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羊の短編集。

カーテンが揺らす心。

作者: シュレディンガーの羊
掲載日:2012/08/15



貴方の気持ちだけを知りたかった。

そんな私の卑怯な告白。



「ねぇ、広瀬」


放課後の教室は温かな色に満たされている。

影を落とす少し乱れた机も、誰かが忘れたまま床に転がる消しゴムも、淋しげなのにどこか優しい。


「なに」

「教室はみんな西向なんだって」

「それぐらい知ってるけど」


委員会の報告書から顔を上げずに、そう返される。

微かに声が鋭いその理由は私がそれを書くのを邪魔するから。


「不思議だよね、みんな西を向いてるの」

「高坂はいつも俺を振り返るから東だろ」


投げやりな応答に少し笑う。

広瀬はいつだって無視だけはしない。

私が隣でどんな無駄話をしても、言葉を返してくれる。

沈黙に逃げたりしない。

私の席は広瀬の前の席。今もそこに横向きに座って話しをしている。


「それだけ聞くとなんか不良みたいだね」

「だから不良だろ。今現在、こうして俺の邪魔をしてる」


そう口にしてもペンを走らせる速さはさして変わらない。

悩むことなく、角張った字が行を埋めていく。

広瀬はこの報告書が終われば帰るだろう。

まだ書き終わらなければいいのに。

風がカーテンを音もなく翻す。

なんとなくそれに目を向ける。

光を透かして揺れる、膨らむ、翻る。

やがて、気づけば尋ねていた。


「広瀬、好きなものは?」

「寿司は好きだね」

「私はプリン」

「食べ物の話しだったのか」

「違うよ」

「なら、なに」


短い問い。

顔を上げない広瀬。

揺れるカーテン。

そのままに口を開く。


「お寿司が好きな私の好きな人の話し」


ペンの音が止む。

でも、それは一瞬でまた文字を綴る音。

空気が色を帯びて、私は広瀬の台詞を悟った。


「興味ない」

「うん。そう言うと思った」

「なら、言うなよ」

「でも、知ってほしかったんだよ」


はためくカーテンに目を細める。

そして、なんの抵抗もなく私は広瀬に振り返った。

広瀬は僅かに黙ってから、報告書に最後の一文を書いて立ち上がる。


「俺は興味ない」

「うん」

「だから、もう言うな」

「うん。わかった」


鞄と報告書を持った広瀬が私を見下ろす。

その表情は怒っているようで、私は少しだけ戸惑う。


「俺は、」


抑圧された苛立ちが、声に滲む。


「知りたくなかった」


返す言葉が私にはなかった。

だから、私は卑怯者に相応しい沈黙を選んだ。

広瀬はやるせなさと苛立ちを顔に浮かべ、掠れた声で早く帰れよ、とだけ言って教室を出ていった。

遠ざかる足音を耳に刻んで、私は笑う。


「……ほんとに優しくて嫌になるなぁ」


広瀬の苛立ちが向かうのはいつだって自分自身だ。

気づけなかった自分と、傷つけることしかできない自身だ。


「好きって言えばよかった」


広瀬を傷つけても、苛立たせても告げればよかった。そう泣き笑う。



そうすれば、貴方はちゃんと貴方自身のために怒れたかな。






やりきれない恋。というお題を頂いて書きました。

恋愛ものは難しいです。

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