、僕はそのまま気づかないふりをして席に座っていた。
「あの・・・昨日は、どうもありがとうございました」
それから間もなく、僕を発見したアミラさんは控えめな様子で僕に声をかけてきた。
「あ・・・どうも」
「昨日は急いでらしたんでですか? ・・・なんだか血相を変えて走っていかれましたけど?」
「えーと・・・急に忘れ物を思い出しまして」
「まあ・・・そうでしたの」
と、こんな感じで僕たちは無事に再会を果たしたのだった・・・きっとゲームのシナリオはベタな方が面白いのかもしれない。
「あの・・・」
余計なことは聞かない方がいいのだろうが、どうしても気になった僕はアミラさんに質問した。
「それ・・・昆虫図鑑ですよね?」
「あ、はい・・・そうです」
そう言ってアミラさんは手に持っている昆虫図鑑をペラペラとめくった。
「わたし、昆虫の生態に興味があるんです・・・あの・・・おかしいですよね?」
「いや・・・別におかしくはない、と」
非常に勉強熱心な方だと思います。
「本当ですか? 大学でこの話をすると、ほとんどの方から『変』って笑われてしまいます」
これが趣味なのか実用なのか判断に迷うところだが、それでも他人がとやかくいう筋合いではない。
「僕は虫は苦手ですけど・・・虫好きの人を変だと思いませんよ」
「まあ・・・虫がお嫌いなんですか・・?」
「は・・・はあ」
アミラさんが小首を傾げるのを見て僕は『あ、しまった』と思った。もしかしたら今のは失言ではないだろうか? ・・・僕にもう少し緊張感があったら、こんな余計なひと言は口にしないだろうに。
「あの・・・すいません」
「いいえ、謝らないでください・・・その・・・正直な性格の方なんですね」
「正直な性格、と言われると・・・それもちょっと違うような」
僕が本当に正直な人間なら、言わなくちゃならない話が山ほどあります。
「そういえば・・・まだ、お名前を伺っていなかったのですが・・?」
「あ・・・そうですね」
と、こうして僕の名前をアミラさんに覚えてもらうまでに至ったのでした。これは昨日のうちにクリアするべきイベントなのだろうが、まあ、このくらいのズレはエンディングには影響するまい。
「それでは・・・失礼します」
そしてアミラさんは一礼して僕の前から去っていった。
ん? ・・・あれ? ・・・これだけ?
僕が思いっきり脱力したのは言うまでもない。
アミラさんは本棚の向うに消えていってしまった。
その後、僕は参考書を読むふりをしながら頭をフル回転させていた。今日のターンがここで終了なのか、それとも昨日ルートから外れた僕はとっくにゲームオーバーになっているのか、僕にはそれすらもわからなかった。こうなると自分が重大なミスを犯したような気にもなり、昨日やっぱり強引に手を引っ張るベきじゃなかったとか、嘘でもいいから虫を好きだと言っておくべきだったとか、今になって過ぎたことをあれこれと考えてしまうのだった。これからどうすればいいんだろう、なんて考えても僕には次の行動が全くイメージできなかった。僕はてっきりアミラさんがお茶に誘ってくれるものだと勝手に思い込んでいたのだ。
ま、そりゃそうだ・・・。
僕は自分の能力バロメーターを考えて、内心で溜め息をついていた。僕がカミラの存在を知ったからといって、それで自動的にカミラが生まれてくるわけではない。昨日のようなご都合主義が今日も続くとは限らないし、鈴ちゃんが『二回目に会ってから恋が始まる』と言っていたように、きっとここからが正念場なのだ。僕は幸運でたまたま拾っただけシナリオに胡坐をかいて、自分に都合のいい妄想をしていたのだ。
おそらく僕の最大のミスは、アミラさんがゲームの主導権を握っていると勝手に勘違いしていたことだった。
僕の脳裏には、宇宙人に攻撃されて真っ赤に燃える未来の地球の映像が見えた。
はたして僕に未来の地球は救えるのだろうか?
