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【1章完結】お嬢様、私に拾わせていただけませんか  作者: 松平 ちこ
2章

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第8話 縁遠いもの

 部屋で寝ても良いとハルドゥルに言われたものの、夢を見るのが嫌で、ティールは寝るに寝れずにいた。


 夜明けの甲板、ぼんやりと薄明かるくなっていく空と海を、何とはなしに膝を抱えて眺めていた。


「戦闘準備!戦闘準備ー!」


 見張り台から、突如として怒号が発せられる。

 続いてなった高い笛の音。何かの異常事態らしい。

 ティールは立ち上がって、辺りを見渡した。


「なんだ。そこにずっといたのか?」


 ズカズカと甲板に来たのは、ハルドゥルだ。

 それに、ティールはフードを深く被り直して視線だけを寄越す。


「まぁ良い。鬱憤が溜まっておろう?

前は任せる。船は傷つけるなよ。俺は後ろへ行くのでなぁ!」


ーー誰のせいよ。


 心のうちで小さな悪態をつく。言ったところで無意味なのは、この短時間でよく分かったからだ。


 それにしても、何が来るのだろうか。

 明るくなってきた視界には、船らしきものは見当たらない。

 せめてもう少し情報をくれても良いだろうに、と考えてから、馴れ合う気はないのだと思い直した。


 ザパッ。


「っ!」


 水の跳ねる音と共に視界を遮ったものがあり、反射的にそれを風で切った。

 ぼとぼと、と音を立ててそれらが落ちる。


「……いっ!」


 大きな魚。と認識した時には、打ち漏らした数匹が足に噛みついていた。


 見れば口に鋭い歯があり、肉食なのだろう。

 抱えるほどの大きさで、魚と言うには図体がでかかった。

 それでいて、水に打ち上げられて、早さは鈍るものの這いずり、人へと向かって動いている。

 なるほど、人喰い魚らしい。魚の変異種ーー魔物の類いなのだろう。


 足に食いついていた数匹を、勢いに任せ横薙ぎに蹴って払う。


 塩辛いと言っていた水のせいか、歯形のついた足が、傷の見た目以上に痛い。


「数が多い」


 群れで動くのか、かなりの数が船へと乗り上げていた。


『船は傷つけるなよ』


 ハルドゥルはそう言っていたが、一匹一匹相手にしているのは面倒だ。

 魚だけを風で巻き上げれるかーー否、間違って人や船を巻き込んではそれも面倒だ。


「……」


 周りを気遣い、加減をして戦うなどティールの性分ではない。

 これで鬱憤が晴らせると、思われているのがとても癪に触る。


 周りを見れば、船員は、一匹一匹銛でついてから海へと投げ捨てていた。

 そしてザバザバと、新たに海から上がってくる魚もいる。


「ちっ」


 ティールは舌打ち混じりに、一匹一匹、風で巻き上げ、空中で半分に切り裂き、海へと捨てることにした。


「…はぁ……はっ……っ!」


 途中、くらりと目眩を起こしてティールがふらつく。

 その隙を狙って、魚が喰らいついた。


 それをティールは肉ごと無造作に引きちぎり、空へと投げる。

 近くに寄ってきた魚は蹴り上げ、同様に海へと風で叩き落とした。


 夜明けから始まった魚退治は、完全に朝日が昇りきったところで、ようやく沸いてくることなく終わりを迎えた。


「はぁ…はぁ…」


 慣れない周囲への気遣いのせいか、ティールは終わる頃には、膝に手をつき、肩で息をしていた。

 海水と血とで汚れた全身が、とても魚臭い。

 あれからも数回噛まれていて、その度にとても煩わしかった。


「なんだぁ!満身創痍ではないか!」


 うるさい声に視線を送れば、やはりハルドゥルだった。

 ティールと違い、その身なりは一切乱れていない。

 船員達は、それぞれに後片付けをしているようだった。


「……さい」


ーーあぁ、うるさい。


 苛立ちが頂点に行く前に、ティールは頭上に大量の冷水を魔法で出して、自分に浴びせた。

 火照った身体にちょうど良い心地よさだ。


 汚れが、水と一緒に流れていく。

 さらに風で全身を乾かせば、幾分、生臭さもマシになった。

 ふうっと、ティールは息をついた。


「ほう。水も扱えるのか。便利だなぁ!」


ーー嫌味にしか聞こえない。


 息も乱れず、汗もかいていないハルドゥルの言は、ティールには到底、受け入れられなかった。


「しかし才があろうと、それ以外が残念では、実に惜しいものよ!ほれ、飲むが良い」


「施しは要らない」


 ハルドゥルが、ギルド職員の制服の腕ポケットから取り出したのは、紫の液体が揺れる小瓶。


 その投げ渡された小瓶を、ティールは跳ね返した。

 傷は治せるのだ必要はない。それに、治すほどでもない傷だ。


「毒消しだ。噛まれたのだろう?あれは毒持ちだ」


 ああ、だからかとティールは言われて気づく。

 海水で傷が痛むだけでなく、どこか熱を伴う不調を、その身に感じ始めていたのだ。

 途中で起きた目眩も、毒の影響だろう……それでも。


「要らない。それぐらい自分でなんとでもなる」


「つまらん見栄だ。冒険者は身体が資本。常に万全を期せずして、どうすると言うのか。守りたいものを守れないぞ」


 声を荒げることもなく、ハルドゥルは静かにそう言った。


「……パーティーは組まないし、護衛依頼も受けたりしないっ。問題はない!」


ーー自分にはきっと、一番縁遠いものだろう。


 ティールは感情的に返すと、フードを被り直し、ハルドゥルに背を向けた。

 この人の側には居たくない、と船尾へと歩いていく。


ーー守りたいものなんて。


「私には、壊すしか出来ない……」


 その小さな呟きはハルドゥルの元へと届いたが、彼は何も言わず、ただ嘆息しただけだった。

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