終話 祈りの先に
握った長剣が燐光を放ち、ハラハラとその形を失い散っていく。
「……」
柄がなくなった手を数回、確かめるように握っては開いてを、ヴィクトルは繰り返した。
その手には未だ、彼女を貫いた生々しい感触が残っている。
そろそろと視線を下げて、横たわった彼女を恐る恐る見た。
「ーー」
長剣が貫いたはずの彼女の左胸。
出血などはなく服に小さな穴が開き、そこから傷のない白い肌が見えた。
ーー成功、したのか?
血と泥と汚れのせいか、彼女の肌がさらに白く感じる。
閉じた目蓋は開く様子がなく、その唇は白かった。
「……あ」
震える手でそっと触れた彼女の冷たい唇、けれども微かに呼吸を感じた。
「……っ!」
ーー独りにして、ごめん。
もう、君を置いていかない。絶対に。
血溜まりの中から、彼女を抱き上げ、ヴィクトルは縋るようにしがみつく。
空になるまで息を吐き出して、ようやくヴィクトルは肩の力を抜きーー目の前が暗転、身体が傾いだ。
倒れる身体が何かにぶつかって止まり、ヴィクトルはなんとか意識を手繰り寄せる。
「まだ落ちないでくれる?
長居は出来ない……彼女を、前公爵の所へ運ぶよ。
その後なら、幾らでも寝てればいい」
ヴィクトルの後ろから、エインが声をかける。
そして、脱いだコートをヴィクトルへと差し出した。
「僕のじゃ癪だろうけど。君の上着より、丈があるから使うといい。気休めにもなるし」
気休め、の意味を理解してヴィクトルは黙って受け取った。
先ほど詠唱で使った長剣は、以前ドリィからもらったもの。
ただし、ヴィクトルが眠っていた三年間、エインがずっと持っていたから、ある性質が付与されていた。
『僕は浄化の加護持ちでね。彼女の中の穢れを清めるには、うってつけだよ。
それと君と彼女の魔力は、何度も譲渡を繰り返していて馴染みも良い、術の成功率も上がるだろう』
そういって、長剣を渡された。
それと同じで、エインが着ていたコートにも、多少その性質が移っているのだろう。
「それと……あぁ、これは彼女が切ったんじゃないな。ずいぶんとお粗末だ」
エインは屈んで、ティールの右腕の包帯を取り、傷口を確かめる。
ウエストポーチから、清潔な布を取り出すと巻いた。その上から魔法で応急処置を施す。
「とりあえず、今はこれでいい。
彼女が起きたら、勝手に治そうとしないか、気をつけないとね」
ヴィクトルも彼女の汚れを少しでも拭おうと、微細な水と風を操り、その身を清めた。
ーーゆっくりお休み。
俺が守るから。
コートで優しく彼女を包んだ。これ以上、傷つくことがないように。
ヴィクトルは彼女を抱え、立ち上がる。
その横、エインが足で地面を蹴った。
瞬く間に部屋に広がったのは、静かな青い焔。
「さて、僕の焔は穢れだけを灼く。ここは冒険者ギルドに任せようか」
彼女と同じ服を着た男や女たちは皆、一様に倒れていた。
エインが、何かしたのだろう。
「ほら、迎えも来たし。行くよ」
「ーーっ」
目の前に、光の魔法陣が現れ出てきたのはローグル公爵ーー彼女の父。
その凍てついた瞳は娘を一瞥した後、ヴィクトルを見た。
ヴィクトルは思わず、後ずさる。
彼女を無断で連れ去ってから、一度もヴィクトルから連絡を入れていなかったからだ。
「久しいな?」
「あーはいはい。そういうの、後でいいんで。前公爵のところに転移で送ってください」
ローグル公爵が、大規模な魔法陣を展開する。
ティールを抱えたヴィクトルは、その光に身を委ねた。
「……」
「そんな顔しても駄目です。
健康管理は、前公爵の方が貴方より上手でしょう?
妻と娘に先立たれた父親に、孫娘の面倒を見てもらうんです。
二人とも揃って、絞られてください」
公爵が一瞬眉を潜めたのを、エインは見逃さなかったようだ。
「彼女がここまで無茶したの、お二人のせいでしょ?
今回は、僕は無実ですし無関係です」
三年間山守してただけだし、休暇だしとエインは付け加えた。
その顔は、面白そうに公爵を見ている。
「彼女の内面が、とにかくぐちゃぐちゃで酷い状態だから、一度きれいに死んでもらうしかなかった。
なんて、前公爵の前で言えます?言えませんよね?
まぁ、言わなくてもバレますけど。隠し事出来ませんし。
貴方に、人としての生き方を説いたのはあの人です」
「……道理を欠いた、野良猫のせいだ」
「野良猫呼ばわりするなら、こうなる前に首輪をはめに行けば、良かったじゃないですか。
貴方、シャンパンを口にした時点で気づいていたでしょう?
……上位種の理なんか捨てろ、父親なら」
へらりとした態度を止め、エインが声を低くし吐き捨てた。
「野良、猫……?」
公爵の手前、顔を合わせて気まずいヴィクトルが引っ掛かりを覚えて反復する。
それに答えたのは、エインだった。
「ああ、ドラッグに使われてるのは公爵と同じ、世界の秩序を司る上位種だよ。
だから、君も彼女も抗えなかった」




