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無垢・Age17  作者: 美紀美美
10/13

バレンタインデーサプライズ

順調な結婚生活。

つい嬉しくて、ガトーショコラの調理実習をリクエストしてしまう。

 私は結婚したことを内緒にして、最後の学生生活を満喫していた。


冷やかされたりするのは得意じゃないから。

でも本当は言いたくて堪らない。

だって自慢のお婿さんなんだもん。


男前だし、気っ風はいいし。

三拍子も四拍子も整っているから。



アイツは、漁港の仕事を覚えるために毎日精力的に働いていた。

蟹などの底引き網は何隻か組んで行うので、解禁になった時点で雇われるのだ。


でも、そのためには仕事の内容を把握しなければならない。

アイツは必死で手順を確認してくれていた。



それでも、私と約束した卒論も頑張っていた。

やはり卒業することは、アイツの父親も望んでいることだと思った。





 それでも、一番嬉しいのは私だ。

匂いを気にしなくても生きていけるから……

私の全てをアイツは理解してくれているからだ。


私の匂いは母の香り。

小さい頃から慣れ親しんできた故郷のフレグランスなのだから。


就職活動中、魚な匂いを指摘されて焦った。

私には、もう母の職場しか働ける場所が無いのかも知れないと思って。



でもアイツはその匂いが好きだと言ってくれる。

故郷を……

初めて恋をした頃の私を思い出すからと言って。



そうなんだ。

私はきっと小さな頃からこの匂いと付き合ってきた。

だから無頓着になっていたんだ。


ま、単なる言い訳にしかならないけど。



あの時の面接官と偶々校内で会った。

私に悪いことを言ったと誤ってくれた。

後で履歴書を見て、十七歳だと知ったんだって。


免許が無くて当たり前なんだと気が付いたそうだ。

これからは気を付けると言っていた。


今更気を付けても……

何て思ったが、後輩のためにはなったようだ。





 どんな小さな会合にも出席する。

注意されたことはアドバイスだと信じて、嫌な顔一つ見せない。


アイツは地域の人達との絆が欲しかったのだ。

私との生活をこの地で営むためにも。



アイツが何故そんなに本気なのか、正直解らなかった。

でも、それは私を愛してくれているからだと思いたかった。



歌舞伎町でホストをやっていれば、何不自由なく暮らせたのかも知れない。

でも欲望と陰謀の蠢く世界で暮らして行くには、相当の覚悟が必要なんだと知っている。


確かに以前に比べたら治安はよくなったらしい。

でも深夜営業の廃止から出きた日の出営業のせいで、朝から泥酔状態の人達で溢れかえっている聞く。



表面上は平和だが問題は蓄積されているようだ。



だから本当は私も辞めてほしかったのだ。





 アイツは私の家庭教師も買って出た。


疲れて果てているはずなのに……


そのパワー。

バイタリティー溢れた行動力は一体何処からくるのだろうか?


でもその講義がキツイ。

卒業は決まったも同然なのに、期末試験で上位を目指させる気らしい。


行為は嬉しい。

でも勉強を見てくれるのは嬉しくない。

だってバカだって解っちゃう。

本当は私は焦っていた。

アイツに知られたくなかったんだ。

この頭の出来の悪さを。



(――お母さん。どうしてもっと出来る子に産んでくれなかったの?)


母の背中に向かって視線で八つ当たり。


罰当たりだと解っていても、やはり……


本当に兄貴達兄弟は、揃いも揃って天才だった。





 料理だってアイツの方が上手い。

一人暮らしでなれたそうだ。


その上漁師料理の手解きも受けている。



私だってカレーなら出来る。

それでも偶には失敗もする。


ルーを入れたカレーが煮詰まってくると、小さな輪が浮き上がりプチんと弾け飛ぶ。


その跳ねたカレーが皮膚にくっ付き火傷をしたり、盾にした鍋蓋を落としたり……

その度ギャーギャー喚きヒンシュクを買う。



『早とちりと慌てん棒も加わったか? これじゃ、俺の奥さん無敵になるばかりだな。その上におっちょこちょいのお転婆さん』

アイツはそう言って私をからかって笑うんだ。





 でも……

幸せだった。

最高に幸せだった。

幸せ過ぎて涙になる。


アイツは私を本当に愛してくれた。

本気で尽くしてくれる。


私にそんな価値のないことは解っている。


それでも、嬉しいんだ。

アイツと一緒に居られることが。


その上、家庭を一番に考えてくれて、家族を大切にしてくれる。


私にとって大事な家族を……


だから怖い。

その優しさが怖い。

怖くて怖くて仕方ない。



人魚姫のように泡となって消えてしまいそうで……


全ては私だけの夢物語のようで……





 期末試験は何とか上手く収まった。

二学期より成績は俄然上がったのだ。


それでもアイツは、返された答案用紙を見て納得していないようだった。



(――ごめんなさい。不出来な女房で)

