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無垢・Age17  作者: 美紀美美
2/13

同居人はナンバーワンホスト

兄貴の友人と暮らし初めてみたら……

 今、目の前にいるのは私と同じ田舎から出て来たホスト?

らしい。



(――兄貴の友達って、そう言うことだよね?)


自信はない。

第一、こんな格好いい人田舎で見たこともない。

それでもそう思った。


何故だか判らない。


兄貴の友達ってのは、同じ大学だってこともあり得るのに……

それでも何故か、同郷人だとインプットしてしまったのだった。





 アイツはホスト。


兄貴が言うことには、歌舞伎町の中でも一二を争うお堅いクラブなんだそうだ。

なんでも数年前に歌舞伎町を良くしようと立ち上がった人がいて、アイツの勤めているクラブのオーナーが賛同したからだそうだ。


アイツは其処のナンバーワンなんだと言った。



そう言われて見ればイケメンだし、女性が惚れるのも解る。



やっと落ち着いてきた私は、アイツを観察し始めていた。


(――背は高い。


――体格はガッチリ。


――こりゃ、相当鍛えているな。


――さっきこの背中に守られたんだ)



そんな時にも男性俳優陣を思い出して震えた。



(――アンタもアイツ等みたいに女性を襲うの?


――ホストの仕事ってそう言うのもありなんでしょう?)





 そりゃ偏見だって言われそうだ。


でも田舎者には、何の知識もない。

ホスト仕事なんて解る訳がないんだ。


ただ雑誌やテレビドラマなんかで垣間見るくらいだからな。



言葉を巧みに操って、女性の心を鷲掴み。

そんなイメージ抱くのは私だけじゃないと思うよ。



ホストは愛の伝道師。

誰かがそんなことも言っていたな。


愛って何?

愛してもいない人を仕事だからって襲えるの?

仕事だから、仕方なく襲えるの?


いえ違う。

さっきレイプしようとしていたあの俳優達は、本当に厭らしい目で私を捉えていた。


涎が滴り落ちるその口元で、私をなめ回すつもりでいた。



ふと脳裏に、何時か見た映画のベッドシーンが甦った。


私は暫く放心状態になり、頭を抱えた。






 でも何で私のこと知っているの?


私はさっき名前を呼ばれたことを、やっと理解出来るような精神状態に戻っていたのだ。



(――確かにみさとちゃんとか言ったよな?


――でも覚えがないんだよな?


――もしかしたらス、ストーカー!?)

私はそんなことも想像していた。



だってこんな顔の人、兄貴の友達の中にいなかった気がする。


でも飛躍し過ぎかな?


まるっきりモテたこともない私にストーカーだなんて。



そうだよ。

モテるはずがない。

田舎にはほとんど子供がいなかったんだから。

兄貴の友達は、あの子とあの子……

片手でも足りる。



(――そうだよ。あんな格好いい人なんかいるはずがない……)





 私はアイツのマンションにいた。


アイツは仕事で夜は無人になるから、鍵を貸してくれたんだ。

兄貴は彼女と……?


私はその様子を見てくるように母親から言われて東京に来たと言うのに。



(――もしかしたら、兄貴が頼んで……)

私はそんなことも想像していた。



「ホストか?」


アイツに聞こえないようにこっそり呟いた。


アイツはそのホストの仕事であのド派手な衣装だったんだ。

なんせ、今日はハロウィンだった。



でも私を助けに走ったせいで汚れた服を着替えに戻ったのだった。



テーマはやはりピエロだったようだ。


色ちがいの水玉模様の服がもう一着あったのには驚いたけどね。





 さっき、此処に来るために初めてバイクの後ろに乗せてもらった。


子供の頃、母の自転車の荷台に乗ったことはある。

あれには後ろに支えがあった。

でもバイクには座席に皮のベルトのような物があるだけだった。


バウンドする度に、落ちるんじゃないかと怖い思いをした。


だからしがみ付いたんだ。



アイツの背中と私の胸が接近して……

思わず緊張して……


やらなきゃ良かったと思った。


それくらい、スリルを味わったんだ。





 でもその前に、もっと興奮したことがあった。



アイツはいきなり私の頭に手を伸ばし髪の毛をグシャグシャにしたんだ。



「何なの!?」

って思わず言ってしまった……


私は昨日親戚の家に泊まり、用意してもらったシャンプーとリンスで念入りに手入れをしてきたのだ。


それをいじくられて、頭にきたのだった。



でもその後ですぐに理由が判明した。

アイツは私の頭に合うヘルメットを探していたのだ。





 そうなんだ。

私はそのまま……

親戚の家から出発したんだ。


その朝、ウィッグとイヤリングも貸りたんだ。


アイツの手が頭に触れた時、ヤバイと思った。


だって、せっかく纏めた髪型が乱れるからだ。


カツラがポロリなんて、今どきのコントでも流行らないからな。



親戚連中は、私が東京に行くのを面白がって遊んでいたんだ。


それでも嬉しかった。

初めてのお洒落が……



(――あれっ、だからか? 橘遥さんはショートヘアだった。


――だから余計、間違われたのか?)





