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鳥人間  作者: 正坂夢太郎
鳥か人間か
15/22

第十五羽 「正義の徒」

 私たちは、樋川高校へと辿り着いた。

「うわぁ……えらいことになってるね」

 珠緒が感嘆に似た溜息をもらす。樋川高校は、以前私が訪れた時と比べると、その校舎の半分ほどが既に壊されていた。

「じゃあ、早速探索開始ー!」

 そういうと、珠緒は立ち入り禁止の柵を跳び越え、ずんずんと歩いてゆく。私もそれを飛び越え、はぐれないように後を追う。

 日は既に暮れかかっており、私は深紫色に染まりゆく空を眺める。その色はおどろおどろしく、私たちを歓迎しているようには見えない。振り返ってみると、人気(ひとけ)のない古ぼけた校舎の群れの輪郭が夕闇に浮かび上がり、私達を取り囲んでいるようにも思えた。

 校門についている『樋川高校』と書かれた表札は、外れかかっている。誰かが外そうとしたけれど、そのときその人に何かが起こったのか、やんごとなき事情があったのか、そう思わせるような、不自然な外れ方だ。


「じゃあここからは分かれて捜索ってことで! 頑張っていこー!」


 運動場の中心あたりまで来てから、珠緒が言った。私は反対したが、珠緒はその方が効率がいいからと言って聞かない。仕方なく、私たちは二手に分かれた。珠緒が校舎側、私が運動場側だ。

 珠緒が消えていった校舎側を見つめる。ほとんどの校舎が半壊していて、傷一つなく残っているのはたった一つだけだ。あの現場で誰かが殺されたのだろうかと思うと、私は今どこにいるのか、天外境にでもいるのではないか、という、非現実的な感覚に襲われた。まるでここが別世界であるかのような感覚を覚えたのだ。

 プールに近づく。藻なのか何なのか、緑色をした物体が浮いている。何も手がかりになりそうなものはない。私は静かにそこを離れた。


 そこで私は、ふと、テニスコートのことを思い出した。あのテニスコートは無事なのだろうか、私が高校時代を過ごしたあのコートは、果たして元のまま、残っているのだろうか。

 先ほどのプールのように、荒れ果てていたなら。

 そこで私は、何とも言えない喪失感に身を包まれた。私があの場所にいたころのことを、完璧に覚えているわけでは、もちろん、ないのだが、あの場所がなくなってしまったら、本当に私の居場所はこの世界のどこにもなくなってしまう、と思った。過去にはあの場所に、間違いなく私の居場所は、あったはずなんだ。


 結論から言うと、テニスコートは、全くの無傷で、その場所に残っていた。芝生も、ネットも、審判台も、何もかもが、一か月前のまま、私の記憶のまま、そして、槙と私が言葉を交わしあっていたときのまま、残っていた。私はほっと胸をなでおろす。


 ◇◆◇◆


 何かが動いた気がした。


 それは、ほぼ、直感と言ってもよいものかもしれない。近くで、何かが動いた気がしたのだ。これは私の、鳥としての能力なのかもしれない。

 私はあたりを見回した。見ると、テニスコートの近くに、薄水色の、一階建ての小さなプレハブ小屋があるのが見えた。どうやら、気配はあの場所からだ。

 私は気配を殺し、慎重にその扉に近づく。一体誰なのだ?まさか工事の関係者がまだ残っているとは考えにくい。ということは、状況的に、常識的に考えれば――――


 犯人。


 そうとしか考えられない。こんな場所にいるのなんて、謎の事件、工事中の怪奇現象、『死霊の呪い』の正体くらいなものだ。声が聞こえた、という証言からして、犯人は人間でまず間違いない。

