性別
私はエンリケを問い質した。聞けば聞くほど、隻眼の悪魔イコール泉総一郎という図式は強固なものになっていった。
どうやら、隻眼の悪魔とは並行世界の私らしい。何故そこまで詳しく知っているのかという問いには答えてくれなかったが、誰にでも話したくない過去はあるものだ。
「……つまり、現状この国というかこの地域は法秩序も無く、国家が崩壊したおかげで治安は最悪。殺人、強盗、恐喝、とにかくやったもん勝ち。石を投げればクズに当たる、そんな状況というわけか」
惨憺たる現状。まさに世紀末。ヒャッハーである。
「うん。ホントに酷いんだよ。医者も真っ黒だからね。まともな人を探すのが大変。あのセクハラヤブ医者のクソハゲは絶対に許さない」
エリカは腹立たし気に言い放った。医師免許すら無いということは、当然そういう人間も出てくるだろう。だがハゲは関係ないだろう。可哀想だ。
いやしかし……お医者さんごっこのアダルト版か。なるほどその手があったか。いや、ダメだ。文字通り先立つモノが無い。
「医療従事者がクズに染まったらいよいよ末期だな。で、貴様達はこの現状を解決したい。その為には隻眼の悪魔という絶対的強者を上回る力を保持し、私的制裁で以てこの国、もとい地域を正していきたい。その為に私を召喚した。隻眼の悪魔と同程度の能力を持つであろう私なら奴を倒せると。これで合っているか?」
「飲み込みが早くて助か……」
「だが断る!」
喰い気味で放たれた言葉に2人はぎょっとした顔をしている。
私は平和主義者なのだ。死の間際、来世では悪党になってやるとは言いはしたが、そんなものは一時の気の迷いに過ぎない。
「もうちょっと考えてくれても良いんじゃない?」
エリカの嘆願するような瞳に後ろ髪を引かれる思いではあるが、ここは断固として拒否しておくべきだろう。
「そう言われてもだな。私は争いを好まん」
「……元軍人のくせに?」
「それは就職先が無くて仕方なく……っと、それはどうでもいい。助けてもらった恩は返すが、私的制裁というのはどうも好きではない。例えこの世界が悪に満ちていようとも、私は清廉潔白を貫き通す!」
エリカは頬を膨らませながら怒っている。フグか貴様。
「……カネ」
エンリケがボソリと呟いた。カネ……?
「カネェ? 金か?」
「性転換術式の費用、約2億リル」
「……必要なのか? リルという単位の大きさが分からないが」
「この地域の平均年収は36万リルだと言われている」
は? 36万? 年収が? つまり……
「100年働いても3600万?」
「そうだ」
「じゃあ、2億稼ぐには?」
「約550年だな」
「絶対に無理じゃないか!!」
なんということでしょう。私が男に戻る可能性は限りなくゼロに等しい。この美少女フェイスにヘヴィマシンガンを装備する事ができたら地上最強だったろうに。10式戦車だって一撃だったろうに。
何かに気付いたエリカが、顔を歪めながら言った。
「そこでですよダンナァ……」
その顔は見る見るうちに悪代官の顔になっていく。なんだこの醜悪な顔つきは。ゴマをすりすりする様が一層怪しく感じる。
「実は私達は悪党から金目の物を盗んで、そいつを資金源にしておりましてねぇ。表向きは旅の楽団一座なんですが、裏では結構稼いでおるんですわ。ちなみに稼ぎの一部は闇の慈善団体に寄付している、要するに義賊ってやつでさぁ。ひっひっひ。もしダンナが協力してくれるんなら御代は弾みますぜぇ?」
なるほど。そうきたか。義賊とは言え、窃盗は窃盗。要するにこいつら全員悪人という事だ。法律や警察の素晴らしさが良く分かる。私的制裁、ヨクナイ。
「私を買収しようとは小賢しい真似を。青天白日の身で居たいと先ほども言っただろう。……ちなみに具体的な報酬額は?」
エリカがニヤリと笑う。してやったり、な表情がムカつく。
そうだが? 見事に金に喰いついたが? 玉が無いからな。喰いつきたくなるさ。
「普段の取り分は寄付分を抜いて私達と等分。だけど隻眼の悪魔に関しては全部あげる! ちなみに隻眼の悪魔は4億リル以上は現物で持ってるらしいよ。ぱぱっと盗むだけで二回も性転換できちゃうね。お得!」
私の灰色の脳味噌が高速回転する。
清廉潔白、青天白日……それで何度痛い目を見たか。要するに、そんなものはクソ喰らえである。
剛力のみが支配するこの世界において悪事は悪事ではない。むしろ弱肉強食のルールとして肯定されるべき行動である。
毒を以て毒を制す。目には目を。歯には歯を。右の頬を打たれたら左ストレートでぶっ飛ばす。
私はクズどもから盗んだ金で男に戻る。郷に入っては郷に従え。
そして余った金で豪遊しつつ、この美貌でハーレムを形成するのだ。だって私カワイイし。
「その条件、乗ったァ!!」
私はエリカの手をガシッと掴んだ。
「はい決まり! 決定ね! もうだめだからね! 解約できないからね!」
あぁいかん。解約不可を謳うのは三流の詐欺師のソレだ。何故私はこうも乗せられ易いのか。
「良く言った総一郎! いや、今はエンマか! まぁ宜しく頼むぜ!」
まぁ良い。男に戻る為なら悪魔にだって魂を売る所存である。エンリケがバシバシと背中を叩く。思いの外痛い。
「あのォ……魔塊持ってきたんですけど……?」
私の後ろで人の良さそうな青年が黒光りする粒を持ってオロオロしている。シュタイナーだ。
エンリケが豪快に笑いながら言う。
「ガッハッハ! そいじゃ、伝説級の力を拝むとしようぜ!」
そう言ってエンリケは私の方に魔塊を投げた。小指の爪にも満たないそれは、私の額にコツリと当たる。
「フォッ!?」
刹那、私の脳内に膨大なイメージが流れ込んできた。