 ガラス貼りのバスルームにアイツが見えて……

もっと興奮している。


私は慌てて視線を外した。



(――ヤバい。ドキドキが治まらない。


――こんなとこ兄貴にだけは見られたくない)


私はアイツのマンションで正解だと思った。


でも、アイツがあんな格好だから興奮したんだ。

アイツったら、鏡に全身を写して悦に入っているようなのだ。





 私は気を紛らわせようと部屋の中を見ていた。

几帳面な性格らしく、埃一つもないように整えられたリビング。



(――ヤバい……

これじゃ汚せない)

私は身を引き締めた。



急に田舎の生活を思い出した。

私の部屋と此処を見比べるように。



これから田舎は冬の漁が始まる。

クリスマスや正月用にカニ漁が解禁になる。


そのために、底引き網の手入れをしなくてはいけない。


窓を開けると、その独特の匂いが入ってくる。


イヤではない。

でもそれは身体に染み込む。


通っている隣町の高校では、私の存在はそれだけで判るらしい。


原因は母の仕事着と一緒に洗濯されるからだと薄々気付いていた。

でもこれと言った対策はこうじてこなかったのだ。



それでも、ファッション雑誌にも興味を示したりする。

私も普通の女子高生だった。





 ホストは女性を食い物にする。

私はマジでそう思っていた。


でもそれは一昔や二昔前の話らしい。

今ではホストの写真集も出る位……


だからアイツもそのホストと言う職業に魂を入れているらしい。



部屋に着いて一番先に案内されたお風呂場に備え付けられていた、全身をチェックするための大きな鏡に驚いた。


何時も身体を鍛える、それがナンバーワンを維持するために必要なんだって。


その上、あのガラス貼りのバスルームだ。


あれは、誰に見られても恥ずかしくない体作りのためだそうだ。

常に見られていると意識することが大事らしい。



でも私はその光景に衝撃を受けて早く田舎に帰ろうと思った。

それほど、今日の出来事はショックの連続だったのだ。





 アイツが紳士的に接してくれてるのを良いことに、私は其処で暫く暮らすことになった。


東京で就職して生活するための活動と、少しずつでも空気に慣れておくためだった。


勿論、田舎でも就活はしていた。

でも私を受け入れてくれる奇特な会社は無かった。


みんな何故だか、勿体振ったような態度だった。

その原因が何なのか解らない。

私はそれも調べず、知らされないまま東京に逃げて来ただけだったのかも知れない。



東京が恐ろしい場所だと言うことは、さっきのハプニングで解った。


アイツがバイクで駆け付けてくれなかったら……


そう思うと怖くて堪らない。





 兄貴は橘遙さんのファンだと言った。

AVも仕事なの?

仕事だって割り切れば何だって出来るの?


あんな厭らしい目をした俳優陣を相手に……



ふと、アイツのことが気になった。

アイツも出来るの?

愛してもいない客に対して、愛の言葉を囁けるの?



