聖女の円満は何か違った
残酷な表現が含まれます。平気な方以外は、作品情報で注意書を確認してください。
農村地帯で事件は起こった。突如、飛来した竜が民家を破壊したという。
聖女ローレルとアベル王太子殿下が、近隣の村に居合わせたのは、不幸中の幸いだろう。二人はホロロ芋栽培の視察で、偶然、その地方を訪れていた。
元々この公務は、慌ただしく夫婦になる聖女と第二王子ディオンとの親睦を深めるために企画された視察旅行だ。普通は、破談になった時点で中止になる。
戦場帰りの聖女は、ろくな楽しみを知らないらしく、芋畑見学に乗り気だった。婚約破棄事件をやらかした当事者の王家側から、止めましょうとは言いにくい。
――――見学だけではなく、お芋掘りもさせていただけますか?
――――雨天決行でお願いします。なんでもしますから!
――――長靴は必要ですか?
日々、ワクワクを隠しきれない聖女の手紙が城へ届いた。芋畑に胸をときめかせる、滑稽な救世主様だ。
アベル殿下は、そんな聖女に呆れようとしたのだが、どうにも胸が塞がって『長靴と手袋が必要です』と返事を書いた。
しきりに謝る弟ディオンの尻を蹴飛ばすと、公務の予定を調整し、芋畑遠足の引率を買って出た。
芋掘りを満喫し、振る舞われた郷土料理の芋団子に舌鼓を打つ。地元の領主や随伴の家来も含めて、みんなで和気あいあいとしていたところ、数キロ先の竜騒ぎに聖女が気付いた。
「あら、大変……」
「どうしました、聖女殿。お団子だけじゃなく、こっちの粉ふき芋も、なかなかの味ですよ」
「アベル殿下、わたくしの分も残しておいて下さいね。すぐ戻ります」
シュン!と、一瞬で聖女の姿は消えてしまった。理由も告げず、魔法陣さえ展開せず、無詠唱転移したローレルに、一同、唖然としたのは言うまでもない。
あんな規格外の言う『大変』の規模感を考えると、アベル殿下を筆頭に全員うつむき、悲しい気持ちで待っていた。
「うふふ、粉ふき芋、粉ふき芋」
およそ三分ほどで、ローレルはシュン!と戻ってきた。なんと、一見華奢な右肩に、拘束魔法『亀甲緊縛』で捕獲した美青年を、軽々と担いでいる。
「せせせ聖女殿!」
「はい!」
「お連れ様はどなた様?」
すわ、真昼の破廉恥行為か、まさか痴女覚醒までしてしまったのか――――アベル殿下は変な韻を踏むほど動揺したが、事情を尋ねて納得した。
「器物損壊と傷害の犯罪者がおりましたので、とりあえず捕縛して参りました」
聖なる金鎖で戒められていたのは、農村で破壊行為に及んだ竜。正確には、竜人だと判明したのである。
領主の城へ連行し、咎竜人を尋問する運びとなった。竜人は『番を迎えに来ただけだ』などと供述しており、聖女を大いに困惑させた。
倒壊した建物に押し潰されて、幾人もの重傷者が出ている。ローレルが迅速に駆けつけたから救命できたものの、運が悪ければ死者が出たほどの惨事だった。
「出迎えと破壊行為……。関連性が理解できません。戦でもあるまいし」
「きっとストーカーですよ、聖女殿」
「まあ、怖い!」
アベル殿下の推測通り、家屋を壊された被害者の中に、一人の若い女性がいた。彼女は、竜人に怯えきっていた。
「初対面なのに、私を迎えに来たと言っていました。番だとか魂の伴侶だとか喚くばかりで、全く話が通じないんです。もう結婚しているし、帰って欲しいとお願いしたら、急に暴れだして……」
「あの、ご主人は……?」
「ちょうど仕事に出ていたので、大丈夫です。家は壊れてしまいましたが、うちの人が無事で本当に良かった。もし、聖女様にお助けいただけず、夫が帰宅していたら、今頃どうなっていたか」
「ご主人を愛してらっしゃるのね。善哉、善哉」
「は、はい」
女性が頬を赤らめた。その時、尋問室の方から凄まじい咆哮が上がった。
『お前が愛していいのは僕だけだ! 夫だと!? そんな奴は八つ裂きにしてやる!』
剥き出しの独占欲と憤怒に、女性が青ざめ震えだす。やがて彼女は絞り出すように呟いた。
「竜人に目をつけられたら、もう終わりだと聞きました。どんなに嫌がっても、連れて行かれるんだって。夫は私を守ると約束してくれましたが、きっと無理です」
竜人が相手では、一般人は太刀打ちできない。たとえ聖女であろうと、竜人は慎重に対応すべき相手なのだ。命を奪った場合、仲間の竜人たちに逆恨みされかねない。彼らは長命だ。ローレルが老いて亡くなった後、王国へ報復されたらひとたまりもないだろう。
