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その盗賊、美少女でチートだけど中身はおっさん  作者: 渡邉 慶太朗
プロローグ
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プロローグ

 肉体が動かなくなってからだった。輪廻転生という概念を信じる気になったのは。

 私は29歳という若さで生涯を閉じる事になるらしい。ごく平凡……とは言えない人生だった。それなりに幸福だった時期もあったが、概ね不幸であったように思う。

 私は地球という世界があまり好きではなかった。権力を持つ為には時として悪人とならなければならないこの世界が。

 そしてそんな世界で生きるには、私は少し善良過ぎたのかもしれない。


 2月の中旬。私は全裸で屋外に放り出されていた。周囲の様子は分からない。目が見えないのだ。肌から伝わる感触から察するに、どうやら土の上らしい。そしてとにかく寒い。氷点下である事は間違いないだろう。

 全身にぐっと力を込める。激痛が走る。手を動かそうとするが、感覚が無い。足も同様。

確か私はヤクザに捕まって、そこで臓器を持っていかれ……ダメだ。それ以降の記憶が無い。手は無事か。足は動くか。とにかく全て分からない。


 とにかく、私は世界で一番信頼していた親友に裏切られたのだ。


 友人の犯した罪は脱税と横領。事業所得の一部隠蔽と事業申請によって銀行から受けた多額の融資、そして闇金からの借金。その総額約10億円。それらの罪を私に擦り付け、どこかへ消えてしまった。

 世界で一番信用していたのに。自分の事よりも信頼していたのに。何故、彼は私を裏切ったのか。


 自らに問うまでもない。それは私がとんでもないお人好しで警戒心ゼロで浅慮かつ低能だったからだ。


 許せない。死に瀕した今になって怒りが爆発する。この怒りの矛先は騙した相手に向かっているのか、騙された自分に向かっているのか、私には分からない。


 もう一度生まれ変わるなら、大悪党になってやる。それも、悪を裁く大悪党に。


「……その情熱、利用させてもらっていいかな?」


 突如響いた女性の声。どうやら死の間際に走るのは走馬灯ではなく、若い異性の声らしい。


 暖かい空気のようなものが私を包む。目は見えないが、脳が光を感知する。全身の痛みがスッと引く。肉体の感覚が無くなる。まるで夢の中に居るかのような感覚。


 先ほどの怒りが嘘のように、私の心中は穏やかだった。


——情熱を利用、とはどういう事だ?


「説明すると長くなっちゃうんだけど、説明しなきゃダメ?」


 私は頷いた。正確には、頷くという動作をイメージした。

 何かしらの契約を結ぶ時には絶対に全てを納得してからでなければ酷い目に遭う、と言う事は身に染みている。


「困ったなぁ。接続できる時間はそんなに長くないんだけど」


 接続とは何なのか。時間が長くないとは、それは間もなく私が死ぬという事だろうか。理解できずに黙っていると、声の主が言った。


「えっと、とにかくこっちの世界に来てやってほしい事があるの。要するに転職? 簡単に言っちゃうと、悪い人たちを裁くお仕事ね。慢性的な人手不足で困ってて」


 裁判官か? いや、これから死ぬのだから、どちらかと言うと閻魔様の方が正しいだろう。

 なるほど、新しい転職先は閻魔様の側近らしい。死にゆくクズどもを断罪しろという事か。私にうってつけではないか。


「エンマ? それが貴方の名前なのね」


 口に出してはいなかったが、どうやら思考が通じるらしい。というか私は閻魔ではない。閻魔はこれから上司となる者の名であり、私は……


「あ、ヤバイ、昇天しかかってるじゃん。もういいよね! 大丈夫だから! 悪いようにはしないから!」


 悪いようにはしない! 詐欺師の常套句である。だがしかし、天に召しつつある私の精神は、こうしている間にも極楽浄土の息吹を感じていた。

 このまま死ぬか、声の主に従うか。私は半ば投げやりな気分で決断した。


 貴女の好きにし給え。


「おっけー。……何か偉そうで理屈っぽい人だけど……まぁいっか。えーっと、これとこれと、あれ? これ使うんだっけ? おじいちゃーん! イプシロンの羽って何本だっけ!?」


 イプ……何だって?