私は何を言ったらいいのか解らずに戸惑っていた。



「ここ凄い難しいな。こんな問題良く解けたな」


でもアイツはそう言って、頭を撫でた。


アイツったら、私をからかったのだ。



「ん、もう意地悪……ん、んんん」



「はい、ご褒美」


拗ねてみせた私の尖った唇の上に、唇を重ねて悪戯っぽく笑う。


へなへなとなる体を抱き締め、もっと深いキスへ誘う。



(――幸せ……)

私は全てをアイツに委ねていた。

甘い甘いチョコレートよりも、更に甘くとろけていく心。



こんな生活が出来ることなど、想像さえしていなかった。

私は幸せの絶頂にいた。





 そして……

女の子にとっては、待ちに待ったバレンタインデーが近付いていた。



私はアイツに知られないように、密かに手作りチョコの材料を揃えていた。



(――トリュフにフランポワーズの生チョコとガトーショコラか?)


新聞屋さんに戴いた料理の小雑誌を見ながら微笑む。

でも結局どれか一つに決められず、全部作ることにした。



とは言っても、オーブンを使用するガトーショコラだけは家では作れない。


そこで、最後の調理実習にこれを教えてくれと提案してみた。



「あれっ、誰か好きな人でも出来たかな?」

家庭科の先生は笑いながら言った。

私は慌てて首を振った。





 それをみんなも希望してくれた。

これから社会に旅立つ女子高生の必須アイテムになるからだった。



「でもその前に、本当のバレンタインデーの意味を調べて来てね。きっとみんな驚くわよ」


先生はそう言いながら、黒板の文字を消した。



「あ、そうそう。ガトーショコラって焼き時間あるのよ。その間に違うチョコ行っちゃう?」



「わぁ嬉しい!! これでバレないで済む!!」

思わず私は言っちゃった。



(――ヤバい……)

たじたじになった私に、クラスメートが疑いの視線を向けた。





 バレンタインの日。

アイツは又私を東京へと誘った。

お世話になった方々に挨拶回りをするためだった。


高校三年の生徒は期末テストや追試が済むと、週一の登校になるんだ。


受験勉強や就職活動を円滑に進めるためらしい。


だから休暇を取った訳ではないのだ。


でも生徒には不評だ。

バレンタインデーに学校に行けないのは、恋する乙女にはキツ過ぎる試練だったのだ。



私の失言は、みんなの注目を浴びていた。



『ねえ、みさと。誰か好きな人いるんじゃない?』

入れ替わり立ち替わり、クラスメートが疑問をぶつけに来る。



(――実は……)

何度も言いたくなった。

その度にポーカーフェイスを装う。

別に話していいことなのに、やはり気恥ずかしい。

私の匂いが好きだって言ってくれるアイツの話をすることが。





 調理実習で出来上がったガトーショコラとトリュフチョコは家に置いてある。

その日の内に帰るはずだったので。



「バレンタインデーって何の日だ?」

上り電車の中で突然アイツが聞いた。



「女の子が男の人にチョコをあげる日」

私も素直に答える。



「えー知らないの? 本当はね」

アイツが勝ち誇ったように言った。



「本当は知ってるよ。確か戦争で戦地に赴く兵士に結婚式を挙げさせたからバレンタイン牧師が処刑された日だって……」



私の返事に度肝を抜かれた格好になったアイツは、バツが悪そうに笑った。



「一体いつ調べたんだ? みさとに尊敬されたかったのに」

こんどはアイツが拗ねた。



「ジン。私成長した?」

まじまじとアイツを見つめると、照れくさそうに視線を外して頷いた。



「家庭科の宿題だったの。でもまさかの話だった。もっと素敵な謂れだと思っていたんだ」





 「日本人って不思議だよね。世界中の色々な風習を取り込んで商売にしてしまう。バレンタインデーはチョコレート屋の戦略だし、節分の丸かぶり寿司だってそうだろ?」


私は何が何だか解らなかったけど、一応頷いた。

だって、産まれた時からバレンタインデーはあったし……

ま、恵方巻きは最近だとは思うけどね。



「でも俺はそんな日本人が好きだ。」



(――もしかしたら?)

