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無垢・Age17  作者: 美紀美美
6/13

悪夢再び

みさとが訪れたのは歌舞伎町だった。

 翌日。

電車で就活会場へ向かうために私は朝の駅にいた。


意を決した。

それが正解かな?

ただ恐れているだけじゃなく、行動にでなければいけないと思ったんだ。



公共職業安定所がハローワークと言うようになって久しいと聞いた。


お役所なので開庁と言うらしいが、流石にまだ閉じたままだった。



「早すぎたみたい」

私は独り言を呟きながら、誰か居ないか探した。


職員の駐車場と書いてある広場へ向かい、其処にいたスタッフらしき人に名札を返しに来た旨を伝えた。



その人は目を丸くしたが、快くそれを受け取ってくれた。



これで役割は終了した。

何故かそう感じた。





 私はその足で、すぐにアイツのマンションに戻ろうと思っていた。


私と同居していた時、お昼を一緒に過ごしていたからだ。


その時間までにはどうしても戻りたかったんだ。


又駅に向かいホーム電車を待った。

足元を見ると何やら書いてあった。


それは其処に何両目が到着するのかが解るようにした案内だった。



(――へぇー、東京の電車って凄いなー)


そんな物、田舎にはありっこない。

だから私は親切だと思ったんだ。



私は其処にやって来た電車で最寄り駅方面に向かった。


女性専用車両に上手く乗車することが出来、内心ホッとしてる。

私は安心しきったのか何故か深い眠りについていた。





 きっと、慣れない東京で疲れていたのだと思う。

私は何だかふわふわしていた。



ふと目覚める。

その時私は慌てた。

バックの中に財布の無いのに気付いたからだった。



私は用心深く、ショルダーバッグを斜に掛けていた。

万が一誰かが手を掛けたら、判るようにと。


でも結局盗られてしまったのだ。


全身から気が抜けて行く。



(――スリだ。

私が寝てる間に持っていかれたんだ)


私はそう思い焦った。


その中には、東京での生活資金が全て入っていたのだ。



私は慌てて次の駅で飛び降りた。


そして改札口から出て、真っ直ぐに駅前に向かった。





 急いで駅前にある交番に飛び込んだ。


でも私はしどろもどろになっていて、上手く話が伝わらない。



「だから、電車で眠ってる間に財布が無くなっていたんだってば」

私は遂に叫んでいた。



「あ、財布ね。貴女はさっきはバック、バックって言ってたよ」



「え? バック?」


私はバックから財布が無くなっていたと言えなくて、バックが無くなったって言っていようだ。

でもバックなら私の脇腹に収まっている。

だからキョトンとしていたのだ。



「じゃあ被害届け書きますから、その財布の特徴を詳しく教えてください」


そう前置きして、何かの書類を出して来た。


私は財布の形などを思い出しながら口にしていた。





 「キャラクターの財布で、えーと、首に掛けられるように紐が付いてます」



「色は?」



「紐も財布も黒です」



「じゃあ、ちょうどそんな感じですね」


お巡りさんはそう言いながら、私の首を指差した。



「はい、ちょうどこんな感じです」


そう言いながら私は、何気に紐を触った。



(――ん!?)

その瞬間。

財布を首に掛けた事実を思い出した。


恐る恐るその紐を引くと、コートの中からその財布が顔を出した。



「す、すいませんでした。財布此処にありました!!」



アイツに笑われる。

咄嗟にそう思った。



「失礼しました!!」

私は大慌てで交番を飛び出していた。





 顔から火が吹き出しているようだった。


掌でバタバタ扇ぎ、近くのショーウィンドーを覗いた。

其処には真っ赤になった私が映っていた。



(――アイツに何て言おう?


――正直に告白しようかな?


――今日ヘマやっちゃた、とかね)


昨日眠れなかった。

アイツが相手にしている女性が気になって。


どんな風に接客しているのだろう?

そんなことばかり考えて。



ナンバーワンホストの仕事って何?


女性を愛し、愛されること?


高価なシャンパンを勧めること?


女性をもてあそびお金をふんだくること?


