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無垢・Age17  作者: 美紀美美
8/13

クリスマスサプライズ

何故同じ電車に乗ったのか?

真実が判明します。

 結局田舎の近くの駅に着いたのは午前零時少し前だった。

私一人なら家に帰れる。

でもアイツと二人だからそうはいかない。


こんな夜更けに母を驚かす訳にはいかないから。



私はタクシーで隣町のファミレスに行こうと駅前へ向かった。



でも駅舎から一歩出て驚いた。

雪が……

舞っていた。

まるで私の到着に合わせてプレゼントしてくるたかのように。



「ホワイトクリスマスになったね」

何時の間にか私の背後に回ったアイツの声がする。



(――ヤバい。こんなトコ誰かに見られたら……)

私はそう判断して身を屈めた。



その時タクシーのドアが開く。

私はアイツを避けるように車内に逃げ込んだ。



「あの、ファミレスに行ってください」



「どうして其処なの?」



「二十四時間やっているお店は其処位なの。隣町だけどね」


私の返事を聞いて、運転手はウインカーを出して隣町方面へとハンドルをきった。





 でもタクシーに乗ってから気が付いた。



(――かなりヤバいかもしれない)


私の通っている高校はその街にあったのだ。



(――もし見つかったらどうしよう。


――あーん、私の馬鹿)


頭の中がごちゃごちゃだった。

何が何だか判らないままで私は本当はここにいたのだった。





 窓越しに見える店内は、クリスマスイブを其処で過ごそうとしている人達でほぼ満席だった。



「此処しか無いのよ、マジで」


私はそう言いながらも、見知った顔がないかどうかチェックしていた。


噂話でも立てられたらマズイと思ったからだった。



例え本当の兄弟だったとしても、独身女性が夜中にデートしては格好の話題提供になつてしまうのだ。

私の田舎はそんな所だった。



「いらっしゃいませ」

ドアを開けた瞬間に声を掛ける店員。


私は慌ててアイツの背後に回った。



歌舞伎町の、お堅いホストクラブのナンバーワンだけのことはある。


そのガッシリと鍛え上げられた肉体は、私の存在さえも消してくれた。



私は昨日、美魔女社長にモデルにならないかと誘われた。

実は結構高身長だったのだ。



だから私はそのままの状態で一番近い窓際の席に座った。



(――良かった気付かれなくて)


ホッとしたのか、溜め息になった。


私はそれでも、見知った顔がないかどうかを俯きながら見ていた。





 私は窓側に座った。

窓越しに見える雪を眺めてみたかったからだ。


雪なんかじゃない。

本当に見つめていたいのは、隣の席にいるアイツだったのに……


でもすぐにその愚かな行為に気付いた。


もしアイツが窓際だったら、誰に遠慮することもなく見つめ続けられたのに……



(――何てバカなことしたんだろ?)

