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お嬢様、私に拾わせていただけませんか  作者: 松平 ちこ


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62/64

62話 氷刃の向かう先

1章、ラスト2話です

最終話、エピローグ、2章開始の順になります

「……った…」


ーー良かった。


 もう大丈夫だと背中の痛みが、教えてくれる。


 怒りに任せ出した氷刃。その時点で、ヴィクトルの魔力は空だった。


 だから、己の生命力を無理矢理に身体強化へと注ぎ込んだ。


 彼女と氷刃の間に滑り込んだ時には、反動で酷い頭痛と目眩だった。

 追加で氷壁を出せる程の思考はなく。

 必死にかき抱いた彼女の熱が、間に合ったはずだと自分に教えてくれるほど、もう余裕もなかった。


 背中に深々と刺さった氷刃が、肺を貫いたのか。ごほりと血を吐いた。


 彼女の白いドレスが自分の赤い血で染まっていく。


 普段なら、汚してしまったとヴィクトルは自責の念を抱くだろう。

 それが、なぜこんなにも心が満たされるのか。


 顔が見たくて、かき抱いた腕を緩めれば、大きく見開いたアメジストの瞳が、自分を映していた。

 でも、頭にも氷刃が当たっていたのか、視界の半分が赤く染まっていて、綺麗なその顔が、よく見えない。


「ティー、ル」


ーーああ、やっとその目に映った。それだけがこんなにも嬉しい。


 それにちゃんと動けた彼女を見られて、良かったと心底ホッとする。


 だからこれは、自惚れた自分の、ちょっとした気の迷い。


 腕の中の彼女が抵抗しないから、ちょっと欲が出た、それだけ。

 頭痛と目眩で、理性が揺らいでしまったせい。


 霞む視界でそっと頬に手を添えた、触れるだけの軽いキス。


「……わら、って…」


 動けたなら、次は。

 彼女の笑顔が、戻りますように。

 暗く薄れゆく意識の中で、それだけを切に願う。


ーー彼女が幸せでありますように。


 彼女をとんと押して離れた。隣に居るべきは、もう自分ではないだろう。


 倒れる身体、受け止めるのはただ冷たい雪。

 けれどヴィクトルは最後に、口許に笑みを浮かべた。




◇◆◇◆◇◆◇




 彼らの対峙をただ呆然とティールは見ていた。

 そして、リークリに向かう、氷の刃を見た。


 どうしよう、と思案してーーチリンと鳴ったベルの音に後押しされて、身体は迷わず、リークリの前へと動いた。


 手を広げた自分の前に迫る氷。これで終われるのなら、それでも良いと思う自分がいた。

 怖さもなかった。あるのは期待。


 だってもう、疲れてしまっていたから。

 選べない。動けない。選びたくない。動きたくない。考えたくない。眠りたくない。

 暗いのも、怖いのも、寂しいのも、もう嫌だった。


 この氷を受け止めたら、終われると思ったのだ。だから自然と笑みが溢れた。

 楽になれる、そう思ったのにーーそれは叶わなかった。




「……った…」


 探し求めていた甘いラベンダーの香りに包まれるのと、強い熱を感じたのは同時。

 抱き締められたと分かったのは、その後だった。


 終われなかった落胆と、探していた香りを見つけた安堵で、ティールの心の中はぐちゃぐちゃで。


 腕の力がフッと弱まって、ティールが眩しさに見上げれば、黒耳を下げた黒髪の男が嬉しそうに笑っていた。


 それは、昔拾った仔犬とそっくりで。


『……ティール、ティール。ほら、ちゃんと見なさい。

……君が拾った、"黒い仔犬"だ。覚えているかい?大きくなったろう?不出来だけど、頑張ったんだよ。君のために。

本当にもう、……要らないかい?』


 耳の奥に甦ったのは、蓋をして仕舞われていた記憶。

 お父様とよく一緒にいた人の声。


 目を見開いて固まったティールの耳に、ずっと聞きたかった声が届く。


「ティー、ル」


 それは記憶にあるよりも、声は掠れていて、ヒューヒューとなる音に、胸が締め付けられた。

 けれども今までで一番、優しい声だった。


 頬に添えられた温もりはずっと待ち望んでいた温もりで。けれどベッタリと張り付いたのは血の赤だった。


 軽く触れた唇は、冷たく鉄の味がした。

 ドクンと鼓動が、嫌な音を立てる。


「……わら、って…」


 慈しむような顔で。嬉しそうな笑顔で。

彼はティールを見つめた後、とんとティールの肩を押して離れた。

 遠ざかるラベンダーの香りと熱。


 倒れる時も、全く後悔のないとでも言うように、彼は笑っていた。


 眠るように、雪に埋もれたその姿は、かつて芝生で丸まっていた仔犬と重なって。


『ティール!もう探さなくて良いんだよー。今度、会いに行かせるから、健やかに待っているだけでいい。引っ張ってでも連れてきますー』


「……あ……ぁ、あぁ。あ……」


 聞いたはずの声が、忘れてしまった声が、聞こえる。

 嗚咽と共にぼろぼろと流れる大粒の涙が、血で濡れた頬を洗い流していく。


 最初は、ずっと待っていた。


 いつから、待つのを諦めてしまっていたのか。

 だって、彼は会いに来てくれたのに。

 私は、それに気づけなかった。


『ティール』


 ずっと名を呼んで欲しかった。


『俺は、ティール、貴女を愛して……、愛しています』


 ずっと聞きたかった。


『ずっと、ずっと。拾ってもらった、ただの仔犬の頃から』


 貴方が仔犬だと気づかなくて、でもきっと深いところでは気づいてた。


『俺は、貴女の唯一で……。俺の唯一はティールでした』


 私にとってもずっとそうだったように、彼もそうだったなんて。


『拾ってくれて、ありがとう』


 私が一緒にいたくて、連れ帰ったのだ。

 こんなことをさせるためじゃ、決してなかった。


 ティールが震える手で触れた頬は、もう冷たくて。

 仔犬を拾った時に感じた、温もりはもうなくて。


 たくさん泣いた、あの夜会の夜。

 泣いた私を抱き上げた腕は。温もりは。もう、なくて。


『私が、お嬢様を拾わせていただけませんか?』


 くらい闇のまどろみの中聞いた、忘れていた、低くて甘い声が響いた。


「いやぁぁぁぁぁぁあああ!!」


 泣きじゃくるティールを中心に竜巻が起こる。

 それは地下空間を壊すには十分で、がらがらと天井の瓦礫が雪を押し潰していく。


 やっと、やっと逢えたのに。

 もう逢えない。私が逢えなくしてしまった。

 楽になりたいと、選んだから。


 ならいっそ、全部、壊れてしまえーー。


 胸の最奥で、ドクンと脈打つものがあるその激情に、ティールは抗うことなく身を委ねた。

3.5話

26.5話

Side視点をカクヨムにて加筆しています


また最終話、エピローグも公開中です

お嬢様、私に拾わせていただけませんか - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/822139840765447449

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