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星の穴  作者: 鳥野彫像
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2話:彼女や僕の日常なんてものがあったって

「1972年、ローマクラブが打ち出した『成長の限界』によって示された、われわれ人類の経済的発展の終わりは、いよいよ現実となって目の前に迫ってきています」

 けだるい月曜日の教室に、抑揚のない小西先生の声が響いていた。僕は、教科書にプリントされている白髪のアメリカ人に、髭を書き加えてダンディーにしてみる。うん。これだけじゃ物足りない。髪型をモヒカンに整えて、景気の良い感じにする。

「そして千年計画が国連で決議され、各国の同意の下、第三惑星管理機関――千年機関が設けられてから、我々の生活は一変しました。勇気を持って贅沢な生活や、無駄な進化を放棄するという指針の元、我々は今では前世紀よりも、もっと安全で平和な社会を実現するに至ったのです」

 僕の席は、廊下側の一番後ろで、教室全体を眺め見ることができた。おじいちゃん達の世代から代わり映えしないどころか、使い古してボロっちくなっただけの教室。床のタイルも所々剥げているし、机には歴代の卒業生達が刻んだ傷がそのまま残っている。

「前世紀のような過剰な生産は、千年機関によって世界的に規制されています。リサイクル&リサイクル。灰になるまで使いまわせの精神で、過去のものを効率良く利用して生き延びていこう――ですね」

 忌々しいのはその規制のせいで、僕なんかが私用で使うパソコンが滅茶苦茶高くなってるってこと。五十年前なら三万円もあれば安いパソコンなら買えたみたいなのに、今や生存税だか環境税やら訳の分からない税金が設けられてるせいで四十万が最低ラインだ。

「ただしエネルギー、エコロジー、医療の三点だけは別です。ここは試験に出るから、ちゃんと覚えておいてください。我々は、地球と人類の生命を永らえさせるために生きているんです」

 ポケットに入れていた携帯電話が震える。同じクラスで前から三番目、窓側の席に座っている新井場からメールが送られてきていた。

 新井場を見ると、その大柄の身体をこちらに向けて親指なんか立てている。爽やかに刈り上げた髪型とがっしりとした体つきのせいで、運動部にでも所属しているような印象を人に与えるけど、ゲームと漫画にしか興味がない根っからのオタクだ。

『康平、今日、帰りに岩田屋寄ってこうぜ』

 岩田屋というのは、僕たちの行きつけのゲームセンターで、ほとんど毎日、学校帰りにそこに立ち寄っていた。『いいけど、もうすぐ期末試験だろ』とぽちぽちと打って送ると、すぐにメールが返ってくる。

『問題なし。今日は負けないからな』

「こらっ!」

 小西の怒声が聞こえると同時に、僕はさっと携帯電話を机の中に隠して顔を上げた。

「緒川君。できれば私の授業で、睡眠学習はしないでもらいたいね」

 小西は、机に突っ伏して眠る緒川という女子の前に立っていた。彼女は、授業中も休み時間も、ずっと眠り続けている妙な奴で、今日も朝、学校に来てからというもの今の今まで眠っていた。

 緒川は、のそのそと顔を上げる。奇麗なロングヘアーに、ちょっと垂れ目の可愛らしい顔。その顔に釣られて何人かの男子が話しかけに行ったんだけど、話しかけてる傍から彼女は眠り込んでしまってみんな玉砕。そんなこともあって彼女は、眠り姫なんてあだ名で呼ばれていた。

 眼をこすってから「ごめんなさい」と小さな声で言って、しばらくゆらゆらと身体を揺らしながら我慢してたみたいだけど、十分もすると再び机を枕に眠り込んでいた。



 醤油ラーメンの匂いが染み付いたゲームセンター岩田屋には、垢だらけの古い筐体が所狭しと置かれている。中には1980年代に作られた、トーチカに篭って来訪する宇宙人を撃退しまくるディスコミュニケーションな虐殺ゲームや、謎の黄色い球体が手当たり次第に辺りの同族を食いまくるパンクな伝説的ゲームまであった。店長によると、前世紀からこの白神の街(当時はそうは呼ばれていなかったけど)に岩田屋はあって、これらの筐体は、ずっと僕らみたいな高校生に遊ばれ続けてきたのだという。

「よー来たか。相変わらず暇だな、お前ら」

 窓もドアも開けっぱなしの店内に足を踏み入れると、顎からよれよれの白髭を垂らした、禿げ上がった老人がやってきて僕達に声をかける。やたらと鋭い眼光をしていて、ただのゲーセンの店長とは思わせない存在感がある人だった。

「暇なのは店長も一緒でしょ。今日も客はゼロ?」

「ふん、お前らが来たわ」

 新井場は憎まれ口を叩いてから、最近お気に入りの戦争ゲームの卓に座り、百円玉を入れる。これはレトロゲームばかり置いてあるこの店の中では比較的新しいゲームで、ゲームの技術が最高潮を極めたと言われる2020年頃のハイクオリティな画像で、オンラインで繋がった世界中のライバルと戦うことができた。