私は私自身に腹を立てていた。


その上、もしこの窓の向こうに知人が通りすぎたなら……


そう考えた途端に怖くなった。

アイツに……

兄貴に恋をしていることがバレバレになるかも知れないと思った。





 「ご注文はお決まりになりましたか?」

ウェイターが注文伺いに来る。



「あ、ケーキセットを二つお願いします。……クリスマスだからね」

私はアイツの好みを知らない。

だから……

クリスマスだと言うことにして大好きな洋菓子をオーダーしたのだ。



数分後。

私は身を縮めるように運ばれてきたショートケーキを口に運んだ。



「メリークリスマス」

アイツが耳元で小声で言う。



「メリークリスマス」

私も慌てて追々した。





 周りを意識して無言になる二人。


私は席を立ち、アイツの前を抜けレジに行った。


ワゴンの中にクリスマスセットが置いてあるかも知れないと思ったからだった。


私は早速それを購入し、アイツの待っている席へと急いだ。


すぐに中身を取り出し身に付ける。


赤い帽子にひげ。

にわかサンタが出来上がった。


私は精一杯おどけてみせた。

本当は、そんなことするためではない。

私はアイツを見つめていたかったのだ。



辛い初恋に本当の終止符を打つために……


今だけ……

この瞬間だけでも恋人気分を満喫したかったんだ。

サンタクロースのお姉ちゃんじゃカッコつかないけど。



私はアイツがどうして此処まで付いて来たのか真意が判らずにいた。


列車の中ではそんなやり取りもしないで、恥ずかしくて俯いていたのだった。


あのドキドキ。

キュンキユンするほどのトキメキ。

私は未だ忘れられずに苦しんでいた。

だから変装したのだ。

本当の心を隠すために。





 その朝。

私達は田舎に戻り、母の前に正座していた。

本当はアイツに自分の傍に居てくれと言われたからだった。


何が始まるのかも知らされないまま、私はその時をじっと待つしかなかったのだ。



「お嬢さんを私にください。結婚させてください」

アイツは両手を着いて突然言った。



「えっ!? 嘘……」

私は何が何だか判らず、そのままフリーズした。



「確かにアナタ達は結婚出来るけど」

母が思いがけないことを言う。



(――結婚出来る?

私達は兄弟じゃなかったの?


――私はあんなに苦しんでいたのに)


