六話:魔女
光で眩んだ目が少しずつ治っていく。
「──何だったんだ今の魔法は、初めて見るものだ!」
グランは目尻をおさえながら呟く。
グランが周りを見回すと、部下達も目をやられたようだ。
そしてグランは、そこにアキヒトの姿がないことに気がつく。
「──どこに行った!?」
あそこまで追い詰めて逃がしたとあっては、グランの面子に関わる。
「ウルト様、『黒の魔法』の反応が外に続いています」
「本当か?ならば全員で追うぞ!」
「ハッ!」
グランを中心に騎士達は、その場を後にした。
静かになったギルドの中には、ディーナ達だけになった。
「な、なんとかしないと……」
ディーナが焦りの声をあげながら、彼らが出て行った出口の方を見ている。
「それより先にコイツらをなんとかしないとな」
スミスが、グランに斬られたオッチャン達を確認する。
「まだ息はあるな──コイツらに回復魔法をかけるから、お前はクララを頼む」
そう言ってスミスは、カウンターの裏に隠したクララを指さす。
「物みたいな隠され方だな──クララ、そろそろ正気に戻ってくれないかな……」
「──うん?なんでアタシこんな所で寝てんだ?」
「やっと正気に戻ったか」
カウンター裏から這い出たクララに、ディーナとスミスが起こったことを説明する。
そして二人は、クララをアキヒトのもとに行かせることにした。
「ボク達はみんなの回復が済んだら、すぐに追いつくよ。だからクララは、アキヒトを助けてあげて」
「分かった。じゃあ行ってくる」
クララはそう言い残して、ものすごい速さでギルドを後にした。
******************
俺は今、舗装がされていない路地裏を走っている。
正教会から来たと言う男──グラン・ウルトから逃げているのだ。
とは言っても、見知らぬ路地裏などひとりで抜け出せる筈もなく、迷子になってしまったのだ。
「ハァハァ──あれ?さっきもここ通ったぞ」
一旦立ち止まって、周りを見回す俺は、ふと、誰かの視線を感じた。
視線の方を見ると、建物の屋根に全身黒ずくめの男が立っていた。
「なんだアレ?」
黒ずくめの男は、俺が気づいたと知ると、どこかに行ってしまった。
「──ヤバイ、気づかれた!」
遅れて気づいた俺は、一目散に走り出した。
すると、目の前の曲がり角から、鎧を着た男達が、四人も現れた。
「──!見つけたぞ、捕まえろ!」
そう言って男達が、俺に掴みかかろうとするが、俺は身を翻して、反対側の路地に進む。
「待て!大人しくしろ!」
後ろからする声を無視して、脚に力を込めて加速する。
そして角を曲がろうとした瞬間、右腕に衝撃が走り、吹っ飛ぶようにその場で転がってしまった。
「──ッ!なんだ今の?」
俺は急いで立ち上がろうとするが、上手くいかない。
なぜ?
そう思い、さっきから違和感がある自分の右側を見てみると────────
そこにあるはずの右腕が、肘から下が無くなっている事に気づいてしまった。
「──────────────ッ!?」
人間は案外、気づかなければ何ともないらしい。
そういえば昔、ニュースで『バイクに乗った男性が、ガードレールにぶつかった事に気づかず、片方の脚が飛んだままバイクを運転していた』というものを思い出した。
だが、もう遅い。
だって俺はもう、気づいてしまったのだから──────────────
「ガアアァァァァァァァァッ!?ウッグゥ!アァァァァ!」
「やれやれ……手こずらせてくれたな」
その場でのたうち回る俺に、誰かの声が降ってくる。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い──
痛みが支配する頭で、なんとか顔を上げると、そこには────ぼんやりと赤く光る血の付いた剣を持った男──グラン・ウルトが立っていた。
「先ほどの魔法を使われては困るのでね。私の【破壊の加護】でキミの腕を斬らせてもらったよ」
斬られた俺の右腕から、大量の血が流れ出ていく。
いたいいたいいたい……いたく─ない?