「聖女様、お願いします。あの竜人に交渉していただけませんか? 私の身を差し出す代わりに、けして夫に危害を加えないと確約させて欲しいんです」
「ですが、それでは二度とご主人に会えなくなりますよ。よろしいのですか?」
「……かまいません。私だって、夫を守りたいから」
女性は涙ぐんだが、気丈にも泣きはしなかった。その健気さに感じ入り、号泣したのは聖女である。
「貴女の思いやりとッ、献身という愛の形ッ、しかと心に刻みましたッ! このわたくしが必ずや円満に解決してみせましょうッ!!」
「聖女殿!?」
アベル殿下が目を剥いた。おっ前、そんなことできんのかよォ、という驚愕の表情で聖女を凝視する。
竜人族は嫉妬深い。他の男が番と目を合わせただけで殺戮に至る種族である。被害女性の場合、目を合わせるどころか結婚しており、夫とラブラブときている。この状況が、果たして丸くおさまるものだろうか。
「あ、あの……」
「なんでしょう、アベル殿下」
「聖女殿には、交渉材料がおありなのですか? たとえば、竜人族の弱味でも握っているとか」
聖女はアベル殿下をじっと見つめた。赤子のように澄んだ眼差しに、却って不安が増していく。
「わたくしは誠心誠意、対話するだけですわ。心を開いて話し合えば、彼女と竜人、双方が満足できる結論を導き出せると信じております」
「…………」
つまり、聖女は無策だ。アベル殿下の不安は的中した。
□
咎竜人の元へやって来た聖女と殿下。竜人は魔法の金鎖に拘束されて、粗末な木の椅子に座っている。驚くほど端正な容姿をしており、首筋や腕に光沢のある鱗があった。
聖女はあえて、防音魔法をかけていなかった。竜人には、聖女と女性の会話が聞こえていた。最初から腹を割って対話するつもりでいたのである。
「単刀直入にお伺いします。彼女の幸福のために、身を引いてはいただけませんか?」
竜人の正面に椅子を置き、ローレルが穏やかに語りかける。そんな聖女に、竜人は嘲りの表情を浮かべた。
「彼女は僕の番だ。終生、僕に寄り添う事こそ幸福なんだ。身を引くなど、ありえない」
「そうですか。では、彼女が貴方と共に行くなら、彼女の夫を見逃して下さいますか?」
竜人の顔が険しく歪む。
「いいや、駄目だ! 僕の番に触れたんだぞ! 絶対に殺す! 苦しませて殺してやる!」
「それは……困りましたね……」
しょんぼりと肩を落とした聖女に、アベル殿下も表情を曇らせた。対話が成立しないことは明らかだったが、聖女は尚、食い下がる。
「貴方に夫を殺められ、力ずくで伴侶にされたら、彼女は心を壊しかねません。生存本能で自らを守ろうと、自分が誰で何をされたのか、思い出せない状態になるやも……。それでも良いとお考えですか?」
「ああ」
暗い悦楽を滲ませて、竜人がうっそり嗤う。
「僕を拒むなら、いっそ壊れてしまえばいい。何もかも全て忘れて、人形のようになった彼女を、囚えて囲って愛し続けるんだ。なんと甘美な蜜月だろう。きっと彼女も閉じた世界で、その幸福に酔いしれるうち、僕に感謝するさ」
陶然と語られる歪んだ欲望に、わりと健全なアベル殿下はゾワッとした。テッメーイカレテンナァー!と思ったが、思慮深い殿下は身震いしただけで黙っていた。
陰鬱な欲に免疫が無い聖女はというと、不可解そうに眉をひそめている。
戦場で対峙した悪魔たちはこの世界を滅ぼすことしか考えておらず、対話することは叶わなかった。竜人はローレルとは異なる思想、信条があるようだが、悪魔とは違う。なんとか理解しようと、質問を続けた。
「それが、本当に愛だと仰るの?」
「当然だ」
「彼女の求める愛情とは随分違うようですが、種族差なのかしら? もう一度確認しますよ。それが貴方の愛……ひいては竜人族のお考えになる理想的な愛と幸福の形で、お間違いありませんね?」
丁寧に確認した聖女へ、竜人はしっかり頷いた。
「間違いない。それが僕らの愛だ。それを与えられる彼女は、疑いの余地なく、最高に幸福なはずだ!」
竜人の返答に、聖女がパチンと手を打ち、目を輝かせて立ち上がる。
「素晴らしいッ! 素晴らしいわッ! 神よ感謝します、わたくし円満に解決できそうですッ! これなら誰も命を落としませんし、不幸にもなりませんッ!!」
「え……聖女殿……?」
殿下が止める間もなく、それは起こった。ガッと竜人の頭を両手で掴んだ聖女は、歓喜の笑みを浮かべて可憐に唱えた。