恨みを言いたい。

でもその前に私は動揺していて、何が何だか判らなくなっていた。





 「良かったー!!」

アイツは突然言った。



「弟が言ったことがもし本当だったらと、ヒヤヒヤしていました」



アイツは私がイトコだと知っていた。

でも本当の妹だと言い張る弟の発言を気にしていたのだ。



兄貴はアイツの弟で、私はアイツと兄貴のイトコ。

何だかややこしい。



それでも嬉しい。

嬉し過ぎて涙になる。



アイツが虐めたから泣いてる訳じゃないけど、それでもやはりアイツのせいなのだ。



「貴方のお父様には本当に良くして貰ったわ。あの子のために仕送りも……でも甘える訳にいかなくて」



「弟から聞きました。そのお金で大学に通えていることを。だから、本当は甘えてはいけないと言っていました」



「本当は私が全部用意しなくてはいけなかったのかに遂手を出してしまったの」


申し訳なさそうに言う母に、アイツは首を振った。





 私の父はやはり漁師で沖合いで死んでいた。

その船にはアイツの母親も乗船していた。



夫婦で漁をしていた父と母。

でも母は妊婦だった。

私の兄弟を身籠ったばかりだったのだ。


胎児が安定期に入るまでとの約束で、アイツの母親が代わりになっていたのだ。



父は長男で、家業の漁師を継いだ。

弟は自動車工場の技術者だった。

でも休みには家族総出の漁に出掛けるほど一家は本当に仲良しだったのだ。



遺された片親同士に結婚話が持ち上がる。

そんなことは田舎には良くあるらしい。


それは働き者の母を傍に置きたい祖母が言い出したことだった。



母は新しい旦那の二人息子の母親代わりになった。



つまり東京の大学に通っている兄貴と、歌舞伎町でホストをしているアイツだった。



たとえ事実上の夫婦になったとしても、死に別れた日から半年間は戸籍に入れないのだ。


だから母は、二人を私の兄として可愛がったのだった。





 でも幸せは長く続かなかった。

事故の悲しみはもう一つの悲劇を生む。

苦労が祟り、我が子を死産させてしまったのだ。

涙に暮れる母に誰もが優しい。

でも母には負担だった。


無理に無理重ねた母に、現実は厳しかった。



難産の果てに死んで産まれて来た我が子。

それは亡くなった旦那が欲しがっていた後取り。

長男だったのだ。


その上、無理をした見返りとして子供を胎内で育てる機能を弱らせてしまったのだった。


それは幾ら望まれたとしても、二人の子供を胎内で育てられないと言うことだった。





 新しい旦那となる人は真面目だった。

その仕事認められ東京本社へ移動させらたのだ。

勿論栄転だった。


自動車工場の中にあっても優秀な技術者だったようだ。

他の会社の引き抜きも多々あったらしい。


だから、本社へ移動させられたのだ。



そんな時祖母が倒れた。

祖母も数知れない心労を抱えていたのだ。



それは事故を起こした船舶の会社が賠償金を払いたくなくてデマを流したためだった。


それは週刊誌を賑やかした。


事故は心中で、ぶつかってきたのは漁船側。


もう一方の記事では……

遺された連れ合い同士が、愛し合った末に仕組んだ事故。


そんな誹謗中傷的な内容だったそうだ。



子供達のためにと自ら言い出した再婚も引き合いに出された。

だから祖母は悩み、その体を衰弱させていたのだった。


実はまだその時法律上では二人は結婚していなかったのだ。


父の死後六ヶ月が経過していなかったのだ。



子供が産まれたら籍を入れようとしていた二人に、衝撃的な事実が突き付けられる。

母の子宮は次の出産に耐えられそうもないとの医師の見解だった。





 東京行きを諦め、祖母と田舎で暮らすことを決めた母。


同時に三人の子供達を面倒を見ることも念頭においていた。


でもそれでは余計な負担がかかる。

そう思ったアイツの父親は、小学校入学前のアイツを連れて田舎を離れたのだった。



母が一緒に行かなかった本当の訳は、愛していなかったからではない。


子供を望まれても叶えてやれないからだった。

だから別れを切り出したのだった。

だから結婚しなかったのだった。



小さかった兄貴は、私を本当の兄弟だと信じて暮らして来たのだった。



でもアイツは私がイトコだと知っていたのだ。





 私は兄貴の言葉を思い出していた。



『知ってるか? あの人は俺達の兄弟なんだぞ』


兄貴は本当に知らなかったのだ。



私が二歳の時海難事故が起きた。

でも元々一緒に暮らしていたようなものだったらしい。


だから兄貴は本当の妹だと信じていたのだった。



私はそれを聞いても、そうなんだと思っていた。


だってアイツが初恋の人だなんて思いもしなかったんだから。



東京でアイツ暮らしていたマンション。

あのダイニングでふと垣間見た仕草にときめいた。

その時急によみがえってきたんだ。

田舎でアイツと暮らしたホームステイの日々が……



その笑顔が私の心を優しく包み込んだ日。

私はアイツに仄かな恋心を抱いた。


思い出と共に溢れ出した愛しさ。

でもそれは兄貴の発言で地獄へ向かう。


私は奈落の底でもがくしかなかったのだ。





 姑の看病のために田舎に残った母。


祖母は一進一退を繰り返し数年後に亡くなった。



余命数ヶ月と宣告された時、母はアイツを呼び寄せたのだった。



やはり私とアイツは血の繋がりはなっかた。


いや本当はあるのかもしれない。


ただ本当の兄弟ではなかったと言うことだった。



「だから結婚出来るよ」


アイツが私の手を取り、ゆっくり絡めて握り込む。

小さな私の指が大きなアイツの掌に包みまれた。



「実は……、みさとは俺の初恋の人だったんだ」

母の目を盗んで、アイツは私の耳元で囁いた。



「あのホームステイの時、俺は恥ずかしそうに俯くみさとに恋をしたんだ。どうしようもないくらいときめいたんだ」


アイツは目をキラキラさせながら私を見つめた。



ホームステイは、旦那の弟とよりを戻したなどと噂を立てられなくする配慮だった。





 私達は兄弟ではなく、イトコだった。


母はアイツの本当の親ではなかった。


私は小さな時に父を沖合いで亡くした。


その船にはアイツの母親も一緒に搭乗していた。


父を亡くした私と、母を亡くしたアイツと兄貴。

悲しみにくれるそれぞれの連れ合いは、親の面倒を診るために結婚しようとしたのだ。


今でもそうだ。

田舎では、嫁の姉妹が後妻になることなんて当たり前だったのだ。


でもそれが後に自分達を苦しめることになろうなんて、本当に誰も想像していなかったのだ。


生き別れでも死に別れでも、女性の再婚は六ヶ月経たないと出来ないらしい。

その前に別れが来てしまったようだ。



今まで私の置かれていた立場を頭の中で整理する。



(――アイツの言った通り本当に結婚出来るんだ)


