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その盗賊、美少女でチートだけど中身はおっさん  作者: 渡邉 慶太朗
はじまりの盗賊
2/9

美少女

 どれくらいの時が過ぎたのか、私は意識を取り戻した。瞼が重い。まるで接着剤で付けられたかのようだった。

 

 私は全身に力を込めた。手の指から腕、足の指から太腿、徐々に動かしていく。

 問題は無いが、予想以上に体が軽い。まるで重そうな箱を持ち上げようとしたら、思った以上に軽かった時のような、あの拍子抜けする感覚が私を襲った。


「あ! 動いた! よかったぁ……」


 天の声の主だ。どうやら、無事に彼女の元にやってきたらしい。いや、無事かどうかは分からないな。なんせ、窓と扉を同時に開けたのだ。

 私は声を出してみた。呻き声にしかならなかったが、その声がいやに高い。まるで少年のようだ。想像以上に軽い体に高い声。嫌な予感しかしない。

 

そうこうしている内に、体全体の倦怠感が薄れてきた。ゆっくりと目を開けるも、視界がボヤけていて見えない。


「大丈夫!? どこも変なとこない?」


 いや、何かもう全てがおかしいんだが、とりあえず命に別状は無いようなので、私は頷いた。今はとにかく喉が渇いた。何でもいいから水分をくれ。


「み……水……」


 美少年を想起させるその声は、間違い無く私の口から出たものだった。


「水? ちょっと待っててね」


 声の主はパタパタと駆けて行った。目を擦ると、視界が一気に開けた。大量の目ヤニが付いていただけらしく、周囲の様子が鮮明に見えた。

 どうやら私はテントの中で寝かされているらしい。円錐形の室内にはラグマットが敷かれており、その下は乾いた土だった。草原のような場所である事が伺い知れる。

 

 私はその室内の最奥に寝かされており、入口から暖かな光が入っている。私の下には素材は不明だが非常に柔らかなマットが敷かれており、寝心地は抜群だった。枕元に置かれた小さな桶には真っ白なタオルが漬けられており、触れるとヒンヤリした。声の主が看病をしてくれていたらしい。

 

 自らの状況を分析していると、テントの外から声の主が帰って来た。

 ここで初めて声の主の外見を知った。どう見ても10代の少女だった。スッとした鼻筋に、二重から覗く瞳は真紅。紛う事無く清楚で正統派な美少女がそこには居た。白いシャツに民族模様の描かれたサルエルパンツらしきものを履いている。髪型は黒髪ロングの姫カット。異世界にも存在したとは驚きである。

 

「エンマちゃん……で良いんだよね? ごめんね、飲み水を切らしてて、コレしか無かった」


「済まない。えっと……」


「私は。エリカ。エリカ・エルドラド」


「ありがとう、エリカ。看病もしてくれていたのだな。申し訳ない」


「いーよ。私が呼んだんだし」


 エリカから差し出された陶器の中には琥珀色の液体が揺れていた。一口啜ると、ミントのような清涼感の中に仄かに柑橘系の香りを感じた。これは良いものだ。

 ありがとう、と言おうとして私は固まった。何故、彼女は私を呼ぶ際に疑問形だったのか。


「申し訳ないが、鏡のようなものはあるだろうか」


 エリカはニンマリとする。ふふーんと言って、懐から手鏡を出し、私の眼前に差し出した。

 そこに居たのは、金髪碧眼の子供だった。私は自分の頬をつねったり、目玉を剥き出しにしてみたりしたが、モチモチの肌に自由自在に動く瞳。どう足掻いても本物だ。某美容クリニックもびっくりの変貌である。

 

「いやあ。本当に驚いたよ。私が見つけたのはおっさんの魂だったのにさ。こんなカワイイのが湧いてくるんだもん。普通はここまで変化しないらしいんだけどね。扉を二つ開けて正解だったんじゃない?」


 私は上の空だった。おお……かわいいぞ。かわいいぞ私。フフッヒ。

 そこで私はある事に気付いた。自身の性別である。おもむろにズボンの中を確かめる。

 

 私のロンギヌスの槍が……無い。あるのは、どう見ても女性のアレである。生で見たのは初めてだが、どう見ても女性である。いや、これはマズい。私は人が居るにも関わらず、手鏡で自分の性器をまじまじと見つめた。

 いや、ちょっと待て、これは……少しおかしいのではないだろうか。

 動悸と冷や汗が止まらない。息も切れてきた。


「エリカ。度々申し訳ないのだが、女性器というのはこういうものなのだろうか?」


 私は恥を忍んで、エリカに自らの恥部を見てもらった。

 

「ちょ、ちょっとまっ! え……? これって……いやいや。えぇっ?」


「どうした! 何か言ってくれ! 不安で倒れそうだぞ……」


「えっとね、率直に言っちゃうと、これだと排泄行為しかできないよね」


 汗がドバッと出た。これは比喩ではない。まさに滝の汗である。


「あぁ。全てを理解した。足りない、というわけか……。足りない……。女性ですらないのか私は」


「いや……でも表面上は女性にしか見えないけど。にしてもねぇ。うわぁ……。扉二つ開けて失敗だったんじゃない?」


「お前が! 『開けてみたらぁ?』とか言うから! 言うから!」


 ダメだ、涙が出て来た。涙腺が弱くなっているらしい。


「『先駆者は~』とか言ってたのそっちじゃん!」


 カッコつけた過去の自分をブン殴ってやりたい。


「知らん!」


「はいはい。それで、エンマ君とエンマちゃん、どっちが良い? あと、男物の服と女物の服、どっちがいい? あと、抱き着いて良い?」


「……エンマ君で良い。服も男物をくれると助かる。あと、抱き着くな。私は男だぞ」


「その容姿で男って言われてもねぇ」


 ぐぅの音も出ない。だが心だけは男である。この生まれ持ったアイデンティティは覆せない。

 私はあぐらをかくと、琥珀色の液体をぐいっと飲み干した。起こってしまった事は仕方ない。現状を踏まえ、今後どうするか。それが最も重要なのだ。


「何故、私がこの世界に呼ばれたのかは全く分からないが、とにかく私は男に戻りたい」


「本物の女の子になりたいんじゃなくて?」


「なってたまるか。私は女性が大好きだ」


「今はそういうの寛容だよ?」


「そういう事では無くてだな……まぁいい。とにかく、この世界の説明を頼む。規模、地理、総人口、奇怪な術の説明。先ほどの飲み物について。そして何故私が召喚されたのか。私の情熱を利用とはどういう事なのか。私は男に戻れるのか。それら全てだ」


「一度にそんな言われても困る……。おじいちゃーん!」


 エリカがテントの入口に向かって呼びかけると、巨大な影がヌッと入って来た。

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