 ということは、この中にいるのは、連続殺人犯だ、ということになる。悪霊を(かた)り、工事員たちを殺した殺人鬼。

 開けるべきか、否か。

 迷うことなく私は扉を開け放った。今の私には、殺人鬼なんて意味がない。私がどこで死のうと世界は動かない。

「うわっ!」

 中にいた人物が気弱な驚きの声を上げた。私はその人物を目でとらえ、驚く。


「真美」


 その人物は、私を見てそう言った。

 その人物は、私の知っている人だった。


「玉置」


 私は、その人物を見てそう言った。

 そう、そこにいたのは、悪霊でもなんでもなく―――――――

 私の彼氏である、玉置雄爾たまきゆうじだったのだ。


 ◇◆◇◆


 私と玉置は、テニス部部室の中で向き合う。

「樋川高校が取り壊されると聞いて、いてもたってもいられなくなったんだ」

 玉置は、悪びれる様子もなく、かと言って開き直っている様子もない。

「最初は手紙だった。『工事を中止しろ』って書いた手紙を送りつけた。でも彼らは止めなかった。次に『この場所を壊すな』って耳元で囁いたんだけど、ダメだったんだよね」


 だから、と玉置は続ける。


「だから殺した」


「どうして」

 どうしてそんなことを。どうして、人殺しなんて真似を。

「帰ってきたときに迎える場所がないといけないよね? 壊れてしまったら元も子もないよ」

 何の話をしているのか、理解できない。玉置から、虚ろな狂気じみたものを感じる。玉置の目を見ることができない。

 自分の身に危険が迫っている。そう感じた。私は玉置に、殺される、というよりもっと曖昧な、壊される、というような恐れを感じる。

「君の居場所はここにしかないんだ」

「え」

 私?

 どうして、そこで私の話になるのか。


「そうだよね、真美」

 玉置は真っ直ぐな淀みを宿した眼で私を見る。

「帰ってきたばかりなのに、『真美はもう以前の真美ではないんだ』なんて言われて、真美は傷ついた。珠緒さんから話を聞いたよ、家の中では疎ましがられているんだろ? 真美の居場所は最早あの家にはない。

 もちろん真美が鳥になることなんてできない。だって僕の彼女だからね。僕からは離れられない。

 そうなると、最後に真美が行き着く場所はどこなのか、って、僕は考えたんだよ。そうしたらね、この場所が浮かび上がってきた。真美が青春時代を過ごしたテニスコート。この場所こそが、真美の居場所なんだよ。だから僕はこの場所を守ろうと決めた。

 喩えどんなことがあっても。喩えどんなことをしてでも。僕はここを守ると決めたんだ。殺すの自体は簡単だった。工事の準備だなんだって、そこらじゅうに凶器になりそうなものは転がっていたからね。面白いほど簡単に、こんなに簡単に人は死ぬのかって、思ったけど、まぁ、そんなことはどうでもよくて、結局、真美がここに戻ってきた今日この瞬間まで、僕はこの場所を守り抜けた。

 だから、真美。僕は君の味方だよ。君を殺したりしない。君のために殺したんだから。怖がらなくていいんだ。僕は殺人鬼なんかじゃない。むしろ正義の徒だよ」


 私は――――――

 玉置の言う一言一句を全く理解できずに、その場に立ち尽くしていた。

 いや、『理解を拒絶した』と言ったほうが分かりやすい。私のために人を殺す、なんていう非現実的なことは、私のちっぽけな脳では、常識ではなく、意味不明だった。

 以前思い出した記憶の中で、(まき)が言っていた内容を思い出す。

『君は騙されているんだ!! あの男は君の思うような人間じゃない!! あの男は、君を地獄の道連れに選んだんだ!! 君は殺される、早く逃げないと、君は――――』

 槙の言っていた“あの男”の正体。それは、今目の前にいる、玉置雄爾(たまきゆうじ)なんじゃないだろうか。

 一体、二年前に何があったのか。その答えを、玉置は知っているのだろうか。

 玉置はゆらゆらと音もなく、笑う。

「正義に間違いはないよ」

そう言ってまた玉置は笑う。

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