私の思考はその一点に執着した。





 母は神野のまま、海で死んだ旦那の姓のままで祖母と生活していたのだ。


アイツを預かった時にホームステイとしたのは、初孫を祖母に会わせるためだった。

でも田舎の人は口煩い。

結婚しようとしていた旦那の弟の子供だと知られたくなかったのだ。


学校の休みに合わせてアイツを呼び寄せた母。

本当はアイツの父親も一緒にと考えたそうだ。



私を東京に行かせてくれたのは、本当はまだ旦那になるはずだった人を愛していたためなのかもしれない。

私はそう感じた。



祖母の葬儀に喪主として出席したのは、祖母の次男だった。


勿論アイツも出席していた。

私は悲しみのあまり、その事実を忘れてしまっていたのだ。


いや本当は覚えていて、ホームステイと一緒の記憶になっていたのかも知れない。





 「父は本当はみさとのお母さんを愛していたんだ。だから、弟を預けたのかも知れない。でも、だからって、海で死んだ本当のお袋を愛していなかった訳じゃないよ」

そう言ったアイツの目に涙が光った。



「母は兄貴のことばかり気にしていました。お父様から預かった大切な人だからこそ、結婚を楽しみにしていたのかな?」



「そうかも知れないね。アイツは本気で彼女を愛しているって言ってたし……」



「そうなんですか? 私には何とも……、でもこれで母の肩の荷も下ろせるかな?」


私がそう言うと、アイツは目を輝かせた。





 「メリークリスマスみさと。俺は君が欲しい。だから今すぐ結婚しようクリスマスが終わらない内に」

アイツが小声で言う。



「えっーー!?」

私は又突拍子もない声を上げた。

アイツは私の声に驚き、思わず指を唇に当てた。



「あの日……、みさとが襲われていた場面が頭から離れられないんだ。俺はみさとを抱きたかったんだ。でも……、もしかしたら兄妹じゃないかと思ってずっと我慢していたんだ。それと……」



「それと?」



「お母さんにもっと肩の荷を下ろしてもらおうよ。それには、俺達が此処に戻ってくれば済むことだからね」


アイツはそう言いながらウインクをした。





 その後で、私と母と立会人を引き連れて村役場に向かった。


私達の婚姻届けを提出するためだった。



用紙は無料で、戸籍謄本の手数料がかかる程度だった。


アイツの本籍地はこの町だった。

だからスムーズにことが運べたのだ。



結婚するためには本籍地から戸籍謄本を取り寄せなくてはならないから……



私は晴れて、神野みさとから神野みさとになる。


そう……

二人共同じ名字だったんだ。


私は今日から神野……

あれっ、ジンって何て名前?



(――さっきチラ見した、時確か海って書いてあったな。


ううん、誰だっていい。ジンが私だけのジンになってくれただけで)





 アイツの名前は神野海翔(じんのかいと)と言うらしい。


私の父と母が結婚してすぐにお見合い結婚したらしい。


子供はすぐに出来たようだ。

でも私の両親にはなかなか産まれなかった。


だから二人は、歳が離れていたのだ。



アイツはホストを辞めて漁師になると言う。


それが全てが上手くいく方法だと思っていたのだ。



両親が使用していた船はまだ沖合いの海底で眠っている。


だからアイツは港に放置されている中古の漁船を交渉して安く手に入れた。


過疎の進んだ村の漁師の後継者なんてそうあるものじゃない。

だから、ただみたいな値段で譲ってくれることになったのだ。


地域での絆。

それが一番だとアイツは考えていたのだ。





 「此処から出発だ」

アイツが力強く言った。



「まだ間に合うな」

アイツはそう言いながら太陽を気にしていた。

アイツは私を促し、乗船させた。



「クリスマスは、日没までだって知ってた?」


その問に頷く。



「だったら判るね。俺はクリスマス中にみさとが欲しい」

アイツはそう言って、船に積もった雪を払った。





 アイツと一緒に乗り込んだ漁船。

私は嬉しさのあまり興奮していた。


アイツが上着のボタンを外す。

私はそれを受け取り、漁船の底に敷いてその上に横たわった。

そしてアイツの指が私に触れてくるのを待った。



でも私はあのハロウィンの出来事を思い出し震え出した。


呼吸困難。

全身痙攣。


それはパニック障害を通り越していた。


私は何時しかアイツに抱いてもらえる日を夢にみていたのだ。


思いがずに叶おうとした瞬間に、体が硬直してしまったのだった。

嬉しさのあまりに……





 頭の中は真っ白だった。


何をどうしたら良いのか解らなくて、途方に暮れていた。



口の中が異常に渇き、手が小刻みに震える。


混乱した頭を整理出来ない。


そんな時もアイツはただ抱き締めていてくれた。


そんな行為が嬉しくて、私は救いの手をアイツに向けようとした。


その時気付いた。


手にも力が入らない事実を。



私は大好きなアイツも抱き締めることも出来なくなっていたのだ。





 全身を痙攣させたままだと、アイツにも迷惑をかける。

私はただただ申し訳なく思っていた。



それでも息は苦しい。

私は必死にビニール袋を探した。


歌舞伎町で掌で呼吸したことを思い出す。

私は仕方なく、手を口元に運ぼうとした。


でもその手をアイツは握り締め、私の体の上に覆い被さってきた。


それはあの時と同じ、人工呼吸のマウスツーマウスだった。



(――あ、又……


――えっ、又って?


