終話 選ばなければ
次回、1章エピローグです
壊れてしまえ。壊れてしまえ。
だって、私が選んだ。
楽になりたい、と選んだ。
『辛くなったら、いつでも言ってください。……薬で、助けてあげましょう』
ーーいいえ。貴方の助けなんて、要らない。
『私の元まで堕ちてきて下さい』
ーーいいえ。もう私は、貴方の元まで、堕ちたりしない。
だってそれは、彼を否定してしまう。
胸の最奥がドクンと脈打つ度に、どす黒い激情が自分を呑み込んでいく。
壊れてしまえ。壊れてしまえ。
全部。全部。
ここは地面の下。
壊れてしまえば、そのままお墓になる。
人の不幸を笑う人たちが生きていて、どうして彼だけがいないのだ。
ああ、彼がいないのは、私のせい。
私が殺してしまった。
だからーーもう、全部壊れてしまえばいい。
「それが望みか?」
とても冷たい声がした。温度のない低い声。
「いいの。だって選んだの。私が彼を殺したの」
そう。壊れてしまえばいい。
「壊れていいのか?……駄犬は、かろうじて生きているぞ」
「っ!」
「ティール。目を開けろ。見ろ。逃げるな。選べ」
声に誘われ、ティールが目を開ければ、吹き上げる瓦礫と風の中、光を纏った大きな蛇にも似た細長くて大きな鱗を持つようにも見えるその肢体が見えた。
ティールの周りに寄り添うようにとぐろを巻いたその上、地下の天井をも包んでいた長い長いーーそれは、龍だった。
淡い光を放ったそれが消えると、ティールの隣に父、ローグル・シグラズル公爵が降り立った。
暴風が続く中、辺りはいつの間にか強固な氷の世界へと変わった。
暴風が残るものの氷が傷つくことはなく、崩壊が完全に止まる。
ひどくーー静かな世界だった。
「選べ。駄犬は死ぬ。が、今ならまだ間に合う」
ローグルが、スッと指さしたのはヴィクトル。
「ほんとう……?」
「嘘は述べん。が、それが救いか幸せかは知らん」
ローグルは冷酷に言いきった。
それは、泣いている娘に向かって言う言葉ではないのではないだろうか。
「生きて地獄は見たろう?命はいつか死ぬ。それが今か後かの話だ。駄犬はいつか、お前をおいて逝く。それは必然だ」
人の身だが龍でもある。フェンリルとは寿命が違うと、ローグルはティールを見て言った。そこに温度はない。
「今終わりたいなら、止めはしない。それがお前の望みなら、苦しまぬよう手伝おう」
「どうして?」
「そこの駄犬は虫の息だが。お前は瓦礫に潰されては、苦しかろう?」
崩壊を止めた理由は、それなのか。ティールはとても複雑だった。
だってそれは……。
「生きて地獄を共にいくのか。共にここで終わるのか、選べばいい」
「……どうして、私が選ばなくちゃいけないのぉ」
止まった涙がまた流れる。
そう、もう選びたくないのに。また選んでしまうのだ。
父の言うことはよく分からない。何をしに来たのだ。
「ミルルが、それをお前に望んだからだ」
「……お、母様」
ティールの流れる涙をローグルが拭った。 その顔は無表情で、考えが読めない。
「喜怒哀楽を感じ、自分の人生を生きること。選ぶ選択肢を選ばぬまま流されるのは、ミルルの想うところではない」
誰かに選んでもらう、与えてもらう人生ではなく、自分で選び、掴む人生を送ってほしいと。
だからと、ローグルは選択肢は三つだという。
一つ、番の居ない世界で一人で生きること。
一つ、ヴィクトルと共に、生きること。
一つ、ヴィクトルと共に、ここで終わりを迎えること。
「番を失っても、伴侶を得て生きる者はいる。もちろんそれ以外もだ。
だが、お前は違うのだろう。だから終わりたいと選ぶなら手伝おう」
その目はとても静かに、ティールを見ていた。
「死ぬ定めを覆すなら、業はお前が負わねばならん。そこの駄犬は、ポーションや魔法の回復の粋を越えた。
その業にも耐えられないなら、今ここで楽にしてやる」
「……難しいよぉ」
だって、自分が選んだからこうなったのだ。
「それでも選べ……幼いお前は、それをすでに一度している。
そして、駄犬はそれでお前を一度助けている」
「え?」
「死にかけた駄犬を拾った時に、お前は血を飲ませた。
半分、駄犬を自分の眷属にして生きながらえさせた」
やはり覚えていないか、とローグルは言った。
ーーそれは、私が彼の人生を歪めたのではないだろうか。
「夜会の日、魔力の暴走を起こして死にかけたお前に、駄犬は眷属として血を捧げることで助けた。
駄犬はお前が人だと思っていたな、助けられたのは番だからと思っているが……。
番の契りもしていない。今あるのは眷属としての繋がりが強い」
心底残念な目をして、ヴィクトルをローグルは見ている。
そして、ティールに視線を移し嘆息した。
「……選択肢に悩むなら、先延ばせないこともない。
完全な眷属にはせず、眷属化の血の割合を増やせ。
足りない分は今、荒れ狂っているお前の魔力を全部、駄犬へ入れてやるといい」
「っ!」
ローグルが父としての顔を、ティールに見せた。
見つめるティールと目を合わせ、そっと頭を撫でて、ローグルは続けた。
「前回は血が微量だったことで、フェンリルの種が勝っていた。大した影響もなかったはずだ。
だが、今回そのバランスは崩れるだろう。
半端な眷属化は、あくまでも応急措置だ。
お前はいつか、選ばなくてはいけない。それは変わらん」
ローグルはそっと、目を伏せてティールに言う。
「……それに逃げた先、お前がその手で駄犬を終わらせる選択を、迫られることもある。
私は、優しいお前が業を背負うには向かないと、思う」
話すのが得意ではないのだろう、不器用に言葉を選んで、父は子に話を続けた。
「ミルルが言うような生き方をしろ、とも言えない。……死別は辛いからな。
けれど、ミルルが去った後。魔道具を着けたお前と私は、距離をとったことには変わらない。
お前がそこの死に損ないを拾って助けた業は、私も負うべきだろう……お前の父、なのだから」
「私、は……」
ティールは手で、顔を覆う。
聞いてしまった。もう、聞く前には戻れない。
「私は……っ!」
ーー最初から、彼の命を歪めていたなんて。
残された時間はないのに。
悩んでいるうちに、本当に彼は死んでしまう。
それでも選べない自分は、いったいどうしたらいいのだろうーー。
3.5話
26.5話
Side視点をカクヨムにて加筆しています
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お嬢様、私に拾わせていただけませんか - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/822139840765447449




