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無垢・Age17  作者: 美紀美美
13/13

最終章・ジンサイド

いよいよ最終章です。

 俺は神野海翔(じんのかいと)

某有名私立大学の夜間部に通っている。

其処を選んだ理由は……


同じ資格が取れるのに授業料なんかが安いんだ。

そりゃそうだ。

昼間と夜では時間割が違う。

講義単位が少ないから、多額の授業料金は貰えない訳だ。


だから俺は頑張って、なるべく全課程に出席してそれを取得しようとしたのだ。





 経済学部卒業。

その肩書きは、人生を変えてくれるかも知れない。


俺はマジでそう思っていた。



そう……

あのハロウィンの日にみさとに再会するまでは。



それに、其処だと四年で卒業出来るからだ。


聞いた話によるともう少し時間がかかる所が多いらしいから。

俺は其処の最終の……

つまり四期生だった。



なるべく早く卒業したくて、必死に勉強した。


一年延びるとそれだけお金もかかるからだ。


だからアルバイトにも精を出したんだ。





 誰にも迷惑を掛けたくなかった俺は、とある人の紹介で歌舞伎町のホストクラブで接客アルバイトをすることにしたんだ。


それはボーイと言う、ホストの世話係だった。



でも流石に親父には言えなかった。


親父は真面目にやっていると思っていたはずだ。





 その人とは東南アジアのニューハーフショーで知り合ったんだ。


俺を恋人にしたがっている男友達が、俺を振り向かせるために性転換してしまったんだ。


俺はそれを知らずにノコノコ出掛けたんだ。





 俺は何も知らずに……

いや、本当は気付いていたのかもしれない……



だから結局、其処で襲われそうになっていた。

それを救ってくれたのがあの美魔女社長だった。



『お前のチェリーを捨てさせてくれ。って彼迫られていたのよ。だから未経験だと思ったの。その通りだったでしょう?』


モデル事務所で社長は笑いながら言った。


そっとみさとを見ると頷いていた。



何故だか俺はホッとしていた。

きっとみさとは、俺が本当に初体験だったと言うことを解ってくれたと思っていた。



『あの……、チェリーボーイって何ですか?』


でもその後で、明け透けに聞いたみさとに俺は思わず仰け反った。


それは、想像すらしていない言葉だったのだ。



でもみんな、一瞬声を詰まらせた後で吹き出していた。



知らなくて当然だと思った。


みさとは田舎産まれの田舎育ち。

そんな情報入ってくる訳がないんだ。





 『チェリーボーイって言うのはね。日本だと未経験者という意味かな? でも英語では違うのよ。同性愛者での未経験って言う意味なのよ』

社長の説明してる。

でもそれだけじゃ駄目だと感じた。

だってみさとが知りたいのはあくまでも、チェリーボーイなのだから。



『週刊誌にゲイだと書かれていただろう? それも未経験だからチェリーボーイってタイトルだったんだ。ま、知ってる者は知ってるって感覚かな?』


だから……

そう言ったんだ。



彼奴は本当に、俺のチェリーを狙っていた。

チェリーボーイも卒業させようと画策していた。



でも本当のところ、彼奴もチェリーだったんだ。


お互いに……


彼奴はそう願っていたのだ。



俺は知りながら、そんな彼奴の思いを拒み続けてきた訳だ。





 でも諦めてくれたんだ。


その代わりが、ニューハーフへの転身だったのかも知れない。


彼奴が本当の女性だったら、こんな思いはしないし、させない。


勿論、みさと以外にチェリーをくれてやりたくなかったのだが。



でも俺は……

結局逃げて、社長に救いの手を求めたんだ。





 社長は、日本から来たタレントの案内役だった。

だから俺は彼女を頼って日本に戻ろうと思ったんだ。



彼女はオーナーのお譲さんのベビーシッターだったらしい。


俺を見て、その子の婿にと思って紹介してくれたらしいんだ。

そんなこと俺は知らずに、あのマンションで暮らし始めたんだ。



俺にはみさとがいる。

俺のイトコの初恋の人がいる。

だからとにかく日本へ戻りたかったんだ。



男性より……

ニューハーフになった彼女より、みさとを抱き締めたかった。


俺はその時、みさとと結婚したくなったんだ。





 俺は中学生の時、小学生のみさとの魅力に遣られた。それ以来、俺はずっとみさとに恋い焦がれている。


みさとはその時から高身長で、姿だけは大人びていた。

でも仕草は少女のように可愛らしかった。



特に、恥ずかしそうに俺を見つめる眼差しは忘れられない。



だからなおのこと、みさとはあのままでいてほしかった。


俺の故郷の香りを身に付けたままで。





 ホームステイした時、みさとは俺を見ていた。


あどけない表情で俺を見つめていた。


その途端。

俺の恋心に火が着いた。



なすすべもなく燃え上がる炎。

俺はただ、もて余していた。






 そんなもん、すぐ消えると思ったんだ。


でも無理だった。



自動車工場の技術指導員の親父は転勤族だった。

だから俺は何時も好奇心の目で見られていた。


虐めの対象にもなったよ。

同級生が信じられなくなっていた。

そんな時にみさとと出逢ったんだ。



みさとの真っ直ぐな視線が、俺を好きだと言っていた。

だから俺はそんな気持ちに応えるべく、紳士的な態度で接しようと思ったんだ。



ワガママなお嬢様より、上目遣いで見るおネエ系少年より、みさとが良かった。

俺はずっとみさとと暮らしたかったんだ。



今思うと、俺はこの時からみさと一筋だったのかな?

