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鳥人間  作者: 正坂夢太郎
旧い記憶
10/22

第十羽 「鷹」

 私は翼を傾け、上空を流れる気流に乗った。器用に旋回を続けながら、どこへともなく飛び続ける。山にいた頃は冷たく感じていた向かい風が、今はとても力強く、優しいものに感じる。自分の気持ちの高揚のせいだろうか、またはこの燃え続ける夕日のせいだろうか。いずれにしても、私の心は満たされていた。

 風に乗っているときは、他のこと一切を忘れられる。

 しかし、それと同時に、私の頭が痛み始めた。あの、病院と言うらしい白い建物から帰ってからこっちずっと毎日、決まった時間に摂取している鎮静剤という薬を、今日は摂取していないのだ。

 頭の痛みは、次第に増してくる。地上の人間たち―珠緒や母のことが思い出される。私がいなくなったと知ったら、母や珠緒は、悲しむのだろうか。私の無責任を恨むだろうか。しくは、己の不管理に泣くのだろうか。

 いずれにしても、人間としての私にとって、それは望ましいことでないのは明らかだった。私は暫し俊巡した。

 やはり戻ろう。

 私はそう思い、元来た空へと取って返そうと、後ろを振り向いた。

 すると、私の前に、すなわちさっきは私の真後ろにいた鳥が驚きの声を上げて、文字通り飛び退いた。

「鷹…さん?」

 私は、恐る恐る、私の目の前にいた鳥に、鳥の言葉で話しかけた。私の目の前にいたのは―

 鷹であった。

「…よう」

 私達は一旦地上に降り立った。私が山にいた頃に、山の大将として君臨していたその鷹は、驚く私に弁解した。

「この辺は、俺の縄張りなんだ。偶然お前を見つけたから、尾行した」

「そう…ですか」

 気まずい風が流れる。鷹は私と会話をした唯一の鳥だが、だからと言って鷹と私が仲良しな訳ではない。

「およそ一ヶ月振りぐらいじゃあないか」

「そうですね」

「一体どこに逃げていたんだ」

「人間の家です」

「人間の家!」

 鷹は目を見開いた。

「私、元は人間だったんです」

「…はあ、そうか」

 鷹は頭を抱える。

「なるほどなあ」

「…………鷹さん」

 私は鷹さんに囁く。

「鷹さんは私のこと、どう思いますか」

「何だ、急に」

 鷹は翼を折り畳む。

「鷹さんは責任感のある方でしたから、いつも山や森の動物たちの意見を尊重して、私に早く出ていけと言っていましたよね。自分の意見は言わずに。――鷹さんは、私のことをどう思っていたんですか。やはり気持ち悪いと、そう思っていたんですか」

「第一印象は、気持ち悪かった」

 鷹は正直にそう言った。

「全然喋らないし、体毛も頭以外無いし、唯一の体毛は真っ黒だし、足も弱そうで、嘴は短くて、目も変で、妙な歩き方はするし、視界に入れたくないと思った」

 鷹は続ける。

「食うものは虫だけだし、力も弱くてろくに飛べないし、まるで鳥とは呼べないほどに貧弱で、気味が悪かった」

 鷹はそこで一息ついた。

「だけどいつだったか、俺がお前の住処に行ったときだったかな。そう言えばお前の住処は、やけにしっかりした造りで驚いた。いや、問題はそこじゃなく、俺は直々にお前に文句を言いに行ったんだ。山の奴らがお前を怖がってるから出ていってくれ、と。そうしたらお前は、俺の目を真っ直ぐに見て、俺達の言葉で言ったんだ。『私には帰る場所が無い』と」

 確かにそれは私の記憶にある。あの山に住み着いてから半年ほど経ったある日のことだ。鷹が急に私の住処を訪れ、そう言われたのだ。私はいつも遠巻きに噂話をされる程度だっから、私に直接話しかけてきた鳥は、鷹が初めてだった。私は独力で鳥の言葉を習得していたので、鷹と会話することが出来た。

「『私は頼る鳥がいない。もしいたとしてもその居場所を覚えていないし、頼り方も忘れてしまった』と、お前はそう言ったんだ。覚えているか」

 私は静かに頷く。

「俺はその言葉を聞いて、同情するよりも先に納得した。なぜだか判るか」

 私は判りません、と言った。鷹の方はその返答を予測していたのか、気にすることなく話を続けた。

「俺はお前にそう聞く前から、既にお前には帰る場所がないのではないかと思っていたからだ。お前には、鳥としての集団性が全く感じられなかったし、それに何より、お前には生気を感じなかった。それで俺は、お前の印象が変わった。いや、聞く前に既に変わっていたんだろうが、それと気付いたのはその時だ」

 鷹の言わんとするところがよく分からない。私は鷹の目を見つめた。真摯で真っ直ぐな目で、とても嘘や詭弁を述べているようではない。

「俺はお前を愛しく感じた。俺とお前には、共通点があったんだ」

 私は目を丸くする。

 まさか鷹が私にそんな感情を抱いていたとは。私は驚愕し、動揺する。

「普通愛と言う感情は、荒野に咲いた一輪の花のようなものだが、俺の場合は少し違った。俺とお前は、花畑に紛れた二匹のミンミンゼミかゴキブリか、若しくはそれに準ずるもののような存在だったのだと思う。要するに俺は、お前と似ている」

 鷹はそこで息を整えた。まるで今から、愛の告白をするかのようだ。けれど、鷹の面持ちは、緊張していると言うか、腹をくくったようであった。

「俺もお前も、等しく孤独なんだ」


 ◇◆◇◆


「じゃあまたいつか、逢う機会があれば逢おうじゃあないか」

 鷹はそう言って翼を振り、飛び去った。私に『喰い殺す』と言って脅した鷹とは、まるで別人のようだ。やはり彼はいっとう責任感の強い鳥なのだろう。『喰い殺す』と言った時も、私の住処に初めて来た時も、山の皆の意思を伝えにきただけなのだ。

 私は、鷹の最後の言葉を考えてみることにした。『またいつか』の方でなく、『俺もお前も、等しく孤独なんだ』と言った方だ。

 鷹は、自分と私には共通点があると言い、自分をゴキブリに例え、孤独なんだと言った。

 それは一体、どういった意味なのか。

 山の皆のリーダーとして君臨していた鷹は、確かにどこか孤独そうに見える時もあった。

 大洪水で、皆が避難しているときに、一羽だけ豪雨に降られ、逃げ遅れている者がいないか探しに行ったり、雀の兄弟が水浴びしている時に、自分は周りを見張るだけで川に入ろうとしなかったり、二つの果物を分け与える時は、必ず自分以外の二羽に分け与えたり、そういう一羽だけの動きというものが多く見受けられた。

 だけれど、鷹はいつも皆の真ん中にいて、とてもじゃないけれど、私ほど孤独なようには見えなかった。私をゴキブリと例えることは出来ても、鷹はゴキブリには相応しくないように思う。

 結局の所、私には鷹がそのように言う理由がさっぱり解らなかったので、もやもやした気持ちを抱えながら、私は人間の自宅へと飛んだ。


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