★
「あの・・・香平さん?」
女性の声がした。
気づくと僕の肩を揺すっているアミラさんがいた。
「・・・あれ?」
僕はいつの間にか図書館でうたた寝をしていた。
「お疲れですか?」
「あ・・・えーと・・・考えことをしているうちに・・・あれ?」
机の上には読みかけの参考書が開いたまま置いてあって、腕時計を見ると一時間ほどが経過していた。
軽く寝ぼけている僕を見て、アミラさんが笑顔で言った。
「おはようほざいます」
「あ・・・おはようございます」
慌てて口元の涎を手でぬぐいながら返事をする。
「ここで昼寝をすると風邪を引いてしまいますよ? ご自宅で休まれた方がよいのでは?」
「・・・そうします」
僕はそう答えながらゆっくりと立ち上がった・・・が。
「あ~・・・」
立ちあがった瞬間に少し目眩がした。まだ僕は前後不覚の状態だった。目の前がブラックアウトしそうになったので、僕はそのまま席に腰を落とした。
「・・クラっときた~」
「あらやだ・・・無理をなさらずに・・・そのまま座ってらして」
僕が瞼を押さながら固まっていると、急に僕の傍からアミラさんのが気配が消えた。数秒後に目を開くと僕の前から参考書が消えており、見ると遠くの本棚でアミラさんが参考書を元に戻していた。
「あ~・・・なんか、すいません」
戻ってきたアミラさんにお礼を言いながら、僕は頭がすっきりしてくるにつれて自分の置かれている状況を思い出していた。
「ははは・・・本気で眠ってしまいました」
「もしかしたら・・・と思って声をかけてみたのですが・・・本当に船を漕いでらしたのね」
「みたいですね・・・」
少し眠ったせいで気分も良かった。きっと面倒臭いことをあれこれ考えていたせいで脳がダウンしたのだろう。しかしそのおかげで良い感じで体もリラックスしている。
たぶん僕はこういう時のほうが自然に振る舞えるのだろう。
「・・・少し眠気覚ましをしないとなあ・・・あの、もしよかったら、一緒にコーヒーでも飲みにいきませんか?」
僕は生まれて初めて女性をお茶に誘ったのだった。
★
アミラさんが駅前で貰ったクーポン券は、こうして無事に消費されることになった。
おそらく一日遅れのイベントであろう喫茶店デートは、結果としては怪我の功名のような気もするし、運命といえば運命のような気もするし・・・とにかく順調にシナリオが進んでいることは実感できた。
こうしてアミラさんとケーキをつついている自分がプレイヤー感覚なのは悲しいが、それでも美人とお茶をするのは単純に嬉しい。それが健康的で常識的な男子高校生だと思う。うん。
「まあ・・お父様が事故にあわれたなんて」
「だからといって、それが心労になっているわけではないんですよね・・・問題はむしろ、それ以外のところにあるので」
アミラさんに真剣な眼差しで『どうしてお疲れだったんですか?』なんて聞かれると僕も答えに困ってしまう。心労の原因としては清香、カミラ、鈴ちゃん・・・それになんといっても今はアミラさんその人なのだ。心労の原因らしき出来事のうち、本当のことを話せるのは父の交通事故くらいなものだった。
「それでもお父様のことは心配なのでは?」
「最初は心配でしたけど怪我も軽かったですし・・・今は口うるさい母親が留守なので、遊びすぎが寝不足の原因かも」
父には申し訳ないが、先に清香から事故の話を聞いていたので何も心配はしなかった。
「つまり香平さんは羽を伸ばしすぎた訳ですね? ・・・その気持ちは、わからないでもないですけど・・・」
「親のいないこの一週間が・・・きっと僕の人生の正念場なんですよ」
「そんなに大げさなものですか? ・・・なんと言いましょうか・・・男の子は言うことを聞かないから、困ったものですね」
「ん? 弟さんがいるんですか?」
「はい、三人ほど」
「あ、いいな・・・羨ましい」
本当なら僕も姉が欲しかったので、素直にアミラさんの弟たちが羨ましかった。今の清香も年齢的には僕の姉みたいなものだが、正しい歴史では十歳以上年の離れた妹にしかならない。
「香平さんにご兄弟は?」
「あ~・・・それは・・・」
姉のような妹が・・・。
「・・・来年、妹が生まれる予定です」
「まあ・・・それは、おめでとうございます・・・ご予定はいつなのですか?」
あ、しまった・・・この質問には答えられない。僕がここで『鋭意作成中』なんて言ったら頭がおかしいよ思われる。
「えーと・・・夏、の・・・前かな、と思います」
清香曰く『きっちり十月十日』らしいので、本当は真夏のはずだが、さすがにそれだと計算が合わないし僕の嘘にもボロが出る。
僕はこの時になって初めて『未来人あるある』の洗礼を受けた。
「お母様は身重の状態でお父様の元に行かれたのですか? ・・・それは大変ですね」
「・・・・・・」
本当は身軽な状態で出かけていって、その帰りには・・・いや、もうこの話は止めておこう。
こんな風にアミラさんに気を遣われると、僕も申し訳ない気持ちで一杯だった。今の話には嘘が混じっているし、そもそも僕はアミラさんのことを何も知らない風に装っている。
僕はいつまでこんな嘘をつき続けなければならないのだろう?