だから誰にもトキメかなかったのかな?



そうだ。

俺はきっと、みさとと赤い糸で結ばれていたんだ。


だからみさとがこんなにも愛しいんだ。





 みさとに逢えて俺は変わった。

愛すること。

信じること。

守るべき人の存在する喜びも、教えてもらった。

だから、どんなことがあってもみさとを守り抜く。



俺は、俺の父とみさとの母親の前で誓った。



帰りの車内でも言ってみた。

本当は照れ臭くて仕方ないけど、俺の本音を聞いてもらいたくて。


みさとは泣いてたよ。

こんな俺のために泣いてくれたよ。

俺にはそれが一番のご褒美に思えたんだ。






 実は……

俺は本当は諦めていたんだ。

みさととの結婚を。



俺は本当にみさとが大好きだったんだ。

日本に戻ってきた本当の理由は、ニューハーフの彼に迫られたからだけじゃないんだ。


みさとが脳裏に浮かんできて、どうすることも出来なくなったからなんだ。


俺は思い知らされた。

本当に大好きな人が日本にいることを。


だから何が何でも、日本に戻りたくなったんだ。



俺がチェリーとさようなら出来る相手は、みさと以外いないと思ったんだ。





 俺はホームステイした時に、弟と文通を始めたんだ。


弟は俺が本当の兄だと聞かされていたんだ。

だから日本に戻って来た時に連絡したんだ。



でも弟に電話して……

みさとのことに触れ時、妹だと言われてしまった。


嘘だと思った。

ホームステイの時から恋い焦がれていたイトコが、兄妹だと知らされて……


だって弟の言う通りに、本当の妹だったらって思ってしまったんだよ。



祖母のある言葉を思い出して……



『非は全て自分にある』

と祖母は言った。





 俺の父親とみさとの母親は恋人同士だったんだ。

横恋慕した長男可愛いさに、二人の仲を引き裂いた祖母。


それでもみさとの父親はまだ二人を疑っていたようだ。





 みさとが生まれた時だってあまり嬉しいそうではなかった。


みんなの前では笑っていたよ。

でも陰に隠れて伯母さんに辛くあたっていたんだ。



伯父さんが男の子を欲しがっていたことは知っていた。


俺は単純にそれが原因だと思っていたんだ。



突然、そんなこんなを思い出して……


だから自暴自棄になって、あの女性の企みに乗ってしまったんだ。




 俺は意を決して、あの女性が待つホテルに向かった。


ドアをノックしたら、バスローブで出てきた。

そしてすぐにシャワー室に案内された。



チェリーを奪うことが目当てだってすぐに解った。


後悔した。

来るんじゃなかったって思った。

でももう遅かった。


俺は言いなりになるしかなかったんだ。



目を瞑れば良いと、自分に言い聞かせた。


でも、出来るもんかと本心が囁く。



こんなことだったら、俺のせいでニューハーフなった奴にくれてやれば良かったとさえ思った。


そうしていればこんな女性を相手にしなくて済んだのに……

そう思ったんだ。



あの、疑惑のチェリーボーイと書かれた週刊誌を見て驚いた。


写真はあのホテルだったんだ。

隠し撮りされていたんだよ。

でも結局、失敗したからやっぱりゲイだったってことにされたんだ。





 俺は解っていたんだ。


この女性を敵に回したら酷い目に合うことを。


俺をナンバーワンにするために、前人者がどんな目に会ったかも知ってる。



それでもイヤだった。


今更だけど……

俺はその時、其処から逃げる決意をした。



みさとのことが脳裏を掠めた?

そうかも知れない。


俺は逃げる途中でみさとのことばかり考えていた。

でもみさとは兄妹なんだって言い聞かせたてもいたんだ。



兄が妹を愛した。

それだけでもスキャンダルになる世界だ。


だから、ホストを辞めて東南アジアに戻ろうと思ったんだ。



でもそれは出来なくなった。

父が日本に帰ってくるかも知れないと解ったからだった。





 クリスマスイヴの日。


店の前でみさとが倒れていた時は本当に驚いた。


もしかしたら、俺に逢いに来た?

そう思った。



目の前でみさとが苦しんでいる。

何とかしなくちゃと思う前に行動に出ていた。



俺は人工呼吸と言う名目でみさとの唇を奪っていた。


何もかもが目に入らなかった。

恋は盲目とは良く言ったもんだ。


目の前から、雑沓が消えて行く。

俺はマウスツーマウスと言う形をとりながら、愛の行為に没頭していたんだ。





 『申し訳ございません。妹は東京に不馴れで……』

でも後で気付き、俺は必死に言い訳をしていた。



『何が妹よ!!