判らないよ。

ねえ、早く此処に来て私に教えて。

そして心配要らないって言って。





 私は何時しか歌舞伎町にいた。


アイツは結局、マンションに戻って来なかった。



「もしかしたら本当に引っ越ししたのかな?」

不安が口に出る。

だから、私はアイツの影を其処に求めていたのだ。


実はこっそり、携帯のサイトでアイツの働いているホストクラブの名前を調べていたのだ。



ホストクラブは風俗営業法で、午前一時から日の出まで店を開けてはいけないらしい。


アイツはその間仮眠を取り、夜明けから十時頃まで働いていた。


カラオケクラブでも同じで、客が歌って楽しむ分は良いそうで店側が盛り上げることは禁止なのだ。

それはグレーの部分にあたるらしい。



私がマンションに泊めてもらっていた時は、お昼には帰っていたのに……



今日はクリスマスイヴ。

だから何処もかしこも賑やかだ。

私は自分の行為が判らないまま、歌舞伎町をさ迷っていた。





 マンションにどうにか戻り、さっきまでアイツを待っていた。

でもドアは開かなかった。


クリスマスだから帰れないんだと思った。

でも心配でならなかった。

小さな鍵穴から覗いたアイツの部屋に、ベッドしかなかったことが気にかかる。


でもどうして鍵を掛けたの?


誰にも見せたくないからかな?


きっと私にもよね?



私が何時戻って来るか判らないから?


きっと、鍵を渡したことを後悔しているんだ。

私はそう思い込み、嫌われたのだと思っていた。





 歌舞伎町をさ迷い、やっと新宿区役所を見つけた。

早速そちらへと足を運んだ。

でも中に入る勇気はなかった。



何気に見た反対の路地にゴールデン街の看板があった。

信号が青くなるのを待ち、逸る足で向かった。


でも其処にはそれらしいものはなく……

辿り着いたのは公園のような通りだった。



都会のオアシス的な場所だと思った。





 やっと日没となり、本格的なイブになる。


たった今から明日の日没までクリスマスが始まる。


午後五時前にもかかわらず歌舞伎町は賑やかだ。

クリスマスツリーに飾られたオーナメント。


その一つ一つにこの街の活気が伺われる。



明かりが灯されたツリーが、私の心を掻き立てる。

幻想的な雰囲気に包まれた歌舞伎町。


私はその中をアイツを求めいた。


自分でも何が何だか解らない。

私はアイツが恋しくてたまらなかった。


実の兄貴なのに……





 やっとそれらしいお店を見つけた。


入って良いものかどうか悩みながら、その店の前を行ったり来たりしていた。


ホストクラブは風俗にあたり、十八歳未満は入店出来ないのだ。

私は高校三年生で、年齢は十七だった。

だから本当はアウトだったのだ。



「お嬢さんこんな所で何してるの? 一緒に遊んでいかない?」

いきなり、キャッチの人に声を掛けられた。



「いえ、結構です」

あまりの出来事に声が上ずる。

私はその時失敗をおかしていた。


いいです。結構です。

はタブーだったのだ。


それは相手側がオッケイしたものとみなす、好都合な言葉だったのだ。



「交渉成立」


そう言いながら、キャッチの人が近付いて来た。





 私は不思議に思った。

キャッチは確か禁止されているはずだったのだ。


私は東京に来る前に携帯サイトで歌舞伎町の情報を調べていたのだった。


店の営業時間とか諸々のことを。

その中に確かに、新宿駅付近のキャッチ行為は禁止されたと書いてあったのだ。



だから私は無視をして、近付いて来たそのキャッチから離れようとした。


そしたらいきなり手を捕まれた。



その瞬間に、あの光景が脳裏を掠めた。

私を襲った男達の顔が鮮明に甦ってきたのだ。



「ギャーー!!」

私は大声で泣き叫びながらその場で蹲った。


地べたにカエル座りになり、床に突っ伏した。



「ヤだ! ヤだ!! ヤだーー!!」

私は辺り構わず泣きじゃくっていた。





 突然呼吸が苦しくなった。



(――パニック障害?


――あっ、過呼吸症候群だ。


――対処法は?


――あ、そうだビニール袋……)


私は慌ててバッグに手を伸ばした。



でもその中には入っていなかった。

間違いなく入れたのに、それは消え失せていた。



(――きっと交番でバッグから零れ落ちたんだ。


――どうしよう。

あれがなかったら、私は一体どうなっちゃうの?)


