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【2章完結】お嬢様、私に拾わせていただけませんか  作者: 松平 ちこ
2章

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第28話 私が、選んだ

 ペタ、ペタ、ペタ。


 壁に左手をついて身体を支え、ティールはただ歩いていた。

 赤い点々としたものが、白い廊下に落ちていく。

 子どもたちの部屋の前に、もう居続けることは出来なかった。


ーーまた、泣かせてしまったラ?


『怖かったよぉ』


「……生きて、ル」


 子どもたちは今、生きてる。


ーー私は子どもたちになにヲしようと、した?


『貴方は本当に……』


 あの時、リークリが止めたから。

 止めなかったら、どうなってた?


ーー分からナイ。


『楽になりたいと願った貴女の代わりに、彼が自分の氷刃で傷ついた。

 なんて無様で愚かだったのでしょう?』


ーー違ウ、彼は……。


『化け物め』


『化け物』


『怖いよぉ』


『それで生き残った貴女は、これほどまでに美しく狂っている』


「壊れたのは、私?」


『壊れていい、それでも俺は、ティールを選ぶ』


ーーでも貴方ハ、もう。何処にもいない。

 私にはもう、眩し過ぎる。


 チャリ。


 擦れた金属音に左手を見れば、ネームタグを握っていた。


《ミルティ》のネームタグ。


 失くして。遠ざけて。見ないふりをして。

 何も選ばず、孤独を選んだはずだった。


 今、この手に唯一残ったもの。


ーー私ハ、まだ冒険者。


 二年半、ずっとただ冒険者だった。

 冒険者であり続けた。

 だからまだ、終われない。


ーー終わったラ、いけない。


 餌として、ギルドから依頼を受けているから。




「ここ、ハ?」


 今までで一番大きな扉が目の前にあった。

 左手に力を乗せて扉を開ければ、そこは広い空間だった。


「……な!」


 自分と同じ、一枚布姿の男や女。

 虚ろな目で表情もなく、黙々と何かの作業をしている。

 全員が全員、酷い顔色で、平然と動いていることにゾッとした。


 誰も部屋にティールが来たことに、気づかない。

 否、居ないものとして、認識していなかった。


「ちょっと」


 近くを歩く一人の男。

 その目の前に立てば。


「……」


 ティールに何の反応も示さずに、歩いていった。


 何人かに接触し、同じように無反応を返される。


ーー港と同ジ。


 兵は誰も、子どもたちのことを認識していなかった。

 ハルドゥルが調査が進んでいないと苛立っていたのは、町自体がおかしかったからではないのか。


「……義妹」


 見覚えのある茶髪のおさげを見つけ、ティールは一瞬躊躇うも、義妹へと近寄った。


「……」


 けれど、あれだけ執着を見せていた義妹は、ティールを目の前にしても、拒むでもなく、目を反らすでもなく、眉一つ動かさなかった。

 ただそこに居て、黙々と何かの作業をしていた。


『ここで作っている原液の製造員だ。意思の無いやつが、ただひたすらに薬を作り続けている。

 休息も必要としないから、ちょうど良いんだ』


 最初に男に聞き取ったことを、ティールは思い出した。


ーー意思ガ、もう。


「……こんなこと」


 人の意思を奪うなんて、あってはいけない。


 辺りを見渡し、一際大きな樽を見つけた。


 ティールは深呼吸すると樽の前に立ち、左手で狙いを定めた。


「《デシケイティング》」


「アー!ウー!」


 詠唱の途中で、義妹を含めた一枚布の男や女がティールを引っ張り倒してきた。

 狙いが逸れた熱風が線を描き、樽と宙を切り、天井を焼き切った。

 樽は歪に裂け、中の液体を蒸発させた。


ーーっ!?


 けれど狙いが逸れた分、樽の中の蒸発に至らなかった液体が、真下にいたティールへ、そのまま溢れ落ちた。


「……ひっ」


 咄嗟に左腕で顔を庇おうとしたけれど、何人もの男や女に捕まり、なす術なく全身に液体を浴びる。

 強い鉄の匂いと、まとわりつく生暖かい液体に、ティールは強い衝動に呑まれた。


ーー壊れてしまえ。


《受け入れろ》


 ドプンと、闇の中に自分が勢いよく沈む感覚に襲われる。


 周囲の音が消え、聞こえるのは二つの声。


ーー壊れてしまえ。壊れてしまえ。


《受け入れろ。身を明け渡せ》


「……い、ヤ」


 ベルで一度は治まった本能が、囁いてくる。

 夢で消えたはずの、何かの異質な声が響いてくる。


ーー壊れてしまえ。壊れてしまえ。壊れてしまえ。


《受け入れろ。身を明け渡せ。崩壊せよ》


 闇の中、自分の内で渦巻くものがある。

 魔力はもうほとんどない。それなのに、荒れ狂う何か。


ーーコレハ一体ナニ?

 魔力暴走ダケハ、ダメ。


 ここにはまだ、生きている人がいる。

 自分はまだ、冒険者だ。


ーー壊れてしまえ。壊れてしまえ。壊れてしまえ。


《受け入れろ。身を明け渡せ。崩壊せよ》


ーーウルサイ。ウルサイ。ウルサイ。


 身の内で、荒れ狂い、爆ぜてしまいそうな何か。

 自分では止められないのなら、もう……。


『お前はいつか、選ばなくてはいけない』


 冷たくも優しい父の声が、温かくティールの胸を満たした。


『壊れていい、それでも俺は、ティールを選ぶ。どうしようもなく、愛してる!』


 左手が起点にするように、心臓の上に置いた。

 ティールは口許に笑みを浮かべるーーかつて彼が、そうしたように。


ーーそうでもしないと、ちょっと怖いの。


「《リーサル》」


 それは、救いでも幸せでもない。

 逃げでも、先延ばしでもない。

 それでもーー私が、選んだ。


 夢で逢った彼なら、きっと、選んだティールを許してくれると思う。

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