クリスマスイヴのイヴ
再び上京したみさとが向かった先は?
今日は十二月二十三日。
誰かがクリスマスイヴイヴなんて言っていた。
天皇誕生日で休日だから、それを口実にクリスマスパーティーをやるのに好都合なのかもしれない。
イヴの意味を調べてみた。
それは前日ではなく、十二月二十四日そのものを現す言葉のようだ。
ユダヤ暦では日没をもって日付の変わり目としているためで、〔クリスマスイヴは既にクリスマス〕らしい。
それでも私はアイツとその日を迎えたかった。
本当は就活なんて二の次だったのだ。
昨日念入りに磨き上げた身体は、全てこのためだったのだ。
そのことを母は知らない。
私が大事な人と再会したことも知らないのだ。
まして……
その人が家族だったなんて言えるばすがなかったのだ。
やっと見つけ出した初恋の人が、生き別れになっていた兄貴だったなんて。
信じられるはずがない。
でも……、
それでも良かった。
私がアイツを愛した事実は変えられることなど出来ないのだから。
だから私は此処にいる。
アイツの姿を求めて東京にいる。
美魔女社長は新宿駅地下の駐車場から出て来た所で私を見つけた。
宝石になりうる源石だと思ったとも言っていた。
だから声を掛けたのだ。
わざと自然に、私が警戒しないように気を配りながら。
今確かにぽっちゃり系のぷに子ブームのようだ。
自然体が魅力をアップさせているらしい。
少し絞れば私の体はスレンダーにもなれる。
だから、目を付けられたのだ。
名札を付けたままで新宿にいた私を天然系だと思ったようだ。
だから無垢そのままだと言われたのだ。
でも私は、橘遥さんのようなAV女優になる気はない。
でもモデルには憧れる。
私は美魔女社長に興味を持ち始めていた。
あの事務所はAVだけ斡旋している訳ではないらしい。
だから本物のモデルと言ったのだ。
でも橘遥さんはあの事務所のタレントなのだ。
社長にスカウトされたことを兄貴が知ったら、きっと反対するだろう。
私も怖い。
本当は怖くて仕方ない。
もしかしたら、あの男達と遭遇するかも知れない。
そんな時、私は何を仕出かすか解らない。
冷静でいられるはずがない。
でも……
それでもモデルやタレントには憧れる。
私も普通の女子高生だった。
それでも怖い……
怖過ぎる。
橘遥さんが見せてくれたディスク。
もし満員電車の中であんな目にあわされたら、私はきっとパニック障害を起こすに決まっている。
知らなかった。
東京で普通に生活するにも勇気がいることを。
大都会ならではの恐怖。
満員電車内での痴漢やスリや通り魔的犯罪。
考えれば考えるほど恐ろしい。
それでも私は明日も会場に行って就活しなければならない。
持って帰ってしまった名札を返すためにも。
たったそれだけのために恐怖心と戦わなければならない。
過呼吸症候群と向かい合わなければならない。
橘遥さんの言ってた女性専用車両があればいいのだけど。
本当にあるかどうかは不馴れな私に判るはずはなかった。
そんなことを考えながら歩いていると、何処か記憶に残る懐かしい場所に辿り着いた。
其処はアイツのマンションの近くだった。
あのハロウィンの日に、アイツのバイクに乗せてもらって見た景色だった。
私は知らないういにアイツの影を探していたのだ。
私の手にある合鍵は、もう一人の兄貴が別れ際に渡してくれた物だった。
『此処で良かったら、何時でもおいで』
そう言ってくれた。
それでも躊躇していた。
(――もしかしたら女の人が中にいたら?)
そんなことも考えていた。
――ガチャ!
その音にビクッとする。
慌ててドアノブに手をあてた。
相変わらず、整理された部屋。
モデルルームのようで生活感がまるでない。
それは女性っ気がまるでないと思えた。
それとも徹底的に掃除をさせているのだろうか?
私はその両極端な考えに戸惑っていた。
ガラス張りのバスルームに入り、バスタブを磨いた後自動と書いたスイッチを押す。
『お湯張りをします』
機械的な音声。
それにも反応する。
気が付くと肩が上がっていた。
私は相当びくついていたようだ。
誰かに見られているような感覚は、あのガラス張りの入り口のせいなのかも知れない。
アイツが此処にいてくれたら、そんな思いが炸裂した時。
其処に幻影を見せたのだ。
アイツに惑わされていることに気付いているけど。
何故か嬉しい。
又このバスルームに入れたことが。
アイツのマンションに居られることが。
徐々に湯がバスタブに貯まっていく。
その過程を楽しみながら、アイツの愛用していたシャンプーを手にした。
アイツの香りがする。
私は自分の行為に身悶えた。
愛してはいけない人を愛した私。
その重い十字架に押し潰されそうになる。
気が付くと私は泣いていた。
頬を伝わった涙が波紋のようにバスタブに広がった。
『お風呂が沸きました』
突然聞こえた音声に、私は思わずのけ反った。
「何やっているんだろ」
私は全身の写る鏡は向かって作り笑いをした。
でもその笑顔はひきつっていた。
私の荷物は小さなボストンバック。
期間限定、冬休み就活。
そのつもりで送り出してくれた母親。
地元の港は冬のカニ漁が解禁になり賑わいを見せていた。
浜茹でしたカニが全国へ出荷される。
正月まで忙しくなる。
母は朝早くから働き詰めだった。
そんな中を私は出て来たのだ。
後ろめたさが、又涙になる。
親不孝を詫びながら、肩までお湯に浸った。
長湯したせいか、お湯が冷たくなっていた。
私は再び自動のボタンを押した。
『お湯はり致します』
モニターの声に私は慌てた。
「ヤバい! お湯が溢れる!!」
私は血相を変えて又そのボタンを押した。
モニターを良く見ると追い焚きの文字がある。
私は苦笑しながらそのボタンを押し、バスタブに体を沈めた。
「ごめんなさい。連絡しないで突然来て」
私は其処に居ないアイツに誤った。
「相変わらず兄貴はきれい好きだね」
照れ隠しに言ってみる。
本当は認めたくなかったけど。
小さな鍵穴から中を覗いてみた。
アイツの部屋はベッド意外何もない。
「もしかしたら、引っ越しでもしたのかな?」
私は自分の言葉に愕然となる。
私はどうやら、アイツの二度と戻って来ないマンションへ来たのかもしれない。
「ねぇ、早く帰って来て。私を独りぼっちにしないでよ」
寂しさに耐えきれずくドアに向かって呟いた。
不安は大きな渦となり、あっという間私を飲み込んだ。
私は闇の中でアイツを求めてさ迷うしかないのかも知れない。
クリスマスイヴのイヴ夜が過ぎていく。