「『○ ○ 焼 却』!」
「グワァーッ!!」
「聖女殿オォォ!?」
聖女の両手から、清浄な神威を宿した蒼い炎が迸り、竜人の首から上を覆い尽くす。火傷ひとつ負わせない炎は、もっと別の大切な何かを順調に焼いていった。
ボボ、ボボボ……。
それは、一部の聖職者にのみ使用を許された準禁忌魔法であった。著しい自傷行為によって生命維持が危ぶまれる者などを対象に、治療としてのみ許可される。我欲で行使すると、神の怒りによって魔法反転が発生し、施術者の○○が焼けるため悪用できない。神聖魔法に分類される救済扱いの魔法なのだ。……これでも。
竜人は白目を剥いて泡をふき、色々燃やされながら、ガクガク痙攣している。聖女は幼子をあやすように、優しく声をかけ続けた。
「思いやりと献身を、愛と認識する彼女には、竜人の愛し方ができません。ですから、万物を愛する聖女たるわたくしが、竜人の流儀で貴方を愛して差し上げましょう」
「ガガ、ガガガ……」
「わたくしではご不満かもしれませんが、大丈夫ですよ。施術が済みましたら、全て穏やかなお心で受け入れられますからね……彼女のこと……番のこと……何もかも、円満に……」
「アガガガ」
「これで感謝していただけるなんて、なんだか申し訳ないわ。食事や身の回りのことは一人で出来るよう、ちゃんと調節しておきましょうか」
ボボボボボ……!
大変ショッキングな光景を目撃したアベル殿下は、すっかり腰を抜かしている。
「ちがっ……なんか、ちがっ……」
涙目で震えていたアベル殿下を、いったい誰が責められようか。
この後、やたらニコニコしている竜人を、聖女は自宅へ送って行った。なんでも竜人王の息子、十八人のうちの一人だったらしい。
竜人王の宮殿は、ちょっとした恐慌状態に陥った。王立騎士団が武器を構えて取り囲み、恐怖に震えながらもローレルへ対峙する。
恐怖と殺意を向けられた聖女は、困ったように苦笑したという。
「お待ちください。皆さん、誤解していらっしゃるわ」
彼女はパチンと指を鳴らした。
――――僕を拒むなら、いっそ壊れてしまえばいい。何もかも全て忘れて、人形のようになった彼女を、囚えて囲って……。
ありし日の竜人王の息子の姿が再生された。事情聴取の映像と音声が、城の中へ鮮明に表示される。聖女ローレルは、重ねで三回かけると竜人王さえ絶命させ得る広範囲殲滅魔法・死神の収穫を悪魔軍へ七年間ぶっぱなし続けた人物だ。映像再生魔法くらい指パッチンで出来るのである。
――――竜人族のお考えになる理想的な愛と幸福の形で、お間違いありませんね?
――――間違いない。それが僕らの愛だ。
シンと静まり返った城内に、竜人王の呻きが響いたという。
「ぐうぅ……」
高慢な竜人王でも、ぐうの音くらいしか出せない状況の中、聖女ローレルは『本人が考える最高にハッピーな状態にして差し上げた』と、事の経緯を説明した。
「ただ、ひとつだけお詫びせねばなりません」
申し訳なさそうに、聖女はへにゃりと眉尻を下げた。
「なにぶん神聖魔法ですので、残念ながらご本人が望まれていた『壊して』しまう状態は叶いませんでした」
「お……おお……まことか……?」
「はい。白紙に返った状態ですから、竜人であれば百年ほどの育成で、元に戻ってしまうのです」
竜人王の息子を振り向いて、ローレルは深刻な表情を浮かべた。何かを決意したように、胸の前でキュッと可憐に指を組む。
「やはり、不完全では失礼ですわね。わたくし、聖女の責任として、生涯をかけてご子息を『愛する』と、ここに誓……」
「おやめください! 満足したっ、満足しましたっ! このままで結構ですからっ!」
「あら……、本当ですか?」
泣いて喜ぶ竜人王陛下へ、誰も異議を唱えなかったそうだ。
結局、リリカル王国や被害女性に、竜人族からの報復はなかった。二度と関わりたくないらしく、村での破壊行為の賠償と、負傷者への補償を行ってくれたほどだった。
また、異種族へ番が現れた際の細かな規定が協議された。竜人王国内での法整備が進み、認識遮断の魔道具が開発されるなど、今回のような悲劇を繰り返さないための仕組みが整えられていった。
こうして、竜人ストーカー事件は円満に解決したのである。
この事件以降、竜人族の子供たちは『悪い子の所には聖女が来るよ』と叱られるようになったと、複数の民俗学の書物に記されている。




