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星の穴  作者: 鳥野彫像
4/17

4話:なしくずし

 シャッターが降りたままの岩田屋。いつ来たってこの店は、僕達を迎えくれてたってのに、何故か今日は昼を過ぎても開く気配がない。

 炎天下、僕と新井場は店の前に置かれたベンチに座って、何をするともなく店長の訪れを待ち続けていた。

「店長、死んだのかな?」

「あー。ああいう元気なじいさんに限って、いきなりポックリいったりするんだよな」

 新井場が、軽口に答えてくれる。

「そういや康平、バイト探してたろ。見つかったのか?」

「全然。今朝も断りの電話が来てたよ」

 例のムカつく喫茶店からの電話だ。「この間はどうも。まぁダメってことで。それじゃ」とあっさりとした口上だけ述べて、速攻で電話を切りやがった。

「大変だなぁ……。実は俺も探しててさ。こっちはやっと見つかったんだ」

「へぇー初耳。おめでと、何の仕事するの?」

 汗ばんだ額を拭うと、僕は傍らに置いていたジュースを口に含む。

「商店街入った所にある、ボロっちい喫茶店。そこでウェイターやるんだ」

 思い切り噴出されたジュースの霧が、店の前に弧を描き出す。

「おい、どうした。康平!?」

「いや、なんでもない……」

 ああ、早くこの苛立ちをゲームにぶつけたい。溜息一つ、赤錆塗れのシャッターを見つめる。

「早く店長来ないかな……」

 赤い、丸みを帯びた大型バイクが突然、猛スピードで店の前までやって来る。まるで昔のSF漫画にでも出てきそうな超未来的で格好いいデザインのバイクで、僕と新井場は、思わずそれを見て「かっけー」と声をあげてしまった。

「なにやってんだ、お前ら」

 フルフェイスのヘルメットの中から出てきたのは、しわくちゃの白髭をトレードとする店長の顔だった。バイクに跨ったまま、不思議そうにこちらを見ている。

「いや、待ってたんですって。早く店を開いてくださいよ」

 店長とバイクのギャップに戸惑いながらも、僕は抗議の声をあげる。

「そういや言い忘れてたか。こりゃ悪かった。この店な、店じまいすることになったんだ」

「えっ!?」

 言葉を失う僕と新井場。「冗談っすよね?」と新井場がようやく言葉をひねり出したが、店長は首を振ってそれを否定する。

「余剰品保有税とかいう、クソくだらん税金を払ってなかったのがバレてな。店のもん全部、差し押さえられちまったんだ」

「余剰品保有税……?」

「人類が生きる上で特に必要がないと、千年機関に認定された物にかかる税金だな。年々厳しくなってきてなぁ。いまじゃゲームの大型筐体一つ持ってるだけでも万札が一枚持ってかれちまうってイカれた税金だ」

「必要ですよ。ゲームも、この店も。僕らどこ行けばいいんすか?」

 新井場が声をあげる。気持ちは僕も同じだった。学校にいても楽しくない。家に帰っても窮屈だ。そんな中、ここで寛げる時間というのは絶対に必要なものだった。

「最後の最後でお前達みたいな、いい連中相手に商売をできたことを誇りに思うよ。俺だってそうさ。何十年も、沢山のガキどもがここを溜まり場にしてくれてたんだ。ゲームが心から好きな奴、ここで友達とツルむのが好きな奴、暴れたいだけの奴、色んな奴がいたよ。俺のことを親みたいに慕ってくる奴だっていた。そんな連中との思い出が詰まったこのゲーセンは、くだらねぇ地球なんてものより、よっぽど大事だ」

 店長は、口の中に溜まった唾を道路に吐き捨てる。

「だけどそんな大切な思い出を作ってきたゲームの筐体は……いまや解体されて、誰かの命を引き伸ばすための何かにリサイクルされちまってんだ。どうにもならねぇ」

 捉えようのないものに突然、居場所を横取りされてしまったことに対して、僕らは店長みたいに明確な憤りを感じられずにいた。喪失感だけは、確かにこの胸にぽっかりと生まれてるっていうのに。