私は必死になって、遠巻きで見ていたキャッチの人に救いの手を差し伸べていた。


でも、その人は何もしてはくれなかった。


仕方なく私は自分の手で口を覆いその中で呼吸をし始めた。


でも呼吸は全部漏れてしまい、何の足しにもならなかった。


私の心は焦りだけが支配していて、どんどん冷静さを失わせていた。





 その騒ぎを聞き付け、中から人が出て来た。



「みさとちゃん!?」

いきなり声が掛かった。

その方向を見ると、アイツが立っていた。



「お兄さん!!」


苦しい息の下で、無意識の内に思わず叫んでしまっていた。


でも又呼吸が暴れる。



「もしかしてパニック障害か?」

アイツはそう言うなり、私の傍に飛んできて人口呼吸を始めた。


私の唇にアイツの唇が触れた。

そう、それはマウスツーマウス。


口づけするかのような体勢で、アイツの息が私の喉の奥へと送られる。



「ギャーっ!!」



「ジン止めて!!」

悲鳴がこだまのように襲ってくる。


私は何が何だか解らず、アイツに唇を委ねていた。


意識が朦朧とする中、私は夢でも見ているような感覚に襲われていた。





 辺りはパニック状態に陥っていた。


でも私はただ呆然としていた。


私は別次元の思考にいたのだ。


私はさっきお兄さんと呼んでしまったらしい。

本当は記憶が無い。

その時の私はあまりに興奮していて常軌を逸していた。



そんな発言した覚えも無い。

どうやら削除してしまったらしい。

私は一時的な健忘症になってしまったようだ。



それでも私は自ら発した言葉をに驚いていた。


何を言ったのかは忘れたが、重大なことだったような気がしていた。



私は何が何だか解らずにいた。

でもそんな私を他所に、アイツは一生懸命に人口呼吸をしてくれていたようだ。





 「もしかしたら、弟から聞いたのか?」


アイツの言葉に愕然とした。

私はどうやらお兄さんと呼んでしまったらしい。


全く記憶がない。

言った覚えもない。



私は否定したい事実を、本当は認めてしまったのだろうか?



でも確かに私はお兄さんと呼んでいたのだ。


頭の中では判っていた。

本当はそれを認めたくなかっただけだった。

だから言った事実を封印してしまったのだ。


それだけではない。

あのマウスツーマウスも記憶には留めておけなかったのだ。


それは全て夢うつつ……


ぼんやりとした感覚だけが其処にはあった。



そんな中……

アイツが私の兄貴のことを、弟だと言った事実だけが頭にコビリ着いていた。





 私の肩にアイツの手が触れた。



「ギャーっ!!」



「ジン止めて!!」

悲鳴がこだまのように又襲ってくる。


その時私はさっきまでのアイツの体勢を思いだしていた。



(――あれはキスでもしようとしていたの?


――だから周りがこんなに五月蝿いの)


そう思った瞬間。



「この子は何!!」



「アンタ何様のつもり!!」


様々な避難の声が私に浴びせられている事実に気付いた。


その途端に私は震え上がった。



「お騒がせして申し訳ございません。この子は私の妹です」


アイツはその場を取り繕うために私を妹だと言っている。


いや、初めから気付いていて……

だから鍵を渡してくれたのか?


そんな時、一人の女性が言った。



「こんな辛気臭い小娘の何処がいいの? 」

と――。





 魚臭いだけじゃなかった。

私は辛気臭かったんだ。



(――美魔女社長は無垢だと言ってくれた。でもホスト遊びをする人にとったら私なんてただの田舎者なんだ)


私はひどく落ち込んでいた。



「ジンこんな子放っといて、さあ中に入りましょうよ?」


高そうな毛皮のコートを着た女性が私からアイツを引き離そうとしていた。



「申し訳ございません。妹は東京に不馴れで……」


アイツが私のことを又妹だと言っている。

私は何故かその事実を絵空事のように感じていた。





 不思議だった。

私は本当は理解していたのだ。


私が東京に来た本当の訳を。


それは目の前にいるもう一人の兄貴に会うためだった。


そのために歌舞伎町を目指したのだ。


今その事実に触れる。



判っていた。

勿論全て承知していた。


でも気持ちを抑えることなど出来なかった。


私はますますアイツに堕ちていたのだ。



「何が妹よ!!

