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鳥人間  作者: 正坂夢太郎
旧い記憶
4/22

第四羽 「落涙」

 ひたすら、道を歩く。今は秋であることもあってか、たまと私の吐く息は白く、時折私は翼を擦り合わせ、全身を包む。とは言っても、私は手袋をつけているので、今は人間と、外見的特徴は全く同じである。

 たまは、私が立ち止まると、嫌がる素振りも見せず、自分も立ち止まり、確認するように地面の匂いを嗅いでは、私を見上げ、また歩き出す。私はそれに従って歩く。

 そうして歩き続けて、もう三日が経っただろうか。一日に二食ほど、畑のものを頂戴し、たまの水飲み場で喉の渇きを潤して、私達は歩き続けていた。私が棲んでいた山はとうの前に見えなくなり、連なる山々を二つ三つ越え、私達は人間の住む住宅街に着いていた。

 ふと、たまが立ち止まる。今日はここで休息をとるのだろうかと思い、私が近くの木の根に腰かけると、たまが私のコートを甘噛みし、引っ張った。

 何事かと思い、たまを見ると、たまは一目散に遠くへ駆け出して行った。

 私は驚き、たまを追う。たまは、近くを歩いていた人間に飛び掛かり、その人間を押し倒していた。

「うわっ!?」その人間が叫ぶ。たまは容赦無く、その人間の顔を舐めまくり、える。

「お前…たまか!?たまだな!うわーどうしたんだ、こんなに痩せてー!」

 その人間は、首輪を見ること無くたまの名を言い当てた。たまの言葉が判るのだろうか。

 私はその人間に近づき、顔を覗き込んだ。いつもならば、人間は殺される危険があるから近寄らないのだが、たまの言葉が判るということは、動物を殺して楽しむ種類の人間ではないだろうと思い、どんな顔なのか、純粋に気になったのだ。

 しかし、その瞬間。

「ウギャアァァァァアア!」

 私の頭の中を、今まで感じたことのないような痛みが襲った。それは、内側からの痛みであった。

 私はコンクリートの地面を転がり回った。痛くてしょうがない。私の脳が、その人間に対して、強烈な拒否反応を起こしていた。

「あれ、君はもしかして…………真美か!?真美、真美なのか!?」

 その人間が、私を見てそう叫ぶ。

「真美!真美じゃないか!!今まで一体どこに行ってたんだ!皆心配してる、君のお母さんも、お父さんも、珠緒ちゃんも!」

「ウギャアァァァァアア!!」

 ますます痛みが増幅する。

「どうしたんだ一体!どこか痛むのか!?真美!真美!答えてくれ!」

 私は耳を塞ぎ、痛みが消えるのを、転げ回りながら待った。しかし痛みは収まらず、結果から言えば、私は気を失った。



◇◆◇◆

 5

 目を醒ますと、そこは見知らぬ場所だった。

 私が目を醒ますと同時に、周りからワッと歓喜の声が上がった。啜り泣く声、喜び合う声、励ます声。私の周りが、声で溢れた。

「真美!」

「よかった、あたし、もう、真美が目覚めないかと思った」

「ありがとう…たま…」

 誰の声とも判らない声が溢れる。私は、困惑した。

 周りを見渡すと、六畳一間の小さな部屋に、布団に寝た私を中心に、四人の人間が私を取り囲んでいた。

 先程たまが押し倒し、たまの名を言い当てた人間と、泣きじゃくって顔が見えない、髪を後ろで束ねた人間と、エプロンを着て、髪がボワボワに跳ね上がっている人間と、部屋の入口近くの壁にもたれ、こちらを睨んでいる人間。

 四人の顔を見た途端、私の脳はまた拒否反応を起こし、痛み始めた。

「ギャアッ!」

 私は頭を抱え、うずくまる。

「どうしたんだ!?」と言い当てた人間。

「大丈夫!?」と後ろ結びの人間。

「もしかしたら、まだ頭が痛むのかも知れないわね」とエプロンの人間。

「ふん」ともたれ人間。

 結果から言えば、私はまた、気を失った。


 ◇◆◇◆


 次に目を醒ましたのは、違う場所だった。

 寝ていた私の隣に、後ろ結びの人間が、椅子に座りながら、眠りこけていた。

 私は後ろ結びの人間の顔を見つめる。不思議と、頭の痛みが無い。

「あれ…真美?」

 後ろ結びの人間が、目を擦りながら言う。

「よかった…」後ろ結びの人間が、目に涙を浮かべる。

「本当によかったぁ!」そう言って、後ろ結びの人間は私に抱きついてきた。その人間の豊満なバストが、私の胸に重なる。少し息苦しい。

 後ろ結びの人間は、それ以上言葉を重ねることなく、ぎゅっと私を抱きしめる。彼女の流した涙が、頬を伝い、私の肩を濡らす。

 しばらくそのままの状態で、彼女が泣き止むのを待っていると、彼女がパッと私から離れた。鼻水を啜り、涙の痕を手でぬぐう。

「えへっ」

 そう言って彼女は笑った。その笑顔に、私は自然と涙が流れた。

「えっ、あれっ、真美、どうしたの?」

 彼女がわたわたと手を振る。突然の私の落涙に、困惑しているのだろう。

 かく言う私にも、私の落涙の訳は分からなかった。強いて言うならば、私は、少しだけ、安心することが出来たからかもしれない。

 それは新鮮な感情であった。


 ◇◆◇◆


 彼女は、何も喋らない私に、私が居なくなってからの二年間の様子を話して聞かせてくれた。彼女の名は珠緒たまおというらしい。

「…でね、テニス部の皆、途方に暮れちゃって!『真美がいなくて、どうやってテニスやるんですか!』なんて、粋がったりもしてたっけ」

 珠緒はそう言って笑った。

「そうだ、真美、ここで起きる前に、真美の家でも、真美、目覚めたの…覚えてる?」

 私は首をひねる。

玉置たまきと、真美のお母さんと、弟くんもいたんだよ?また気を失っちゃった真美を見て、驚いてたなぁ」

 珠緒は遠い過去を振り返るように言った。

「あ!そう言えば!」何かを思い出したのか、珠緒はポケットをゴソゴソと漁り、携帯電話を取り出した。

「真美の意識が戻ったこと、皆に連絡しなくっちゃ!」

 そう言うと珠緒は携帯のボタンをピピピと押すと、携帯を耳に当てた。

「もしもし、珠緒ですっ!はい、今意識戻りましたよ!………ふふふ、はい、ホントのホントです!じゃ、あたし真美とおしゃべりするので、他の人にも連絡お願いしますっ!」

 ピッ、と通話を切り、携帯を閉じて、また珠緒はこっちを向いた。

「さて」

 珠緒は嬉しそうに笑う。

「どこまで話したっけか!」

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