それでも私はアイツを信じたい。

アイツの出かける前の言葉を信じたい。


アイツは話してくれたんだ。

ホストになった経緯や意気込みを。


きっと、私を安心させるためだったんだな。





 ホスト。

それはアイツが望んだ世界。

育ててくれた親への感謝を忘れた訳ではない。


でも生まれついての美貌を放っておく手はない、とスカウトの人に言われたらしい。

だから、自分を磨いて賭けに出たそうだ。



精一杯のおもてなしに客は喜び、多額の報酬をくれる。


でも、だからと言って誰彼構わずふんだくる訳ではない。


心のこもった接客に対するご褒美さえも拒否をする。

だから規定以外は頂戴しないのだ。

その誠実さがうけて、いつの間にかナンバーワンと呼ばれるようになったのだ。



元々其処お堅いホストクラブで通っていたらしい。


女性の心を揉みほぐし、明日を迎えるための栄気を与える。

それがコンセプトのようだ。



お客様とのトラブルは禁物で、ナンバーワンだからと言っても直ぐ蹴落とされるシビアな世界らしい。


アイツがナンバーワンになれたのも、でっち上げられたスキャンダルで前任者が退店したからだった。



だからこそ身をキレイにしておかなくてはいけないそうだ。





 私はアイツの暮らしっぷりを見て、あることに気付いた。


以前田舎の暮らしを体験させようと、ホームステイを受け入れた時のことだ。



小学生の私は東京から来たと言う中学生にときめいた。

二コ上の兄貴とは違い、私をレディとして扱ってくれた人。



私は目の前にいるホストの彼にその人を重ねていた。



(――もしかしたら?


――あぁだから名前を知っていたのか?)



間違いではないらしい。

アイツは私の初恋の人だった。



(――あぁ……

やっと夢が叶った)


もう二度と逢えない人を私は愛して、もがき苦しんでいたのだ。

でも本当の苦しみはこれから来るはずだ。

ホストになったアイツを愛し続けることなんて出来っこないのだから。





 初恋の人がホストになっていた。

その事実が私を苦しめる。



でも兄貴はあの日、もっと辛くなる言葉を吐いていた。



『知ってるか?

あの人は俺達の兄弟なんだぞ』

と――。


私はただ、そうなのかと思っていたんだ。


だってアイツが初恋の人だなんて思いもしなかったんだ。



私達の両親は母の実家のある田舎で暮らしていた。

それは私がまだ小さかった頃。

祖母が倒れて、母は実家に戻った。

でもそんな時に父の栄転決まって、一緒に行けない母は離婚を申し出たそうだ。

結局父は長男と家を出ていった。





 あのホームステイは、祖母の最期を看取るためだったのだ。


祖母に初孫を見せてあげたくて、母が呼び寄せたようだ。

別に嫌いになって別れた訳ではない。

それでも両親はよりを戻すことはなかった。



兄貴には、アイツが私を可愛がっていた記憶があったようだ。

だから安心して委せたのだ。



(――あれっ!?

確か父は沖合い死んだはず?)

ふと脳裏を掠めた疑問。



(――兄貴の言葉がもし本当なら、母が嘘をついたことになる)

私は何が何だか判らなくなっていた。





 本当に三人は両親から産まれた兄弟のようだ。

兄貴があんなに自信を持っていったということはきっとそうなのだ。



(――あー、だから私の名前を知っていたのか)


私はただ、優しい兄に恋をしていたんだ。

祖母の葬儀にアイツがいた記憶は無い。

私は出会いを美化していただけなのか?



私は失恋の傷みと、ハプニングで起こった未遂事件の恐怖を抱いたままで田舎に戻ることになった。



妹の私が兄を愛す。

それこそスキャンダルのネタになると思った。

私のせいで、アイツをナンバーワンの位から落とす訳にはいかないのだ。



でも私は忘れない。

兄の存在を……

同じ田舎から出て来た、ナンバーワンホストが歌舞伎町に居た事実を。



その時私は忘れようとしていた。

私の父が海で亡くなった事実を……



アイツがもし本当に兄弟だとしたら、死んだ父と暮らせるはずがないと思って。



(――きっと私がしつこく聞いたら、困り果てて嘘を言ったのだろう)

私はそう思うことにした。





 私が東京に来たのは兄貴の様子見だった。


兄貴に出来た恋人。

母にはそれが嬉しいらしい。




『これでやっと肩の荷を下ろせる』

だから、そんなことばかり言うようになったんだ。


亡くなった父から預かった一人息子だからかな?


その恋人のことがどうしても知りたいからと、頼まれたのだ。



でも私が此処にいる本当の理由は、就職活動のためだった。


田舎には良い就職先無いのだ。

九月二日から解禁になった就職試験。

私はもう既に殆どの会社での就活に挑んでいたのだった。

でも私に内定は出なかったのだ。



だから、先に出て来た兄を頼ったのだ。


でも、だからこそ、今回のレイプ未遂事件は母に言えないと思ったんだ。



でも今私は揺れている。

東京は怖い。

怖過ぎる。



脳裏に、私を襲った三人の顔がよみがえった。



演技力では無い。

女性をレイプする時の厭らしい目。

涎が垂れていた口元。

そして……

どんなに抵抗しても離れなかった六本の手。



思い出す度に鳥肌に覆われる恐怖を知った身体。

こんな思いを抱えたままでは此処には住めないと思っていた。



AV女優の橘遥さんも好き好んでさせているはずがないと思う。

幾ら仕事と割り切っても、耐えられる訳がないと思った。


監督のたてた筋書き通りに演技する。

それでもリアルさが要求される。

その果てがあの拉致だったのではないだろうか?


