第一部 二、
この度は「スタートとゴール」を読もうとしていただき、ありがとうございます。僕が今中3で受験生ということもあり、更新は不定期ですが地道に更新していきますのでどうぞこれからもご愛読ください。
「俺、陸上部に入る」
雄太がいきなりこんなことを言い出した。口は真一文字に結び、目は決意で爛々と光っている。
「え?いきなりどうしたの?」
「とにかく決めたんだ。明日、仮入部に行こう」
いきなりこんな突飛なことを言われて納得する人間では僕はなかった。慌てて
「ちょ、ちょっと待って!なんでそうなったの!?詳しく教えて!詳しく!」
と説明を要求する。すると雄太はまだ興奮に目を輝かせながらも話してくれた。
俺は直人と同じく興味をそそられる部活を見つけ出せずにいた。野球部、サッカー部、バスケ部。みな引き締まった体型をして、見るからにスポーツマンである。デブの俺には居場所がないのか。そう思った時。
次の部活が入ってきた。やはりみないい体つきだが、ところどころ違った人がいた。ある人は直人並に背が低かった。ある人は線が細く、スポーツマンに見える体つきではなかった。そしてある人は、俺よりも大きく、そして太っていた。俺はこの部活に急激に興味を惹かれ始めた。なんだこの部活は!?なんでこうもスポーツマン体型じゃない人がいっぱいいるんだ!?そう思っていたら部長らしき人が話し始めた。
「陸上競技部です。僕たちはインターハイ出場を目指して練習に励んでいます。陸上部は、ただ走るだけの部活ではありません。走る以外にも、跳躍種目や投擲種目などがありそれぞれ適性が違います。陸上部は様々な人―――つまり走るのが苦手な人や、太っている人―――が輝ける場です。ですから運動が苦手な人でもぜひ陸上部に来てみてください」
雷が落ちた。俺の頭の中で何かがはじけた。この部は太っているから運動に向かないという俺の常識を見事なまでに粉砕してくれた。
彼らは部長のスピーチが終わってから実技を始めた。俺が気になっていた太っている方は5~6kgはありそうなゴム製の球を軽々と放り投げていた。
カッコいい。気づけばそう思っていた。するととたんに、「俺もこの人みたいにカッコいいデブになりたい」という思いがむくむくと湧き上がってきた。そして陸上部の仮入部に行く決心をした。
「つーわけだ。もちろんお前も来いよ」
「え!?なんで僕も!?」
雄太の話を聞き入っていた僕は我に返り、慌てて聞いた。
「いいだろ。どうせどこに入るか決めてないんだし。それにお前みたいなちっさい奴にも輝く場があるかも知れんぞ?」
確かに正論だった。どうせ断る理由もないので僕は承知し、明日の放課後、陸上部の仮入部に行く約束を交わした。
翌日の放課後、僕は約束通り陸上部の仮入部に行くため陸上競技場へと向かっていた。僕らの通っている川島北高校(通称北高)は学校からそう遠くないところに大きめのスポーツ施設があった。陸上部は時々そこを利用するんだそうだ。
競技場に着くともう部員は揃っていた。僕らと同じ仮入部の生徒も何人かいる。陸上経験者も何人かいたが、やったことがなさそうな人もちらほらいた。やがて練習が始まった。部員はみなアップを始める。今日の仮入部はとりあえず見学だそうだ。
アップを一通りこなした後、部長は見学者に対して、
「これからブロック別に分かれて練習をします。短距離・長距離・ハードル・跳躍・投擲の5ブロックに分かれて行うので好きなところを見学してください。途中で移っても構いません」
と言って部員に指示を出し始めた。雄太は憧れらしい先輩について投擲ブロックの見学へ行った。僕は特に行きたいところも無かったのでとりあえず1番メジャーで人数も多い短距離ブロックを見学することにした。部長も短距離ブロックだった。彼らは何やら金属でできた棒と足掛けを取り出し、レーンに並べ始めた。後から聞いたのだが、あれはスターティングブロックという名前でスタートするときに使うらしかった。3人がブロックをセットし、調整しだした。スタート練習の準備である。この時点ですでに緊張感が漂い始めているのが素人の僕にも分った。おしゃべりをしていたほかの見学者もしゃべるのをやめて見始めた。
3人の準備が終わった時レーンのそばにいたマネージャーがピストルを取り出し、火薬をいれて構え始めた。そして―――
「位置について」
時が半分止まった気がした。しゃべるものも動くものも無く、動いているのはスタートしようとする3人だけだった。彼らはゆったりとした動作でスタートラインに手をつき、大きく深呼吸をし、構える。
「用意」
彼らの腰が持ち上がり、静止した。ほんの一瞬、完全に時が止まったかに思えた。次の瞬間―――
けたたましい轟音とともに止まっていた時が動き出す。それと同時に3人は鋭く飛び出し、レーンをものすごい速度で駆けていった。
この時僕にも雷が落ちた。この人たちはこの一瞬、長くてもほんの数十秒のために何日も何時間も練習している。そう考えると彼らがとてもかっこよく、輝いて見えた。同時に、知りたくなった。この人たちの追い求めている一瞬、数秒の先には何があるのか?無性に知りたくなった。知りたくて知りたくてたまらなかった。そして、あのとき―――入学式の前―――見た夢を思い出した。
こうして僕は陸上部への入部を決意した。
家に帰って僕は入部届に部活名と氏名を記入して母さんに出した。母さんは驚きすぎて持っていた食器を落としそうになった。
「あなたが陸上部ねぇ…ちゃんとやっていけるの?」
僕は持てる限りの手を尽くして説得した。夢のことは恥ずかしくて言えなかったが。
すると母さんは自分では決めかねて、父さんの判断を仰ぐことにした。父さんはいたって普通のサラリーマンだが、残業が多く、いつも帰りが遅い。午後9時23分、帰ってきた父さんを問答無用でいすに座らせ、説得を試みる。
「んー陸上部かぁ。でも陸上するにはそれなりのきちんとしたシューズとスパイクが必要だろ?結構高いんだよな、それ」
ぐ。そうきたか。けれど今の僕はそんなことで陸上部への情熱が揺らぐ様な人ではなかった。
「でも、僕が自分で入りたいと思った初めての部活なんだ。このチャンス、無駄にしたくないんだ。お願いします!!」
そう言って頭を下げる。
すると父さんはしかめっ面を解いて
「わかった。直人がそういうんならしっかりやればいい。ただし途中で投げ出したりするんじゃないぞ」
と言って入部届に名前を記入し、判子を押してくれた。
かくして僕の陸上部入部が決まった。そして、僕の真の高校生活がここから始まった。