僕がアミラさんと出会ってまだ間もないが、アミラさんがいい人だということはすぐにわかった。それに品の良さというか育ちの良さというか、そういう上品な雰囲気が自然と醸し出されている。
たぶん僕はアミラさんのことを誤解していたのだと思う。僕が宇宙に連れていかれた経緯や宇宙人としてのアミラさんの能力、アミラさんの方が僕に興味を持った話なんかを聞かされたせいか、今となっては失礼な話だが、僕はアミラさんを恋愛体質のストーカーみたいな人だと思っていた。今こうして僕が接しているアミラさんは面倒見のよいお姉さんで、良くいえば愛情深くて善良な、悪くいえばお人よしで世間知らずのお嬢様に見えた。
「・・・あら?」
ふいにアミラさんが周囲をキョロキョロと見回し始めた。
僕たちの座っている席は喫茶店の奥だったので、あまり人の動きに影響される場所ではなかった。
「どうかしました?」
店員さんを探しているのかと思い、僕もアミラさんにつられて周囲を見回した。
「注文ですか? ・・・店員さんを呼びましょうか?」
「あ、いいえ・・・そういう訳ではないんですが・・・」
アミラさんはひと通り店内を見回した後で、店の入り口付近で視線を止めた。
「あの・・・なんとなく・・・知り合いが近くにいるような気がして・・・」
「え?」
僕はその言葉にドキリとした。
このシチュエーションには覚えがあった。そしてアミラさんの言う知り合いにも心当たりがあった。
その時、喫茶店の扉で鈴がカランコロンと鳴った。
「いらっしゃいませー」
店員さんの声に迎えられてお客さんが店に入ったきた。
そして現れたのは、我らがアイドル・月島鈴ちゃんだった。
「え? ・・・あれ? ・・・あの子は・・・どうして・・?」
アミラさんは入り口付近で店内を物色している鈴ちゃんを見て呆気にとられていた。地球では滅多に出会うことのない宇宙人のはずなのに、この二日間で二度も出会ってしまったアミラさんなのだった。それにしても、さすがはカミラ曰く『戦闘タイプ』で、その索敵能力の高さは見事だった。恐るべし、未来の僕の嫁。
「アミラさん・・・・とりあえず落ち着きましょう」
思わず席から立ち上がりかけたアミラさんを僕が慌てて制止した。そのまま鈴ちゃんに駆け寄られたら僕も困るのである。
それに・・・なんといっても。
「アミラさんの前髪が・・・ピーンて立ってますよ?」
「えっ!?」
慌てて自分の前髪を押さえたミラさんだが、僕はアミラさんの宇宙人アンテナをしっかりと目撃していた。今の僕の印象ではアンテナというよりも虫の触角のように見えた。
その直後、僕が店の入口に目を向けると、慌てて店に駆けこんできた清香が鈴ちゃんの手を引いて店を出ていく場面だった。
『人の恋路を邪魔する者は、馬に蹴られて死んでしまえ』
僕は鈴ちゃんに、ことわざの意味を説明してもらおうと思っていた。
「なんだか・・・騒々しいいお店ですね」
実際にはお客さんの少ない時間帯なので静かだったし、お店に流れるBGMも控えめだった。
「そ・・・そうですね」
慌てたように前髪を撫でつていけるアミラさんが慌てて冷静さを取り戻そうとしていた。
僕も助け船を出した。
「なんだろう・・・空調の調子が悪いようですね・・・それに風の向きが不規則だし」
「・・・はい」
「店の中が乾燥しているし・・・静電気かもしれませんね」
「そ・・・そうですな」
すぐにアミラさんの前髪は元通りになったし、僕以外でアミラさんの異変に気づいた人はいなかった。というか他のお客さんは鈴ちゃんが入り口でドタバタしたことにも無関心のようだった。
僕もアミラさんの前髪のことに無関心を装いながらコーヒーに手を伸ばした。
「・・・・・・」
僕は先ほどのアミラさんとの会話を思い出していた。それは清香の出生時期について、僕がアミラさんに嘘をついたことだ。
あれは僕の不用意な発言が原因だったが、その後は上手く誤魔化すことができた。しかしアミラさんが清香の話に興味を持って質問をしてきたら、僕は自分の嘘を隠すためにさらに嘘を重ねなければならなかった。もしも僕の話に矛盾が生じて、それに気づいたアミラさんがさらに質問を繰り返してきたら僕はどうしていただろう?