――前にもあったの?)



アイツの息が唇を通し体の奥底へと入ってくる。


その瞬間。

歌舞伎町での記憶と共に、私の意識もよみがえった。


私は生き返ったのだ。



「そうだ……確か歌舞伎町でも」



「目の前でみさとが苦しんでいるんだ。誰の目も気にならなかった。俺はみさとを助けたかったんだ」



「ごめんなさい。今まで忘れていたの。意識が朦朧としていたようで」





 「えっ、嘘だろ?」


アイツは私の手を取り、束縛するように指を絡めた。



「もう一度……解らせてやる……」


アイツは私の体に覆い被さり、顔を唇に近付けた。



最初は軽く、まるでついばむようなキスだった。

何度もそれを繰り返し、次第に深くなる。


私はアイツに溺れた。





 アイツは私から悪夢を追い払うためにを優しく抱き締めた。



それでも震える私にアイツは優しい。


起き上がった私を、両手をいっぱい広げて包んでくれる。


そして、私が落ち着くまでいっぱいいっぱい愛をくれた。



「みさとをこの腕の中に閉じ込めたい。もう何処にも行けないように」


アイツの目に涙が光る。



「大丈夫。俺が守るから、みさとを守るから」


アイツの言葉に私は頷いた。



「それにしてもひどいな。俺の一世一代の名シーンを忘れていたなんて」

アイツがポツンと呟いた。





 私達はクリスマスが終わるまでにどうにか結ばれた。

きっとそれは、後々に二人だけの笑い話になるだろう。


それほど私は醜態した。

アイツはきっとイライラしながら待ったことだろう。

だって目の前に太陽が沈む寸前に……

やっとだったから。



「やれやれ、後が思いやられる」


アイツは思わず本音を洩らす。

それでも私は震えていた。

アイツの愛の大きさに震えていた。

アイツに全てを委ねることが出来た自分に震えていた。



私はその時やっと解放されたのかも知れない。


もう二度と出会いたくもない、あのハロウィンの悪夢から……



「何故ゲイって書かれたのか知ってる?」


私は首を振る。



「実は、さっきのが初体験だったんだ」



「嘘っーー!?」

私は又突拍子もない声を上げた。





 信じられる訳がない。

歌舞伎町のナンバーワンホストが未経験だったなんて……



「俺は父の仕事の関係でずっと寮で暮らしていたんだ。でも祖母の見舞いで日本に来て、みさとに恋をした。でも大学で弟に会い、みさとが妹だと言われたんだ。だから、忘れるためにホストになったのに……」



「その寮では居なかったのですか?」

聞いてはいけないことだと解ってる。

でも、どうしても聞いてみたかったんだ。



「俺のことを好きになってくれた人はいたよ。でも、みんなにからかわれて。結局父親の仕事絡みで俺は彼処に居なくちゃいけなくて……、でもやはり駄目だと思って彼処を出てきたんだ。だってソイツとは……。俺にとっては恋ではなかったんだ。彼女じゃなくて、彼氏だったのさ」



「もしかしたらニューハーフ?」


私の質問に、アイツは頷いた。


「今、何処でも急増中らしいね」

アイツはそう言って笑った。





 「それともう一つ。仕事がらみのチャンスはあったよ。でもみさとのことを思い出して、結局駄目だった。だからゲイだってリークされたんだ」



「あ、昨日の人?」



「今。確かに美魔女や熟女ブームだけど、あの人はひどかった。でもあの人は解っちゃいない。お金で全て買えると思っているような人だから」

アイツはそう言いながら溜め息をはいた。



「その時だよ。急にみさとが脳裏を掠めたんだ。俺は恋をした事実を思い出したんだ」



「私があのオバサンのようになったら……」



「大丈夫だよ。どんなにぶよぶよになっても、俺は愛し抜くさ」

アイツはそう言いながらウインクした。



その時私は誓った。

もっともっと愛してもらうために太らないでおこうと。



(――でも、田舎の料理は何でも美味しいだ。食べ過ぎたらどうしよう)


