第9話 それは眩しくて遠い
「はぁ……」
船尾の奥まったところに座り込んで、空を見上げる。
晴れやかな青空をしていたけれど、ティールにはどこか空虚に映っていた。
毒のせいで火照った頬が海風に撫でられ、心地よさを感じて目を閉じた。
船尾は、すでに後片付けが終わっており、ひと気がない。
ハルドゥルの立ち回りのうまさに、我知らず嫉妬した。
ーー副ギルド長、か。
あれだけ強ければ、言葉通り守りたいものを守れるのだろう。
自分はどうだ、とティールは自嘲する。
多すぎる魔力にものを言わせた戦い方は、効率が良いとは思わない。
叩き上げた魔力コントロールは、そこそこ形にはなったけれど、王道ではないだろう。
体術に至っては教わってもいないので、からっきしだった。
ーーあの頃より強くなった、けれど。
「……弱い」
むしろ、どんどん遠ざかっている気がする。
望んでその位置に立ったのに、それでも憧れが捨てきれない。
目蓋の裏に思い起こされるのは、氷壁の向こうへ行こうと背を向けた彼。
自分がよく知る、もっとも身近な冒険者。
その手には、曇りなき綺麗な氷剣があった。
ティールが彼に語った、かつて憧れたおとぎ話の冒険者、そのままだった。
日射しが眩しくて、ティールは被っていたフードをさらに被り直し、俯いた。
「暁の、ほれ」
意識が飛んでいたのか、唐突に声がしてティールが仰ぎ見れば、目の前にハルドゥルが包みを三つ持ってきた。
「まさか飯も食わぬ気か!」
それはいかん!とハルドゥルは勢いのままに、答えないティールに包みを押しつけてきた。そして隣に当然のように座る。
「……携帯食料で十分」
「受けとれ。料理人の仕事を蔑ろにするでない」
そう言って、ハルドゥルは自分の包みを開く。
ティールは渡された包みを開かず、持ったままだ。
ーー温かい。
けれど、それを美味しそうとは感じない。包みを眺めたまま、開くことが出来ない。
ーー匂いが、気持ち悪い。
自分に流れる人ではない、龍の血のせいなのだろうか。
それとも令嬢時代に、食事を抜かれたせいなのだろうか。
食事はたまに食べる携帯食料で十分で、普通の食事とは久しく無縁だった。
……もしくは人らしくあるのを、やめたせいなのだろうか。
「もう少し身内に寛容になれ。誰もお前の周りに近寄れん」
包みの一つを平らげたハルドゥルが言う。
チラリとティールがそちらを見れば、二つ目の包みを開けていた。中身は、肉が挟まれたサンドイッチだ。
ーーサンドイッチ。
遠い日に、彼から手渡されたものも、確かサンドイッチだった。
あの時の自分は、彼がいつ休んでいるのかを気にしながら、美味しそうに食べていたっけ。
ーーなんて、愚かなのだろう。
そっと目を伏せると、込み上げてきた吐き気に、包みをハルドゥルへと押しつけて立ち上がる。
「要らない」
これは、治りきっていない毒のせいだ。
そうティールは、自分に言い聞かせた。
船首へと向かえば、陸地が見えてきた。
あれがおそらく、スカフトの町だろう。