どうやら、脳が勝手に痛みを感じるのを放棄してしまったようだ。
そうしている間に、俺は鎧を着た男達に取り囲まれてしまったようだ。
「ウルト様、この者はどうなさいますか」
「そうだな、話を聞こうと思っていたが……無理そうだな。私の『加護』で血が止まらないから……恐らくこのまま死ぬだろうな」
「では、死体はどうなさいますか」
「放っておけ、どうせ『魔女信奉者』なのだから、死んで当然だ」
そんな勝手な事を言う声が聞こえるが、反応できない。
血があふれるのを止められず、このまま本当に死んでしまうのかと思った時、ふと、声が聞こえた。
『あなたは何度も危険な目に遭うのね、アキト──でも大丈夫よ。私があなたを死なせたりしないわ』
熱を感じさせる声を聞いて、『誰の所為だよ』と思いながら、遠のく意識が完全に落ち、暗闇の中に消えてしまうのを感じた。
******************
完全に動かなくなったアキヒトの体の近くに、切り落とした右腕を転がしておいた。
「目的は達した。これより森の調査をしている部隊と合流し、『聖都』に帰還する」
「ハッ!」
グランの号令と共に、その場を立ち去ろうとしたその時。
「う、ウルト様!」
慌てた様子の一人の部下に、グランは振り返った。
「なんだ?どうかしたのか」
「こ、これを見てください!」
そう言ってその部下は、グランに持っていたものを見せた。
それは、色が黒く染まった魔水晶だった。
「先ほどから黒色なのは知っている。それがどうしたのだ」
ウルトが問を発したのと同時に、水晶がバラバラに砕けた。
「なにッ!?」
グランが驚きの声をあげると、どこからか声が聞こえた。
「うふ、うふふふふふ───」
女性の笑い声が路地裏にこだまする。
「何事だ!」
「わ、分かりません」
辺りを警戒するグラン達は、おかしな光景を目にする。
それは、死体となったはずのアキヒトの体が立ち上がり、こちらを向いているのだ。
「なッ──!」
息を飲むグラン達は、更に奇妙なものを目にした。
アキヒトの体からどす黒い霧が溢れ出し、髪が伸びていく。
切り落とした右腕が黒い霧によって持ち上がり、元あった場所に戻っていく。
「いったいこれは、何なんだ!」
伸びきった髪は色が抜け白髪になり、そして美しい銀髪へと変貌した。
髪の隙間から左の目だけを覗かせて、先程までと姿形すら変わってゆく。
服装は、真っ黒のドレスになり、肌は白く美しいものに変わった。
そして、顔や声も女性のものになり、笑い続けている。
「何者なんだ、お前は──」
剣を構えたグランは、アキヒトだったものへ声をかける。
「───うふふふふ。あぁ、素敵だわ」
その一言だけで、グラン達の背筋が凍った。
熱のこもった声だが、耳に入るだけで、体の内側から凍っていくような錯覚が起こった。
「ま、まさかッ!」
グランの部下の一人が、怯えたように後ずさる。
そこにいる全員が同じ考えにたどり着いた。
「あの男は……『魔女信奉者』ではなく──『魔女そのもの』だったのかッ!?」
グランの呟きに、他の者は剣を捨て、背を向けて逃げだした。
「教会騎士の私が、このグラン・ウルトが、貴様をこの場でもう一度殺してやる」
彼女に、たった一人でグランは突っ込んでいく。
「駄目よ、アキトに酷い事をしたんだもの、絶対に───」
目の前に迫ったグランをいっさい気にかけず、黒い霧が広がっていく。
「逃がさないわ」
全てが黒に包まれて、音の聞こえなくなった世界で、グラン達は────
その冷たい声をハッキリと聞いたのだった。