贈り物はどこに?
葵生りんさん主催企画、ELEMENT2018冬 テーマ創作参加作品です。
テーマは「贈り物」。
おんなってイキモノは、どうにもわからない。
だって、明日はクリスマス・イヴなんだよ? 付き合い始めてまだ半年の僕等だけど、当然、“聖なる夜”は、一緒に過ごすものだと思ってた。
『イヴの予定、どうなってる?』
LINEを送ってみても、さっぱり返事がない。
確かにLINEは便利で、直ぐに人と人が繋がることができる。だけど、そんな電気的で目には見えないほどの細い線でつながった関係など、切れる時はあっさり切れてしまうものなのかもしれない。
くさくさした気持ちを晴らすために、近所のパチンコ屋へと出かけることにする。
いつも見慣れた街並みが、何故か灰色に見えた。気持ちの色は、視覚の色までも変えてしまうものらしい。
ひゅるりと冷たい風が渦を巻き、ボタンを一つだけ外した僕の襟首に入り込んだ。こんなときに、気持ちだけでなく体まで冷やそうとするのか、この季節は。
チカチカと点滅した横断歩道の信号を横目で睨みつけ、速足で渡る。
その先にあるのは目的の場所、今ではすっかり場末の雰囲気のあるパチンコ屋だった。少し動きの悪い自動ドアを潜り抜けた僕は、適当な席に座って適当に銀の玉を買い、適当にその玉を弾いた。
でも、こんな気持ちの時には何をやってもダメなものらしい。デジタルの数字は、いつまでたっても三つ揃わない。
そんな間にも、やっぱり彼女のことが気になって仕方がない。
呼び出した店員に昼食だと告げて、外に出る。近くのコンビニでパンを買うとそれにかぶりつき、彼女の携帯に直接電話してみた。
――だが、出ない。何度鳴らしてみても、出ない。
「はあ……」
溜息を冷たい空気中の水蒸気に変え、僕は再び、パチンコ屋へと戻った。
りんりんと金属を叩くような携帯の音が鳴る。それは、もとの席に座って、ほんの少しだけ経ったときだった。アナログ好きな僕は、昔の黒電話のような音に、携帯の呼び出し音を設定してあったのだ。
「良かった、やっと君に連絡が取れたよ! LINEでも連絡してあったのにさ……。イヴの予定はどうなの?」
「え? ほんとにそんなこと、私に訊くの?」
一瞬絶句した、彼女。
「そのことなら、もうとっくに分かってたと思ってたんだけどな。だって、私たちの関係はもう――」
そう言って、一方的に切られてしまった、電話。そうだったのか、僕が気付かなかっただけなんだ。僕たちの関係は既に――。
もう、完全に振られたっていい。僕は決めた。
どんなに厳しい言葉を掛けられたって構わない。形振り構わず彼女に会って、彼女自身の言葉を、直接聞きたい。
そんな、心の奥底から湧き上がるような気持ちを抑えることができなくなった僕は、パチンコ屋から早々に引き上げると、彼女の住むアパートに向かうため、最寄りの駅へと足を進めた。
だって、そうだろう? 文字や声だけではわからないこともある。
愛ってよく話題に上るけど、実際にそれをその眼で見た人は、人類の有史以来誰もいないんだ。形も無ければ、無色透明で色も無い。
そんなあやふやな“愛”だもの。人間の愛する気持なんて、すぐに壊れて跡形もなく消えてしまうにちがいない。
――とにかく、彼女の気持ちを直接確かめなければ諦めきれない。
電車から降りて、駅から5分ほどで彼女のアパートの前に辿り着く。玄関ドアの横にある呼び鈴を押し、しばし応答を待った。
「どちらさまですか?」
「僕です」
「ああ……」
のっそりとした動きでドアが開くと、そこには、不満げな表情をした部屋着姿の彼女が立っていた。
「あら、来たの。思ったより、早かったわね」
しばらくの沈黙の後、僕は決意とともにその言葉を発した。
「もう、君は僕のことが好きではないんだね……。僕のどこが悪かったんだい?」
それを聞いた彼女が、一瞬、呼吸を止めた。
大きな溜息とともに、彼女の瞳の色が悲し気にどんよりと曇っていく。
「何を言ってるの? もしかしてあなた……ほんとに何も分かっていないのね」
「え、どういうこと?」
僕の質問に答える代わりに、彼女はほっそりとした右手の人差し指の先を僕の右足の方に向けた。
「あなたの、ジーンズの右ポケットよ。そこには、何が入ってる?」
「えーと、車とかアパートの部屋とか会社のロッカーとかの、鍵の束だよ」
「ふーん。それで最近、その鍵束に変化はなかった? 重さが増えたとか、見慣れない鍵が一本増えたとか、そういうことが」
「え?」
僕は、ジーンズの右ポケットから鍵束を取り出すと、改めてそれをまじまじと眺めてみた。
これが部屋の鍵で、これは郵便受けの鍵だろ? 車の鍵に、ロッカーの鍵――って、あれ? その時初めて、金属のリングで括られた束の中に見慣れない鍵が一本あることに、僕は気付いたのだ。
「もしかして、これって……」
頬を赤らめた彼女が、そっと下を向く。
「ほんと、鈍いんだから。そうよ、それが私からのクリスマス・プレゼントよ。私の部屋の合鍵――」
彼女の言葉が、終わらないうち。
僕は、強く何度も何度も、彼女を抱きしめた。少しでも彼女の気持ちを疑った自分の気持ちを激しく呪いつつ、彼女の唇を奪う。
「ちょっと! 玄関前でやめてよね」
照れまくる彼女に向かって、僕は言う。
「ああ、ごめんごめん。じゃあ、今度は僕の番だね。君は、僕からの“贈り物”がどこにあるか、わかるかい?」
「ああ、それならね……」
意味深なにんまり笑顔を僕に向けた彼女は、玄関のドアを急いで閉めると、口づけの続きを催促したのだった。
―おしまい―
お読みいただき、ありがとうございました。
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さて、題名はお読みいただいた方への問いかけでもあるのですが……。
ans.各段落の文頭です。簡単でしたね。すみません。