第19話 境界線
「……君たち、家は……帰るところは、どこ?」
「あっちー」
「海?」
「違うよ。船だよ」
追加の魚を手渡して帰せば、途中で奪われるかもしれない。
そう思ってティールが聞けば、子どもたちは町とは反対を指し、不可解な返答が返ってきた。
ーーてっきり港町の子かと思っていたのに。
港には兵がいて、検閲などもしていた。
大人の目を掻い潜り、隙をついて船から出てきたのだろうか。
「君たちは商会の船乗り、下働きの船員なの?」
「船の仕事?違うよ。船でパパとママのところへ行くの」
「あっちに、おっきなあながあるんだよー」
「あそこの島にね。洞窟があってね。そこで大人たちは作ってるんだよー」
「つれてってもらってるの」
あっち、あっちと指を指すその先、確かに孤島が幾つかある。
ーー離島の子どもたちが、用事についてきたのかしら?
配達だからと言って、物々しい港、治安が良くない町に、わざわざ幼い子どもを連れてくるだろうか。
「君たちは、どうしてここに?」
「届け物だよ」
「ビンをまちにもってくと、おかしがもらえるの!」
ねーと言い合う子どもたち。どうやら、子どもたちなりの仕事で来たらしい。
ーーこんな身なりの子どもが、瓶を?
菓子は高級品ではなかったか。ティールは自分が俗世に疎いせいか、と思いつつ、何かが引っ掛かっるのを感じる。
「じゃあ、残りの魚もあげるから、お見送りさせて。君たちが乗る船はどこ?」
そう言ってティールは、釣竿代わりの髪で魚を束ねて、立ち上がる。
「こっちだよー」
子どもたちは、ティールの手を引いて歩きだした。
引っ張られるようについていった先、ティールが降り立った港と、同じ場所だった。
けれどそこに違和感が生まれた。
「お姉ちゃんこっちだよー」
「みえたよ!」
「待って、落ち着いて」
子どもたちに両手を取られ、いつの間にかフードが外れていた。
下船した時はフードを被っていた、そして今、人目を引く髪色を晒しているティールに、兵は誰も咎めなかった。
それどころか、声をあげて駆けていく子どもたちを兵は誰も見ていない。いや、見えていないのか。
「おねえちゃんも、おふねのってみるー?」
「え?」
ーー誰とも視線が合わない?まるで居ないみたいに?
この違和感はなんだろうか。
積み荷の確認をしたり、巡回をしている兵も視界に捉える。
けれども兵の誰とも視線が合わない。
子どもたちの無邪気な声が合わさって、自分たちだけがそこに居ないような不気味さに、ぞわりと悪寒が走った。
「あ、危ないよ!」
「あっ…!」
兵士ばかりを注目して見ていたせいで、子どもの声と共に、段差に気づかず躓きティールは転けてしまう。
そこは船と港を繋ぐ、板の上だった。
「お姉ちゃん、大丈夫ー?」
「だいじょうぶー?」
子どもたちが、立ち上がらないティールを見下ろしていた。
ーー身体が!
立ち上がろうと手足に力を込めることも出来ず、首も動かせない。
魔力を練れば、それは形にならず霧散した。
「……」
口を動かすことは出来たが、声は音にならなかった。
目だけを動かせば、青い空、子どもたちの顔、板張りの床。身体が大きく揺れる感覚。
そこは船の上だろうことしか分からない。
ティールは、ハルドゥルの言葉を思い出した。
『なに、女子だからな。付かず離れずなど、無粋な真似はせん。せいぜい同じ街に居るしかないくらいの強制力ぞ。距離は、な』
ーー港から離れたから!?
港と海とがちょうど腕輪の境界線だったのか。
元は犯罪者用の腕輪。許可範囲を外れれば脱走を阻止するのに、即座に自由を奪い無力化するのだろう。
現にティールは、目と呼吸以外の全ての自由を奪われていた。
「おねえちゃん、ねちゃったー?」
「どうしたのー?どうしよう?」
動かないティールに、子どもたちは揺すったりするが不安が勝ってきたのだろう。その声には困惑が滲んでいく。
ーー良かった。騒ぎになれば、助かる。
子どもたちが泣き叫べば、さすがに誰かが動くのではないか、そんな期待をティールはした。
けれど実際は、波の音と船が揺れる音、子どもたちの声しか聞こえず、他には誰もいないような、辺りの静けさを異様に感じた。
その静寂を女の無機質な声が破った。
「お使いが終わったなら、早く戻りなさいな」
「あ、お姉ちゃんだー!」
「おねえちゃん。おねえちゃんがー」
聞こえた声に、聞き覚えがあると気づき、ティールは愕然と目を見開く。
ーー嘘。
コツコツと床を踏む音が、近づいてくる。
そして自分の目の前で止まると、その手が無造作にティールの髪を掴んで持ち上げた。
ブチブチと髪が千切れる音がする。
「っ!」
光の無い虚ろな目をした女が、自分を覗き込んで微笑んだ。
「……まぁ。こんなところで会うなんて、奇遇ですわね、お義姉様」
ありふれた茶色の髪はお下げで結われており、平民の女物の服を来ていた。
見た目が変わっていたけれど、それは忘れもしない、かつてティールの義妹だった女ーー。