この子を良く見なさいよ。ジン、貴方が好きだって顔に書いてあるわ』


そう言われてみさとを見たんだ。



『妹だよ。妹だったんだ。大好きなのに……』

その時みさとは泣きながら立ち上がっていた。



『初恋の人が、本当は兄弟だったんだ。兄だったんだ』


みさとはそう言ってくれた。



その途端、抑えが効かなくなった。

押し殺してきた感情が爆発してた。


キスだけじゃ物足りなりなかった。

俺はみさとを抱き締めたくなったんだ。



みさとも俺のことが好きだったんだと解って嬉しかった。



でも気が付いたらみさとは其処から逃げていた。

だから俺も逃げようと思ったんだ。



週刊誌に俺のチェリーをリークしたのは、其処でマダムと呼ばれている女性だった。

何人もの男性をはべらせ現なまで顔をハってきた人だと聞く。


だから、オーナーに週刊誌の件と今回の経緯を報告してからみさとを追いかけようとしたんだ。



オーナーの娘との縁談話もあった。

だからきちんと言わなければと思ったんだ。





 オーナーは渋々理解してくれた。

元々その女性は、オーナーが経営しているクラブを潰すのが目的だったらしいんだ。



マダムと呼ばれてその気になって、何人もの男性を顎で使っていたそうだ。

でも、オーナーだけは落とせなかったらしい。



それで目の敵にされたらしいのだ。



だから、前任者が辞めさせられたのは俺のせいではないと言ってくれた。



あの女性は自分の意にそぐわないホストのスキャンダルを次々とでっち上げ、其処に居られなくしていたようだ。


俺に目を付けたのもそんなとこだったらしい。



俺なら、赤子の手を捻るくらい簡単に言うこと訊かせられると思ったのかも知れない。





 だから俺みたいなヤツでもナンバーワンになれた訳だ。



からくりを知って、有頂天になっていた自分に気付いた。

少しは実力があるのかも知れないと秘かに思っていたんだ。


とんだお笑い者だったってことだ。



『お前はお前の信じる道を行け。』

オーナーはそう言ってくれた。


だから俺は、すぐにみさとを追いかけることが出来たんだ。



万が一、兄妹でもいいと思った。

俺達は戸籍上ではイトコなんだから。






 『オーナーが残念がっていたわ。彼ね、本気でジンにあのクラブを任せる気でいたからね』


あの時美魔女社長が意味あり気に笑っていた。

あれを見て、本当に悪いことをしたと思った。

でも俺は後悔なんてしていない。

確かにオーナーのお嬢さんは社長がモデルとして契約したほどの魅力的な女性だ。



でもアメリカ仕込みのセンスには付いていけないと思った。


だからこそ、みさとが脳裏から離れなかったんだ。

俺はみさとのことが大好きだって思い知らされたんだ。





 俺は知っていたんだ。

親父がみさとのお袋さんを好きだと言うことを。


恋人同士に戻りたいと思っていることを。


週刊誌の記事は嘘じゃなかったんだ。



それは確かに、事故を起こした船舶の会社が賠償金を払いたくなくて流したデマだった。


でもそれを週刊誌が嗅ぎ付けて、面白い可笑しく脚色した。


事故は心中で、ぶつかってきたのは漁船側。


遺された連れ合い同士が、愛し合った末に仕組んだ事故。



心中は別にして、以前恋人同士だったことは当たっていたんだ。


それだけに祖母は悩んで、結局はその身を削ってしまったんだ。



面白半分に書かれた週刊誌の記事を読んだ後。



『非は全て自分にある』

と確かに祖母は言った。



俺は偶然聞いてしまったのだ。


子供だったから何の意味かは解らなかった。

でも重大な何かだと言うことは判ったんだ。



祖母は恋人同士だった二人の仲を裂いていたんだ。


みさとの母親と俺の父親の交際は、地域仲間の交流から始まったんだって。


田舎だから、手を握っただけでもすぐ噂になる。





 俺の父親は堂々と交際したくて、祖母に紹介したそうだ。



でも、みさとの親父さんが悪巧みをした。


弟が用事がある。

そう言って家に招いて、強引に関係を迫ったらしいんだ。



幸い祖母に見つかり未遂で済んだようだ。





 でも祖母は長男の嫁が先だと言わんばかりに二人を強引に結び付けたんだ。



家業の漁師を継いだ長男可愛さだったらしい。

親父は泣き寝入りするしかなかったようだ。



だから週刊誌は、二人が撚りを戻そうと企んだ事故だと書き立てたんだ。



『あの時、何があっても結婚させておけば』

祖母はそう言ったんだ。



あの時とは、きっとみさとの父親が弟の恋人を奪おうとした時だと思えた。


いくら長男が可愛くても、やってはいけないことだったと気付いたのかも知れない。





 だから俺はもしかしたら、二人は本当の兄弟なのかも知れないと思ってしまったんだ。


勿論。

親父を信じていたけどね。


無理に別れさせられた恋人でも、母を裏切るような真似は出来ないと思ったからだった。





 俺が初めてみさとに会ったのは……

正直言って覚えていない。


俺達は物心ついた頃には一緒に居たな?


そうだ、あの赤ん坊が、みさとだったんだ。


伯父さん夫婦には子供が居なくて……

だからみさとが産まれた時、お祖母さんは物凄く喜んでいた。

でも伯母さんは辛そうだった。

伯父さんの望んでいた男の子じゃなかったからだ。



もしかしたら、あの伯父さんの笑顔は作り物だったのかも知れない。


俺はあの時そう感じていたんだ。





 俺は思い出した。

あの時のみさとの父親の目を。


みさとが産まれた時の辛そうだった目を。


もしかしたら、みさとは俺の父親とみさとの母親の間に出来た子供ではないのかと思っていたのだろうか?





