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無垢・Age17  作者: 美紀美美
3/13

田舎での就活

難航する就活の行方は?

 田舎での就職活動は難航した。

地元に唯一あった大型自動車工場が閉鎖に追い込まれて以来、其処に頼ってきた企業が大打撃を受けたせいもあった。


生き残った僅かな会社を学校を通して斡旋して貰ったが、もう既に終わらせている所ばかりだった。


オマケに私は出来れば母を養いたいと思っている。


感心だとか言われたくてやっている訳じゃない。

今まで苦労してきた母に感謝したいだけなのだ。

母はまだ若い。

でも疲れ切っているように見えるのだ。


母は祖母の介護に追われた。

働きながら、ずっと一人で看てきた。



長男の嫁だったのだから当たり前だと、誰も手を貸してはくれなかった。


何でもかんでも母に押し付け、それでも口答えしない母を平気でこき使った。



私は田舎が好きだ。

本当は此処で静かに暮らせればいいと思っていた。


でも親戚のことで苦労をさせたくなかった。


だから、東京での就職を視野に入れていたのだ。





 そんな高卒予定女子に、高い給料を払ってくれる会社なんてあるはずないのだ。



家から通う。

そんな当たり前の生活をしたいだけなのに……



「やはり東京かな?」

私はしみじみと母に向かって呟いた。



隣の県も今までは裕福だった。

それは家電工場の恩恵によるものだった。

だけど今は操業停止の状態だ。


テレビが売れなくなって久しい。

携帯もスマホに移行している。

やはりガラケーは競争に弱いのだろうか?



携帯だけではない。

家電もガラパゴス化している。

日本だけに通用する商品を生み出すだけでは、競争社会を渡れないらしい。


このままでいくと、何処もカシコも失業者で溢れてくる。



そんなことを誰かが言ってた気がする。



近場には本当に仕事先がないのが実態だった。

勿論東京にもあるかどうかも解らない。

それでも私は東京行きを念頭においていた。





 でもその前に、どうしても遣らなければいけないことがあった。

それは学校の廊下に貼ってあった最後の一枚。

そう……

私は残りの全ての企業の面接を受けていたのだ。


それでも就職先は見つからなかったのだ。



(――これがダメだったらもう後がない……)

気持ちは焦っている。

それでも何処かで、東京があると思っている自分がいた。


本当は恐くて恐くて仕方がない。

私は何度も何度も拉致された瞬間から始まった悪夢を思い出しては鳥肌を立てていたのだった。



それでもあの場所を目指すしか選択肢はなくなっていた。


だから最後に、この一社に賭けようと思ったんだ。



学校では、まだ進路の決まっていない生徒の指導に余念がない。

積極的にアドバイスもしてくれていた。



高校の就職情報が解禁されるのは七月一日。

就職試験が始まるのが九月十六日だった。


私は積極的に試験会場に足を運んでいたのだった。





 本当なら、卒業に向けて様々な活動に没頭しなければならないはずなのに、私は受験勉強する訳でもなく。

ましては自動車の運転免許も取ろうとしていなかった。


私は十七歳。

普通、免許は十八歳から交付だ。

でも誕生日過ぎてから試験を受ければいいそうだ。

だから高三で取得する人が多いのだ。


就活にも有利らしい。

でも私には……

そんな考えはなかった。

東京がある。

それが答えだった。


東京なら、免許が無くても困らない。

私はそう思っていたのだった。


それは満員電車の恐怖を知らない田舎者の発想だった。



あのハロウィンの悪夢そのままのような痴漢被害の実態さえも知らずに、私は軽く考えていたのだった。





 それでも、免許の一番簡単な取り方はクラスメートに教えてもらっていた。


それはマニュアルではなく、オートマ限定で申込むことだった。

マニュアル車は操作が難しいけどオートマチック車は簡単らしいのだ。


まずオートマで取って、後で限定解除すれば良いらしい。


教習所によって料金は違うらしいが、技能講習数時間とか言っていた。



確かに私に免許があれば母は楽になるだろう。

でも私はまだ十七歳であることを言い訳にして、免許を取らなかったのだ。



本当は金を掛けたくなかったのだ。


兄貴が卒業して、彼女と結婚するまでは。



そう母は、それを楽しみにしていたのだ。

だから、私を東京へ送り出してくれたのだった。


でもそんなこと母に言えない。

だから、東京に行けば免許は要らないと言っていたのだった。





 その会社は僅かに残った自動車の部品工場だった。

今やどのメーカーでもエコカーが主流だ。

その一番大切な部分……

クリーンエンジンの部品を作っている工場だった。



この工場の製品が何処のどの部分なのかは知らないけど、排気ガスをキレイにするためにはなくてはならない物のようだ。


だから、厳しい生存競争の中でも生き残れた訳なのだ。



「御社のクリーンエンジンの部品作りに貢献したいと思いまして」

練習で、先生に教えてもらった通りに言った。

私も学年指導員のアドバイスを受けて、積極的にアピールしようとしていたのだった。





 私の発言を、面接官が頷きながら眺めていた。


今まであじわったことのない手応えだった。

素直に期待されていると感じて嬉しくなった。



(――もしかしたらこのまま合格なんて……)