私は今十七歳。

そう食べたい盛りの女子高生なのだから。



就活は永久就職に決定。


私は両親と同じ道を歩いて行く。





 『俺は兄貴の友達で、歌舞伎町でホストをやっている者だ。俺が話し掛けたからこんなことになってしまった』

そう言っていたアイツ。


本当は私が本物の妹ではないかと思って怖かったそうだ。


もしかしたら妹を愛してしまったのかと感じて。

だから兄貴の友達だと言ったんだ。



三人の男性俳優に襲われている私を見た時、巡り合わせ驚愕したと言うアイツ。

運命を感じ、恋心を抱いた幼かった自分が舞い降りた。


その途端に又私に恋をしたと言うアイツ。


ナンバーワンホストになったばかりで、業界の裏の怖さを知る前だったようだ。



アイツとの一夜を目論んで、オーナーに内緒で手を回した実力者。

皆は知っていたそうだ。

アイツの秘密を……

まだ女性経験のない事実を……

だから、誰が一番乗りになるかを賭けたらしい。



「みさとがどうにも忘れられなかった。失敗したらどうなるかも勿論解っていた。でもどうしても駄目だったんだ」


窓の向こう側に積もった雪が星の光を届ける。

そんな中で、私達は又見つめ合った。



もしあれが俳優陣でなかったら私は助からなかったかもしれない。

いきなりってことも有り得たからだ。

私は運命の不思議さを噛み締めていた。





 漁船の窓越しに見える雪を私は見ていた。

気恥ずかしさが先に立って、やはりアイツをマトモに見られないのだ。



不意にアイツが私の手を掴んだ。

その途端に私は目を瞑った。

でもハロウィンの悪夢は襲って来なかった。


解放された喜びに震えながらアイツを……

それでも私は恐る恐る見つめた。


その瞬間。

アイツの真剣な眼差しに釘付けになる。

アイツは間を挟まず私の唇を盗んだ。



擽るようなキスが少しずつ熱気を帯びる。

外気の冷たさを感じさせないほど暖かな口づけに心が揺さぶれる。


あまりに長いキス。

息継ぎの度に掛かるアイツの白い息。


口の周りだけが妙に生暖かい。



アイツの背中に手を添えると二人の距離が更に縮まり、甘くとろけそうなキスへと変わっていく。





 アイツにもう一度抱いてもらいたかった。

でも自分から言い出せはしない。


私は身悶えながら、その試練に打ち勝つために踏ん張った。


でも結局私は負けた。

アイツのキスの長さに遣られた。

もう、焦れったい。

私の限界は此処までだった。



アイツの名前を呼びたかった。

でも私はアイツの名前すら知らない。


さっき役場で戸籍謄本は見た。

だから其処に書いてあった名前も見たはずなのに、記憶がない。

あまりにも舞い上がっていて、全部忘れてしまったんだ。



「ジン……お願い抱いて」


だから仕方なく、私はとうとうその名前と言葉を口にした。



アイツの目が勝ち誇ったように輝く。


それでも良かった。

私はやっとアイツに素直になれたのだから……


もしかしたら、アイツの仕返しかも知れない。

さっき私がイライラさせたから。

でもアイツはそんな肝っ玉が小さい人間じゃない。

私はアイツに抱かれることを想像しながら苦笑いをしていた。





 「月が綺麗だね」

それでもアイツははぐらかす。



(――ん、もうー!?)

私の身体が煮えたぎる。



「知ってる? 『月が綺麗』って言うのは、愛してるって意味なんだって。ホラ見てごらん」

アイツにつられて窓の外に目をやると、月が二人を煌々と照らしていた。



私は急に恥ずかしくなった。

幾ら何でも、私からアイツを求めるなんて……

考えれば考えるほど、熱が顔に集中する。



「綺麗だ。みさとは月以上に綺麗だ」

アイツはそう言いながら二度目の愛をくれた。






サプライズでみさとの悩みは全部消えていく。

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