終話:黒ずくめの男
「ハァハァ……いったいどこに行ったんだよ」
入り組んだ路地裏を、緑色の髪を揺らしながら走る少女──クララ・ヘイスティングスは、そう呟きながら辺りを見回した。
クララは今、正教会の騎士から逃げているアキヒトを探していた。
酒場での記憶は何故か残っていないが、状況は仲間のディーナとスミスから聞いている。
「このままじゃ、アタシまで迷子になっちまうよ」
そう言いながら角を曲がったクララは、異様な光景を目にした。
「なんだよ、これ……」
その場所は、異様な空気に包まれていた。
路地の真ん中では人が倒れており、その人を中心に大きな血だまりができている。
そしてその先には何故か、同じ種類の鎧や服、剣がたくさん落ちていたのだ。
変な気持ち悪さを感じながら、恐る恐る近づくと、血だまりで倒れている人がアキヒトであることに気がついた。
「お、おい、アキヒト!しっかりしろよ、どうしたんだよこの血は!」
クララが、なんとか抱き起こしたアキヒトの体には、目立った外傷は無かった。
「な、なんだよ、ちょっとだけビックリしたじゃねーかよ」
そのままアキヒトを起こそうと揺すってみるが、起きる気配がない。
「それにしても……何なんだあの鎧とか服とか、気持ち悪りーな」
この辺りに人の気配は無いことを確認して、クララはアキヒトを運ぼうとする。
「クソ!重てーな。それにしても……なんでコイツ、こんな所で寝てんだよ」
教会騎士達が来る前に、アキヒトをギルドに運ぼうとするが、小柄なクララでは担いで帰れない。
「うーん……しゃーねーか。文句なら後で言えよ!……聞かないけどな」
そう言ってクララはアキヒトの両足を掴むと、ズルズルと引きずって運んでいくのだった。
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グラン達がなかなか森に戻らないので、森に残っていた半分の部隊は近くの村まで、全員で来ていた。
日はもう落ち、辺りは完全に暗くなってしまっていた。
「ウルト様達は、どこに行かれたのだ」
全員が何度口に出したかわからないくらい言っている言葉を、誰かが呟いた。
そして、彼らは路地裏に入ったところで、異様な光景を目にする。
自分達が手に持っている明かりで、そこを照らすと──路地の真ん中には乾いた血の跡が広がっており、その先には、鎧や服、剣まで落ちている。
「こ、これは!」
それは彼らがよく知る、今も自分達が身に付けているものと同じだった。
「いったい何があったんだ!」
「これは……ウルト様の鎧だぞ!?」
「そんなバカな!?あのウルト様だぞ!」
彼らが慌てふためいていたその時、ふと、何かの気配がした。
「──ッ!?」
全員が一瞬で警戒態勢に移った。
「だ、誰かソコにいるのか」
そう言って彼らの内の一人が、明かりを路地の先に向けると、そこには──全身黒ずくめの男が立っていた。
「うわ!」
明かりを持っていた一人が、驚きの声をあげた。
「人を見て勝手に驚くのはやめてほしいですデスねぇ」
そう言って黒ずくめの男は、彼らの方を向いた。
その男の手には、落ちていた鎧が握られていた。
「それを返せ!我らの仲間の物だ」
黒ずくめの男は、彼らと鎧を見比べて、こう言った。
「イヤだと言えばどうするのですデス」
男のふざけた態度に、彼らは頭に血が上るのを感じた。
「貴様、我らが何者なのかを教えてやる!我らは──」
「正教会の教会騎士ですデスよねぇ」
「──ッ!?なぜそれを知っていて刃向かうのだ」
冒険者ならまだしも、こんな物取りが刃向かってくるとは驚きだ。
「そうですデスねぇ……あなた達が嫌いだからですデスかねぇ」
その言葉に彼らの怒りが頂点に達した。
「貴様、何者だ!冒険者などではないな!」
剣を抜き、男をいつでも斬れる体勢をとる。
「そうですデスねぇ、それでは自己紹介をさせてもらうとしましょう」
そう言って男は、被っていた黒いフードを取り、顔を露わにした。
肩まで伸びた黒髪に薄く開いた目、そして不気味な笑顔を浮かべている。
体は黒いローブを羽織っており、黒くゆったりとした服を着ている。
更に、服からのぞく身はやせ細っている。
黒ずくめの男はゆっくりと礼の姿勢をとり、名乗った。
「私は悪魔教団『十三司教』のひとり、『第八司教』───」
不気味な笑顔を更に強くした。
「ハムハルディー・アハトという者ですデス」
そう名乗り、不気味な笑い声をあげた。
「悪魔──教団?」
彼らの中に、その名を聞いたことのある者はいなかった。
「そうですデス!どうやらアナタ達は知らされていないようですデスが、我々はアナタ達と何百年も前から争っているのですデス!」
黒ずくめの男──ハムハルディーは、笑顔を消して真顔になり、彼らに対して敵意を露わにした。
それを感じ取った彼ら全員は、ハムハルディーに牽制の一言をかけた。
「貴様ひとりで我らに勝てると思っているのか」
「ひとり?」
急に動きを止めたハムハルディーは、彼らにまた不気味な笑顔を向けた。
「アナタ達、気づいていないのですデスねぇ」
「──ッ!?」
その一言で彼らは、自分達が取り囲まれている事に気がついた。
それは、ハムハルディーと同じ黒いローブを羽織り、フードからのぞく顔には黒いのっぺらぼうの仮面をはめていて、完全に黒一色である。
仮面には、前を見る穴すら開いておらず、どうやって前を見ているのかが不思議である。
「いったいいつの間に!?」
あまりのことに、狼狽えていると、ハムハルディーが喋り出す。
「彼ら『凶徒』は、アナタ達がこの路地裏に入った時からずっと側にいたのですデスよぉ」
「なにッ!?」
「嘘ではないのですデスよ。まぁ、アナタ達には今から死んでもらうので、関係ないですデスがねぇ」
笑みを消したハムハルディーは、そう言って彼らに近づいていく。
「ま、まさか貴様等が、ウルト様達を──」
「ウルト?そんな人は知らないのですデス」
ハムハルディーはいつの間にか両手にナイフを持っていた。
周りの凶徒達も、それぞれ武器を構える。
「嘘をつくな!では何故そこに仲間の鎧や剣が落ちているのだ!」
「これは、はじめから落ちていたのですデス……まぁ、それもアナタ達には関係なくなるのですデスがねぇ」
そう言うと同時に、ハムハルディーの姿が徐々に透けてゆく。
「なんだ?何が起こっているッ!?」
「さぁ、アナタ達の最期ですデス!」
完全に姿が消えたハムハルディーの不気味な笑い声と、彼ら騎士達の悲鳴が、路地裏にこだました。