「俺は旅に出る。お前達も、このクソみたいな世界に負けずに頑張れ!」

 店長は僕達にエールを送ると、ヘルメットを被ってエンジンを吹かす。この超格好いい流線型のスポーツバイクだって、きっと不用品と認定されている代物だろう。

「そうだ康平。お前、必ずパソコンを買えよ。そいつは、お前が人生を戦う上で、何もよりも頼もしい武器になるはずだ!」

 ヘルメット越しの篭った声。言い終わると店長は、来た時と同じ爆発的なスピードで、あっという間に彼方へと消えていった。

 取り残された僕と新井場はしょぼくれた顔をして、目的もなく足が痛くなるまで白神の町をさ迷ってから、「またな」と言って別れた。



 二階の窓に、白いペンキで『緒川封穴』と書かれている前世紀からあるだろうボロボロのビル。壁の塗装は剥げ落ち、窓枠は錆び付いている。一階の『しょんべん』という名の立ち飲み屋では、昼間だというのに数人のおっさんが何やらボヤキながら酒をかっくらっていて、怪しげで退廃的な雰囲気を漂わせていた。

 ここに来る前に父のパソコンを借りてインターネットで調べてみたのだが、グラサンのおじさんが説明したような仕事は確かに存在するようだった。『危ない仕事の噂』という思いっきり怪しげなタイトルの、世の中にある様々な裏仕事を紹介するというホームページで、薬の人体実験や血を売る仕事といった中に『封穴作業者』という項目があって、そこにおじさんから聞いたのと違わない仕事内容が書かれていた。

 てっきり僕は自衛隊の人達が全部、片付けてくれていると思っていたのだが、実際は、ある部分までの作業は民間企業に委託されているらしい。やはり危険な仕事のようで、ツチクレに穴の中で襲われて死んだ人も多いという。普通の神経の持ち主なら、いくら貰ってもこんな仕事をやろうとは思わないだろう。

 だけど僕はこうして、仕事の詳しい話を聞きにビルの前までやってきてしまった。

 多分、このビルの上には踏み込んではいけないんだ。放任主義者の両親でも、そういう仕事を僕がやろうとしてると知ったら、きっと激怒するだろう。迷い、躊躇い、ビルの前をうろうろとしていると見知った顔が遠くからやってくる。緒川だ。

「おっす」

 僕は勇気を出して声をかける。緒川は眠たげな目でしばらく僕を見つめて、

「……忠告、したのに……」

 と、ぼそっと漏らした。

「これ、やっぱり緒川が?」

 僕は『康平君、やめたほうがいい』と書かれた便箋を取り出す。

 こくんと緒川は頷いた。

「あのさ……話だけでも聞いてみたいなって、アルバイト」

 緒川は俯くと「危険」とだけ呟いた。

「ちょっと、知ってる。だけど俺、必要なんだ。お金」

「この間……人が……」

 「死んだ」と緒川が続ける。田んぼの穴から出てきた血が滴るズタ袋の中身は、やはりそれだったんだろう。

「話だけでも、聞かせて欲しくて」

「お金が欲しい……なんて、馬鹿みたい」

 緒川はそのまま僕の前を歩いていって、ビルの階段の中腹に立ちこちらを見下ろす。二階への道を塞いでるように見えた。僕の話なんかまるで聞いちゃいないようなその態度に、少し腹が立つ。

「ネットで、どういう仕事かは調べた。それに俺、見たんだ。緒川が、宇井町の穴から出てきたのを。なんとなく、どれくらい危険な仕事かは分かるよ」

 表情の乏しい緒川が、少し驚いたようにこちらを見る。だけど上へは行かせないという意思は全く揺らいでいなくて、きつく僕の事を見下ろしながら、その場に立ち塞がっている。

