表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪奇小説  野井戸 殺人事件  作者: 御影神吾
4/37

三 井戸からの脱出

三 井戸からの脱出


井戸に落ち込んでどれ程の時間が経過したのか?雲の切れ目から瞬く『北斗七星』の移動観測で、数時間は過ぎ、午前二時前後だと思う。


水温十四~五度の中に長時間浸っていると両手の表面が皺々になり、下腹等の不愉快な症状に併せ体中が痒く不快感が増してきた。蚊に刺されながら先刻思案した脱出計画「第二案」の作業に着手した。幾重にも折り畳んだ偽装網の端を、着剣したカービン銃に結び、これを杭替りに壁面土中に打ち込む、片方は水面上に横穴を掘りその奥に、十字にクロスした棒状の骨を擬装網の端を堅く結び穴の奥で固定、その手前を土嚢で塞ぎ補強をする。

水面下に伸びるこの擬装網の上に立ち上がる事が出来るのか?今はこれに望みをかけ、はやる心を抑え静かにロープの上に立ち上がってみると、不安定ながら体重が支えられたので素早く被服類を井戸外に投げ出し、鍬形にした『円匙』を井戸端に打ち込み這い上がりながら井戸からの脱出に成功した。


この頃なると東の空に少しずつ明るさが増しつつあったが、何よりあの霊気漂う井戸から無事脱出できたこの事実、何より嬉しく改めて生きている感動を覚えました。


薄明に映え流れ行く雲を眺め、私は助かった!と生還の喜びを感じたものの、疲労困憊、気力喪失の状態でしばらく草原に伏せていたが裸同様の身体に外気は冷たくその場に居たたまれず、汚泥で汚れた被服を着て、スッコップを持ち病院を目指し歩きだした。


松林の中に有る病院…今の私には観光地に建つホテル同様に見え、絶大な安らぎ感じ取ると共に途中、病院手前の池で身体と被服の汚れを落とし、ふらつく足取りで病院玄関に佇み呼び鈴を押しながら足元を見ると、仮洗いした被服の水滴が、幾筋の流れを作り地中に消失していた。


玄関に看護婦が現れ、ずぶ濡れの服を着た異常な姿の私を見て驚き?、遠くより恐々と警戒しながら、声を掛けてきた。


「何方ですか?朝早くから!何の用ですか!」

「訓練中の自衛官です!事故に遭ったので、少し休ませて下さい…」

「何!事故?分かりました。直ぐに手配しますので、其の場でお待ち下さい。」

事情を察知した今一人の看護婦が、素早く奥え引き返し、毛布とパジャマを携えて来て。

「濡れた被服と取り替えてください…」と渡された。


私はその場で被服を脱ぎ捨て、毛布で体を包み、素早くシャワー室に案内され、冷え切った身体を暖めながら、汚れと悪臭を洗い落とすことで我にかえり、これで助かったと…安堵したものの?頭痛と軽い目眩で視力が低下していた。


直ちに『当直医』がみえ「鬼頭さん看護婦から聞きましたが、昨夜は大変だったらしいですね?」

脈を取りながら「寒くはないですか?発熱、下痢・目眩等何処か?自覚症状はありませんか?」

目頭の痛みと、少しお腹の調子が悪いようです。」

「目の異常は泥水のせいでしょう。お腹は長時間の冷水が原因ですね。下剤を掛け胃腸の洗浄をすれば良くなると思います。体温は38度少し高いですね。?血圧も計ってみましょう…157かなり高いが普段は幾らほどですか?」


「あまり計った事はないが二ヵ月前位に計ったかな?確か130台前後でした。」


「そうですかこの高い数値も数日で治まると思いますが?高い数値が続くようでしたら薬をのみ暫く様子 を診ましょう。」 医者は小さな懐中電灯で眼底を調べ、「少し充血しているので…暫く目薬を差して下さい」このように云って、聴診器で胸、腹部、背中を調べた後、のどの痛み、違和感はありませんか?


「のどが掠れた感じがします」


「うがい薬を出して置きますので暫くうがいをして下さい。他は大丈夫でしょう。

若いから快復も早く大事に至らなかったと思うよ。異常を感じたら直ぐ看護婦に知らせて下さい。」


「有難うご座います。身体が温まったので精神的に落着き、今は下痢気味と目が霞む程度で直ぐに良くなると思います。お陰で助かりました。」


「取り敢えず下剤を掛け、洗眼をしておきます。明朝、担当医者にて精密検査と消化器官関の洗浄と眼底検査等を実施されるでしょう。今は精神的疲れがひどいので、睡眠剤を出しておきます。食事を終えたら直ぐに飲んで休んで下さい。看護婦さん睡眠薬の投与お願いします。」


「分かりました。後刻処置します。」


私は食事を終え、筆記具を借りて先刻井戸底で暗記した被害者方々の無念な叫びと、願い事を書き終え早朝から病院周辺で私の捜索活動をしているだろう自衛隊員に連絡を頼み、ベッドに入ったが、後程皆が中傷するだろう?非科学的体験の説明順位を考えながら睡眠に入って行きました。   


翌朝九時過ぎ、担当医者が見え、

「鬼頭さん!当直医から聞きましたが、昨夜は転落事故に逢い大変だったそうですね?暗黒と冷水の中での脱出作業…助かった事に驚いています。

診察カルテを見ながら、血圧、検温、胃腸の洗浄、眼底検査、洗眼、等測定及び処置をして頂く。

「今の数値は少し高いようだが四~五日休養すれば下がるでしょう食事は、食れた?」

「ハイ食べました。食欲は普段どおりあります。」

「それは良かった食欲がでれば、回復も早く痒み等も治まるでしょうが、暫く様子を診ましょう。…看護婦さん!食事はどうなっていますか?」


「暫くの間、五部粥を申し込んでいますが?」


「そう…下痢が治まれば普通食に切りかえ良く食べ体力を付けるのが先決、判断はお任せします」


「分かりました。様子を診て食事の切り替えをします。それと注射は?」


「そう…後…二~三本打って状況を診ましょうか?」


「分かりました。それで様子を診ます。それと運動の方は?」


「普段鍛えている自衛官だから、先ず大丈夫でしょう…体は極力動かし、鍛えた方が良いので…


処で前にも聞いた話ですが戦時中、兵隊さんが同じように井戸に落ち込み、当病院へ二~三度担ぎ込まれた後、死亡された方もいたそうです。鬼頭さんは日頃の体力と、咄嗟の判断力で助かったと思いますが、以後気を付けて下さい…」と言いながら病室を出て行きました。

窓から覗くと、演習場内は松林に霧が立ち込め、梅雨独特の小雨が降り続いていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