アイツを見てそう思った。



「外国じゃ違うの? 女の子からじゃないの?」

私の言葉を聞いてアイツは頷いた。



「日本ではそうみたいだね。でも他の国では誰から告白してもいいんだよ。だから、俺からの告白。みさとはそのままがいい。ホームステイした時のあのままの少女で居てくれたら嬉しいけど」

アイツはそう言いながら、そっと私の手を握った。



「駅に着いたら暫くの間、俺の好きなようにさせてくれるか?」

アイツが突然言った。

私は疑いもしないで頷いた。





 「ごめん。これだけはどうしてもしてほしい」

そう言いながらアイツは太めのリボンを手にしていた。



「目隠し!?」

私の声が裏返る。



「どうしても内緒の場所に連れて行きたい。でも嫌なら……」

アイツは寂しそうに笑った。



「いいよ、試してみて。私も早く克服したいから」


本当は怖い。

怖くて仕方ない。


でもアイツが、私に危害を加えることなど絶対に無い。


そう信じてる。

だから私は目を瞑ったんだ。


そしてアイツの手がオデコに触れる気配を感じながら、そっと目を開けてみた。


あの日と同じ状態の中に身を置くために。





 途中下車した駅は全く知らない駅だった。


私は目隠しされたままで喫茶店に置き去りにされていた。


私は仕方なく、コーヒーを飲みながら待つことにした。


アイツにはどうしても行かなくてはいくない場所があるようだ。

其処が何処なのか私には解っていたのだ。



アイツが帰って来た時には持っていたはずの荷物が無くなっているように思えた。



そしてその後、私達は再び電車に乗ったのだった。

勿論目隠しをされたままで……





 駅に着いて、タクシーの中でも目隠しをされたままだった。

きっと運転手は気味悪がるな?


そんなこと思いながら笑っていた。



そう……

私は克服していた。

あの、ハロウィンの悪夢を……


でもアイツは駅に着いた途端に焦ったようだ。

だって駅名アナウンスが鳴り響いていたからだ。


だから私にはおおよその察知は出来たのだ。



連れて行かれた先。

それはあのマンションだった。

たとえ……何も見えていなくても判る。

アイツは私を驚かせようとしているのだと――。



(――あ、マンションの匂い)

それはどんなに、忘れようとしても忘れられないアイツの香り。


海の男となった今の香りではない、独特のスメルスイート。



橘遥さんの記事に笑い転げながらも嗅いでいたどうしょうもなく懐かしいフレグランスだった。



ハロウィンの悪夢はもう襲って来ないと解ってはいたのだが、でもやはり怖かった


其処にどんなサプライズが待っているのか、からきし解らなかったから。





 冬休みの最終日。

愛を確かめ合ったあの部屋……

辛の字を手品のように幸に変えてみせた優しさ。

忘れられるはずがない。



アイツのサプライズが何なのか知る前から泣けていた。


どうしょうもないほど心は満ち足りていた。



(――あのガラス張りのお風呂かな?


――それとも全身が映る鏡で……


――ヤだ私ったら何てこと考えてるの。


――アイツに気付かれたら笑われちゃうよ)


でも、そう思うだけで体が疼いてくる。


そう……、

私は又アイツとの甘い一時を夢見ていたのだった。





 玄関のドアを開けて、目隠しを外されて驚いた。

其処には母がいた。見知らぬ男性と共に。



(――えっ!?)

私はそのまま固まった。



(――私は何を考えていたんだろう。


――アイツに抱かれることばかりに想いを巡らし、体を熱くたぎらせていた。


――どうしょうもないエロい女になっちまったのかな?)


顔から火が吹き出しそうだった。



きっと私は茹で蛸のように真っ赤な顔して其処にいるのだろう。



気恥ずかしさからまともに顔があげられなくなる。


私はもじもじと俯くことしか出来なくなっていた。





 「みさとどうした?」


アイツに声をかけられ我に戻った。



「あー、ごめんなさい。驚いちゃって」


私はボーッとして、目の前の二人を呆然と眺めていた。



誰かに似てる。

そう思った。

きっとアイツの父親だと悟った。


「神野みさとと言います。何時もしゅ……主人が御世話に……」

初めて、主人と言ってみた。

顔に熱が集中してる。



「主人が御世話になりました」

やっと言えた私に、その人はにこやかに微笑んでくれていた。


でも……

旦那様の父親に言う言葉かな?