彼女自身、何度も恐怖を感じたに違いない。


東京で生きる道を模索した結果があれだったのかも知れない。

私はそう思った。





 田舎は海に面していて、漁が中心だった。

唯一あった自動車工場が不況の煽りを受けて閉鎖に追い込まれた。


規模縮整ではなく、他の工場との合体統合だった。



エコカー減税などの公的支援が無くなったことも要因だった。


一部の取得税や重量税の免除は生き残っているのだけど……



小さな工場も沢山あったのだが、殆どが下請けやその工場に納める部品を作っていた。

だから一緒に仕事が無くなったのだった。



これで就職先が無くなった。


それだけではない。

失業者が町に溢れて、再就職先を探しているのだ。



私は本気でその自動車工場で働くつもりだった。


だから仕方なく兄貴を頼って東京に出て来たのだった。



勿論母の職場で働けばどんなに安月給でもそれなりに暮らしていける。


母と一緒に生きていける。

それも解っている。

長靴とゴム製の重いエプロンもイヤではない。

それでも普通のOLにも憧れる。

私もそんな女子高生だったのだ。





 本当は母と東京に移り住みたかった。

一生懸命働いて母に楽をさせたかった。



でも母は祖母の墓を守りたいと言った。



私はそんな母を一人にさせる訳にはいかなかったのだ。


だから田舎に戻ろうと思ったのだった。


だけどその前にやらなればいけないことがあった。

それは兄貴の様子を伺うことだった。


私は兄貴の通っている大学に行って、校門近くで出て来るのを待った。


兄貴の住むアパートの住所は解る。

でも何処に在るのかが判らない。


だから此処で見張ることが唯一の方法だったのだ。



兄貴は私の尾行にも気付かず、小さなアパートに入った後、着替えをしてすぐに出て来た。





 兄貴は新宿駅西口から北方面に向かって歩いていた。

でも其処へは行かず、暗いガード下を潜り抜けようとしていた。



(――あれっ!?

この先は確か、歌舞伎町?)


私はアイツの言葉を思い出して、慌てていた。



兄貴がホストクラブの横の道を曲がった。


私はそれを、ドアを開けて入ったものだと勘違いした。



(――まさか!?)

私の脳裏に母の顔が浮かぶ。



(――あぁ、お母さんになんて言ったら……)

私は途方にくれていた。





 (――アイツ……

じゃあない、一番上の兄貴だけじゃなかったなんて)

私は兄貴もホストになったと思って本当に困り果てしまっていた。





 私は慌てて兄貴が入ったホストクラブの前に向かった。


でも、ふと横の道に目が行った。

兄貴はその道を歩いていた。



私は何勘を違いしたんだろ。

もしかしたら、兄貴もホストかも知れないなんて思っていたんだ。



(――あぁ私のおっちょこちょい)


そんなことを思いながら歩いていると、大きな通りに出会した。



其処は驚いたことに新宿区役所だった。



「歌舞伎町にあるの!?」

私は思わず叫んでいた。





 その声に兄貴が反応して振り向いた。



「お前、こんなトコで何してる!? もしかしたらお袋に頼まれたな」


図星だったので、私は素直に頷いた。



「俺は二十歳だから本当なら国民年金を納めなくちゃいけないんだ。だけど俺は学生だから免除されるらしいんだ。だから、その手続きをしようと思ってな」


兄貴はそう言って、又区役所に向かった。



結局、彼女のことは解らずじまいだった。

だけどきっと年金のことはその彼女の教えだと思った。

だって勉強は出来るけど、世間知らずの兄貴にそんな知恵があるとなんて思えなかったから。


私はしっかり者の姉さん女房になってくれることを期待して東京を離れることにした。





 私はもう一人の兄貴に田舎に帰ることを告げた。



「此処で良かったら、何時でもおいで」

アイツはそう言いながら、部屋の鍵をくれた。



私は嬉しいのか悲しいのか判らなくなった。

妹だと知っているからだと思ったのだ。



私は失恋した。

自ら初恋にピリオドを打った。

その傷みに耐えながら又列車に乗る。



(――田舎に着くまでに気持ちを入れ替えよう。


――母に悲しい思いをさせたくないから)


私は小さなボストンバックを手に持ちながらそう誓った。






初恋の人は実の兄だったのか?

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