8話 高みに触れず
目覚めた彼女はころころと表情が変わる。
とても、とても可愛らしいーーそう思った瞬間、胸が熱くなる。
「ーーっ!」
思わず息を飲む。ティールから魔力の揺らぎを感じたのだ。
彼女も気づいたのだろう、魔力封じのリングに目を瞬いた。
ーーなるほど、あれは自覚を促すタイプなのか。
そのリングは、もともとヴィクトル自身のものだった。
ほとんどの魔力を自身で内に封じ、あふれた分をリングで吸い取る──そうして、彼の銀髪は黒へと染まっていた。枯渇状態を装うために。
本来の術式は、魔力が規定量を越えると熱と光で発散するようだ。
ーー量産品とは違うと思っていたが、お嬢様のピアスと言い、自作してしまう公爵は何者だ。
公爵の地位につき、宰相としての手腕。SS級冒険者としての実力。魔道具も自作する。どれひとつとして今の自分では届かない。
壁が高い。……いや、高すぎる。
「お嬢様っ!!!」
本能が警鐘をならした。
とっさに手を伸ばして、彼女を抱き起こすーー同時に、本気で結界を展開する。
ガタッと、風が窓を揺らした。
「……申し上げたばかりでございましょう、お嬢様」
空になるほど息を吐き出して、声が震えないように音を発する。
また間に合わなかったら、その想像だけで、心臓が止まりそうだ。
「言ったそばから……暴発、なさるとは。本当に、……まったく、仕方のないお嬢様でございます」
息を整えながら腕の力を弱めれば、もぞりと動きアメジストの瞳が見上げてくる。
「……ふ、」
ティールと目が合った瞬間、ぶわりと大粒の雫が溢れた。
「うぁぁぁぁぁぁあんっ!!」
二度目の感情の暴発かー、そう身構えるも、彼女のリングを見れば光っていない。
先ほどの暴発で、魔力の方はなりをひそめたらしい。
ヴィクトルはホッと肩の力を抜くと、再び彼女を抱きしめる。
子どもをあやすように背を撫でていると、ボロボロと涙を流す彼女がぎゅっとしがみついてきた。
……可愛い。
近くに感じる甘い香りに、頬がゆるみかけーーいけない職務中だと言うのに。
しばらくそうしていると、くたりと彼女の身体から力が抜けた。
「……、お休みなさいませ」
泣き疲れたのだろう。すうすうと寝息をたて始めた彼女を、そっとベッドへ寝かせる。
魔道具で、感情を封じられていたからだろう。身体は大人びているのに、中身はまるで幼子のようだった。
部屋を出ようと立ち上がったところで、くらりと立ちくらみ、軽く咳き込む。頬を冷や汗が伝う。
口元に当てた手を見れば、白の手袋が朱に染まっていた。
音をたてずに閉めた扉の先、テーブルに置いていた小瓶の蓋を開け、一気に飲む。
床に置いていた木桶に、上着を脱ぎ捨てた。
「……万全とは言えぬ魔力の揺らぎで、これほどとは。さすが、公爵の血筋と言うべきでしょうか」
白かったシャツはそのほとんどを血で赤く染めていた。
魔法で防ぎきれなかった衝撃を、全てこの身で受けた結果だ。
部屋もティールも一切、傷つけるわけにはいかなかった。
そんなことをすれば、彼女は自身の力を受け入れられないかもしれない。
辺りが汚れないようにして脱ぐと、治癒の中級ポーションでは治しきれなかった傷が露になる。
「治癒魔法、会得してみましょうか……」
遠い日に別れた母を思い出す。確か、治癒魔法が得意だったはず。
治せば済むと、かなり奔放な教育をされたのを思い出し、思わず半目になる。
ーー息子である自分も、適性があるかもしれない……。
今後、お嬢様には、魔力制御を学んでもらわなければならないだろう。
その傍ら、治癒魔法に励んでみるのも良いかもしれない。
今までは、ただ強さを求めた。
公爵令嬢である、彼女の側にいるために。
それが、身分の無い自分への公爵からの条件だった。
ーーどこまで公爵の手のひらの上なのだろう。
お嬢様を連れ去ったが、黙認するつもりらしい。手紙と魔道具がその証拠。
居場所は把握した上で、たかだか一介の執事である男に、娘を預ける。
考えなしとは思えないが、信用されているともまた、思えない。
"二度はない"とは次に暴発ではなく暴走を起こした場合、公爵自身が来るのだろうと言う予感がある。
SS級だ、自分が出来ない転移魔法が使えても不思議ではない。
「……」
傷の手当てをしながら、辿りついてしまった考えに固まる。
連れ去ったのは自分だ。その事に後悔もない。
これからの生活を考えると、むしろ幸せでもあるだろう。
ただ……。
お嬢様の魔力はおそらく、全快したら自分を超えているかもしれない。
とても情けないが、そんな気がする。
意識を取り戻したばかりで、全快とは言えない魔力量で、魔道具越しで、先ほどの暴発を起こすのだ。
先ほどの、無邪気な幼子のようなティールを思い出す。
可愛い。可愛いが、しかし。
暴走をさせず、暴発での被害も抑え、魔力制御を教えるとなると、自分1人で出来るのだろうか……。
《駄犬が。せいぜい足掻いてみせろ。どこまで守れるか、見物だな》
あの冷ややかな声音が脳裏に蘇る。
泣きつくなら助けてやろうーーそんな嘲りが胸を刺した。
思わず握った拳に力が入り、滴った赤が床を染めた。