「俺さ。この間、秋葉原で、あいつらが人を殺す所、見たんだ」

 僕は、胸の奥にあるわだかまりをなんとか説明しようと、想いと言葉をたぐりよせてくっつけようとする。

「感情なんてないみたいなのに、まるで生きてるみたいで……とにかく怖かったんだ。それで、逃げて、助けを求めたり、転んだ人を見捨てて、踏みつけて、逃げて。そういうの、全部ひっくるめて怖くて。だけど、だけどさ」

 僕は一歩踏み出して言う。

「逃げれば逃げるほど、その怖いものが背後に迫ってくるような……そんな気がしたんだ。だから俺、ちゃんとそいつを正面から、見つめたいって思ったんだ。勿論、一番の目的はお金だけどさ。馬鹿だって思うかもしれないけど、欲しいものがあるんだ」

「……欲しいもの?」

「パソコン。自分のパソコン。それで何かを、作り出したいんだ」

 緒川は笑わず、じっと僕のことを見据える。

「……お前が深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返す……」

「えっ、なに?」

「ニーチェ。後この仕事、未成年は一応ダメってことになってる」

 ニーチェとか言う外人の名を口にした緒川は、満足げな表情で踵を返して、二階の事務所へと入っていく。何言ってんだこいつ、と思いながらも僕は、緒川を追って階段を駆け上っていった。



 事務所に入ると、いきなり社長が駆け寄ってきて僕の手を取った。

「ありがとう! まさか来てくれるなんて! いやー、こっちに座って。ほら、いさり! お茶を用意しなさい」

 社長は、有無も言わせず僕をパイプ椅子に押し付けて座らせる。隣には長身長髪の男がいて、なにやらミリタリー系の雑誌を熱心に読んでいた。

「どーも」

 こちらをちらっと見ると、軽い調子で男は言う。歳は僕よりちょっと上だろうか? ピアスなんかしちゃってオシャレで、こざっぱりとした人で、登山道具のようなものが所狭しと積まれたこの小汚い会議室には、あんまりフィットしてなかった。母親が買ってきた茶色のどんくさいチノパンをはいた僕の方が、なんだかここにお似合いといった感じだ。

「あっ! 彼は、君の先輩で一柳君ね」

「おっす。俺、一柳! 君、童顔だねぇ。中学生みたいじゃん、いくつなの?」

「えっと……二十歳。三崎康平です」

 僕は咄嗟に嘘をつく。さっきの緒川の忠告を踏まえての事だ。同い年とはいえ緒川が働いているのも、なにか理由があってのことなのだろう。ふと見ると緒川は、奥にあるひときわ豪華な中世の貴族が座るような椅子に座り、こちらをじっと見つめていた。そういえばあの椅子を、片手でひょいと持ち歩いてたんだっけ。

「俺の一個下? 見えねー! 俺、駅向こうの白神大だよ。大学生?」

「いや……フリーター」

 嘘が積み重なっていき、心にずしりと重りが乗っかる。あんまり嘘は好きじゃないし、何も言わずにこちらを見ている緒川の視線に、後ろめたさを感じてしまう。

「おお、自由人だ。いいねぇ。よろしく三崎っち」

 言うだけ言うと、手に持った雑誌に視線を戻す。それにしてもこの一柳という人、話し振りに全く遠慮がないのだけれど、不思議と嫌な感じはしなかった。他人との壁が当たり前のようになくて、誰とでも自然に友達になれるような雰囲気がある。もてるんだろうな。

