表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳥人間  作者: 正坂夢太郎
旧い記憶
6/22

第六羽 「爪信号」

 中に入ると、そこは純和風の居間だった。部屋の中心に囲炉裏がくべられ、パチパチと淡い音を立て、薪が燃えている。その風景に抗うように、壁には様々な色の色紙が、輪状に繋ぎ合わされ、この居間をカラフルに彩っている。“真美、おかえりなさい!”と書かれた布が、入口から一番遠い壁に貼り付けてあった。

「お前達、座りなさい」

 白髭の人間に言われるまま、私と珠緒は床に置かれた座布団の上に座る。

「あの…真美のお父さん」珠緒が口を開く。

「もっと盛り上がっていきましょ?だってこれ、真美の帰還歓迎会ですし」

「君は部外者だからそんなことが言えるのだ」

 珠緒は下を向き、しゅんとしてしまう。

「君もだ、玉置たまき君」

 白髭は、先程私に紙吹雪を浴びせた三人―白髭と、エプロンと、たまの名前を言い当てた人間―の内の、たまの名前を言い当てた人間を見て言った。たまの名前を言い当てた人間は、言われる前から下を向いていた。

「事態は思っていた以上に、深刻なようだ」白髭は、自身の蓄えた白髭を撫でる。

「二年前に姿を眩ませた鵜飼真美が、今、両手を翼に変え、現れた。しかも人間の言葉を話すことが出来なくなっている。これが、どんなに非現実的で、異常なことかは、君達ならば理解できるだろう」

「あなた、もうそのくらいにしておいて」エプロンの人間が制止する。

「いや、これは、玉置君と中川君には、絶対に言っておかなければならないことだ。玉置雄爾たまきゆうじ君、中川珠緒なかがわたまお君。君達は、真美の、昔からの友達だと言うことは知っている。しかし、“友達”という関係に囚われ、いつまでも真美を支えてやらなければならない、と考えているのならば、それは大きな間違いだ。君達はもう大学生なのだし、それぞれの家庭の事情や、しなければならないこともあるだろう。その為の時間を、真美の為だけに割く、というのは、止めてほしい」

「な、何故なぜですか」

 たまの名前を言い当てた人間が言う。恐らく、消去法で考えると、この人間が、白髭の人間が言う玉置雄爾たまきゆうじなのだろう。

「『真美の亡霊に囚われるのは止めてくれたまえ』、ということだ」

「全然わからないですよ!」

 珠緒が白髭に向かって叫ぶ。白髭が珠緒を睨み、言い捨てた。

「真美はもう、以前の真美ではないのだ」


 ◇◆◇◆


 結局、真美の帰還歓迎会という名の宴は、沈黙と静寂が場を支配し、とても宴と呼べる雰囲気にならぬまま、終了した。

 珠緒と玉置が帰り、エプロンの人間が食器の後片付けを終えた後、エプロンの人間は、私を二階の一室へと案内した。

「ほら、ここがあなたの部屋よ。…覚えている?」

 そう言いながら、エプロンの人間はふすまに手を掛けた。カラカラカラ、と言う心地よい音と共に襖が開き、部屋が現れた。

 一週間前に、私が目を醒ました、六畳一間のあの部屋だ。中には何もなく、壁に押し入れらしき戸がついているくらいしか、この部屋に見所は無い。

「じゃあ、また6時30分くらいに呼びに来るから、ここで待っていてちょうだいね」

 エプロンの人間はそう言うと、部屋を出て、階段を降りていった。エプロンの人間と入れ替わりに、たまが私の部屋に入ってくる。今までどこにいたのだろう。

 たまは私の前にちょこんと座った。私が足を組んで座ると、私の足に爪を突き立てる。

「ギイッ!」

 私は小さく跳ねる。たまは痛がる私をよそに、再び爪を突き立てた。

 たまは一体何がしたいのか。

 しばらくたまの爪攻撃の痛みに耐えていると、私は、たまの爪が、一定の規則性を伴って、繰り返し同じ突き立て方をされていることに、気がついた。

『真美』

 たまは、私の足に、爪信号を刻み付けていたのだ。

 爪信号とは、鳥の仲間の間でだけ使われる、言わば秘密の暗号のようなもので、敵襲など、声を出すとまずいときに、爪を仲間の体や、木、もしくは地面に突き立て、会話をする方法だ。私は、それをこの二年間の間で学んだのだ。

『どうしたの』

 私は爪信号で答える。

『たまだぞ』

 たまだぞ?

 私は首を捻る。今更自己紹介だろうか。

『真美だよ』

 私も一応自己紹介する。

『聞こえているか』

 たまはそう返す。聞こえている、というのは、この爪信号のことだろう。爪信号に、“聞こえる”という概念は相応しくないように思うけれど。

『聞こえているよ』

『それはよかった』

 奇妙なやり取りだ。

『どこで爪信号を習ったの』

『この一週間で、近所の通訳家のインコに仕込んでもらった』

 そう言うとたまは、窓の外へ鼻を向けた。私は、爪信号をたった一週間で習得できるなんて、とてもじゃないけれど、信じられなかった。

『たまは賢いね』

『よせやい』

 よせやい?

 私はたまの顔をみつめる。たまって、そんなキャラだったのか。幻滅なような、そうでないような。

 私は『それで、どうしたの。爪信号まで習得して、私に何か、言いたいことがあるの』と問う。たまは『実は』と言う。

『実は、お礼を言おうと思って』

『お礼』私はそう言う。爪信号には感嘆符や疑問符が無いのがもどかしい。

『俺は真美に助けてもらったからな』

 俺。

 ますます私は、たまの口調に愕然とする。たまをメスだと思い込んでいたせいもあるだろう。けれど、せめてボクキャラにしたり、でなくともオネエにするなり、対抗策はあるのではないだろうか。

『森での事』語尾は疑問符。

『ああ、そうだ。弱っていた俺を回復させてくれたからな』

『そう言えば、そもそも何であんなところで倒れていたの』

『お母さんに捨てられたんだ』

『お母さん』

『ああ』

 たまは一息置いて、私の足に爪を突き立てる。そろそろ、足の感覚が麻痺してきた。

『真美のお母さん、鵜飼晴乃うかいはるのだ』

 ズキ、と私の頭が疼く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