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【1章完結】お嬢様、私に拾わせていただけませんか  作者: 松平 ちこ
2章

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第9話 それは眩しくて遠い

「はぁ……」


 船尾の奥まったところに座り込んで、空を見上げる。

 晴れやかな青空をしていたけれど、ティールにはどこか空虚に映っていた。


 毒のせいで火照った頬が海風に撫でられ、心地よさを感じて目を閉じた。


 船尾は、すでに後片付けが終わっており、ひと気がない。

 ハルドゥルの立ち回りのうまさに、我知らず嫉妬した。


ーー副ギルド長、か。


 あれだけ強ければ、言葉通り守りたいものを守れるのだろう。


 自分はどうだ、とティールは自嘲する。

 多すぎる魔力にものを言わせた戦い方は、効率が良いとは思わない。

 叩き上げた魔力コントロールは、そこそこ形にはなったけれど、王道ではないだろう。

 体術に至っては教わってもいないので、からっきしだった。


ーーあの頃より強くなった、けれど。


「……弱い」


 むしろ、どんどん遠ざかっている気がする。

 望んでその位置に立ったのに、それでも憧れが捨てきれない。


 目蓋の裏に思い起こされるのは、氷壁の向こうへ行こうと背を向けた彼。

 自分がよく知る、もっとも身近な冒険者。

 その手には、曇りなき綺麗な氷剣があった。

 ティールが彼に語った、かつて憧れたおとぎ話の冒険者、そのままだった。


 日射しが眩しくて、ティールは被っていたフードをさらに被り直し、俯いた。




「暁の、ほれ」


 意識が飛んでいたのか、唐突に声がしてティールが仰ぎ見れば、目の前にハルドゥルが包みを三つ持ってきた。


「まさか飯も食わぬ気か!」


 それはいかん!とハルドゥルは勢いのままに、答えないティールに包みを押しつけてきた。そして隣に当然のように座る。


「……携帯食料で十分」


「受けとれ。料理人の仕事を蔑ろにするでない」


 そう言って、ハルドゥルは自分の包みを開く。

 ティールは渡された包みを開かず、持ったままだ。


ーー温かい。


 けれど、それを美味しそうとは感じない。包みを眺めたまま、開くことが出来ない。


ーー匂いが、気持ち悪い。


 自分に流れる人ではない、龍の血のせいなのだろうか。

 それとも令嬢時代に、食事を抜かれたせいなのだろうか。


 食事はたまに食べる携帯食料で十分で、普通の食事とは久しく無縁だった。

 ……もしくは人らしくあるのを、やめたせいなのだろうか。


「もう少し身内に寛容になれ。誰もお前の周りに近寄れん」


 包みの一つを平らげたハルドゥルが言う。

 チラリとティールがそちらを見れば、二つ目の包みを開けていた。中身は、肉が挟まれたサンドイッチだ。


ーーサンドイッチ。


 遠い日に、彼から手渡されたものも、確かサンドイッチだった。

 あの時の自分は、彼がいつ休んでいるのかを気にしながら、美味しそうに食べていたっけ。


ーーなんて、愚かなのだろう。


 そっと目を伏せると、込み上げてきた吐き気に、包みをハルドゥルへと押しつけて立ち上がる。


「要らない」


 これは、治りきっていない毒のせいだ。

 そうティールは、自分に言い聞かせた。


 船首へと向かえば、陸地が見えてきた。

 あれがおそらく、スカフトの町だろう。

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