会議開始
「まずは新入りであるエンマの処遇と意志確認から」
「私の意志?」
「そうだ。話は聞いているだろうけど、私達が裏で行っているのは巨悪に対する無慈悲な略奪行為だ。法と国家が滅亡したこの世界では一般的な行為で何の問題も無いんだが、異世界における道徳的価値観からは非難される行為である事は私達も知っている」
「善悪が崩壊した世界というわけだろう? 知っている」
「話が早くて助かるよ。その事を踏まえて、我々の裏家業に参加する意志があるのか否かを問いたい。勿論、参加しないのなら別の仕事を用意するし、表向きには楽団員として演奏にも参加してもらいたい。さっきのギターは見事だったよ。あれは何と言う曲だ?」
「ウー、話が脱線してるよ」
「すまない。それで、エンマ、どうなんだ」
私は腕を組み、少々仰々しい態度を取りながら逡巡した。
「楽団として参加するのは構わないが、さっきのは楽器を持ったらイメージが流れ込んできただけで私自身は何の修練も積んでいない事を理解してもらいたい。何かしらの能力なのか、扉を二つ開けた事による影響なのかは分からないが、とにかく未確定なスキルだから頼られるのは困る」
「面白い。扉を二つ開ける事は非常に危険なのだけれど、もしかしたら世界で唯一の成功例なのかもしれないな。それで裏の仕事については?」
「私が男に戻る為には莫大な金が必要であって、それは隻眼の悪魔から盗めば可能だとも聞いた。そして、その隻眼の悪魔は別世界の自分だとも知った。ここまで知って協力しない手は無いな」
私の言葉を聞いたチーがうんうんと頷く。
「やはりエンリケの言葉は正しかったわけか」
私の予想通りエンリケは何かを知っていたらしい。
「チーは知っていたのか? 私が隻眼の悪魔とやらと同一人物だと」
「エンリケ、説明を」
名前を呼ばれたエンリケは、頭をポリポリと掻きながら立ち上がった。
「別に隠してたわけじゃねぇんだけどよ、ワシの能力は”魂を視る力”でな。これは転生の儀式で使う技術を更に強化したようなもんだ。魔塊で脳内の稼働領域を一時的に拡張して第六感を一気に解放するっていう能力で、原理としては……」
「エンリケ、要点だけを話せ」
チーがエンリケの話を遮った。エンリケはどうやら学者肌らしく、放っておくと延々と知識を垂れ流すタイプのようだ。人は見かけに寄らないものだな。
「……まぁその辺は置いておいてだな。とにかくワシには魂を視ればその人間がどんな性格なのかなんとなく分かる。コイツは野心家だとかコイツは信頼できる、とかな。浮気も見抜けるし恋愛で脈アリか脈ナシかも言い当てられるぞ」
「恐ろしい能力だな」
分かってしまうのは良い事なのか悪い事なのか、その苦労を推し図る事は私にはできない。知らぬが仏、というのが通用しないのだからな。
「まぁそんなわけで、若い頃は隻眼の悪魔と行動を共にしていた時期があったんだが……お前の魂を見た時は心底震えたぜ。あの野郎の魂と瓜二つだったからな。エリカがお前を召喚するって決めた時はどうなる事かと思ったが、転生してきたお前は魂の雰囲気が変わっていた」
「雰囲気?」
「まぁ、オーラみたいなもんだな。扉を二つ開けた影響だと思うが、あの野郎が持っていた危うい部分がお前の魂には無い。そこでコイツなら安心だと確信したわけだ。つまり、お前は世界最強の能力を持つ事は間違い無い上にその能力が暴走する事も無い。そんなわけで、社長と相談してお前を仲間に引き込む事になったわけだ」
ここで進行役のウー姐さんが遠慮がちに挙手をする。
「あの、私は全てが初耳なのだけれど。この可憐な少女がそんな危険人物だったとは……」
ウー姐さんは冷や汗を流しながら呟く。私としては可憐な少女という部分が引っ掛かった。可憐である事は否定しないが、少女ではない。
「私は男だ。一人称が私なのは前世の時からの癖だ」
「なんと。いや、素晴らしい。これが天才か。是非ともそのままでいて欲しい。そしてその姿のまま一刻も早く男に戻るべきだ」
「そのままで、というのはちょっと遠慮したいな。男らしい格好に戻りたい。髪も切りたいし、筋肉も付けたいし髭も……」
「バカか貴様! 髭? 筋肉? 要るかバカ者! 恵まれた才能をドブに捨てる気か!? お前なら天下を取れるというのに!」
ウー姐さんの語気の強さが半端ではない。ちょっと怖いくらいの熱量だが、彼女は一体何の話をしているのだ?
「それは隻眼の悪魔と同等だから頑張れば天下は取れるだろうがな」
「そ・う・じゃ・な・い!!」
ウー姐さんは机をバンバンと叩いている。本当に何の話をしているのだ?
「ウー姐さんって女装男子とか男の娘とか好きだよねー」
私の中でストンという音が鳴ったような気がした。全てを理解したぞ。
「男性が男性として女装しているのが良いんだ。決して触れてはいけないサンクチュアリであり、不可侵の神域。あ、私はBLが好きなだけだから危険は無いぞ。カテゴリーの一つとして好きなだけだ」
なるほど。腐女子であらせられましたか。古今東西過去未来異世界関係なく腐女子は生息しているらしい。
いや、しかし実に楽しそうに語っておられる。その嗜好はクールビューティー然とした佇まいからは予想できなかったな。
確かに今の私は男の娘にカテゴライズされるわけか? 厳密には性器すら無い上に心は男なんだがどうなんだ。分からん。女性ですらない以上、トランスジェンダーでもないだろうしなぁ。
「ウー、話が脱線してるよ」
「すまない。熱くなってしまった。えー、とりあえず了承、という事で話を進めよう。で、処遇に関しては表は楽団員として、裏では実行班に組み込む。異論は無いな」
ウー姐さんが全員に確認する。誰も文句を言わないと言う事は満場一致で決定だろう。
「決定だ。そこでエンマの能力について詳しい調査を後日行いたい。それによって私達の作戦を詰める。大枠は以前話した通りだが、大部分で変更があるそうだ。社長、どうぞ」
「うむ。今度の仕事についてだが、以前から協力を要請していた小規模窃盗団『ネメシス』との共同となる。こちらの取り分は減るが、成功率は跳ね上がるだろう。我々が最優先にするべきは成否ではなく生存だ。異論のある者は挙手を」
小規模窃盗団ネメシスとやらが分からないが、小規模、ということは大規模も存在しているのだろう。本当に世も末だな。
「……満場一致だな。そこで今回の作戦名だが」
ここでチーが仰々しく団員を見渡した。
「作戦名は『エンマ・エリカのピクニック大作戦!』でいこうと思う。異論は」
うわぁ。ダサい。絶望的にダサい。このネーミングセンスの無さよ。戦争映画をもっと観るべきだ。
というか何故私の名前が作戦名に組み込まれているのだ。
そして誰も反対しないどころか、満足そうに頷いている。あぁ、もうそういう感覚の世界なのか。美的感覚のズレを感じざるを得ない。
「では『エンマ・エリカのピクニック大作戦!』の概要説明に移る」
チーは満足そうな表情でウー姐さんに指示を出す。
ウー姐さんは軽く頷くと、このクソダサい作戦の概要が書かれた紙を配り始めた。私は諦観の面持ちで紙を受け取る。