「一柳君、土谷さんと井沼君は?」

「暇だからって下に飲みに行きましたよ、社長」

「まったく、待機中だってのに……いさり、ちょっと呼んできてよ」

 渋い顔で社長が言うと、緒川はふらふらと出て行った。

「それで、いつから働けるの?」

「えっ、いや今日は話を……」

「えっ、今日から!? やる気だねぇ。こちらとしても、早ければ早いほどいいんだよね。明日からさっそく講習、受けてみようか!」

「あの……」

 さっき緒川には、珍しく言いたい事をしっかり言えたってのに、いまの僕はすっかり社長のペースに飲み込まれてしまって、またもやうまく喋れないでいる。

「講習って……」

「簡単な実地訓練と、穴についての勉強をね。まぁ、こんなのは法令で決められてるからやるだけだから、適当にこなしておけばいいからさ。気にしないで!」

「社長、俺も講習行きたいっす! どっかで射撃訓練でもするんすよね!?」

 一柳さんがバッと顔を上げ、目を輝かせて話に食いついてくる。

「あのね。入ってきたばっかのバイトに、そんな物騒なことさせないから!」

「なんだ、つまんない」

 一柳さんは興味を失ったようで、ミリタリー雑誌に視線を落とした。

 溜息一つ、社長は話を戻す。

「まぁ、危険なことは本当にないからね! こう見えてもうちの社員はみんな腕利き揃いだから。君の安全は、責任を持って守らせてもらうから! もうバッチリ、完全に、守らせてもらうから」

 捲くし立てる社長の勢いに飲まれて苦笑いを浮かべていると、がらりとドアが開いて、緒川に連れられ赤ら顔のおっさん二人が入ってきた。一人は筋肉質な身体に、武士のような精悍な顔つきをしたおじさんだったのだけれど、もう一人はたるんだ腹と、禿げ上がった頭をした、それこそ下の飲み屋がお似合いのただのおっさんだった。

「社長ぉ、一体なんですか? せっかくいい感じにできあがってきたっていうのに……」

 恨めしそうに言う禿げたおっさんを、社長が睨みつける。

「井沼君、君ねぇ。もう酒はやめるんじゃなかったの? 土谷さんも一緒になって飲んでないで止めてくださいよ」

「悪かった」

 土谷さんと呼ばれたガッシリした方のおっさんが、言葉少なに頭を下げる。年齢的には、社長や太ったおじさんより若そうではあったけど、なんだか威圧感というか、寄らば切るといったような迫力が滲み出ている。

「だって社長。今日もどうせ待機でしょ? なら、宮辺の弔い酒といきましょうよぉ。ちゃんと弔ってやらなッ…!」

 社長が、咄嗟に井沼さんという名の酔っ払いの口を塞ぐ。

「あのね、新人が来てるんだから。そういうあれは、ちょっと、あれ……ね」

「新人?」

 井沼さんは、ずいと僕の前にやってきて、にんまりと笑う。かなり酒臭い。

「よろしくねぇ。私は井沼、趣味はお酒。こちらは土谷さんって、このチームのリーダー」

 土谷さんは無言で、こくりと頷いた。

「それでいさりも加えて、うちのメンバー全員ね。自己紹介終わり! どうする、もう明日から来ちゃう? 来ちゃおっか?」

 弔い酒云々と言ったきな臭い話を打ち消すように、矢継ぎ早に社長が言葉を繰り出す。とことん怪しい人達だ。奥でこちらをじっと伺っている緒川だって、得体が知れない。きっと想像しているよりもずっと恐ろしいことが、穴の中には潜んでいるんだろう。引き返すなら今のうちだ。

 僕は一息吸って、声を絞り出す。

「やります。僕、ここで働きたいです」

 社長がにんまりと笑って、僕の右手を握り締める。その手は大きくてガサガサに荒れていて、熱かった。働く男の手って奴なんだろう。

「あの、履歴書とか、保険証とかそういうのは……」

「いやぁ、そんな野暮なもんはこっちで何とかしておくから気にしないで!」

「……何とか? いいんですか?」

「いやいや。下手に書類なんか貰っちゃうと、不慮のアレ。ほら、アレな何かがあった時に手続きが面倒くさっ…!」

 いつの間にかワンカップ酒を部屋の片隅で飲んでいた井沼さんが、何か言おうとすると、社長が猛ダッシュで口を塞ぎに行った。うん、本当にやばそうだったら隙を見て逃げよう。


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