第十六羽 「銃口」
そのまま玉置とは、部室で別れた。工事員たちが戻ってこないかどうか、ここを監視しているらしい。
そんな必要は、ないと思うのだけれど、それを玉置に言うのは止めておいた。玉置にとって、テニス部室を守る、というのは、彼の現在唯一の行動目的であり、それを奪ったら、彼がどうなるか、想像もつかなかった。
私は、運動場で珠緒と合流する。
珠緒は、結局何も発見は無かったらしい。私も何も見つからなかった、と、ささやかな嘘をついた。
◇◆◇◆
翌日も珠緒は家に来た。昨日とは違って、午後の来訪だ。昨日は、大学が休みだったんだろうか。
珠緒に聞いてみると、昨日はサボったんだよ、と言った。悪気はなさそうなので、私も追及しない。
私は、槙のことを聞いてみることにした。
珠緒は詳細に答えてくれた。
槙は樋川高校テニス部の男子部員であり、真美、つまり私と仲が良かった。付き合っているのではないかという噂も立っていたほどだ。
「珠緒と、玉置は?」
「あたしはマネージャーだったんだよー! あのときはマネージャーが一人しかいなくって、大変だったなー……! 玉置くんは、うーん、樋川高校には、いたらしいんだけど……正直言って、よく覚えてないんだよ」
覚えて、ない?
だけど、私と玉置はつきあっていたはずで……
そう言おうとして、玉置が言っていた言葉を思い出した。
『僕たちは秘密のカップルだったんだ』、と彼は言っていた。
でも、それにしても、珠緒と面識のない人だったとは、知らなかった。
「玉置くんと会った、というか最初にちゃんと話したのは、真美がいなくなったときだよ。『僕は真美さんの彼は彼氏なんです』って言ってね、出てきたの。タイミングが悪かったし、誰も玉置くんのことなんて知らなかったから、初めはだーれも信じてなかったんだけど、真美はこうこうこういう服が好きで、こうこうこういう曲聞いてて、僕との出会いはこうこうこうで、こうこうこうこうこういうふうな子なんです、って、あたしや真美のお母さんでも知らなかったようなことを言うから、あ、これは本物だなー、ってね」
それから玉置は、珠緒と一緒に、私を捜し続けたらしい。
「でも、本当にいい人だねー玉置くんって!! 真美のことが本当に好きなんだーって、すっごい分かったもん!! 羨ましい限りだゾ、真美~!!」
そう言って珠緒は、私の髪の毛をくしゃくしゃっと掻きまわした。
◇◆◇◆
『神妙な顔つきじゃあないか』
珠緒が帰った後、私が部屋で思索に耽っていると、たまがそう言って呼びかけてきた。
「……ちょっと考え事してたの」
たまは私に近寄っててきて、そばでお座りした。
『愚痴なら聞くぞ』
「ありがとう、でも、愚痴じゃないよ」
私は目を細め、窓の外を眺めた。
今日も夕日は沈んでゆく。
『俺と、真美との出会い、か』
「うん。それを聞きたいなって思って」
たまは眉をしかめた。『うーん、なんせ二年くらい前のことだからな。俺もそのときは仔犬だったし』
「だよね」
私はそう言ってたまに向き直る。「でも、頑張って思い出してみてくれない? 大事なことなの」
そう。私と玉置の関係を知る上で、たまと私の出会いは重要なはずだ。玉置は、自分がたまを拾った、と言っていた。そしてたまを私に渡した。それが本当なら、私と玉置は本当に付き合ってた証拠になるんだ。親しくもない人から私が仔犬を受け取るわけがないから。
『……そうだ』
「思い出した?」
私は翼を畳に押し付け、身を乗り出す。
『珠緒が連れてきたんだよな』
「……え?」
『珠緒だよ。珠緒が、私たち飼えないから飼ってちょうだい、って、言い方悪くしたら、真美に押し付けたんだよな』
じゃあ、やっぱり、玉置が言っていたことは嘘だったことになる。
でも、どうして?
どうして、玉置は、そんなウソをつく必要があったんだろう。
玉置には、嘘をつかなければいけない理由があったんだろうか。
もしそうならば、嘘をつく理由とは、一体、なんなのだろうか。
「……あ」
私の頭の中に、一つの可能性が閃いた。
あってはならない可能性が。
「たま、もしかして、たまを拾ってくれたのは、珠緒だけじゃなかったんじゃないの?」
『え』
「だって言ったでしょ、さっき。『私たち飼えないから飼ってちょうだい』って珠緒が言ったって。私たちってことは、珠緒のほかにも、たまを飼えなかった人がいるんじゃないの?」
『あぁ。そういえば、いたな』
たまは起き上がり、体を眠たげにゆすった。そしてゆっくりと、爪を床に突き刺す。
『槙だよ』
その瞬間、物語の断片が、つながる音がした。
◇◆◇◆
夕食。
いつも通りの静かな食卓を囲む。
その沈黙を破ったのは、父だった。
「そろそろ潮時じゃないか」
誰も答えない。緊張と静寂が場を支配している。
「真美のことだ。……いい加減に白黒つけないと、気が気じゃない」
「白黒って、何のことだよ」と弟。
「鳥か、人間か。どちらかに決めろ」
母は顔を伏せたままだ。
「真美を入れてた病院の、主治医に聞いてきた。真美の翼は元のように人間の腕として昨日する状態に戻すことはできないが、取り外すことは出来る。その翼は、人間社会で生きていくには必要ないものだ、違うか」
私は頷く。
「来週までに、人間に戻るかどうか決めるんだ。手術をした場合、腕なしで一生過ごすことになるが、全身鳥になるよりはまだマシだろう。もし、真美がこのまま、手術もしないと言うのなら……」
父は私をにらみつけた。銃口が私に向けられたかような寒気がした。
「その時は、お前を殺す。鳥としてな」
翌日の朝、父は二年ぶりの狩りに出かけ、日が沈んだ頃、鴨やハトを持って帰ってきた。
父は、散らばった羽を、無造作に蹴散らし、まるでそれがかつて生きていたことなどまるで何とも思っていないかのように、胸を切り裂いた。
私は、その日の夕食時に、家を飛び出した。