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星の穴  作者: 鳥野彫像
9/17

9話:なんだか病んでるサマーキャンプ

「頼む。一週間だけサマーキャンプに一緒に行くってことにして、口裏合わせて欲しいんだ!」

 僕は新井場に電話して、開口一番そう言った。

 今回の穴は500メートルを越える長いものらしく、大体一週間は潜る事になるらしい。2、3日なら友達の家に泊まるだとか言って誤魔化せたけど、それだけの日数となると嘘にもちょっとした設定と、それを裏付ける協力者が必要になる。

「一週間って、お前何する気だよ」

「アルバイト」

「バイトってなんだよ……」

 どう言おうかと悩んだけど、新井場にまで嘘をつきたくなかったので結局、正直に言うことにした。新井場は、僕が封穴作業者として穴に入ったことを聞くと「マジかよ……」と言って黙り込んでしまった。

「どうしてもこのアルバイト、やりたいんだ。なぁ、新井場。頼むよ……」

「……断る」

「迷惑はかけないから。どうしてももう一回、穴に入らなきゃならないんだよ」

「ダメだ。どんな理由があっても……俺は大切な友達に、そんな危険な場所になんて行って欲しくない。分かってるのか、下手すれば死んじまうんだぞ?」

 新井場の断固とした口調。いつもふざけてばかりの新井場が、こんな真剣な感じで話すのは初めてのことで少し緊張してしまう。

「だけど実際に穴は開いてて、誰かが入らなきゃならないんだ」

「そういうのは自衛隊に任せておけよ」

「自衛隊はやらないんだ。だから封穴を生業とする民間企業がある」

「なら大人に任せておけ」

 ずっとこの仕事を立派にやってきていた緒川の顔が浮かぶ。物凄い力は持っているけど、彼女だって俺達と同じ子供なんだ。

「使命感なんてないけど、危険なことは誰かに任せておけばいい。そういうのから目を背けてていい、ってのは違うと思うんだよ」

「とにかく俺は嫌だ。なんで康平が、わざわざそんなツチクレの巣みたいな場所に行かなくちゃならないんだ!」

 いくら話しても堂々巡りで、最後には「絶対に、もうそのバイトをするなよ」と念を押されて、電話を切られてしまった。新井場と喧嘩をしたのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 ベッドに横たわり、携帯電話を放り出す。喧々囂々と一時間程言い合っていたのだけれど、不思議と嫌な気持ちは残っていなかった。器用で、いつもふざけてて、たまに空気が読めなくて。だけど新井場って実は、かなり良い奴だったんだな。

 穴の中へ行こうという決意に変わりはなかったけど、軽々しく行っていいもんじゃないってことだけは理解できた気がする。毛頭死ぬつもりなんてないけどさ、絶対に生きて帰らないとな。



 ダメ元で緒川に相談してみた所、『明日十六時アンティークARIMOTO』とぶっきらぼうに日時と場所だけ書かれたメールが送られてきた。

 指定された時間に、商店街の並びにあるそのアンティークショップに行くと、中で緒川と井沼さんが展示されている高そうな椅子に座って待ち構えていた。緒川は我が物顔で脚なんか組んで腰掛けてるし、井沼さんは店の中だっていうのにワンカップ酒をちびちび飲んでいる。

「座って」

 緒川が、羽が生えているような奇抜なデザインの椅子に座れと促すが、物凄い迷惑そうな顔でこちらを見ている初老の店員さんの視線が痛くてその指示にはちょっと従えない。

「店員の人見てるよ」

「常連だから大丈夫。私が来なかったらこの店は、潰れる」

 木目調の壁紙が貼られた店には、年代物の掛け時計や家具なんかがぽつぽつと並べられていたが客は一人もいなかった。店員さんも迷惑そうにはしているが、どうやら緒川という上客を失うわけにはいかないと思っているのか注意する気はなさそうだった。

「えっとな……いや、もういいや」

 緒川に、お店の人の気持ちを考えろとか、常識とか、そういうことを説いてみようとも思ったけど、まぁ無駄だろうなと諦めて指し示された椅子に腰掛けた。薄暗い店内、ディスプレイされている椅子を照らすスポットライトが僕達三人を照らしていた。

「それで、例の件だけど……」

 井沼さんを気にして、話の内容をぼかして伝える。一応、僕は二十歳って設定になってるわけでサマーキャンプの話ってのは辻褄が合わない気がしたからだ。

「あ、君のことなら全部いさりちゃんに聞いたよ。同級生なんだって?」

「って、緒川!」

「いやいや、流石にみんなそうじゃないかとは思ってるよぉ。どう見たって高校生か中学生だもん、康平君」

「えっ、それって良いんですか…?」

「いやいや逆にね。聞いちゃうと、未成年と知りつつ働かせてたことになっちゃうから、ぼやーっとした感じにしておきたいんだよぉ。かと言って穴の中に入る最低規定人数の五人が揃わない中、社長としては誰でもいいから働き手が欲しいわけでね」

「はぁ……」

「だから君が二十歳って嘘をついてくれてれば、みんな幸せになれるってだけの話なんだ」

「大人って、なんかややこしいですね」

「凄い単純な話だよぉ。まぁ、サマーキャンプのことなら任せてよ。おじさん実際に開いてた塾でそういうのを催してたことあるからね。ご両親への電話なら、バッチリリアルな感じでできるよぉ」