私は少しだけ有頂天になっていた。



「私はまだ免許を取得していませんが……」


でも、そう言った途端に態度が変わった。



「君は工場で働くような人間ではないと思うよ。だって君の体からは魚の匂いしかしない」


そう言われてドキッとなった。

高校で何時も言われていた言葉だったから。



(――もしかしたら、就活失敗の原因は……


――この匂い?)





 まさかと思っていた。

でもそれは現実だった。



私の体に染み付いた魚の匂いは、就職先の面接官を嫌がらせていたのだった。



原因は解っていた。


きっと母の衣類を洗った洗濯機で回されるからだと思う。


母は魚をさばいていた。

衣類に内蔵やら飛び散った体液がどう防いでも付着してしまうのだ。



でもそれが当たり前になっていた。


私はその匂いにあまりにも鈍感になり過ぎていたのだ。


母が悪い訳ではない。



下着くらい自分の手で洗えばいい。


そう思う。

でも私は全てに於いて無頓着だったようだ。



それが就活失敗の原因だったのだ。



私だって免許は欲しい。

でも取れない事情があるんだ。

私はまだ十七歳なんだから……

幾ら欲しくても取れないんだよー。





 ふと疑問に思った。


私を拉致した男性俳優陣は、何故その匂いに気付かなかったのだろう?



その時私は気付いた。

私は買ったばかりの下着や洋服を身に着けていた事実を。



――ビリッ!!


その音でふと我に帰った瞬間。


目を開けても何も見えない、目隠してされて感じた空気。



(――えっ!?


――此処何処?


――今の何?


――あっ、洋服だ。


――買ったばかりの洋服が破かれている!?)



でもそれだけではなかった。

私は前日に親戚の家でお風呂に入り、言われるままに全身を磨き上げていたのだった。





 やっと解った就職戦利方。


でも遅かった。

私は既に学校を通して、全ての企業の面接を失敗していたのだから。



「やはり東京しかないのかな?」

私は又独り言を呟いていた。



そうなのだ。

私は本当は東京に行きたかったのだ。

アイツのいるあの都会に。


だから真剣に向き合ってこなかったのだ。



今さらのように触れる真実。


そして想いは東京にいるはずの兄に飛んだ。

大学に通っている兄貴ではない。

歌舞伎町でホストをやっている私の初恋の人に。





 改めて解ったこと。

私はあまりに考えが足りなかった。


クリーンエンジンの部品を作るのに、車の基礎さえ学んでいなかった。

だから免許が無いと言った後で態度が変わったんだ。

構造も知らない人間が、自動車部品工場で勤務することを安易に考え過ぎていたからだった。



平成九年十二月。

気候変動枠組み条約締約国会議。

所謂京都議定書が調印される。

これにより日本は平成二十四までに平成二を百%として九十四%。

つまりマイナス六%に削減しなくてはいけないのだ。



そのために排気ガス規制が掛けられ、メーカーは競ってクリーンエンジンを目指した訳なのだ。



京都議定書の期限が過ぎた今、その数値が達成されたかどうかは判らない。


でもそのお陰で前より過ごし易くはなったようだ。



以前東京は光科学スモッグで覆われていたと聞く。


私は再びその東京へ行かざるを得なくなっていた。





 それでも私嬉しい。


又東京に行けるからだ。


拉致から始まった、ハロウィンの悪夢を忘れた訳ではない。

思い出す度に、未だに鳥肌に覆われる体は嘘をつかない。

それでも恋しい。

東京が恋しい。

アイツが恋しい。


兄弟だと知った後も尚も燃え上がる炎を私は消す術を知らない。



本当は怖い。

怖くて仕方ない。

これ以上アイツを好きになったら、私は我慢出来なくなる。

だから余計に逢いたい。


もう、どうなっても構わない。


でも……

アイツはホストなんだ。

私の手に入れる訳がないのだ。


こんな田舎者を相手にしなくても、アイツには大勢の女性がいるに違いないのだ。



確かにあのマンションには、そんな影もなかったけどね。






本当はアイツのいる東京で働きたかった。

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