第1話 黒衣の死神
「……完了と査定」
「お預かりするわね」
黒のフードを被った小柄な影が、ポソリと呟いた言葉を、ドリィは聞き逃すことなく受付する。
「査定の方は、いつものようにで良いのかしら?」
「……」
「そう、ならいつものように、寄付に回すわね」
コクりと影が頷き返せば、ドリィはにっこりと笑みを返した。
依頼完了と手続きを終えると、ふらりと影は音もなく入り口へ向かうーーそこへ。
「なんだぁ?グレディ支部には、こんなちんまいのまで冒険者やってんのかぁ?」
ぬっと現れた男が、出入口をふさいだ。
「ーーっ!やめなさい!」
「おぅおぅ。ギルドの姉ちゃんまで保護者面かよ、甘いねぇ。
おいチビ、そこのママのお家へ帰った方が良いんじゃねぇか?」
受付から騒ぎに気づいたドリィが、入り口へと声を張り上げた。
図体がでかいだけの男は気にした風もなく、さらに小柄なフードへと絡む。
「……」
男の横、隙間から出ようと小柄な影がスッと横切れば。
「無視してんじゃねぇぞ。ガキがぁ!」
男は、そのフードへと手を伸ばした。
影は跳躍して、男の首へ容赦なく足を叩き落とし、意識を刈り取った。
どさりと倒れた男の上、そこへさらにかかと落としをして、影は降り立った。
はだけたフードから覗いたのは、後ろで束ねた透き通る薄青の髪、前髪の毛先に少しだけ薄桃が混じっていた。
「ありがとう。あとはこっちでやっとくわ」
温度の読めないアメジストの瞳は、一瞬だけドリィに視線を送り、無言でフードを被りなおすとギルドを後にした。
「さっき騒がしかったが……来てたのか?」
「ええ。いつも通りに」
ギルド長の執務室、ドリィはいつも通りに報告をした。
獣人としての長い耳の聴力を活かして、彼女が来る時にはギルドの受付を交代していた。
「せめて俺が生きてる間に……ってのは望みすぎかねぇ?」
ギルド長のぼやきに、ドリィは苦笑した。
"あの"ティールがやってきたのは、二年前。
『身分証のネームタグを再発行したい』
一人でふらりとやってきて、受付に願い出ていたところを、ギルド長が執務室へと呼んだことが、始まりだった。
過酷な冒険者。魔物との戦闘でネームタグを失くすことなど珍しくない。
ギルドカードの再発行は、本人確認さえ出来れば可能だった。
が、ギルド長は独断で"嘘"をついた。
『失くしたペナルティだ、受注はグレディでしか受付ねぇ。ここで受けて、ここに報告をしに帰ってこい』
「嘘ってバレたら、来なくなったりして……」
「ねぇよ。あれは嘘と分かってても来る」
ドリィが当時を思い出して弱気になれば、ギルド長は不安を消し去るように言いきった。
来なくなる可能性を、考えなかったわけではない。
けれどこの二年、ティールはグレディを拠点にしていた。
ティールの変わり果てた姿、居るはずの隣は誰も居ない、ギルド長もドリィも聞かなかったーー聞けなかった。
冒険者には珍しいことではなかったから。
閉ざされた心、それをどうこうできるのは、自分達ではないのだろう。再発行の際すら、それ以上の関わりを拒絶していた。
ドリィはきゅっと胸の前、拳を握る。
「……絡んでたのは、オルドからの流れ者か?」
「ええ。まだ治安は完全には回復してないみたいですねぇ」
「"黒衣の死神"に刈り取られたのが意識だけなら可愛いもんさ」
"黒衣の死神"この二年で、B級に昇格したティールについた街での通り名だった。
黒衣のフード付きコートを季節問わず纏っていること、生気を感じさせない外見と滅多に聞くことのない冷たい声音、容赦のない手腕からついていた。
見た目だけの呼び名。ギルド職員はその呼び方をしない。
なぜなら報酬の大部分を、孤児院や三年前の麻薬騒動の救済に、寄付として充てていたからだ。
けれど、冒険者登録名のミルティとも呼ばない。
ギルド職員はただ、"影"と呼ぶ。いつかその身に陽が当たるようにと、願いを込めて。