私は又恥ずかしくなっていた。





 「あの……もしかしてお義父様ですか?」


私の質問に頷きながら、そっと手を伸ばして握手を交わしてくれた。


その手の大きさに私は心を踊らせた。

もし、母と結婚していたなら……

私はきっとこの手に守られた。

そう思うだけで体が芯から温まってくる。





 私は母の微笑みが気になっていた。



(――考えてみたら、こんなに明るい母に初めて会えたような気がする)


そう思った時に疑問が晴れた。

母はアイツの父親を待ち続けていたのだろう。

だから思い出のあるあの場所から離れることが出来なかったのだと思った。



「お母さん、何年ぶりに逢えたの? 私何だかこの日を待っていた気がするの」



あの、冬休みの最終日。


アイツとこのマンションで愛しあった。



(――何故アイツがそんなことを言い出したのかは解らない。

でもそれは思いやりの心で溢れていた。


――私の母とアイツの父。

二人がまだ愛し合っているなら……

きっとそんなことを想像しているのだと思った)


あの時感じたアイツの優しさ。

今又私の心を温めている。





 「親父、俺達に遠慮はいらない。先祖の墓は守るから、どうか二人で幸せなってほしい」

突然アイツが言った。


もしかしたら……

あんなに一生懸命港の仕事を覚えたのは、全てこの日のためだったのではないのだろうか?



先祖の墓を守ることは、故郷で自分達は暮らし続けると言うメッセージではないのだろうか?


アイツの言葉が心に染み込み私を突き動かした。



「私はいいよ。お母さんが幸せになるんだったら。だって私本当は、お母さんに楽をさせるために就活していたんだもん」



「お義母さんを幸せにしてやってくれないか。それが俺達の望みだ」


アイツはそう言うと、私の体を引き寄せて抱き締めた。



「ありがとうみさと」

アイツはそう言いながら泣いていた。





 田舎で頑張っていたのは、私の母とアイツの父を一緒にさせるためだった。


だから、アイツは彼処まで本気になれたんだ。


慣れない父子暮らしを見てきたアイツだからこそ、苦労したお父さんに幸せを贈りたかったのだ。



田舎に帰る列車の中で、二人は泣いていた。


幸せが涙になる。

アイツの優しさがそれを増長させる。

私はアイツの肩に頬を寄せながら、両親の幸せを祈っていた。


実は……

アイツは結婚届けに必要な書類の全てを準備していたのだ。


それはアイツからのサプライズプレゼントだった。





 東南アジアからアイツの父親が東京に戻って来ることになった。

今日はその準備で、日本に一時帰国していたのだ。


だから思い付いたのだ。



あのマンションはホストクラブのオーナーの所有していた、新人ホスト養成所だった。


だからボーイとして雇われた時に貸与されたのだ。


オーナーは誠実なアイツが気に入って、将来は後取りにしたかったようだ。


だから、チェリーでも良かった。いやそうだから、娘を嫁がせようとしたのだ。

オーナーの娘は美魔女社長の事務所にいたあのモデル候補だったのだ。



社長とオーナーはアメリカで出会った。


奥さまに先立たれたオーナーがベビーシッターに雇ったのがあの社長だったのだ。


オーナーは社長との再婚を考えていたようだ。

だからあの時、ママと呼んだのだ。





 オーナーもアイツもずっとボーイのままでいいと思っていたようだ。


でも生まれついての美貌を放っておく手はない、と其処のスカウトの人に言われたらしい。



だから、自分を磨いて賭けに出たそうだ。


それがあの全身が映る鏡だった。

アイツは其処で体を鍛えていたのだ。



何時かチェリーが一人歩きを始めた。


誰がアイツを一番先に奪えるか。

それが賭けの対象になっていたのだ。



難攻不落の要塞だから、皆が群がったのだ。


ゲーム感覚の行為が人気を押し上げ、其処のナンバーワンに着いたのだった。



その裏に、あの年配の女性の悪巧みがあったことはオーナーは知らなかったらしい。





 「オーナーの話だと、平成十九年の二月に歌舞伎町ホストクラブ協会が始まり、健全なクラブ作りがなされたそうだ。オーナーはそれに賛同してお客様に楽しんでいただける店を目指したらしい。だから、俺は彼処で働き出したのさ」