「そういえば店長、このお店ってアルバイトとか募集してないんですか?」

「従業員なんて雇う金あるわけないだろう。もう一度、辺りを見渡してみろ」

 ゲームに熱中する新井場の横に腰掛けると、店長はお茶をすっと差し出してくれる。

「なんだ、バイトを探してるのか?」

「そうなんですよ。パソコン、買いたくて」

「ほほっ! そりゃあいい! お前は、そいつで何をする気なんだ?」

「まだ決まってないんです。新井場みたいにCG作ったりもしてみたいし、音楽も興味あるし……」

「まぁ、ゆっくり探せばいい。手探りで色々と弄っているうちに、自分に向いているものが何か転がってくるってもんさ。なんせパソコン一台ありゃあ、出来ないことなんてこの世にはないんだからな!」

 緩んだ夏の空気の中、けだるげにゲーム筐体から聞こえてくる銃撃音。愉快そうにそう言う店長の言葉に、僕は思わずにんまりとしてしまう。

「くそー! やられた!!」

 見ると新井場の操作していた兵隊が、黒い血を流して廃墟の中に倒れていた。

「よし交代!」

「任せろ!」

 ハイタッチをして、席を新井場と交換する。どんな敵がやってこようがみんなぶち殺してやると、百円玉を入れてレバーを握った。

 日が暮れて、涼しげな風が店内に入ってくるまで、汗だくになりながら僕らは色んなゲームで遊んだり、店長が用意してくれたお茶を飲みながらくだらないことを話したりしていた。なんと店長は、僕らくらいの歳で、既に自作パソコンを作ってしまうようなパソコン少年だった、なんて話も聞けた。

 なんてことはない時間。だけど僕は、この学校帰りの岩田屋での時間ってのが、二十四時間の中で一番好きだった。

「すいません。このお店を所有されている方、いますか?」

 夕焼けを背に受けて、長い影を足元から伸ばした男が店頭から店長を呼ぶ。高そうなスーツを着ていて、この薄汚れたゲームセンターにはそぐわない感じがする男だ。

 店長は、小声で何かその男と話していたかと思うと、急に「今日は閉店だ」と言って、僕らを帰した。

 僕と新井場は、高校を卒業するまでに、あそこにあるレトロゲームを一通り全部クリアしてやろうという小っちゃな野望を抱いていたので、その目的達成のため、明日はあのゲームをクリアしようだとか、あのゲームの攻略法はどうだとか、まぁどうでもいい情報を交換しながら帰路に着いた。



「アルバイトねぇ。うちじゃ若い子、使えないからなぁ」

 日曜の朝。窓際に設けられた、観葉植物が並べられたテーブルの隅に置かれたラジオから、穏やかなピアノ曲が流れてくる。

 パジャマ姿で寝癖がついたままの父と、席を並べてパンを食べ、他愛のない話をする。僕ら三崎家のいつもの風景だった。

「区役所でバイトなんてしたくないよ」

「バカね、康平の学校はバイト禁止でしょ。そこを叱りなさいよ」

 そう言いながらも全くとがめるようなニュアンスを含めずに、母が言う。

「はい、目玉焼き」

 三人分の目玉焼きをテーブルに置いて、母が向かいに座る。

「でもなんでバイトなんか。欲しいものでもあるの?」

「いいだろ、別に」

 パソコンが欲しいと言ってしまえば、一人っ子の僕に甘い両親は、もしかしたらお金を貸してくれるかもしれないけど、それは嫌だった。自分の力で、手に入れたかった。それが例え毎月のお小遣いを溜めて……というやり方であっても。