 伯母さんは俺に良くしてくれたよ。

でもそれが伯父さんの癪にさわったらしいんだ。


今度は俺のお袋に目を着けた。

お袋は何も知らないで漁船に乗ったんだ。



そしてそのまま帰って来なかった。



本当なら、みさとは母を殺した人の娘だ。


でも、憎み切れない。



俺はみさとを愛しながらも、愛してはならない存在として認識していたんだ。



だけど……

もうそんなものどうだっていい。


俺はみさとを……

みさとだけを愛していこうと誓ったんだ。





 あのハロウィンの日。

何故俺があの場所を走行していたかと言うと……

話は長くなる。

手短に言うと、スタジオの下にある花屋へ向かう途中だったんだ。

花屋なんて何処にでもあるさ。

でも俺の拘り。 血の滴る様な深紅の薔薇を探すためだった。


今日はハロウィンだよ。

道化者のピエロが本当は死神だった。

なんてストーリーだったんだ。


それには新鮮で、生々しい薔薇が必要だったんだ。



ハロウィンが元々ケルト人のお祭りで、お化けの格好をして悪霊や悪魔を追い払う行事だったってことは知っていた。


それでも、お客様を楽しませるためにホスト全員が知恵を出しあって考えたから嫌だなんて言えなかったんだ。





 あの花屋が頭に浮かんだ時、素直に新宿駅東口方面へ向かっていたんだ。

まさか、彼処で弟に出会うなんて想像すらしていなかったんだ。


だからつい嬉しくて長話をしてしまってた。





 俺の向こう側で白昼堂々と拉致される女性を見て、何て言う男達だと思った。


それがみさとだと気が付かなかったんだ。



『みさとが、みさとが……』

そう言った弟の顔は真っ青だった。


その言葉で、今連れ去られたのがみさとだと知ったんだ。



とんでもないことをしでかしたと思った。


俺が弟に声を掛けたばっかりに……


そう思うと心が傷んだ。





 でも、そんなことしている場合ではない。


俺はかろうじて、正気を取り戻した。



俺は直ぐにバイクを走らせ、とりあえずみさとを拉致した車の姿を見失わないようと思いながら追ったんだ。





 『良かった。無事で』


号泣するみさとの体を思わず抱き締めていた。

我慢が出来なかった。



後を着けて駐車場に入って、ようやく車を見つけた。

でも中に誰も居なかったんだ。

俺は焦った。

焦りまくった。


だから後先考えずに抱き締めていたんだ。



『俺は兄貴の友達で、歌舞伎町でホストをやっている者だ。俺が話し掛けたからこんなことになってしまった』


それでも弟を待ちきれず語り始めた。

全てが自分の責任だと言わんばかりに。



(――違う、俺が彼処を通ったからじゃない。一番悪いのは、コイツらだ!!)

俺は現場にいた五人を睨み付けていた。


監督とカメラマンと俳優陣。

其処には確かに五人いたのだ。





 『良いじゃないか、減るもんじゃあるましし』


しかも、あの監督ときたらそう開き直った。

何を言い出すのかと思ったら……

みさとの耳には絶対に聞かせたくない男のエゴ発言だったんだ。


みさとは汚れを知らない無垢なんだ。

未成年の女子高生なんだよ。





 『本当に良かった。もし何があったらと気が気じゃなかった』

でも俺は、そう言いながら立ち上ったみさとのデニムの汚れ裾を払っていた。





 新宿駅西口から少し行くと暗いガードがあって、下を潜るとその先に歌舞伎町はある。


だから何時もは、ホストとして仕事へ向かうために其処を通っている。



東口は駅を挟んで反対側だから普段は通らない。


でもあの日は何故か……


だから俺はみさとに運命を感じたのだ。



だからこそ、愛しくてならなくなったのだ。



『私と間違えたの。早く追い掛けて』


橘遥さんが俺に向かって声を掛けていた。


俺はただ、みさとを救ってやりたかった。

みさとを拉致した汚い男達の手から……


ただそれだけで追い掛けたんだ。

でもその途中で気が付いた。

やっぱりみさとが大好きだってことに。


激しい怒りに任せて、アイツ等の車を追った。

その度に、どんどん感情が溢れて出す。



俺はその時、ホームステイの時に感じた恋の炎に焼かれ始めたのだ。

本当は兄妹かも知れないと思いながらも……





 俺本当は、あの現場を見た時激高してしまっていた。


ベッドの上で、みさとは上半身が顕になっていたんだ。



ブラは外され、上着はビリビリに破られていた。



カアーっと、頭に血が昇る。

それと同時に恋しい感情にも火が着いていたのだ。


みさとをこんな目に合わせた連中をただじゃおかないと思ったんだ。





 俺は後先考えず、みさとにまとわり付く五人の男性達を排除した。



『この子がこんなにイヤがっているじゃないか!!』


だから怒りが収まらず、思わず叫んだのだ。



(――良かった。無事で)


安堵の気持ちと焦燥とで俺は監督達に業を煮やしていた。



でもあの時既に、恋の猛火は俺を捉えて離さなかったんだ。



だから、みさとが俺のマンションに泊まることになって焦ったんだ。


自分から言い出したくせに、後から震えが来た。


だからみさとに醜態を見せたくなくて、ホームステイの時のように紳士的な態度を取るしかなかったんだ。





 あの時、警察に連絡するものなら出来た。


でも俺は橘遥さんが急に哀れになって携帯を畳んだんだ。



今時ガラケーなんて流行らないと思うだろう?

ところが、ホストの世界では常識なんだ。


スマホよりカッコいいんだそうだ。


実際、そんなもんかな?


