第18話 手元に残る遠い日の記憶
「はぁ」
ベッドに仰向けに寝転がり、ティールは天井を眺めた。
先ほど、ハルドゥルの怒鳴り声と共に、何かが壊れる音がした。
それをティールは、尋問に精を出しているのだろうと思うことにした。
ごろりと、ティールは寝返りを打つ。
ーーわざと落ちたフリをしても、良かったのかなぁ。
そうしたら、以前のようにアジトに辿りつけただろうか。
けれど今は、腕輪もありハルドゥルから離れると、町の外でどうなるか分からない。
腕輪からの探知で助けを待つだけなのは、昔の非力な自分のようで癪だった。
ごろんと反対側に、ティールは寝返りをうった。
それに、あの薬物は良くない。
再び飲んだなら、ちょっと危ないかもしれない。
ティールを内側から、喰おうとしてきた。
本能がそれを拒んで、身の内で魔力が暴れようとしていた。
魔力暴走はだめだと、彼に再三注意されていたのが思い起こされる。
ーーそういえば、彼も。
フェンリルという強い種でありながら、アジトで魔力を暴れさせていた。
どうやって静めたのだろう……。
あの場にいたエインなら、知ってそうだ。
ごそごそとマントを漁り、お目当ての物を取り出した。
すっかり色褪せ、匂いも飛んでしまった木彫りの仔犬。
それでも、どうしても手離せなくて、マントの内ポケットに忍ばせていた。
掲げるようにそれを持って、ティールは眺めた。
垂れた耳、眠るその仔犬の表情が、最後に見た彼の面影と重なる。
「……」
唇だけで、音にならない言葉を紡ぐ。
マントの内ポケットに仔犬を戻し、腕で視界を覆って目を閉じた。
翌朝、屋内であちこちギルドの職員の制服とすれ違う。
宿を出ると、入り口には兵が立っていた。
ハルドゥルが、手を回したのだろう。
そのハルドゥルの姿は、見えなかった。
ティールはフードをしっかりと被り、町へと出た。
昨日の件もある、飲食はしない方がいいだろう。
単純な飲み水だけなら、ティールは魔法で出せるので問題なかった。問題は食料だろうか。
そう考えて、港の方へ足を運ぶ。
その道中にも、やはり端々で浮浪者が目についた。
生きているのか死んでいるのかも分からない、彼らの目は、どこも見ていない。
光を失った目は、ティールと同じ。
「彼らが羨ましい」
どうして私には、まだ意志があるのだろうか。
睡眠、飲食を疎かにしても、体調を崩すことなくピンピンしているのだ。
力がなければ、こうはならなかっただろう。
そもそもただの人間だったなら、出会うこともなかったはずだ。こうはならなかった、はずだ。
ーー出会わなければ、彼が生きていたはずだ。
辿り着いた先は、船着き場から少しそれた海岸沿い。
海面を覗けば、魚の姿が見えた。
それに手を伸ばせば、ピタリと動きが止まる身体。
腕輪の効能は、相変わらず意思に関係なく機能しているらしい。
ーー高性能過ぎて、水浴びとか出来るのかな。
そもそも犯罪者用だったと言うから、そういったことは想定していないのかもしれない。
仕方ないと頭を振って、ティールはその場に座り直した。
ティールは自分の長い髪の一本を、抜き取った。
指先にくるくると先端を結び、もう片方の先端を海面へと垂らす。
髪を媒介に流すの餌の代わりの魔力。近づいた魚を魔力で絡めとり、そのまま髪を支点に釣り上げた。
そのまま二匹、三匹と釣り上げる。
「すごいねぇ」
高い声がして振りかえると、兄弟だろうか、子供が二人手を繋いで並んでいた。
身なりはボロボロで、手足も細く、頬は痩けていた。
ーー国が介入して、貧困層には配給があるんじゃなかったっけ。
この二人はそれに、ありつけているのだろうか。
治安の悪さでは、配給所に行きつくだけでも苦労が絶えないだろう。
ティールはどうしたものかと思ったが、子どもたちが跳ねる魚をまっすぐに見つめてくるものだから、嘆息して提案する。
「いる?」
「いいの?」
「生きたいのなら、ね」
そう言って、ティールは魚を二つそれぞれ手に持つと、焼くイメージを固める。
ごうっと魚を包むように、手に炎が現れた。
「魔法使いだ!」
「わぁ!すごいねぇ!」
年が上の方は、それが魔法だと目を丸くして言い、下の方は純粋にキラキラとした目を向けていた。
その反応は、ティールにとってただ眩しい。
「はい。焼きたて」
二人にそれぞれ魚を渡せば、嬉しそうに頬張っていた。
ティールは黙って眺めていた。
ーー今日を生きれたとして、それは救いにはならない。
今、腹を満たしてしまう方が、後に空腹が際立って余計に残酷だろう。
治世の悪いところへ行けば、弱者に皺寄せが行くのは当然のこと。
食うもの、飲むもの、着るもの、寝る場所、屋根のあるなし、それらが揃うのは幸運で。
恵まれない場合、とことん無いものなのだ。
ーー偽善か施しか。
それでも彼らはティールと違い、欲しいと言ってその手を取った。
人を疑うことを知らない。純粋なまま、無邪気に笑う姿は、今を生きている。
ティールよりよほど、手をさしのべなければいけない存在だろう。
ーー何をしても死ぬ時は、死ぬ。
それでも、昔憧れた冒険者ならそうするのでは、と思った。
そしてそれはあの日、選べなかった自分も含めて。
今の自分は、果たしてなんだろうか。
ただ人の皮を被った何かではないか。
子どもを眺めながら、ティールはフードの下、自虐的に口許を歪ませた。
あの日に立ち返ったなら、今の自分は壊す道を選ぶのだろうか……。