アミラさんは正体を隠して地球にきている宇宙人だった。
そのアミラさんが地球人として生活するためには、地球人として戸籍や身分証明が必要なはずだ。そこには地球で生きてきた『地球人としての歴史』がなければならない。つまりアミラさんが地球で生活するためには、ずっと嘘をつき続けなければならないのだ。嘘のプロフィールやエピソードを誰かに語り、そこで質問された時のために嘘の答えを用意する。嘘の話を真実のように語るために嘘に嘘を重ねていき、いずれは辻褄が合わなくなった話は破綻するかもしれない・・・これからアミラさんはどれくらい嘘をつき続けなければならないのだろう?
「アミラさん・・・」
僕は少し考えてからアミラさんに質問した。
「・・・弟さんは、今もカナダに住んでいるんですか?」
僕はアミラさんから出身地はカナダだと聞いていた。
「え・・・あ・・・はい、そうなんです」
「カナダの・・・どのあたりなんですか?」
「オタワの・・・はずれのほうですね」
オタワはカナダの首都で、そのわりに人口がそれほど多くない 都市・・・だった気がする。
僕はケーキを食べながら、アミラさんがオタワの話をするのを待っていたが結局、そこで会話は途切れた。
「アミラさんの弟さんっていくつなんですか? ・・・僕は十六歳なんですけど、同じくらいの弟さんもいるんんですか?」
自分でも嫌なことを聞いているな、と思った。
きっと僕は性格の悪い、最低の人間なのだろう。
「いいえ・・・上から十歳、七歳、六歳なんです・・・もう本当にイタズラ盛りで困っちゃう」
そう言ってアミラさんは少し目を細めた。
「・・・でも、寝ている時は本当に可愛いんですよ? それに性格も素直で優しいですし」
きっと三人の弟の話は本当なんだろうな、と僕は思った。仕草や表情に弟たちを想う姉の気持ちが自然と溢れ出ていた。
それに比べるとオタワの話はやっぱり不自然だ。もちろんこれは僕が本当のことを知っているから、勝手にそう思っているだけかもしれない。
アミラさんは嘘をつくのが苦手なんじゃないだろうか?
僕はアミラさんを善良でいい人だと思うし、だからかもしれないがアミラさんは嘘や駆け引きが苦手なタイプのような気がした。
それからしばらくアミラさんと会話を続けているうちに、僕の直感は次第に確信に変わっていった。僕は犯人の取り調べをする警官のような気持ちになっていたが、それはあまり気持ちの良いものではなかった。真実を知っている方にすればアミラさんの嘘を見抜くのは簡単だったし、次第にアミラさんが嘘をつく時の癖や仕草なんかも少しだけわかるようになっていた。アミラさんには自覚がないようだったが、アミラさんが語るプロフィールには細かい矛盾があり、これは僕じゃなくても気づく人がいるだろう。月並みな言い方をすれば、今のアミラさんは地球人としてのキャラが固まっていない感じだ。それでも日常の嘘ぐらいならそれほと大きな問題にはならないないだろうが、もしもアミラさんが宇宙人であることがばれたなら、アミラさんは自分で自分を弁護できないような気がした。
いつかアミラさんの正体が全世界にばれてしまう日がくるのではないだろうか?
