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【2章完結】お嬢様、私に拾わせていただけませんか  作者: 松平 ちこ
2章

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第10話 スカフトの町

 陸が近づくにつれ、その違和感が確信に変わる。

 スカフトの港には、武装したギルド職員や兵がいた。


 その物々しさは、普通ではないだろうと言うのはティールでも分かった。

 町民があまり居らず、グレディにあるような活気が感じられなかったから。


 規制された軍港の可能性もあるが、船員はギルド職員の腕章を皆つけており、ギルドの船であることは間違いない。

 冒険者ギルドは有事でもなければ、一般と変わらない扱いのはずだ。


ーー今は有事、なのかしら。


 船を港につけ、ハルドゥルが最初に職員と兵と話している。


 その後、船員達が物資を卸し、馬車へと積み替えると、馬車は護衛と共に何処かへと消えていった。


 ティールはその様子を、船の物陰からじっと眺めていた。


「暁の、お前もそろそろ降りないか」


 話し終えたハルドゥルが、船へと戻ってきた。

 その声は、いつまでそこにいるんだと言っているようでもある。


「……何をしたらいいの」


 少しムッとして言い返せば、ハルドゥルは説明した。


「餌だと言っただろう。町の中なら自由に動けるはずだ。好きに過ごせば良かろう!

休みとでも思って、海外を満喫するが良い。ま、治安は良くないがな!」


 豪快に笑って、大声で人を餌呼ばわりするそのハルドゥルの姿勢に、ティールは眉を潜めた。

 好きに過ごせと言われても、それが分からない。


「……餌らしくどうしたらいいのか、ご教授願えないのかしら?」


 フード越しに睨むようにしてティールが言えば、ハルドゥルはそのフードを邪魔と言わんばかりにめくり取った。

 青から薄桃のグラデーションの髪が、陽に照らされ露になる。


「フードを外し、その顔を晒して歩けば良かろう。お前は人の営みを知らなさすぎる」


 眩しくなった視界に目を細めたティールに、ハルドゥルが言葉を投げた。


「俺が知りたいのは、《ミルティ》の冒険者ネームタグをぶら下げた男の思惑だ。

こちらの敵とも味方ともとれる動きが、いい加減うんざりしているのでな!」


ーー男、ね。


 思い当たる一人の人物に、ティールは苦い顔をした。


「それは、茶髪に色眼鏡の男かしら?」


「……やはり、知り合いかっ」


 グッと掴みかかる勢いで近づいてきたハルドゥルに、視線を反らしティールは答えた。


「お友達ではなくてよ。それに……何も知らないわ」


 それは本当だ。

 キスをした。抱き締められた。数日を共にした。共犯とも言えるが、決して清い関係ではない。

 そう、自分は穢れている。

 ズキズキと痛み始める頭を抑え、地下闘技場での出来事をなぞる。

 王国と帝国から手を引いて、海に行くと言っていた。


 あの氷の世界の中、生きていたのか。

 いったいどうやって……いや、そこは重要ではないだろう。

 ティールは頭を振って、目の前のハルドゥルを見た。眩しさに手で日陰を作り、投げやりに言葉を発する。


「使えるものはなんでも使う人よ。ネームタグも……都合が良かった、だけではないかしら」


 気づいたら無くなっていた、自分のネームタグ。

 けれど、あれに執着していたのは過去のティールで、あの男ではなかったはず。


 自分は餌になり得ない。なぜなら、地下闘技場で別れている。

 ティールが今、ここにいることが何よりも、終わっていることの理由のはずだった。


 チリン。


 聞こえるはずのない、ベルの音が耳に聞こえた気がした。

 ざわりと走る悪寒に、どくどくと心臓が嫌な音を立てる。

 当時の記憶が、断片的に脳裏をよぎっては消えた。


「……っ」


 無意識に伸びたティールの指が首筋に触れる。

 そこにはもうあの時の傷跡はなく、ただ滑らかな肌の質感だけが感じられた。


『もう私を1人にしないでくださいね。私のそばにいてください。私には貴女が必要です』


 誘われたベルの先、氷の刃、動かなければ得られた歪な関係。


 低く、自分を甘やかす声が耳に甦った。

 首筋に伸びた手をギュッと握る。


ーーあの手は取らない。


 噛んだ唇から、鉄の味が滲んだ。

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