第15話 宿での食事
ティールが寝ていたのは、やはり宿屋だったようで、その下は食堂になっていた。
外に出ても良かったが、どうせ腕輪で活動範囲が絞られていて、やることがない。
ティールは空いた席に座り、そこへやってきたハルドゥルも向かいの席へ座った。
ーーお腹、空いてないんだけど。
さっきがさっきなのだ、話を振られる前にとティールは片手をあげた。
「エールと軽くつまめるものを」
やってきたエプロン姿の女性に、ティールはそう注文した。
「エールとおすすめを頼む」
ハルドゥルも注文した。
二人の間に流れるのは沈黙。ティールはフードを深く被り、ハルドゥルの視線を避けていた。
どこまでかは分からないけれど、リークリとの会話も自分の涙も見られている。
気が緩んで寝てしまった自分を、宿屋に運んだのもハルドゥルだろう。
そしてさっき、廊下での回復魔法についてのやり取り。
ーー誰も彼も、痛みをはらんだ顔を向けてくる。
だからなんだと言うだろう。関係がないではないか。
消していない魚の噛み傷が、ジクジクと主張をしている。
それさえ、普段はティールにとって心地良いものなのに。
魔力が十分に満たされていれば、髪色は薄青一色になるはずだった。
けれども一人で過ごすようになって一度として、そうなったことはない。
魔力任せの戦い方では、魔力が十分に満たされることはなく、髪色は常に暁色のグラデーションのままだからだった。
ーー優しくされるより、ずっと。
生きていると、実感させられるのだからいいではないか。
それ以外はティールにとって、煩わしいだけだったから。
「おまちどー」
テーブルにエールと料理を、ドカンと女性が置いて去っていった。
ティールの前には、幾つかの燻製魚とエール。
ハルドゥルの方には、エールと山盛りの貝の塩ゆで、芋の蒸し焼き、黒パンにチーズ。
ハルドゥルがエールを手に取ったのを見て、ティールもエールを飲んだ。
ーーハズレ。
いまいちな味に、ティールはそのまま一気に、エールを喉へと流し込んだ。
ただでさえ、意味を感じない行為。それをさらに不味くするのは、耐えられない。
片手をあげ、やってきた店員にテーブルの上、金貨を滑らせた。
「一番高いのをもらえるかしら」
気だるげにやって来た店員だったが、金貨に目を見張ると、そのまま一目散に奥へと消えた。
代わりに店主らしき男が、小瓶を持ってきた。
ことりと置かれた小瓶、そのコルクを店主が抜けば、ふわりと甘い香りが漂う。
「割るか?」
「このままで良いわ」
店主の提案に、ティールはそっけなく返した。
酒を置いた店主も奥へと戻り、周りの視線が集まる中、ティールは小瓶から少量グラスに注いで口に含む。
ーーラムね。こっちの方がまだマシだわ。
ペロリと舐めた舌先、甘い酒が喉を灼き、次に噛んだ燻製魚の塩と脂が、それを受け止めた。
煙の匂いが、ラムと一緒に胃へと落ちていく。組み合わせれば、そこそこいけなくもない。
「……いける口、なのだな」
「知らないの?元貴族だもの」
目も合わせず、料理を食べながらハルドゥルが口を開いた。
ティールも答えながら、ラムをもう一口飲んだ。
「……あの男は、フラッとこの町に現れ、薬物で腐敗したこの町を立て直した。
己からは名乗りを上げず、冒険者証を首からぶら下げていたのでな。
字が読めるやつが読み、その名が広まった」
「……そう」
『この町は、オルド王国とザダル帝国が歩まなかった未来。
そして、貴女が救えたかも知れない、その成れの果て、ですね』
リークリは、そう言っていた。
港を下りて町をティールが歩いた時、路地に倒れている者、物乞いをしている者を見た。
『あの日私と来ていたら、優しい貴方はこのスカフトを見て心を痛めたでしょう。
その姿に私は心動かされ、全力で手を差しのべたはずだ。
ここまでスカフトが荒廃したのは、貴女がそうあるように選んだ結果ですよ』
リークリはおそらく、救済の方へは全力を出していないのだろう。
『私の手を取らなければ、スカフトが救えないしれませんよ』
今、ティールがその手を取れば、町を本気で立て直すことも出来るという意味だ。
もしくは、言葉通りまだ何かあるか。
「が、やつは胡散臭いというのが俺の見立てだ。色々と都合が良すぎる」
それもそうだろう。オルド王国にあったアジトで羽振りを利かせ、地下闘技場の運営にまで噛んでいた男だ。
無関係というには怪しすぎる。
ティールはハルドゥルの言葉を聞き流す。
ラムを煽り、その灼けつく感覚だけを楽しんだ。
「俺は、この星にまつわる一連の闇を、片付けねば気が済まんのだ」
「……お高い理想ね。ただの餌には関係ないことだけれど」




