第10話 スカフトの町
陸が近づくにつれ、その違和感が確信に変わる。
スカフトの港には、武装したギルド職員や兵がいた。
その物々しさは、普通ではないだろうと言うのはティールでも分かった。
町民があまり居らず、グレディにあるような活気が感じられなかったから。
規制された軍港の可能性もあるが、船員はギルド職員の腕章を皆つけており、ギルドの船であることは間違いない。
冒険者ギルドは有事でもなければ、一般と変わらない扱いのはずだ。
ーー今は有事、なのかしら。
船を港につけ、ハルドゥルが最初に職員と兵と話している。
その後、船員達が物資を卸し、馬車へと積み替えると、馬車は護衛と共に何処かへと消えていった。
ティールはその様子を、船の物陰からじっと眺めていた。
「暁の、お前もそろそろ降りないか」
話し終えたハルドゥルが、船へと戻ってきた。
その声は、いつまでそこにいるんだと言っているようでもある。
「……何をしたらいいの」
少しムッとして言い返せば、ハルドゥルは説明した。
「餌だと言っただろう。町の中なら自由に動けるはずだ。好きに過ごせば良かろう!
休みとでも思って、海外を満喫するが良い。ま、治安は良くないがな!」
豪快に笑って、大声で人を餌呼ばわりするそのハルドゥルの姿勢に、ティールは眉を潜めた。
好きに過ごせと言われても、それが分からない。
「……餌らしくどうしたらいいのか、ご教授願えないのかしら?」
フード越しに睨むようにしてティールが言えば、ハルドゥルはそのフードを邪魔と言わんばかりにめくり取った。
青から薄桃のグラデーションの髪が、陽に照らされ露になる。
「フードを外し、その顔を晒して歩けば良かろう。お前は人の営みを知らなさすぎる」
眩しくなった視界に目を細めたティールに、ハルドゥルが言葉を投げた。
「俺が知りたいのは、《ミルティ》の冒険者ネームタグをぶら下げた男の思惑だ。
こちらの敵とも味方ともとれる動きが、いい加減うんざりしているのでな!」
ーー男、ね。
思い当たる一人の人物に、ティールは苦い顔をした。
「それは、茶髪に色眼鏡の男かしら?」
「……やはり、知り合いかっ」
グッと掴みかかる勢いで近づいてきたハルドゥルに、視線を反らしティールは答えた。
「お友達ではなくてよ。それに……何も知らないわ」
それは本当だ。
キスをした。抱き締められた。数日を共にした。共犯とも言えるが、決して清い関係ではない。
そう、自分は穢れている。
ズキズキと痛み始める頭を抑え、地下闘技場での出来事をなぞる。
王国と帝国から手を引いて、海に行くと言っていた。
あの氷の世界の中、生きていたのか。
いったいどうやって……いや、そこは重要ではないだろう。
ティールは頭を振って、目の前のハルドゥルを見た。眩しさに手で日陰を作り、投げやりに言葉を発する。
「使えるものはなんでも使う人よ。ネームタグも……都合が良かった、だけではないかしら」
気づいたら無くなっていた、自分のネームタグ。
けれど、あれに執着していたのは過去のティールで、あの男ではなかったはず。
自分は餌になり得ない。なぜなら、地下闘技場で別れている。
ティールが今、ここにいることが何よりも、終わっていることの理由のはずだった。
チリン。
聞こえるはずのない、ベルの音が耳に聞こえた気がした。
ざわりと走る悪寒に、どくどくと心臓が嫌な音を立てる。
当時の記憶が、断片的に脳裏をよぎっては消えた。
「……っ」
無意識に伸びたティールの指が首筋に触れる。
そこにはもうあの時の傷跡はなく、ただ滑らかな肌の質感だけが感じられた。
『もう私を1人にしないでくださいね。私のそばにいてください。私には貴女が必要です』
誘われたベルの先、氷の刃、動かなければ得られた歪な関係。
低く、自分を甘やかす声が耳に甦った。
首筋に伸びた手をギュッと握る。
ーーあの手は取らない。
噛んだ唇から、鉄の味が滲んだ。