「塾を開いてた?」

「昔ねぇ。自宅を改築した小さな塾で、子供達に先生、先生って呼ばれてさぁ」

 瞳を潤ませて、ワンカップ酒を呷る。酔っ払いだけど優しいし、案外子供達に好かれる良い先生だったのかもしれない。

「それにしても君みたいな普通の子が、穴の仕事にはまっちゃうとはねぇ。意外だよ」

「穴にはまる?」

「ほら、戦争は麻薬だって言うじゃない? 戦争が終わって国に戻ってきたけど、戦場であったことが忘れられなくて舞い戻ってしまうってやつ。あれと似たようなものなのかなぁ。たまに穴での刺激が忘れられなくて、お金に困ってるわけでもないのに仕事をやり続けてたりする人がいるんだよぉ。一柳君なんてその典型かなぁ?」

「僕はそんな……お金が欲しいだけで……」

 言葉が詰まってしまう。最近感じてた居心地の悪さや、気が付けば穴で経験したことへ想いを巡らせてしまっていること。それらが井沼さんの言う『穴にハマっている』状態に当てはまる気がしたからだ。

「まっ、それならいいんだぁ。どのみちパッと稼いだら、まっとうな道に戻ったほうがいい稼業だからね、こいつは」

 空っぽになったワンカップ酒の最後の一滴を啜り飲んで、井沼さんが立ち上がる。

「それじゃ、行こうか!」

「へっ?」

「ご両親への電話はバッチリするからさぁ。一杯ぐらい……ねぇ?」



 井沼さんは、伊豆でのサマーキャンプの話をでっちあげ、電話で両親に説明してくれた。塾の先生をしていたというだけあってその話には妙な説得力があり、両親もすんなりと納得してくれた。

「ありがとうございます!」

 『しょんべん』でお礼を述べて一杯奢って晴れやかな気持ちで帰ろう、等と考えていたのだけど、気が付けば一件目で矢継ぎ早に焼酎を飲み、すっかり出来上がった井沼さんに引きずられるようにして、路地裏にある大衆居酒屋に入っていった。酔っ払いという生き物のしつこさを甘く見ていた。

 芳しくない気配を察知して緒川は、二件目に行く道すがら「夜が呼んでいる」とか呟いて帰っていった。

「あれー? これ烏龍茶ですよね?」

 なんか苦味のある烏龍茶だな、と思って飲んでいたらいつの間にか頭がふわっとしてきて、気が付けば井沼さんに「僕なんて生きてる価値ないクソ虫なんですよ。だからせめてパソコン買って、何かゲーム以外で得意なもの見つけたくて!」と熱く語っていた。

「いいねぇ! おじさんもクソ虫だけど、君には未来がある! おじさんには無い! あはははははっ! それでも明日は来るんだよねぇ? クソ虫の明日にかんぱーい!」

 コップを傾け、謎の液体を喉に流し込む。絶対にこれはアレだなと思いつつも止まらない。井沼さんも僕も、他愛もないことを話しては爆笑し続けていた。

「大丈夫大丈夫。君、二十歳なんだから! さぁ、次の店行くよ次の!」

 三軒目は、駅前の商店街からちょっと離れた、住宅街にあるこじんまりとした小料理屋で、いつも井沼さんが締めに訪れる行きつけの店らしかった。

「あら、若い人連れて。もしかして息子さん?」

 恰幅のいい女将さんが、お冷と焼酎を注文を取る前から井沼さんの前に置く。

「あははははっ! そう見える?」

「あっ、そういえば井沼さん。家族とかっているんですか?」

「まー……今はねぇ……」

 その時、井沼さんの笑顔に影が差したような気がしたけど、アレな状態のせいかあんまり気にならなかった。しばらく杯を交わしていると、井沼さんはカウンターに突っ伏して鼾をかいて寝始めてしまった。

「ふふっ、なんだか今日はいつになく上機嫌だったわね」

 女将さんが小皿を片付けながらそんなことを言っていた。僕は、眠る井沼さんの横で余ったアレな液体を飲んでいたはずなんだけど、気が付いたら井沼さんと肩を組んでもたれあうようにして夜道を歩いていた。星空と満月。おっさんと自分。居心地の良い夜の中をゆらゆらと進んでいく。

「ここーだよぉ」

 井沼さんの住む部屋は、木造のオンボロアパートの一室にあって、畳張りの床には足の踏み場もないくらい酒瓶が転がっていた。中央に置かれた布団に倒れ込むと、井沼さんはそのまますぐに寝息を立て始めた。

「ふぅ」

 すっかりおかしくなってしまっていた僕は、見知らぬ部屋の片隅に座り込み、ようやく落ち着きを取り戻す。

 テレビもパソコンも置かれていない六畳程の部屋。よく見ると酒瓶に囲まれるようにして、背の低いテーブルが僕の横に置かれていることに気付いた。その上には位牌と、若かりし頃の井沼さんと奥さんと思わしき痩せっぽちの女の人と、息子さんらしき男の子が並んで写っている写真が飾られていた。井沼さんが、息子さんを肩車している写真もあった。

 取り替えたばかりの淡いピンクのグラジオラスがちょこんと添えられていて、荒れた部屋の中でもここだけは、マメに手入れがされていることが窺い知れた。

「こーへーくん!」

 突っ伏したままの井沼さんが、突然大声で僕の名を呼ぶ。

「私はさぁ。逃げっぱなしでこんな所まで追い詰められちゃったけど、君はしゃんとする時はしゃんとして、大切な人を守らないとダメだよぉ。それはさ、一度失っちゃったらもう二度と戻らない、取り返しのつかないものなんだからねぇ」

 翌朝、目覚めた僕の目に飛び込んできたのは、ガタガタと震える右手で、焼酎を飲む井沼さんの姿だった。窓から差し込む朝日に浮かび上がる蒼白な顔、病的で、いつもの上機嫌な井沼さんと同じ人とは思えない。井沼さんは、すがりつくように一気にその液体をすすっていた。


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