「先日未明、東京都白神区宇井町に400メートル級の穴が開き、出没した動体鉱物と、自衛隊との間に交戦があった模様です」

 ラジオから流れていた軽快なピアノの曲が急に途切れて、聞こえてくる男の声。日曜の朝の心地よい温もりが、急激に冷めていく感じがする。

 僕は、反射的にラジオのスイッチを切ろうと立ち上がる。耳にしたくなかったんだ。だけど先に動き出した母が、そのつまみを回しての音量を上げる。

「本日中に封穴作業が始まり、穴が封じられるまで以下のエリアに避難勧告が……」

「宇井町……ってどこらへん?」

 強張った面持ちで問う母に、父が部屋から地図を持ってきて応える。

 見てみると僕らが住んでいる場所から、十キロは離れている。同じ区だけど山を挟んだ向こうにあって、それを見た母の緊張感が、ふっと和らいだ。

「ここなら大丈夫よね。でも康平、気をつけなさいよ。山向こうには行っちゃダメよ」

「うん」

 僕は両親にも、あの日の秋葉原にいたことを話していなかった。残った人を見捨てて逃げ出しただけなのに、被害者のように扱われるのが嫌だったからだ。

「あなた、仕事は大丈夫?」

「まぁ山向こうは僕の班の管轄じゃないから。残業もないと思うよ」

 父の言い分が、無性に身勝手なものに聞こえて嫌で、僕はパンを一気に頬張って食卓を後にした。

 ようやく太陽が昇りきったばかりの夏のけだるい日曜の朝。西には深い緑に包まれた、山々が見える。僕は自転車に乗って、宇井町へ向けて出発した。



 東京と言っても僕が住んでいる地域は、なんていうか完全に田舎で、市街からちょっと行けば大自然溢れる山林があった。

 子供の頃などは、よくみんなで山中の川原まで自転車漕いで遊びに行ったものだ。こうして山間の急な坂道を、汗だくになってペダルを踏んで昇っていると、我ながら小さかった時はよくこんな所まで平気で来られたものだと感心してしまう。

「はぁ、ふぅ……もう、限界……」

 息も絶え絶えに、僕は国道脇の林に自転車を立てかけ、日陰になってる所に座り込んだ。ささやくように歌う、風に揺れる木々のざわめきが心地良い。

 リュックサックから水筒を取り出し、烏龍茶を飲む。早くバイトを探さなきゃいけないってのに僕は何をしているんだろうか? 父さんの言うとおり、たまたま山向こうに発生しただけの穴なんて、無関係だし、わざわざ見に行く必要はこれっぽっちもない。

「行くか」

 僕は、汗をぬぐい自転車にまたがった。決してそこには行ってはならないという恐れと、何故だかそれに反する強い想いのせめぎ合いの中で、僕はペダルを踏み続けた。

「……パソコン! 買うぞ! 夏休みには! 買うぞ! 僕は、買うんだ!」

 自動車もほとんど通らないこの静かな山間の坂道を、僕は声を張り上げて進んだ。

 一時間ほどして山の反対側まで回ると、ガードレールを越えた崖の下、山のふもとに、小さな町が望めた。家々の間には大きな田んぼがあって、その田んぼの中のひとつに、大型トラックくらいの大きさの穴が開いていた。この間、秋葉原の帰りに見たものとは比較にならないほど小さな穴だ。

 僕は自転車を走らせて、坂道を下っていく。帰りにまたこの道を上っていかなければならないと思うとげんなりしたけど、とりあえずはその疾走感に身を委ねた。

 崖上から見た所、穴の周りには軍用車両が何台も停まっていて、どうやら自衛隊の人が沢山いるみたいで、簡単に近寄ることはできなそうだった。だけどここまで来て、という思いが僕にもある。

 山を下りきった所に、穴へと続く道を封じる検問が設けられていて、道沿いには進めなそうだった。僕は自転車を置いて、田んぼの中心を通るあぜ道を歩いていく。けたたましく鳴き続ける蝉の鳴き声にうんざりとしながらもしばらく進むと、穴の周りに駐車していたサンドカラーの軍用車両が見えてきた。あぜ道にも自衛隊の人がいたから、僕はためらいなく靴を脱いでズボンをめくり、田んぼの中に入っていった。

 自衛隊の人を迂回するように田んぼを進んでいくと、徐々に穴が見えてきた。穴の周りには自衛隊車両が置かれ、テントが設営されている。そこで自衛隊の人達と作業着をまとった人達が、穴をじっと見つめ、心配そうな面持ちで立ち尽くしていた。

 しばらく遠巻きに眺めていると、穴から黒く、赤い人の形をした塊が一つ、二つと次々と出てきた。最初はツチクレかと思ったが、どうやらそれは全身土に塗れて、血を浴びた人間のようだった。

 穴から出てきた長身の男が、グラサンをかけた浅黒い肌のおじさんと何か話している。悲しい話をしているんだな、とおじさんが肩を落とすのを見て思った。

 次に、赤い液体が滴り落ちる袋が穴から運び出されてくる。誰かが死んだのかもしれない。生々しい塊が入っているだろうそれを見ていると、秋葉原で見た上半身がないメイドを思い出してしまい、足が震える。冷や汗が流れ落ちた。

 いつの間にか穴から出てきていたロングヘアーの女の子が、呆然とその袋を見つめている。彼女もまた他の人達と同じように、土と血に全身が汚れきっていた。

「あっ!」

 さっ――と辺りを包み込んでいた蝉の鳴き声が、消えていくような感覚。

 顔についた血を手で拭ったその女の子。炎天下、鮮烈な赤い血を全身に浴びてそこに立っている彼女は、同じクラスメートの眠り姫――緒川だった。いつもと同じボサボサの髪で、悲しげに袋を見つめながら頬についた血を手の平で拭っていた。

「なにやってんだ、あいつ…?」


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