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鳥人間  作者: 正坂夢太郎
鳥か人間か
17/22

第十七羽 「分岐点」

 私は、再び樋川高校へと来ていた。少し気がかりなことがあったからだ。

 先日玉置と出くわしたテニスコート方面ではなく、今度は校舎の方へと向かった。

 第三校舎。それが私の目的地だ。以前、珠緒が、槙が飛び降りたのは第三校舎だと言っていたときから、私はそのことが気にかかっていた。

 花壇近くにあった泥まみれの地図を見て、第三校舎の位置を把握する。空を見上げると、天が裂けたかのような真っ赤な三日月が、にたりとほくそ笑んでいた。

 唯一壊れていない校舎。あれが第三校舎らしい。工事業者の人たちが槙の幽霊を怖がって、手をつけなかったのだろうか。

 あの場所に行けば、何らかの記憶が戻るはず。

 根拠はないが、真美はそう確信していた。

 夜の校舎に入る。

 その瞬間、真美を頭痛が襲った。二年前の記憶が呼び起される。


 ◇◆◇◆


「ねぇ……槙、聞きたいことがあるんだけど」

 人間の私が槙に話しかけている。小鳥がさえずり、廊下の窓からは西日が射しこんでいる。

「なんだい、スイートハニー」

 槙と私は、どちらもテニスウェアだ。しかも私は、テニスラケットを持っている。私が槙に肩を貸して歩いている。

「キモいって言ってんでしょっ」

 私は槙の頭をグリップエンドで小突く。

(いて)

 槙は頭をさする。「どうして君ってやつは、そう攻撃的なのかなー、あ、なるほどそうか、これも一種の愛情表現と考えれば――――」

「ちょっとー、二人ともー!」

 後ろから、タオルとバインダーを首から提げたジャージ姿の女子生徒が走り寄ってきた。

「倒れたんなら、あたしに言ってくんないとダメでしょー?」

「悪いな、真美が『私が運ぶぅ~☆』って言って聞かなかったんだ」

「それは、もしかして、今すぐ地獄までぶっとばしてほしいってことなのかな……?」

「あれ~、冗談だよ、真美。怒ると折角の美人が台無しだ」

 槙は真顔で言う。

「……やっぱ二人って、付き合ってるんじゃないの?」

「付き合ってない! この槙が勝手にそう思い込んでるだけだって!」

「時々真美はとんでもない嘘をつくんだよ、中川さん。覚えておいたほうがいい」

「コイツの方が嘘つきだからね、珠緒。覚えておいたほうがいいよ」

 二年前の、高校生の珠緒は、光を受けて朗らかに笑う。

「分かった分かった、とにかくね、あたしはマネージャーだから、こういう問題児を連れていくのは、あたしの役目なんだって!」

「も、問題児……? それは、もしかして俺のことか?」

「もしかしなくても、そうだよ」と私。

「だから、それこっちにちょうだいっ!」

「それ、って」槙は居心地悪そうに頭を掻いた。「人をモノみたいに言うか」


「当然だよ! だって槙は、真の武士モノノフだもん!!」


 槙は、目を大きくしばたたかせた。そして、吹き出す。

「あっはっは! うれしいことを言ってくれるじゃあないか!」

「……私の周りにはバカしかいないの?」

「違う、こういうのは天然と言うんだ」

「バナジウムでしょ?」

 槙は珠緒を指さして笑う。「ほら、天然だ」

「おいしいよね」

 珠緒は満足そうにうなずく。

「……分かったから、はい、珠緒、コレあげる」

 私は槙を突き飛ばす。槙はバランスを崩しつつ、上手に体勢を整え、珠緒にしがみついた。

「中川さ~ん、真美がいじめるよ~」

「ダメだよっ、真美! 弱いものイジメは!」

 珠緒は私にビシィッと鋭く指を向けた。

「あれ、今、俺さりげなく弱いもの認定された気が……」

 ぐずぐずと呟きながら、槙は、珠緒に引っ張られていった。

 二人の姿が見えなくなるまで、人間の私はそこに佇んでいた。

 廊下に私の黒影が塗られる。


「……槙は、やっぱり…………私よりも、珠緒の方が……好きなのかな」


 ◇◆◇◆


 私は、屋上へと向かった。

 二年前、槙が飛び降りた屋上。一体、何を考えて飛び降りたのか、私には知る義務がある気がした。

 心のどこかで、私の中には、一つの可能性が渦巻いていた。

 あの日。二年前の某日。

 槙は自殺したのではなかったのではないか。

 槙を殺したのは――――――あの人物ではないだろうか。

 そして、結局のところ、私は、何なのだろうか。私は今は、鳥でもない、人間でもない。今は鳥人間だ。

 どちらかに決めろ、と父に言われはしたが、私は未だ決めあぐねていた。

 私には、もう、居場所がないのではないか。

 あの森には雀たちがいるし、家には家族がいるし、テニス部部室には玉置がいる。

 もう、私にとって、安らげる場所というのは、存在しない。

 鳥か、人間か。そんなことを決めるだけで、本当に私は元の生活に戻れるんだろうか。

 私は、ここで、決心した。

 やってみないことには、分からない。

 やってみないことには、変わらない。

 私は、今ここで、どちらにするか決めるべきだ。そうしなければ、二年前の真相には近づけない。

 私は、鳥か、人間か。

 そう、私は――――――




 ◇◆◇◆<分岐点>◇◆◇◆<分岐点>◇◆◇◆<分岐点>◇◆◇◆<分岐点>◇◆◇◆




 屋上につながる扉のノブに手をかける。

 先日テニス部部室に足を踏み入れたときにはなかった感情が、私を襲った。

 どろどろとした、生臭い感情。腐臭を漂わせ、近づくものを遠ざける、そんな感情。

 なぜか私は、嫉妬していたのだ。

「うっ!」

 扉を開けた途端、私の脳内に映像が浮かび上がった。

 そこに浮かび上がったのは、屋上にいる男の姿。

『冗談なんかじゃない!』

 男は女と向かい合い叫んでいる。

 女は何か喋っている。

 そして、男と女は近づき、男が体勢を崩した。

 男は、真っ逆さまに地面へと落ちてゆく。

 そして、ぐちゃりという音が響いた。


 女は、二年前の人間の私。

 男は、二年前の、槙だった。


 ◇◆◇◆


 五日後。父との約束の日の夜。

 私は、樋川高校第三校舎の屋上に立っていた。

 紅の月は半月となり、私をどろりと見つめている。

 樋川高校のぐるりを、闇が取り囲んでいる。

 私は、この場所に呼び出したある人物を待っていた。

 二年前の真相は、既に殆ど解明している。

 あとは、その人物次第だ。


 しばらくして、屋上のドアが、ぎぎぎ、と鈍重に開いた。

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