閻魔大王苦労記~自称罪深き女の魂編~
閻魔大王、それは死者の魂を裁く存在だ。
彼の元には毎日多くの魂が訪れる。
そしてたまに、変わった魂がやって来ることもあるのだ。
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「次の者を連れてこい。」
部下の赤鬼にそう命じると、1人の女が連れてこられた。
彼女は俺の姿を視界に入れた瞬間、勢い良く目の前へと駆けつけそしてひれ伏す。
「あぁ、閻魔大王様!罪深き私をお裁きください。そして地獄へと叩き落としてくださいませ!」
「それはそなたが決めることではない。」
ひれ伏す彼女にそう告げる。
その者の魂に刻まれた生前の行いを読み取り、そして判決を下すのが俺の役目だ。
その判決は裁かれる者の意見や態度に左右されることはない。
たまに彼女のように生前の行いを反省した態度を取る者もいるが、だからといって手心を加えるつもりはないし、相応の行いをしているならば地獄行きの判決を下すだろう。
俺は彼女の魂から生前の行いを読み取り、そしていつものように判決を下した。
「閻魔大王の名においてそなたに判決を下す。天国行きだ。」
部下の赤鬼へと視線を向けると、彼は判決を受けた彼女を天国の門へと連れて行こうとする。
「お待ち下さい閻魔様!どうか人思いに一気に地獄へと送って下さいませ!」
まるで天国に送り幸福を味わわせた後に地獄へと叩き落とすような、性格の悪い判決があるような物言いはやめてもらおうか。
「そなたは天国行きだ。地獄に行くことはない。」
赤鬼に引っ張られていく彼女に再びそう告げると、彼女は大声で叫び出す。
「信じられません!あなたそれでも死者を公平に裁く閻魔大王なのですか!?こんな判決を下すなんて死後の世界の面汚し!汚職野郎!偉いからって何でも許されると思っているのですね!?」
おい、何故天国行きを告げた者に俺がこうも罵倒されねばならぬのだ。
「待て。そなた生前に一体何をしたというのだ。この閻魔の判決が間違っていると申すか。」
「えぇ、間違っていますわ!閻魔大王も大したことがないのですね。」
「・・・よかろう。話してみよ。」
そこまで言うのだ、話を聞こうではないか。
俺がそう告げると赤鬼は連行を中断し、彼女に時間が与えられる。
「よくお聞き下さいませ。花は例えそこがアスファルトであったとしても、懸命に育とうとしやがてそこから美しく咲き誇るのです。」
「それがどうした。」
「私は生前、そのような花をうっかりと踏んでしまったことがあります。」
だから一体何だというのだ。
生きていれば花くらい踏むこともあるだろう。
「よくお聞きくださいませ。この世に存在する物は須く誰かが懸命に働き、そして作り上げたものなのです。」
「・・・それがどうした。」
「私は生前、躓いて壺を割ってしまったことがあるのです。」
そなたのうっかり話など知るか。
生きていれば物くらい壊すこともあるだろう。
「よくお聞きくださいませ。拳が誰かを傷つけるように、言葉もまた誰かを傷つけるのです。」
「だからなんだ・・・。」
「私は生前、胸を触ってきた男性を酷く罵倒したことがあるのです。」
それはもはや只の正当な行いではないか。
むしろ警察とやらに突き出さず罵倒で許したのをどう裁けというのだ。
「そして私はここでも同じような罪を犯しました。閻魔大王様を罵倒してしまったのです。」
「・・・それはよく分かっている。」
そなたの罪をあえてあげろというならば、この閻魔への罵倒を痴漢への罵倒と同列に扱っていることではないだろうか。
さすがに俺と痴漢を同列に扱った者はこれまでに存在しなかった。
「さぁ、閻魔大王様!罪深き私をどうか裁いてください!」
「だからもう既に裁いて天国行きと言ったであろうが!」
俺のその声に、部下の鬼達はぶるりと体を震わせる。
大声を出したことなど一体何百年ぶりであろうか。
俺に大声を出させた彼女は大したものだが、だからといって判決が変わることはない。
これ以上阿呆の相手などしていられぬと、赤鬼に彼女を連れて行くように命じる。
「あ、お待ちなさい!ここで私を天国に送ったらきっと後悔致しますわよ!この罪深き私を天国に送ってごらんなさい!神にだろうが仏にだろうが直談判して必ずあなたの間違いを認めさせてみせますわ!」
「・・・待て。」
天国に居た所で神や仏共と会話することは決して叶わぬはずなのだが、何故か彼女の場合実現してしまいそうな気がする。
あやつらは彼女以上に面倒なのだから、訳の分からぬ難癖をつけられてたまるものか。
俺は一つため息を吐くと、彼女に向かって話しかけた。
「よいか。死後の世界とは生前の行いを償い転生を待つためにある。だが、よく考えてみるのだ。そなたの犯した罪は果たして地獄で償うことができるであろうか。」
「どういうことですか?」
「地獄とは不毛の大地が広がり、そこにいる者達は日夜責め苦を味わい続ける。果たして花が咲いていると思うか?調度品が置いてあると思うか?誰かと会話する暇があると思うか?」
俺がそう問いかけると、彼女はハッとした顔をする。
「つまり私の罪は天国でしか償えないということですのね?」
「そういうことだ。」
どうか天国で花を愛で、調度品に囲まれ、誰かと優しい会話をしながら過ごしてくれ。
そして早く俺に次の死者を裁かせてほしい。
彼女は顔を赤らめると深くお辞儀をしてきた。
「私ったら、早とちりをして申し訳ありませんでした。閻魔大王様のお心を理解することなく、お手を煩わせてしまいましたわ。」
「よい、気にするな。」
さぁ、早く行ってくれ。
俺の思いが通じたのか彼女は頭を上げると天国の門へと歩を進める。
そして門をくぐる直前に、こちらを振り向いて告げた。
「閻魔大王様、私お約束します。天国で罪を償った後は、あなた様を罵倒した罪を償うためにお力になると。必ずあなた様の元へと参りますのでどうか待っていて下さい。」
「おい、待て。そなた一体なにを言って・・・」
だが、彼女は俺の返事を聞くこと無くそのまま門をくぐって行ってしまった。
「この閻魔の力になる?あの者は一体何を言っているのだ。」
この場にいるような鬼達ならばともかく、ただの人間の魂が俺に仕えることなど出来るはずもないだろう。
まぁ、良い。これでようやく次の裁きに取り掛かれるのだ。
俺は溜まった疲れを取るべく饅頭を一つ摘むと、赤鬼に次の魂を連れてくるよう命じた。
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これは閻魔大王苦労記の中でもいくらか古い話だ。
嘘か真か、現在閻魔大王の元には鬼達に混じって1人の女性がいるという。
時折、閻魔大王の大声が響き渡り裁きを待つ者達を震え上がらせることがあるそうだ。