なんて思うこともあるけど。





 橘遥さんがモデルになったニュースは正直嬉しかった。


しかもあの美魔女社長で……



俺はそれに運命を感じたんだ。


社長の名前を週刊誌の記事で見た時、迷わずに購入していた。


みさとを喜ばせることより、本当は俺が嬉しかったからだ。


だから、こっそりしまったんだ。





 『王子様……』


冬休みの最終日。

契約を解消する前に寄ったマンションで、突然みさとが言った。



『だったらみさとはお姫様だな』

俺はワザと悪戯っぽく言って、みさとの背後に回り抱き締めた。


そのままずっとそうしていたかったのに……

気付いたら、みさとをベッドに押し倒ていた。



ふと我に戻ると、其処にはうつ伏せ状態のみさとが無抵抗のままでいた。



きっと、俺に全てを任せてくれる気なんだと思った。


だから、俺はみさとの顔を想像しながら、項に唇を押し付けた。



『あっ……』


シーツを掴みながらみさとが思わず言葉をもらす。


その仕草に心臓がちぎれそうなる。

俺の心はその手で鷲掴みされていた。





 長く深い一瞬。

そうなのだ。

あの日はあまり時間がなかった。


それでも俺はあの一時に、みさとに自分の愛の全て伝えようとしていた。



でも、みさとも俺に悪戯をしようとバスローブの下に洋服を着ていた。

でもきっと、してやったりと思っているはずだ。


だからこそ、胸が詰まって感極まる状態にさせてみたかった。

でも俺自体がそれに近かったようだ。





 みさとの作戦を楽しみながら、服を一枚ずつ剥がしていく。

俺はその度にワザと肌を重ねた。


みさとの身体が熱くなる。


俺と同じように、恋の猛火に包まれたのだと思った。





 項から背中。

肌を滑る様な愛撫でみさとを震い立たせるために俺は心血を注いだ。



姿が見えない分、きっと感覚を研ぎ澄ます。


くすぐったいのは通り越して、快感に酔いしれるだろう。


でも、それはみさとだけではない。

俺も、そうなりたかったんだ。



だから俺は躍起になりながらも、みさとに愛の贈ったのだ。





 何度も身もだえたるみさとを俺は更に焦らす。

この際だから、徹底的にお預けだ。


甘ーい。甘ーいお仕置きだ。



バスローブの下にあんな仕掛けがあったなんて……

俺は完全にみさとの作戦に遣られた。


だからそのお返しだ。



『ふっ……』


小さな笑い声が漏れて、観念したかのように俺と向き合った。




 この時を待っていたかのように、俺は指をみさとの顎の下に持っていく。



そっと唇を上げ俺は自分の唇を重ねた。



何度か軽く触れ合うキスを交わして行く内に、次第に深くなる。

俺はみさとの柔らかな唇に溺れ、みさとは俺の作戦に溺れた。



押さえの効かない体は爆発を繰り返しす。


それでも二人は、肝胆相照らした。


全てをさらけ出して愛することに酔っていた。


何度も何度も寄せては返す波のように。



その波が……

何時か俺とみさととの命の絆になってくれたら嬉しい。





 そう思った矢先だった。



『そうだ……確か歌舞伎町でも』

みさとの言葉の意味を、あのマウスツーマウスだと理解した。



『目の前でみさとが苦しんでいるんだ。誰の目も気にならなかった。俺はみさとを助けたかったんだ』



『ごめんなさい。今まで忘れていたの。意識が朦朧としていたようで』


でもみさとはそう言った。



『えっ、嘘だろ?』


俺の頭は真っ白だった。

だけど、俺はみさとの手を取り、束縛するように指を絡めた。



『もう一度……解らせてやる……』


俺は予想外の言葉に戸惑いながらも、みさとの体に覆い被さり、顔を唇に近付けた。





 みさとの心から体から、ハロウィンの悪夢を追い出すために俺は全身全霊で愛した。


俺はただひたすら、愛情や感情をみさとに注ぎ続けたんだ。



もう、何処にも行ってほしくなくて……

ただ俺だけを見つめてほしくて。





 あの週刊誌の記事が出ると解った時、親父のいる東南アジアに帰ろうと思っていた。


だからオーナーから借りた部屋を片付けたんだ。

ベッド一つだけ残して。


まさか其処へみさとが訪ねて来るなんて……



みさとの心に不安と焦りが広がったんだ。

きっとそれが、あのパニック障害と結び付いたのだ。



だからもう離したくない。


みさとを悲しませたくない。



俺はこれからもずっと、みさとのナイト。

まだまだ中途半端だけど、俺はみさとを守る愛の騎士になろうと思う。





 俺はバレンタインデーの日にみさとを又東京へと誘った。


お世話になった方々に挨拶回りをするためだった。


でも、それはたてまえなのだ。

俺は悪巧みを沢山していたのだ。





 高校三年の生徒は期末テストや追試が済むと、週一の登校になる。


受験勉強や就職活動を円滑に進めるためらしい。


だから特別に休暇をもらった訳ではないのだ。


でも生徒には不評のようだ。



バレンタインデーに学校に行けないのは、恋する乙女にはキツ過ぎる試練だったのだ。





 「バレンタインデーって何の日だ?」

上り電車の中で突然俺は聞いた。



「女の子が男の人にチョコをあげる日」

みさとはチョコンと首を傾げながらも素直に答えてくれる。



「えー知らないの? 本当はね」

俺は勝ち誇ったように言った。

本当は、みさとの仕草が可愛過ぎて物凄く動揺していたんだ。



「本当は知ってるよ。確か戦争で戦地に赴く兵士に結婚式を挙げさせたからバレンタイン牧師が処刑された日だって……」



(――えっ!?)

