第17話 一石の波紋
ティールの言葉に、ハルドゥルは男を凝視した。
けれど、すぐさまティールを見ると、渋い顔で口を開く。
腕のポケットから取り出したのは、青い小瓶。治癒のポーションだ。
「飲め」
ーーそこのポケットは常に、なにかしらポーションが入っているのかしら。
ティールは無言でポーションを受け取った。正直、立っているのも辛いのだった。
ハルドゥルは店主を拘束しながら、口を開いた。
ーー信じて、くれるのね。
「うちの若いのが世話になったようだ。ゆっくり話を聞かせていただこう。
ああ、それと従業員諸君、貴公らにも話を聞かせてもらうぞ!
今後はギルド職員の指示にしたがってもらおう」
部下に指示を出すハルドゥルを横目に、近くにあった椅子に座り小瓶の蓋を開けた。
ポーションが細工されたとは聞かないので、ティールはありがたく飲みほす。
ズタズタだった内蔵が癒えるのを感じ、ホッと息を吐き出した。
ーーあの薬物は、私と同等以上の何かが、原料として使われている。
身体を侵食した異常な早さが、何よりの証拠だろう。
下位種であれば、人であれ、魔物であれ、その効果は絶大だろう。
アジトと地下で見た魔物を思い出し、ティールはそう結論づけた。
ーーリークリはきっと全部、知っている。
「っ!」
急に明るくなった視界に、ティールは思わず目をつぶった。
「……顔が、真っ青ではないか。
そのマント、俺の前では脱いでもらおう!
認識阻害か知らんが、分からなくてかなわんぞ!」
考え込んでいたティールのフードを剥ぎ取り、ハルドゥルはじっとティールの顔色を見つめてきた。
フードを被り直したくても、意味がなさそうだとティールは諦めた。
「足りなければまだあるぞ。いるか?」
「あらかた癒えたから、要らないわ」
「ポーションは持ち歩け。毒消し、治癒、あって困らなかろう」
「そうね。考えておくわ」
ーーはぁ、少し疲れたかも。
ハルドゥルとのやり取りを、いちいち相手にする気力もなく適度にあしらう。
「何があった」
「……頼んだラム酒に薬物が入っていたわ。王国と帝国とに回ったものと、同じじゃないかしら」
「なぜ分かる。……今は本当に、大事ないのか?」
「前にも飲んだことがあるから、とだけ。
気づいて吐いたし、ポーションも飲んだから何も問題はないわ」
「……運が良かったな。一瓶も飲めば、多くは正気を失くしてるぞ」
「それは、一般人でしょ。私、これでも色々と強いの」
息を整え、ティールは立ち上がる。
上位種だからなどとは言うつもりはない、言いたいことは伝えた、もう良いだろう。
「上で寝てるから」
「そうしろ。後は任せてもらおう」
まだ何か聞きたげなハルドゥルを残し、ティールは自室へと戻った。
◇◆◇◆◇◆◇
「色々と、か」
ティールの言葉を反復し、ハルドゥルは眉を潜めた。
ずっと星を追い続け、けれどなかなか本星には当たらず苛立ちが募る一方だった。
星と例えた薬物の危険性、その最たるものが多様性だった。
効きの弱い市場に染み込んだ物は、効果が薄く、依存性も微々たるもの。
教会や治療院では、等しく薬として使われていた。
次に酒や菓子に混ぜられ市場に出回ったもの。
常用することで効果を発揮し、中毒性があり末期は死に至る。
その中でも行方不明の者たちは皆、多かれ少なかれ薬物の使用歴があった。
こちらの因果関係も、まだ洗い出せていない。
そして一番厄介なのが、一部の貴族や金持ちが飲んだとされるものだ。
飲んだ者の意思を即座に奪い、意のままに操っている節があったらしい。
本人だけでなく、周りすらも飲んだことに気づかない。
これはオルド王国の地下にて、回収された貴族の何人かの情報から判明したことだった。
ーー血を吐くほどの損傷があったということは、おそらく一番厄介な物を呑んだのだろう。
それをああも平然とするとは……。
握りしめた拳が、わなわなと震えた。
冒険者は危険と隣り合わせだ、彼女も分かっていて、己が身よりも店主を優先したのだろう。
だが、一石を投じる為に連れてきたのは、他でもないハルドゥル自身だ。
「俺の目の前でとは、なんたる失態か!」
怒りと責任が交錯し、力任せに拳を叩きつけた。
テーブルは無惨に割れ、その音が部屋に響き渡った。




