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【1章完結】お嬢様、私に拾わせていただけませんか  作者: 松平 ちこ
2章

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第16話 餌としての私

 食事という名の行為を終え、ハルドゥルと別れ宿屋のあてがわれた部屋へと戻る。


 窓の外を見れば、歩く人はまばらで、兵が夜の町を巡回していた。


ーー成れの果て。


 リークリは惜しげもなく物資の支援をし、中毒者を介抱し、治安の回復にも買ったらしい。

 兵との橋渡しもしているそうだ。

 まさに町の救世主。


 薬物は規制され、残った人々は前を向いて歩き始めているという。

 けれど島国の港町の一つにしか過ぎないここでは、それも氷山の一角に過ぎず、各地で深刻な被害が上がっているらしい。


 ハルドゥルは隠された拠点などを、潰したいそうだ。

 ティールを餌として、リークリに接触すれば、何か掴めるかもしれないと考えているようでもあった。


「私は、そんな上等な餌かしら?」


 町に着いたその日にリークリが接触してきたのは、確かだ。

 けれど、その後はあっさりと去っていったではないか。


『この続きは、またの機会といたしましょう。どうか息災で』


 リークリの別れの言葉を思い出し、不意に胸の奥、ドクンと何かが脈打った。


「……酔ったかしら」


 久しぶりの度数の高い酒。そう考えてーーすぐ打ち消した。

 酒に強い自分が、飲んだ後に酔ったと勘違いしたことが、過去にあったはずだ。あれはいつだ。


ーーあのシャンパンに似てる?


 自分の中に確信が生まれた瞬間、迷わず窓から飛び降りた。

 近くの木の影に隠れ、喉に手を突っ込み中身を吐き出した。


 潮の匂い、波の音、人の行き交う足音。それらを遠く耳で感じる。

 自分の周りは静まり返り、視界が狭まっていく。

 身体の奥底がグラグラと揺れ、込み上げてくるものに、さらに吐いた。


ーー壊れてしまえ。


 魔力が揺さぶられている不快感に、ティールはぐっと険を滲ませる。

 沸き起こるのは、本能の破壊衝動だ。

 それは三年半前、魔力暴走を引き起こした、あのシャンパンを口にした時と同じ感覚だった。


ーーなんで今さら。


 少しでも魔力を消費しようと、身体に残っていた傷をティールは全て消し去る。

 しかし、ざわつきは依然として治まらない。

 無意識に掴んだ胸ぐらに爪が食い込み、赤い染みを作った。


「……気を、緩めすぎていたかしら」


 兵があちこちに居て、ハルドゥルが選んだ宿だからと、警戒心が和らいでいたのか。

 薬物で堕ちた町だと、見聞きして知っていたのに。


 ハルドゥルと会話をしたくなくて、ラムを飲み干したのもいけなかったのだろう。

 深く息を吐いて、握った手の力を抜いた。

 そしてもう一度、胸に手をあてて、今度は不快感、その根本を取り除くイメージで魔力を練る。


 グレディのギルド支部で見た資料には、毒物とは断定できない。と調査結果が書かれていた。

 単なる毒消しなどでは、効果がないかもしれない。


ーーだったら、自分が感じる違和感全部、そのまま切り離してしまえばいい。


 じわりと魔力が身体を巡り温める。そして同時にせり上がる、異質な何か。


「……げほっ」


 不快感に身を任せて吐き出したのは、大量の血。それだけ短時間で汚染されていたのだろう。

 だがそのおかげで不快感は和らぎ、身体が徐々に冷えていくのを感じる。


 髪の暁色は、薄桃の割合がかなり増えていた。

 予想以上に多くの魔力を使ったようだ。

 違和感を切り離して、傷ついた内臓をこのまま治癒しては、今は別の危険を呼びそうだ。


 口許の血を拭い、ふらつく足で汚れた地面を砂でならした。

 息をついて、ティールは辺りを見渡す。


ーーリークリはいない、か。


 なら、先に店主へ仕入れ先を聞くべきだろう。

 ティールは、食堂へと足を向けた。




「ねぇ?どういうつもり?」


 夕食のピークを過ぎたのだろう、ガランとしたそこで、ティールは厨房の店主へと歩きながら声をかけた。


「はぁ?」


 やや間抜けな声は店主のもの。けれど、ティールを見ると驚いた様子だ。

 その足が一歩、後ろへ下がるのをティールは見逃さない。


「アンタの要望通り、高い酒を出しただけだ!なんなんだよ!」


ーーあれ一本だけが、たまたま納品されるわけない。

 そして、高い酒を買う人間は限られる。


「ラム酒、どういうつもり?」


 厨房にあったナイフ、それを手に取り店主の首元へと沿わせた。ティールは、再び問いかけた。

 その目は、一切の躊躇いがない狂気を滲ませていた。


 あの日、父は言った。ティールの血には、世界の秩序を守る上位種の血が流れていると。

 意思をもってその血を飲ませれば、自分より下位の生物を従え、眷属とすることが出来ると。


「……飲んだ客を、どうするつもりだったの?」


 押しあてたナイフ、その先が皮膚を裂き、つぷと赤い玉を作り、滴った。

 男は固まり、息を飲んで言葉を失っている。


 ラム酒もあの時のシャンパンも、上位種であり下位種でもあるティールに、異物として作用した。


ーー下位である普通の人間が飲んだら、どうなる?


「暁!何をしているっ!」


 食堂に残った人間が、呼びに行ったのだろう。慌てたハルドゥルが、ティールのナイフを奪った。


 それをティールは冷めた目で見やり、軽く咳き込む。手と口に、それぞれ血が滲んだ。


 ティールの手に付いた血を見て、ハルドゥルは口を噤む。


「どうもこうも。餌らしく、貴方のご希望の星の手がかりを釣り上げてあげただけでしてよ」



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