驚きのあまり、言葉を失った。

バツが悪そうに笑うしか選択肢は無くなっていることに気付いた。



「一体いつ調べたんだ? みさとに尊敬されたかったのに」

俺はこともあろうに拗ねていた。



「ジン。私成長した?」

まじまじと俺を見つめる瞳に狼狽して、視線を外して頷いた。



「家庭科の宿題だったの。でもまさかの話だった。もっと素敵な謂れだと思っていたんだ」


そうだよな。

普通、もっと素敵な由来を想像するよな。


恋人の祭典として名高いバレンタインデーなら……





 「日本人って不思議だよね。世界中の色々な風習を取り込んで商売にしてしまう。バレンタインデーはチョコレート屋の戦略だし、節分の丸かぶり寿司だってそうだろ?」


取り乱した姿を押し隠すように、話を摩り替えていた。


みさとは一応頷いた。

だって、産まれた時からきっとバレンタインデーはあったと思うし……

ま、恵方巻きは最近だとは思うけどね。



「でも俺はそんな日本人が好きだ。」


そう言っていた。



「外国じゃ違うの? 女の子からじゃないの?」


俺の言葉を聞いてみさとはが問いかけた。





 「日本ではそうみたいだね。でも他の国では誰から告白してもいいんだよ。だから、俺からの告白。みさとはそのままがいい。ホームステイした時のあのままの少女で居てくれたら嬉しいけど」

俺はそう言いながら、そっとみさとの手を握った。


本当はドキドキしてた。

これからみさとにある頼み事をしなければいけないからだ。





 俺はみさとをあのマンションへ誘うつもりだ。

其所には俺達の大切な人が待ってくれているはずだから……



でもその前にやることがある。

実は橘遥さんから連絡があった。


あの監督を告訴したいそうなのだ。

橘遥さんは監督から嘘を聞かされていたらしい。



もう既に完済された両親の借金の借用書を、以前所属していたタレント事務所で拾って。



それがいかにもまだ多額の借財があるかのように言われて、撮影されていたそうだ。



打ち合わせはしたいけど、みさとを巻き込みたくないんだそうだ。


だから……



「駅に着いたら暫くの間、俺の好きなようにさせてくれるか?

