7話 灯る心
次に目覚めたのは、夕暮れ時だった。天井が、赤く染まっている。
窓の外は、赤から橙、青へ彩るグラデーションがとても綺麗だ。
さっきよりもはっきりと見える視界に、ほっと安堵する。
「お目覚めでございますか、お嬢様」
声のする方へ顔を向ければ、黒髪をさらりと揺らし、執事が静かに微笑んでいた。
ーーあれ?さっきは銀髪だった気がしたのに。気のせいだった?
「なにか失礼がありましたか?」
まじまじと見ていたせいか、疑問が顔に出ていたらしい。
問いかけながら、執事ーヴィクトルは己の身なりを順に確認している。
「え、と。……さっき銀、の髪?だった気がして」
なんて答えよう、そう思案するも口にしたのは思ったままの言葉。
なんだが、胸の奥、気持ちがそわそわとして落ち着かない。
「ああ」と、ヴィクトルは静かに頷くと、右薬指にはめたリングを外した。
夜が明けるように、ざあっと漆黒の髪が銀に変わる。
夕焼けを帯びたそれは、少し赤みがかってキラキラと輝いていた。
「本来は銀髪でございます。公爵様より『目立つから黒でいろ』と、仰せつかっておりまして……。お嬢様に偽りの姿をお見せしていたこと、深くお詫び申し上げます」
内緒事を打ち明けるように、人差し指を口元に当て困ったように微笑む彼。
謝罪の言葉を述べ、きっちりと腰を折る仕草はまさに紳士そのもの。
確かに貴族女性の心臓に悪いかもしれない。綺麗すぎる。
現に、私の心臓だって落ち着いてくれない。
今まで、こんな気持ちになったことはない。どうしたのだろう。
公爵令嬢たるもの、いついかなる時も毅然としなければならないのに。
「お嬢様がお望みでしたら、こちらの姿で、これからも仕えさせていただきます」
「っ!?く、黒でお願いしますわ!!」
思わず、声が上ずった。
ーーそれはそうだろう。これは、公爵たる父の命。
一介の令嬢が、娘の私が好みで勝手に判断していいわけない。
顔が綺麗すぎて心臓に悪いから、見慣れた黒で!!というわけではない、決して。
そう。決して、その銀髪が眩しすぎたからでは、ない。
カーと熱くなる顔を両の手で隠す。
ーーいつもの淡々とした私、どこに行ったの……。
羞恥で涙が滲んでくる。
ほてった頬に、手のひらの冷たさが心地良かった。
「これよりも変わらず、お側にてお仕えいたします。……全ては、お嬢様のお心のままに」
にっこりと微笑み、黒髪へと戻ったヴィクトル。なぜだかいつもの笑顔より、とても嬉しそうに見える。どうしてかしら。
そして黒髪に戻ったのに、見慣れるどころか顔は整いすぎていてキラキラしている。
ーー私の執事、かっこいい。
「……?」
悶え続けていたところで、左小指に熱を感じ見てみると、見慣れないリングがはまっていた。
僅かに、ほんの僅かにだが、淡く光っているようにも見える。
「お嬢様」
「なにかしら?」
「……お気持ちを昂らせるのは、お控えくださいませ。魔力の暴走が再び起これば、……お命に、関わります」
落ち着いてくださいませ、と呼ばれた声は優しくとも切実で。
痛ましげに私を見つめる瞳が、冗談ではないと告げていた。
貴族であれば誰もが知る"魔力暴走"。
けれど私は魔力を使わないし、多いとも聞いたことが無かった。
ーー聞いたことが無い、とは、誰にだろうか?
よく一緒にいたのはヴィクトルの他、側つきのメイド、邸の者たち。彼らとは雑談などしたことはなく、淡々と付き合っていただけだ。
そう。目に入る景色一つ一つに気持ちが動くことも、髪色なんてどうでもいいことを口にすることも、そもそも他人の容姿を気にとめることすらなかった。
全てが窓越しの風景のように、遠く、他人事で。
当然、誰かと何かを共有しようと思ったことともーーなかった。
ヴィクトルとだって、記憶の限り会話などほとんどしてない。
気持ちが温かくなるのはいつ以来……?
頭の中をよぎったのは、母と父と……。
「お嬢様っ!!!」
掻き乱される思考の渦に、意識が途切れそうになる。
その瞬間、私は強く包み込むような腕に引き寄せられた。
温かくて、逃げ場のないほど確かな抱擁。
ふわりととろけるように甘いラベンダーの香りが、意識を現実に繋ぎ止めたーー。




