第13話 くすぶる熱
頭はズキズキと痛み、早鐘を打つ胸の鼓動は煩い。
舐められた腕は、酷く熱を持ったようにジクジクする。
ーーああ、この腕にこのまま寄りかかれたら。
それは、どんなに楽だろう。
そう思いながら、目を閉じグッと唇を引き結ぶ。
嗅覚が捉えるリークリの香りは、ジャスミン。
本能がずっと求めてやまないのは、とても濃厚で甘く、安心するラベンダーの香り。
ーー楽になりたいのは、本当。けれど。
震える手を叱咤して、ティールは力を込めた。
「私は……貴方を、選ばない」
ーー壊れてしまえ。
何を、誰を、そんなことすら意味の無い、全てを呑み込むほどの、ほの暗い衝動が胸の奥でずっと燻っていた。
見ないように触れないように蓋をした、それ。
ーー壊れてしまえ。
あの日、雪の世界で決めたのだ。
楽になりたいと願った先で、失ったものを。
もう戻れないそれは、私だけの痛みであるべきなのだ。
自分の弱さを抱えることは、ティールが唯一あの日に決めたことだから。
だから。
「リークリ。私は貴方とはいかない」
ティールは、まっすぐにリークリを見返した。
「また傷つくのですよ?」
「それは私の業だからよ」
「私の手を取らなければ、スカフトが救えないしれませんよ?」
「……私はもう、なにものでもないわ。守るものではないもの、それにーー」
「あまり虐めないでもらおうか、そこの若人は主を釣るだけの餌だからな!
町の復興など、それこそ荷が重かろうて」
「これはこれは、遠路はるばるご足労お疲れ様ですね。グレディの副ギルド長。
しかしいただけないな、想い会う私たちの再会に、水をさすなんて」
ベンチで語らう恋人達の間に割って入る無粋ものーーそう例えられても、全くおかしくないだろう。
リークリはそんな嫌味を含めて、ハルドゥルに答えた。
「時間なら十分にやっただろう?
そろそろ俺とも、その逢瀬を重ねてもらいたいものだな!
いつもいつも主は逃げ回るばかりで、寂しいではないかっ」
ハルドゥルは、ギラリとその目をリークリに向けた。
「……随分と大きな虫が飛んできたものです。
この続きは、またの機会といたしましょう。どうか息災で、私の水晶姫」
早足に近寄ってくるハルドゥルに、リークリは嘆息する。
名残惜しげにティールを一度抱き締め、そっとベンチから立ち上がった。
髪にキスを落とすのも忘れない。
「グレディ支部副ギルド長、"私は"無実ですよ?町民が何よりの証言者です。
それを拘束する権限は、貴方にはない。この場は失礼いたします」
そう言ってヒラリと身を翻し、リークリはその場を後にした。
ハルドゥルも後は追わなかった。
「餌に目ざとく飛びつくわ。
ことごとく現場に居合わせて……何が白だ。まったくもって、白々しい男だっ!」
リークリの背をずっと目で追いながら、悪態をついていた。
そんなに気になるなら、行けば良いのに。
そうティールは胸の内に思う。
「暁の。だから毒消しを飲めと言ったろう。
……ほだらされそうになりよって、随分と親しげだったな?」
ハルドゥルは腕のポケットから毒消しの小瓶を取り出すと、ティールへと手渡した。
今度は拒まず受け取り、その中身を飲み干した。
ジクジクとした幾つもの傷口の熱がスッと引き始めるのを感じる。
ハルドゥルの騒がしい声に、ティールはなぜかとてもホッとしていた。
「どういう関係なのだ?エルが否定していたが……共犯か?」
じろりとハルドゥルは、ティールを睨む。
他者と距離をおき信用がないので、その通りだろうとティールは思った。
けれど、エルーーギルド長が庇っていたとは意外だった。
「最初に言った通り友達ではないわ。元恋人、かしら」
きっとリークリの悪事の証拠は、過去を含め出てきていないのだろう。
出会ったアジトも地下もオルド王国内だ。
宰相の父やその部下のエインが、リークリを捕らえられて無いということは、きっとそういうことなのだ。
だから。リークリとの関係を表すとしたら、その言葉が浮かんだ。
こんな自分でも優しい言葉をかけるリークリのそばは、きっと居心地が良い。
リークリの機嫌を損ねなければ、そこにあるのはただ甘いだけの生活だった。
緊張が緩み、まぶたが重くなる。
毒消しを飲んだとしても効果はすぐに現れない。
毒に侵された熱はいまだ、身体に残っていた。
魔力が揺らがないよう、激情は全て心の奥にきつく蓋を閉めなおす。
今寝たら、また彼を夢に見てしまうのだろうか。
聖域の奥に行かないと決めたのは自分自身なのに、彼の顔が見たいと無性に思ってしまった。
ハルドゥルの焦った声が耳に届く。しかし、それがとても遠くに聞こえた。