俺は突然言った。

みさとは疑いもしないで頷いた。





 「ごめん。これだけはどうしてもしてほしい」

そう言いながら俺は太めのリボンを手にしていた。



「目隠し!?」

みさとの声が裏返る。



「どうしても内緒の場所に連れて行きたい。でも嫌なら……」

俺はどうすることも出来なくて、ただ愛想笑いをした。



「いいよ、試してみて。私も早く克服したいから」


本当は怖がっている。

いやで仕方ないのが、見た目で判る。


でも俺がみさと危害を加えることなど絶対に無い。


と信じてるようだ。



だからみさとは目を瞑ってくれたんだ。





 途中下車した駅は全く知らない駅のはずだ。


みさとは目隠しされたままで喫茶店に置き去りにされていた。


俺は急いで橘遥さんの代理人と会い手続きを済ませてから通っていた大学へ向かい卒業論文を提出していた。




でも俺は駅に着いた途端に焦った。

だって駅名アナウンスが鳴り響いていたからだ。


だからみさとにはおおよその見当は出来たようだ。



連れて行った先。

それはあのマンションだった。

たとえ……何も見えていなくても判るようだ。

俺が驚かせようとしているのだと――。



でもそれはサプライズ好きの俺だからな……


抜かりはないよ。





 みさとの卒業式と俺の卒業式。

その後には、ホワイトデーがやって来る。



俺は又その日に、飛びっきりのサプライズを考えている。


きっとみさとは目を真ん丸にして驚くぞ。


その顔が見たいんだ。



バレンタインデーにみさとが用意してくれたガトーショコラは美味しかった。

みさとの心がこれでもかと言うくらい込もっていたからだ。


だから、そのお礼に何か甘い物を作ろうと思つ。





 だけどその前にもう一つのサプライズだ。



そのサプライズを思い付かせてくれたのはみさとだった。


みさとの発案で決まった卒業論文の中身の通りやってみたくなったのだ。



俺は海が見下ろせる小高い丘が荒れ放題になっているに目を着けた。


其処の持ち主は驚いたことに親父の勤めている会社だった。

だから交渉して無償で貸してもらえるようにした。



まず農家から豚借りてを放した。

豚舎で餌を与えるのと違って代金がかからない。


それだけでも農家の利益にはなるから結構乗り気だった。


その上肉質にも変化が出るから、ブランド豚として高く売れるらしいのだ。


豚の力で小さな土地が生まれて行く。



俺はその土地ハートの形をした花壇を製作した。


でも今から種を蒔いたのではホワイトデーには間に合わない。


そこで周りに咲いていた花を植えることにした。





 その先には愛の鐘を作った。


其処で親父とみさとの母親に愛を誓ってもらいたかったんだ。



それが本当のサプライズだった。


本当はみさとに母親を会わせてやりたかったんだ。


みさとの嬉し涙が見たいばっかりに……





 家に帰ってからは、俺の作ったマシュマロでイチャイチャした。


忘れられないくらいロマンチックな夜をみさとにプレゼントするためだ。



「あーん」

マシュマロを掬ったスプーンをみさとの口元へ近付けると、恥ずかしそうにしながら口を開けた。



俺はゆっくりと運びながらみさとが口を閉じた瞬間を狙った。



マシュマロを食べさせ甘くなった唇を……


俺の唇で塞ぐ。



息が出来なくなるほどに口付ける。


みさとは堪らず唇を小さく開いた。



マシュマロで甘くなった唇が俺の唇でより一層甘くなる。


それはみさとに愛を贈るためだった。



そして又キスの嵐だ。



『ジン……お願い抱いて……』

あの言葉が又聞きたいんだ。


だから蕩けるマシュマロ作りを選んだのだ。





 マシュマロは意外に簡単だった。

玉子の白身でまずメレンゲを作る。


メレンゲと言うのは、泡立て機で空気を白身に入れてふわふわにすることから始まる。


水分があると上手く膨らまないから泡立て機もボールも良く拭いておくことが重要なのだそうだ。



今後は粉ゼラチンに水を含ませ、しっとりして来たら湯煎で溶かす。


湯煎とは、鍋の湯の中にボールを入れて熱で溶かすことだ。



チョコを溶かすのに最も適した方法らしい。



メレンゲにもゼラチンにも砂糖を入れてかき混ぜる。

後は二つを混ぜ合わせた物を器に入れて固めるだけだ。



スプーンで食べさせるマシュマロなんて最高だろう。


そうだ。

あの愛の鐘が完成したら、売店で……


きっと一番のヒットになるかも知れない。



俺はみさとをうっとりさせながら、次のサプライズを考え初めていた。



それはみさとの誕生日までに本物の愛の鐘を完成させることだった。



みさとの誕生日は四月一日。

そう、エイプリルフールの日だったのだ。



その日が来る前に、俺は企んでいた。


ってゆうか……

本当は俺達なんだけどね。





 みさとには悪いが、絶対に内緒のサプライズ企画が進行中なのだ。



それは橘遥さんと、AV女優時代の彼女を支えてくれていたカメラマンを幸せにするプロジェクトだった。



でもそれは橘遥さんだけではない。

親父の会社の、入社式まで含めた一大イベントだったのだ。





 俺はあの日。

橘遥さんに哀れを感じた。


みさとがあじわった苦痛を体験するはずだった橘遥さんは、好きでAVを撮らせていた訳ではなかった。



育ててくれた両親が連帯保証人になって、多額な借金を背負わされたのだ。


その借金を返すために、死を選ばされていたのだ。



監督は取材で訪れたコマーシャルのオーディション会場で、かっての恋人にそっくりな橘遥さんを見つけた。

自分の子供ではないのかと疑ったのかも知れない。


でも、監督が取材で戦地に行く前に……

自分と恋人が結ばれた以前に妊娠していた事実を知ってしまったのだった。



だから監督は揺れ動いたのだ。

けれど、憎しみが上回った。


監督は橘遥さんを傷め付けることにしたのだ。

自分を裏切った恋人と親友への復讐のために……



橘遥さんは高身長のスレンダーな美人で、一流モデルだったようだ。

ただ本人はアルバイト感覚だったようだ。



結婚する前にカメラマンの提案で、美魔女社長の元に彼女の指導の影像が残されたそうだ。





 それは俺が、みさとに目隠しをしたバレンタインサプライズの日。



『貴方のご両親が結婚を許してくれたら……、ううん、本当に結婚出来たらその時に……私だってみさとさんみたいに貴方に甘えたい。でも……』


何人もの男性との性行為を体験させられてきた橘遥さん。

だけど、本当は彼だけを愛していたのだった。



『これから、暫くは事務所の裏方の仕事に専念しよう。貴女が後悔しないように』



『うん。なるべく顔を見せたくないんだ。でも、出来る限り残しておきたい』



『そう言うと思ってカメラ持ってきた。これが貴女の最後のモデルとしての仕事だ。俺の前で。その実力を見せ付けてくれ』

彼はそう言いながらカメラを構えたそうだ。





 俺は目隠しをしたみさとを橘遥さんに託した。