「わからねぇ! でも基礎さえ合ってりゃ大丈夫だ。俺んときも適当だったらしいしな。そのせいか知らんが、こんな体になっちまった! ガハハハ」

「体は関係無いんじゃないかな多分。まぁいいや、入れとこう。カッコヨク生まれるとイイネ!」


 なにやら雲行きが怪しい。穏やかな光の中、私は妙な汗を掻いていた。

 こんな体? かっこよく生まれる?

 何が何だか分からないが、とにかくヤバイ契約を結んでしまった事は確からしい。


「じゃあ行くよ! テンテンデロデロ~……ハイッ!!」


 気の抜けた掛け声が、ヤバさに拍車をかける。

 間違い無くマズイ。杜撰な会話から察するに詐欺師ではないようだが、こいつはあれだ。ナチュラルに迷惑を掛けるタイプのあれだ。しかも悪気が無いだけに性質の悪い、そういうタイプだ。


 そんな事を考えていると、全身が上空に引き上げられるような感覚が私を襲った。かと思えば、今度は一気に下へ引っ張られた。


 下に引き寄せられる力は次第に強くなっていった。いや、引き寄せられるという表現は正しくなかった。どうやら私は座標上に固定されており、世界が上昇しているらしい。

 次第に目が見えるようになってきた。私はどうやら宇宙空間のような場所に居るらしい。無数の星が輝いている。

 すると突然、私の目の前に複数の扉や窓が現れた。

 普通の民家のドアから薄く汚れた襖、銀行にある金庫らしきドア。網戸にフランス窓に、屋根裏にありそうな丸窓。それらが私を取り囲んでいる。


「やった! 間に合った! 君、エンマって言ったっけ。エンマ君、どれでも良いから開けちゃって」


 先ほどの天の声だった。私はエンマでは無いのだが、まぁ良しとした。


「どれでもって言われてもなぁ。何か意味があるんだろう?」


 お、喋れたぞ。


「へぇ。君喋れるタイプの生命体だったんだ。うん。意味はあるよ。君の容姿が決まる」


 容姿が決まるとは穏やかではない。私はキャラメイクに一時間費やすタイプなのだ。

 私は腕を組み、手で顎に触れる。悩む時はこのポーズでないと落ち着かないのだ。

 ん? 髭が無いぞ……? それに肌ツヤもモチモチとしており、これはまるで十代の肌である。素晴らしいな。

 逸脱した思考を正すように、天の声が適当な調子で話し始めた。


「って言われてるけど、実際どうなのか誰にも分かんないんだ。中身もランダムらしいし。試しに実験でもしてみたら? 一つの窓につき一つの人種って言われてるんだけど、二つ同時に開けた人って居ないんだよね。もしかしたらとってもハイブリッドな生き物になれるかもよ?」


「それは面白そうだな。確かに、一度死んだこの身。試す価値はありそうだ」

 私は扉と窓に手を掛けた。扉の方は木製でダークブラウンの扉。傷だらけの真鍮のドアノブがその歴史を物語る。もう一つは真新しい丸窓。自然の木を軽く加工し、そのまま窓にハメ込んだような造りだった。


「え? ホントにやるの? ねぇ、もしかしてバカなの?」


 お前がやってみろって言ったんだろうが、と言いたくなったが、堪えた。


「いつの時代も、先駆者はそう言われるものだ」


 私は思い切って開けた。開け放たれた扉と窓から、猛烈な風が吹き荒れる。

 薄れゆく意識の中、私は天の声を捕えた。


「え? 二つ開けるとヤバイの? 何が? どうなるの? ……え、マジで? うわぁ……」


 私はどうやら、ヤバイらしい。

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