私もそのことはインターネットで調べたから知ってる。


キャッチやぼったくりなどにも目を光らせる。

と書いてあった。



「清掃ボランティアや緑を増やすことにも尽力したようだ」



「凄いんですね。お堅いホストクラブだって言われる訳ですね」

私はそう言いながら、歌舞伎町をさ迷いながら見つけたあの公園のような路地を思い出していた。



(――平成十九年か? まだそんなには経っていないのね。もしかしたら丁度ジンと出逢った頃なのかな?)

私はその事実を何故か運命的に感じていた。





 「ごめんねみさと。何も教えておかなくて……オーナーはあの部屋を本当は俺に譲るつもりだったらしいんだ。だからそのまま……」



(――そうか。だからあの時のままだったのか)


私は目隠しされていても懐かしい匂いであのマンションだと判った。

その後誰も使用していないと言う証拠なのだ。



「だから又使わしてもらったんだ。親父は、会社の家族寮に住むはずだけど、オーナーはそのまま住んでも構わないと言ってくれてる。みさとは寂しくなるけど我慢してくれ」


アイツはそう言いながら背中に手を回して、二人の体を密着させた。



「さっきのお詫び。ぬか喜びさせちゃったから」

アイツは悪戯っぽい目で私を刺激した。



「判ってたの!?」

私は急に恥ずかしくなって体をを離そうとした。

それなのにアイツは更にきつく抱き寄せた。





 「いや、離さない。もっともっと妄想しようよ。それはみさとが俺を愛している確実な証拠だから」



「ヤだ、もう耐えられない。どんどんスケベな子になっちゃうよ」



「ん? ――て、ゆうことは……? 相当卑猥なことを想像してたな」

不気味な笑みを口元に浮かべ、アイツ顔が迫って来る。



「うわー。もうしません。だからお許しをー」



「いいや、許さない。もっと心をオープンにしようよ。その方が俺も嬉しい。よし、家まで持つかどうか根比べだ」

アイツは又不適な笑みをこぼす。



「ヤだ。途中で負けるに決まってる。そしたら、折角のガトーショコラが……」



「ん? ガトーショコラって、あのバレンタインデーの定番のか?」


アイツの発言に失敗したと思った。

内緒にしておきたかったのに……





 「嬉しい……」

アイツはそれだけ言って無口になった。


心配して除き込むと泣いているように思えた。



「でも……先にみさとに食べさせたいな」



(――それってもしかしたら毒味か?)



「当ったりー!!」


アイツが茶目っ気たっぷりに言った。


以心伝心……


二人は知らない内に心を通わせていた。


アイツは悪戯心全開で、私の肩に顔を近付けた。


ドキドキが収まらない。

それを良いことにちょっかいを出す。


私はもう限界だった。

だから素直にアイツに甘えることにした。


そっとアイツの手の甲に手を添える。

すると、すぐに引き抜かれ反対に私の手を固く握られた。



「君が好きだよ……多分これから先も……」



(――多分!?……)

アイツの言葉に翻弄される……

からかわれているのだと知りながら……



「多分じゃイヤだ……」

私は本音を溢す。


その時、アイツの目が勝ち誇ったように笑った。





 焦らされて、意地悪されて、もう待てないよ。

それなのに……


アイツはまだ私をからかう。


だから私は恥ずかしくなる位萌えている。


熱が顔に集中し、きっと真っ赤な茹で蛸のようだと解るほど……



「愛しているよみさと」


熱を帯びている私の耳元でジンが囁く。


その一言が欲しくて、思い切って告白した。


だから超が何百回も付く位に嬉しい。



ジン……

私だけの神様。

私だけの王子様。



「みさとに逢えて俺は変わった。愛すること。信じること。守るべき人の存在する喜びも、君に教えてもらった」

アイツの囁く声を聞きながら、車窓を流れる景色を見ていた。

だってまともにアイツを見られるはずがない。


それでもアイツは愛の言葉を語り続けている。



これからの人生。

きっと順風満帆じゃないだろう。

でも私はアイツと故郷で生きていく。


アイツの父親と私の母に幸せを届けるために。

そして何よりも私達二人の未来のために。



全ての人達との絆の中で……






みさとは結婚当初からの頑張りの訳を知る。

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