その間に、卒論の提出と監督を告訴するためにカメラマンの彼と打ち合わせをしたのだ。


全て……

秘密裏に橘遥さんを幸せにするプロジェクトだったのだ。


勿論、みさとが一番大喜びすることが解っていたからだった。





 あの日。

ホワイトデーのお返しのマシュマロでみさとといちゃついていたら、本社に着いたと親父から連絡があった。


その時、俺のアイデアが採用されることになっから明日本社まで来てくれと言われた。


早急に愛の鐘を造らなければならなくなった。そんなう内容だった。



俺は早速漁業組合へ連絡を入れて、休みを貰った。



青春十八切符を手配を済ませ、最寄り駅から電車に乗った。


何度か往復するかもしれないと思ったからだった。





 でも、東京駅まで行って驚いた。

迎えに来ていたのが橘遥さんだったからだ。


橘遥さんはずっと行方不明になっていた、親父の会社の社長さんの娘だったのだ。



俺は橘遥さんを雇っていた監督の詐欺罪の追及に力は貸した。

詐欺罪、窃盗罪、強姦罪の刑事犯罪の時効は共に七年。


橘遥さんはアラサーの二十八歳だった。

二十歳の誕生日にグラビア撮影で呼び出された彼女は、何も知らされないままに拘束されてAVを撮影されたらしい。



俺はあのスタジオで橘遥さんに憐れを感じた。

だから、携帯を畳んだのだ。


あの時もし警察を呼んでいたら……

きっと彼女も逮捕されていたかも知れない。


彼女にとって、良かったのか悪かったのかは解らない。


でも逮捕されていたら、きっとずっと本当の父親には会えなかったのではないかと思った。





 一番訴えて遣りたい強姦罪は既に法の網をかい潜っていた。


でも、詐欺罪だけは違うようだ。


場合にもよるらしいが、騙された案件が終了した時点から見ることもあるらしい。



監督は、橘遥さんが以前所属していた事務所へ行ったおりに、シュレッダーに掛ける前の橘遥さんのご両親の借用書と体長管理表を盗んでいたのだ。



もう既に完済されている借金。

それを身体で払えと脅していたのだった。



悪質だったから監督は逮捕されたのだ。



やがて、数々の悪行が暴露されていくのだろうと思った。





 親父は電話で、あの愛の鐘を建設することになったと言っていた。


嘘だと思った。

昨日お披露目したばかりだから信じらる訳がないのだ。



でもアイデアを聞いて、更に耳を疑った。


その鐘が神父様のいないチャペルの一部にするらしいのだ。



つまり、二人だけで愛を誓う場所になるようだ。



其処にあるのは、小さな写真スタジオ。

それを橘遥さんの旦那になる人に任せるそうだ。



つまり、俺達の住んでいる場所が彼女達の新居になる訳だ。



「早速みさとに……」


そう言ったら止められた。

みさとを驚かしたいそうだ。



「よし、又サプライズだ。実はみさとの誕生日が四月一日なんだ。それまでになんとか完成させてくれないか?」


勿論無理難題に決まっている。

でも俺はみさとを驚かしたいんだ。


そして……

喜びの涙を流させてやりたい。


その日にみさとが最も気に掛けていた、橘遥と再会させたくなったんだ。





 「ありがとうございます。私もあの娘を驚かせてやりたい」


橘遥さんはそう言った。

その時思った。


橘遥さんの結婚式を其処で挙げてしまおうと。



橘遥さんが親父の会社の社長令嬢だったなんて、みさとはきっと驚くぞ。


俺はワクワクしながら又自転車で走り回っていた。



そして驚いたことに、入社式も其処で行うことになったのだ。


愛の鐘をアピールするためだった。





 『申し訳ありません。お嬢様に深い傷を与えてしまいました』


社長室に通された直後に彼は土下座をして謝ったそうだ。



『いえ、誉めて上げてください。この子じゃなければ見付け出すことは出来なかったと思います。彼女の心を助けようと、彼女を育児放棄した人を探し出そうとしたから……』


彼の母親はその日、橘遥さんの皮肉な運命を嘆いたようだ。

そして、全てが二人を結び付けるための軌跡だと知って、彼を擁護したのだ。



その後親父が呼ばれ、愛の鐘を造作することが決まったみたいだ。



彼からのプレゼントは指環だった。



それを買うために一生懸命アルバイトしたんことを知った社長は、彼のためにスタジオをプレゼントしようと思ったようだ。





 「完成したね」

俺は言った。



出来上がった愛の鐘。

最初に鳴らしたのは橘遥さんだった。



四月一日。

エイプリルフールの日だった。

完成記念祝賀会が、自動車会社の入社式会場で執り行われた。


除幕式の幕の中で彼女達にはじっとしてもらっていた。


だって俺、どうしてもみさとを驚かせたいんだ。


橘遥さん達も同じ気持ちだったようだ。


だからスムーズにことは運んだんだ。





 俺とみさとが幕を引く。


その瞬間、二人の目が合って……

みさとが固まった。



呆気に取られてるなと思った瞬間、我が作戦の勝利を感じた。



『遣ると思った』

って、俺は後で口にした。

でも、本当のところは期待だった。


幕の下で、待ちきれなくてキスをしてくれれば嬉しい。

そう思っていたら、案の定遣ってくれていたからだった。


ま、用心に手を広げてがバーはしていたけどね。





 「もう、意地悪……」


案の定みさとは泣いた。

笑いながら泣いていた。



「さあ、愛の鐘を鳴らそう」


俺は笑いこけながら二人に催促した。





 俺が仕掛けたのは、橘遥さんの結婚式だったのだ。



でも一組だけでは勿体無い。


ついでに……

みさとと俺。俺の親父とみさとのお袋。

合計三組による合同結婚式にしてしまったのだった。





 でも更にサプライズは続いた。

大きなシートの下から現れたのは、写真スタジオだったのだ。



僅か二週間で作り上げたとは思えないほどしっかりした造りだった。



一番奥の部屋には、椅子だけが置いてあった。

思わず、二人は目を合わせるだろう。



『誰かに話した?』


きっと二人同時に言うに決まっている。



話した訳ではないよ。

俺の地獄耳だ。

八年前のあの日二人が初めて結ばれたスタジオに置いてあった物と同じだ。



俺はしてはいけないことをした。

弟から、デビュー作品を借りて見たんだ。





彼女は、ヴァージンをその椅子で奪われていた。

本当なら見るのもイヤなはずなのだと思う。


でも俺は、それを敢えて置いてみたんだ。


本当はその場所で、彼と結ばれたかって知っていたから。



もう一度……

キレイだった身体になれればいい。


でも彼女はそのままで充分キレイだった。





 『優しくしてね』

きっとそう言いながら、二人は愛し合う。



それが、俺の仕掛けた本当のサプライズだった。






長い間執筆を中断致しまして申し訳ございません。

本日やっと完結致しました。

ありがとうございました。

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