僕はこの時になって鈴ちゃんの話がリアルな現実の話なのだと感じていた。そしてアミラさんには失礼かもしれないが、僕はアミラさんに大いに同情していた。
喫茶店はそれほど広い店ではなかったが、店内の雰囲気は概ね静かで落ち着いていた。僕はコ-ヒーを飲みながら周囲の状況を伺っていた。近くの座席に客はいないし、他の席の会話が筒抜けになって聞こえることもなかった。
内緒話をするには充分な環境だった。
「・・・今から僕は秘密の話をします・・・アミラさんも冷静になって僕の話を聞いてください」
「・・・え?」
僕はあらかじめ自分の口の前に人差し指を立てて『しー』とやった。
「僕はアミラさんの正体を知っています」
「えっ!」
「・・・しー」
僕がもう一度人差し指を立てると、アミラさんは慌てて口元を片手で押さえた。
「アミラさんは宇宙人ですよね?」
「・・・・・・」
アミラさんは首を左右に振って否定した。
口を押さえるアミラさんの手が片手から両手に変わっていた。
「アミラさんが僕の存在を知ったのは、地下鉄に迷い込んだ鈴虫がきっかけなのも知っています」
思えばそこから全てが始まったのだから、運命なんてわからないものだ。
「アミラさんの前髪が・・・時々、生き物のように動くことも知っています」
「・・・なんのことでしょう?」
ここでアミラさんが僕の言葉に反応した。
「わたしには・・・香平さんの言っていることが・・・よくわかりません」
口調こそ穏やかだったが、アミラさんの目は動揺の色を隠せないでいた。先ほどの会話でも僕はこういうアミラさんを何度か見ていた。これもアミラさんが嘘をつく時の特徴だ。
僕はアミラさんから視線をそらして小さく溜め息をついた。
「・・・これから二十六年後の地球で、タイムマシンが実用化するそうです」
僕はもう覚悟を決めていた。
「そして未来の地球が、アミラさんの星から攻撃される危険があることを知りました・・・その危機を僕に伝えにきた人が・・・その人がアミラさんの正体を教えてくれました」
「・・・そんな荒唐無稽な話・・・わたしには信じられません」
「その人の話によると、このままではアミラさんの正体が必ず地球人にばれます・・・そしてアミラさんの身に危害が加えられる可能性があります」
「まあ・・・なんて恐ろしい話なのかしら・・・そういう映画のようなお話は、わたしはあまり得意ではありません」
ようやくアミラさんは平静を取り戻したように見えたが、今までと比べると明らかに表情が固い。そして口調や声のトーンに温度がなくなって、やや無機質で突き放した感じになった。
「アミラさんは・・・嘘をつくのがあまり上手じゃない」
僕がどうしてこんな話をしているのか自分でも信じられなかったが、けしてアミラさんに嫌がらせをしたかったわけでも、もちろんアミラさんを脅すつもりでもなかった。
「もしこれからも地球で生活するつもりなら、なるでく過去のプロフィールは話さない方がいいと思います・・・僕は事情を知っていますが・・・にしても、アミラさんの話には細かい矛盾があります」
「・・・・・・」
アミラさんは少しだけ何かを考え込んでいたようだが、すぐに芝居のワンシーンのように大げさに首を振った。
「香平さんが、なんの話をしているのか・・・わたしにはよくわかりません」
そう言ってアミラさんは帰り支度を始めた。
僕はその様子を無言で見つめながら『きっとこんなシナリオは用意されていなかっただろうな』と思った。間違いなくこれは僕のアドリブだったし、実際には単なる勇み足だったのかもしれない。
それでも僕はゲームオーバーの覚悟を決めていた。
「僕には・・・人に知られたくないプライバシーがあります」
アミラさんが拳を固く握りしめながら立ち上がった。
「僕の周りに・・・虫を放つのは勘弁してください」
「・・・・・・」
アミラさんは何も答えずに僕の横を通り過ぎていった。
僕はアミラさんの顔が、一瞬だけ悲しそうそうに歪んだのを見逃がさなかった。
僕は言うべき言葉を間違えていた。それが別れの台詞に相応しくないことは明白だった。
僕は性格の悪い人間だ。
それも最低で最悪の・・・愚かでどうしようもない人間だった。




