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羊の短編集。

カーテンが揺らす心。

作者: シュレディンガーの羊



貴方の気持ちだけを知りたかった。

そんな私の卑怯な告白。



「ねぇ、広瀬」


放課後の教室は温かな色に満たされている。

影を落とす少し乱れた机も、誰かが忘れたまま床に転がる消しゴムも、淋しげなのにどこか優しい。


「なに」

「教室はみんな西向なんだって」

「それぐらい知ってるけど」


委員会の報告書から顔を上げずに、そう返される。

微かに声が鋭いその理由は私がそれを書くのを邪魔するから。


「不思議だよね、みんな西を向いてるの」

「高坂はいつも俺を振り返るから東だろ」


投げやりな応答に少し笑う。

広瀬はいつだって無視だけはしない。

私が隣でどんな無駄話をしても、言葉を返してくれる。

沈黙に逃げたりしない。

私の席は広瀬の前の席。今もそこに横向きに座って話しをしている。


「それだけ聞くとなんか不良みたいだね」

「だから不良だろ。今現在、こうして俺の邪魔をしてる」


そう口にしてもペンを走らせる速さはさして変わらない。

悩むことなく、角張った字が行を埋めていく。

広瀬はこの報告書が終われば帰るだろう。

まだ書き終わらなければいいのに。

風がカーテンを音もなく翻す。

なんとなくそれに目を向ける。

光を透かして揺れる、膨らむ、翻る。

やがて、気づけば尋ねていた。


「広瀬、好きなものは?」

「寿司は好きだね」

「私はプリン」

「食べ物の話しだったのか」

「違うよ」

「なら、なに」


短い問い。

顔を上げない広瀬。

揺れるカーテン。

そのままに口を開く。


「お寿司が好きな私の好きな人の話し」


ペンの音が止む。

でも、それは一瞬でまた文字を綴る音。

空気が色を帯びて、私は広瀬の台詞を悟った。


「興味ない」

「うん。そう言うと思った」

「なら、言うなよ」

「でも、知ってほしかったんだよ」


はためくカーテンに目を細める。

そして、なんの抵抗もなく私は広瀬に振り返った。

広瀬は僅かに黙ってから、報告書に最後の一文を書いて立ち上がる。


「俺は興味ない」

「うん」

「だから、もう言うな」

「うん。わかった」


鞄と報告書を持った広瀬が私を見下ろす。

その表情は怒っているようで、私は少しだけ戸惑う。


「俺は、」


抑圧された苛立ちが、声に滲む。


「知りたくなかった」


返す言葉が私にはなかった。

だから、私は卑怯者に相応しい沈黙を選んだ。

広瀬はやるせなさと苛立ちを顔に浮かべ、掠れた声で早く帰れよ、とだけ言って教室を出ていった。

遠ざかる足音を耳に刻んで、私は笑う。


「……ほんとに優しくて嫌になるなぁ」


広瀬の苛立ちが向かうのはいつだって自分自身だ。

気づけなかった自分と、傷つけることしかできない自身だ。


「好きって言えばよかった」


広瀬を傷つけても、苛立たせても告げればよかった。そう泣き笑う。



そうすれば、貴方はちゃんと貴方自身のために怒れたかな。






やりきれない恋。というお題を頂いて書きました。

恋愛ものは難しいです。

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