エピローグ おかえり
シグラズル領、その公爵家の別邸に着いた途端、ヴィクトルは気を失った。
エインがヴィクトルを、ローグルが娘を、それぞれ抱えた。
騒ぎを聞きつけたハール・シグラズル前公爵は、状況を察すると使用人に指示を出す。
その見た目は若く青い髪を持ち、ローグルとは、まるで兄弟のようだった。
シャツの袖ををまくり、孫娘をローグルから奪い取ると、優しい眼差しでハールは声をかけた。
「おかえり」
そして、視線は彼女の状態観察に固定したまま、ローグルを見ずに発する。
「……ローグル卿、貴殿は何かと多忙だろう?
こちらは任せて、王都へ帰るといい」
「……」
「貴殿に割く時間はないのだよ。
こちらはエイン君が居れば、十分事足りる。用があれば呼ぶ……それとも、二度と会わせないようにも出来るが?」
ローグルへと冷ややかな目を向けて、ハールはそう言うと、邸の中へと入っていく。
「わー、聞く耳なし……怖い。
あ、僕こっちで再就職しときますね。ご心配なく。じゃ!」
ヴィクトルを担ぎなおし、エインも屋敷へと入っていった。
一人残されたローグルは、しばらく邸を見つめた。
ーー強き力は、弱きものにとって時として毒だ、か。
かつて、そういったのは父になったばかりのハール・シグラズル。
やっと一仕事片付け、娘と向き合える。そう考えていた。
愛しい娘を想う、上位種としてではなく、今はただ一人のーー。
『理なんか捨てろ』
かつて背を任せた相棒の言葉が、その胸に刺さる。
静かに目を閉じて、転移魔法で消える。
「どうか、選択する猶予だけは、あの子に……」
その切実な声は、暁の空に溶けていった。