この子を良く見なさいよ。ジン、貴方が好きだって顔に書いてあるわ」


その言葉に私は震えた。





 逢いたかった。

ただ、逢いたかった。


一目だけでも逢えれば良かった。



いや違う。

本当は愛してもらいたかったのだ。

あのマンションで抱き締められたかったんだ。



「妹だよ。妹だったんだ。大好きなのに……」


私は泣きながら立ち上がった。



「初恋の人が、本当は兄弟だったんだ。兄だったんだ」

私は遂に告白していた。

そしてそのままその場を離れた。


振り向きたい。

本当はアイツの傍で甘えたい。

でもそんなこと出来るはずがなかった。






 私は泣きながら走りだした。

こんな醜態アイツに見せたくなかった。



歌舞伎町はクリスマスのイルミネーションで輝いている。

私はその中を新宿駅まで駆け抜けて来た。



同じ道を通れと言われても絶対に出来ない。

私はパニック以上に興奮していた。



気が付いた時、私はボストンバックを抱えていた。

どうやら私は荷物を取りに、一旦アイツのマンションへ戻ったようだった。



気持ちに余裕もない。

それなのに……



でもそれはきっと決意の表れだと思う。

私はもう二度とアイツに会うことがないように配慮したのではないかと思った。



再び、東京には戻って来ない。

私は強く決意していた。





 私は失恋の傷みを再び抱え、田舎に戻る列車のホームにいた。


アイツに秘密を知られたから、もう東京には戻れない。



(――何故告白したの?


――判るはずないでしょう?


――アイツのこと考えなかったの?


――アイツのこと?


――そうよ、アイツのことよ。これからもアイツは彼処で働かなければいけないのに)


そんな自問自答を繰り返す。



本気で本当の兄貴を愛した私。

アイツはどんな顔をしたらいいのか解らず戸惑っていた。


だから逃げたんだ。

アイツにそんな辛い思いをさせた自分が許せなくて。





 歌舞伎町はきっと今頃クリスマスのイルミネーションで輝いている。

そんな中で、ジンと呼んだ人達の相手をしている。



ジン……。

それがアイツの源氏名。



(――まさか……神野から?)


私の名前は神野みさと。


母方の名前じゃなかったの?

もしかしたら母は、離婚した夫の姓を名乗っていたのだろうか?



(――あれっ!?

確かお祖母ちゃんも神野だったんだ。


――ってなると母は?


――一体誰だ?)





 ふと、辺りを見回す。


一番先にある備え付けの椅子に週刊誌が置いてあるのが見えた。


何故だか判らないが、無性に気になった。



私は抱えていたボストンをその席に置いて立ち上がった。



(――きっと誰かが捨てていったんだ。


――読んでも良いのかな?)


そんなこと思いながら、手を伸ばす。


それでも、周りが誰も自分を見ていないのを確認しながら。



やっと手にした週刊誌を早速膝に置いた。



「あっ!?」


私の目を引き付けた原因が判明した。


答えは表紙にある小さなジンの文字だった。



(――このジンってもしかしたら?)


悪いとは思いながら、目次でそれを確認する。

私はそのページへと指を進めた。

逸る気持ちを必死に抑えながら……





 田舎に帰るために乗ろうと思ったた列車。

まさかそれを待つホームで、もう一人の兄貴の秘密を知ることになるなんて……


私はその記事を読み漁っていた。



タイトルは、【ジン・神と呼ばれた男――疑惑のチェリーボーイ】



でもそのタイトルとは無縁な、誹謗中傷的な中身だった。



何処の馬の骨かも知れない男。

ホストとは名ばかりで実態はゲイ。

そんなでたらめな記事ばかりだった。



一通り読み終わって溜め息をはく。

アイツはそんな辛い中で生きていたのだ。


又涙がこぼれた。



(――私ったら、何てことしたんだろ。


――アイツが困ることを知っていながら……)





 (――お兄さん。そう呼ばせて……


――ごめんなさい。きっと、もっと立場が悪くなるね)


私は解っていた。

私の存在そのものが、ナンバーワンの立場を悪くすることが。



ジンと呼んでいた年配の女性がどんな偉い人なのかは判らない。

でも、今日の私の失態でアイツの立場が悪くなることだけは理解していた。



(――ごめんなさい。本当にごめんなさい)

私は泣くことしか出来ない自分が腹立たしくなっていた。


『妹だよ。妹だったんだ。大好きなのに……。初恋の人が、本当は兄弟だったんだ。兄だったんだ』


私の頭の中でさっきの告白が渦巻く。

私は頭を抱えながら、向こうに見えるホームに目をやった。






田舎へ戻る直通電車の出発するホームにみさとはいた。

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